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15. スーリヤ家

メアリ視点です

 ルナに別れを切り出す数日前、メアリは王都の西にあるスーリヤ伯爵家の屋敷を歩いていた。

 この国の風習で一つの節目にあたる10歳の誕生日を一ヶ月後に控え、スーリヤ家当主である父、ジェフィード・スーリヤに呼び出され、彼の書斎の前まで向かっているのだ。


「お父様、メアリです」

「ああ、来たか。入りなさい」

「失礼します」


 書斎に入り、メアリは椅子に腰掛けたスーリヤ伯爵を見る。


 伯爵の名前はジェフィード・スーリヤ。スーリヤ家現当主で、歳は40代前半。苦労性なのか、この歳で白髪が混じっってはいるがメアリと同じ美しい金髪に碧い瞳、強面というより自分の信念をしっかりと持った人の顔をしている。

 メアリは彼を自分の父親ながらなかなかの美形だと思っていた。

 それはさておき


「さてメアリ、今日お前をここに呼んだ理由が解るか」


 どこか不機嫌そうなジェフィードがメアリに尋ねる。こういう表情から相手の感情を読み取ることも、メアリはこの一年でかなり上達していた。

 父親の表情に疑問を覚えながらもメアリは時期からして当然予想できる事柄を口にする。


「来月の私の誕生日パーティーとそれに関わる何か……でしょうか?」

「ああ、八割正解だ。では何かとはなんだと思う?」


 ジェフィードはメアリが正解したことで娘の成長を嬉しそうに、しかしまだ少し不機嫌そうな顔をしながらメアリに続けて問う。

 受け答え自体には何も問題はなかったはずだ。となると不機嫌な理由は話の内容なのだろう。

 そんな顔をされたらメアリでなくとも何が言いたいか察する。ジェフィードは家族の前では思ったことが外よりも比較的判り易く顔に出るようだ。それでも、それを読み取るのはある程度の経験を積む必要があるのだが。


「想像ですが……私の婚約、でしょうか。お相手はどなたなのですか?」

「話が早いな、正解だ。相手はアミアン候爵家の三男、アルト・アミアン殿だ。メアリより二歳上になる」


 やはりそうだったか、とメアリは納得した。政略結婚についてメアリはその必要性も利益も理解し納得している。メアリは貴族にしては珍しいことに一人娘なのだ。かつては兄が二人いたが、数年前の政変の折に殺されたらしい。

 スーリヤ伯爵夫人のアリスはもう子供を作るような年齢ではなく、ジェフィード自身もアリス一筋で愛人を作る気はないため、スーリヤ家の存続ためにメアリがどこかから婿を取ることになることはメアリもすでに諒解していた。

 そのため、後の問題は相手の性格だな……とメアリが気軽に思っていると、


「彼がどんな人と成りかはそのうち顔合わせをするだろうからその時に自分の目で判断しなさい」


 とジェフィードが笑みを浮かべて言った。

 だがそう言ったジェフィードは目がまったく笑っていなかった。一年前のメアリならば気付かなかったかも知れないが、今のメアリからすれば「うちの娘をあんなやつに……!」みたいな思考がダダ漏れだった。

 メアリはこれに一気に不安になったが、とにかくこれは本人を見てみない事には何とも言えないと考え直し、この件について深く考えることをやめる。


「わかりました。では私はこれで」

「ああちょっと待て、もう一つあった」


 話は終わったと判断し、書斎から出ようとしたメアリをジェフィードは呼び止めた。メアリはまだなにかあっただろうか、と疑問に思いながら振り返る。


「何でしょうか」

「メアリ、婚約したら王都へ抜け出すのはもうやめなさい。淑女として定期的に屋敷を抜け出しているようでは外聞が悪いからな」


 メアリがただ遊びに行っているだけだと思って黙認していたジェフィードは、メアリにとってはとても大きな意味を持つそれをなんでもない事のように言った。

 メアリは予想外の言葉にしばし絶句する。


「え……」


 ジェフィードは怪訝な顔をしてメアリを見た。


「どうした? 街になにかあるのか?」

「いえ……」


 脳裏に1年前に目の前の父にねだって市場に出た時に出会った黒髪の友人の姿が浮かぶ。不思議と馬が合い、それから毎週のように市場で会っているのだが、もうその友人――ルナとは会えなくなるのだろうか。

 ルナという孤児の友達がいることは、メアリがアランに口止めしていたためにジェフィードは知らない。孤児の友人など、この国の孤児の扱いを考えると引き離されるのがオチだと思っていたからだ。

 ルナのことについて父に話すべきか悩み、突然歯切れが悪くなってうつむいたメアリを、ジェフィードは心配そうに見つめながら無自覚に追い打ちをかける。


「王都になにかあるのか?婚約の話のときより動揺しているぞ。何か言いたいことがあるのなら、私にちゃんと言いなさい」

「は、はい。実は……」


 メアリはもうこの際仕方がないと考え、ルナのことを父に話すことにした。

 東の市でいつも会っている孤児の友達がいること、彼女は私が貴族だとは知らないこと等を全て伝える。

 メアリは孤児であるルナとの関係を否定されることを恐れて今まで隠していたが、何も言わなければ確実にルナとは離れなければいけなくなってしまうのは目に見えている。


「そうだったのか……しかし、それだけで男と密会しているというような疑惑を掛けられかねない行為を続けるわけにはいかないな。

 それに今まではそれでも良かったが、候爵子息を婿に取ることになるメアリの注目度はこれから嫌でも上がる、孤児の友人などというのは致命的な弱みになりかねないぞ。彼女を守る為にも、今のうちにちゃんと縁を切っておくべきだ。

 あと2回、その友達のところへ行くことを許すから、きちんとお別れをしておきなさい」


 ジェフィードはメアリの話を全て聞いた上でそう言った。

 ルナ達の関係を全否定するのではなく、貴族として無理だろうと言っているため、メアリにこれ以上の交渉の余地はないのは、ここ一年で交渉事もかなりできるようになったメアリにはよくわかった。

 そのためメアリは、孤児だから駄目という理由ではなかったことに、またルナの安全のことも考えての言葉に多少嬉しくはあったが、これ以上の説得の余地はないと判断せざるをえなかった。

 ルナとのお別れは避けられないと悟り、思わずメアリの両目に涙が溜まる。それでも貴族令嬢としてここで取り乱す訳にはいかないと、涙を堪えて書斎から退出する。


「……わかりました。では私はこれで失礼します」

「あ、ああ」


 ジェフィードは声が震えているメアリを見て僅かに驚いた顔をしたが、もう引き留めることはしなかった。




 次の市の日、メアリはルナに自分の正体と、もうすぐお別れしなければならなくなったことを告げた。

 貴族ということで驚かれこそしたが、ルナはメアリを受け入れ、メアリは貴族であろうとメアリだと言ったことに、身分のせいでルナが畏まって離れいってしまうのでは、と不安に思っていたメアリはとても安心すると共に嬉しくなった。




 自分からお別れを切り出しておきながら、ルナの方からから離れていくのは嫌だと思っている自分をメアリは情けなく思う。

 メアリは自分にとってルナはやはりかけがえのない親友だと、もう手遅れだとわかっていながらもここにきて再確認したのだった。






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