14. 別離の気配
「ねえルナ、将来の自分の姿とか、考えたことある?」
『将来』、メアリに突然問われた内容に、ルナは少し考える。
(将来かぁ……そういえばあんまり考えてなかったな。
ずっと孤児院でお手伝いをするみたいに思っていたけど、よく考えるとそういうしてるわけにもいかないんだよね)
既にルナは11歳になっており、他の院の同年代の孤児達にはもう孤児院を出て住み込みで働きに出ている者も多い。ルナは普段から院で生活している孤児の中では最年長になっていた。
料理係なんてものをやっていたせいで今まで気づいていなかったが、ルナは金銭的に孤児院にほとんどなにも齎していないのだ。
器の大きいカリーナならば今のままで充分だと言うだろうが、やはりなにかしら見える形で院に貢献したいとルナは思う。
そろそろどこかに就職しなければ、院の負担になってしまうかもしれない。メアリにそう返すと、メアリはやはり寂しそうな目をしたまま黙ってしまった。
「そ、そういうならさ、メアリはどうなの? 将来の自分とか」
沈黙に耐えられず、ルナはそう尋ねた。
今日のメアリはどこかがおかしい。落ち込んでいるようにも悲しんでいるようにも見えた。
「私は……多分、お嫁さん、かな」
そう言うメアリの表情は暗い。ここまで言われてルナもやっと察した。
政略結婚――それも、近いうちに婚約なりするのだろう。
「実はね、来月に私の10歳の誕生日があるんだ」
メアリが続ける。おめでとう……とは言えない雰囲気にルナは頷いて先を促す。因みにルナはメアリの歳を今初めて知ったのだが、今はそれどころではない。
「そこで私、婚約するんだってお父様に言われたの。それでお父様はなにも言わなかったんだけど、その相手の評判があまりよくないみたいなのよ」
ああ、まだ年齢1桁なのに婚約、それに相手の評判もよく分からないままなんて、不安になってもしょうがないよね。
そう思いつつも、ルナ(表)はメアリの出自など『知らない』からこう言うしかない。
「婚約って……いくら何でも早過ぎじゃない? メアリってどこかの商人の娘とかだったの?」
そうルナが聞くと、メアリは悲しそうな顔をした。
「実はね、私……貴族なの」
うん、知ってた。
などと言ってしまったら、貴族に取り入ろうとしていたと思われかねない。ルナは何も知らないただの孤児なのだから、ルナが掛ける言葉は決まっている。
「メアリが……貴族?」
「うん、メアリ・スーリヤが私のフルネーム。スーリヤ伯爵家の長女よ」
なんと、このメアリは伯爵令嬢だったらしい。ルナは貴族だと言うことは知ってはいたが、ルナはもう少し下の貴族だと思っていたため本人の口から聞いても違和感しかない。
「え、嘘、じゃあアランさんも?」
「アランは私の護衛よ。いつも私を護ってくれてるの」
メアリの背後に立つアランは苦い顔をして黙っている。メアリはルナに会うまでにアランを説き伏せ、ルナに全てを話すということに同意させていた。
しかし何故、メアリは悲しそうな顔をしているのだろうか。とルナは疑問に思う。
結婚という言葉と今のメアリの表情が繋がらないのだ。不安だというならまだ理解できるが、賢いメアリのことだ、政略結婚という行為自体には納得しているようだし、なんだか寂しさとか悲しみを感じてるようだった。
メアリにしては珍しい。一体どうしたのだろうか。そんなことをルナが考えていると、メアリが言葉を続ける。
「それでね、私達、私が婚約したら会えなくなっちゃうの」
「……え?」
ルナは予想もしてなかったメアリの言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。おかしいと思うべきだったのだ。今まで1年間、自分の身分を隠していた(つもりだった)メアリが今更自分の出自を明かしたことに。
何かあるに決まっているじゃないか。
ルナはつい先ほどまで貴族はやっぱり大変なんだなーとかどこか他人事のように聞いていた自分を殴りたくなった。
「お父様が、婚約後は街に遊びに出るのはやめて、淑女としての落ちつきを持ちなさいって。これからは嫁入り修行を本格化させるんだって言ってた」
泣きそうな顔をしてぽつりぽつりと話すメアリ。ルナはその話を黙って聞いていた。
そもそも貴族の令嬢がこんな平民の市場にいること自体がおかしいのだ。そんな関係がずっと続く訳がない。
それに婚約者がいる令嬢が定期的に屋敷をでて一人でどこかへ出掛けているなど、よからぬ噂が立ちかねない。親としてやめさせたいのは当然だ。ルナ達はその現実から目を逸らして今までお互いに接していたが、それにも限界がきたようだった。
「そんな……」
つい言葉が漏れる。ルナも自分で思っていた以上に動揺していたようだ。
「ごめんなさい、今まで黙ってて。だましてたみたいだよね。でも、貴族だって話しちゃったらルナが遠慮して離れていっちゃうんじゃないかって思ったら話せなかったの。
でも、このまま何も言わずにお別れするのはもっと嫌だった。わがままで本当にごめんね」
「うっ」
メアリに何度も謝られ、今まで何も知らなかった振りをして現在進行形でもメアリを騙しているルナが次第にいたたまれなくなってくる。
本当にごめん、メアリが貴族ってことは最初から気付いてた。
「ううん、そんなことないよ、貴族だなんて関係ない。今のメアリはちょっと賢いだけの町娘メアリでしょ? もしもうすぐ会えなくなるなら、それまでは楽しく過ごそう?」
ルナは下を向くメアリを覗き込むようにして言った。それはルナの本心だった。そもそもルナは突然の別れにこそショックを受けていたが、メアリの身分については最初から知っていたため動揺は一切ない。
そのルナの言葉にメアリは嬉しそうに笑った。今日初めてのメアリの笑顔だ。
「うんうん、やっぱりメアリは笑ってるほうが可愛いよ」
「ふふ、もう、からかわないでよ」
それからまだ少し落ち込んでいるものの、いつもの調子を取り戻したメアリと少しお喋りをして、ルナ達は別れた。
次の市の日、孤児のルナとメアリはお別れすることになったのだった。
次回は少し時間を巻き戻してメアリ視点です。
そろそろ内容というか流れに矛盾が出てこないか心配です……
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