13. 交易品区画
今日2回目の投稿です。
「わあ……きれい……!」
夕焼けが真っ赤に染まる時間帯、メアリは眼前に広がる光景に目を見開き、うっとりと声をもらした。その隣では、ルナがそんなメアリの様子に目を細めながら一向に成長の気配のない胸を誇らしげに張っていた。
「どうよ、私のとっておきは」
東の市の一角、向かいあって奥まで続いていく露店に並び、屋台に吊るされた白磁の壺や東洋風の硝子細工、華美な装飾の付いた素人目にも一級品だとわかる武器や防具の全てが、秋の夕陽の光を纏って輝いている。
屋台にのれんのように一列に吊るされた風鈴などの硝子細工を通ったオレンジ色の光が屈折し、地面にゆらゆらとゆらめく万華鏡のような複雑で美しい文様を描く。
その風景は売り物に合わせた東洋風の装飾を施した屋台や、夕方という時間帯による光の加減等も相まって、その一角だけまるで別世界のような幻想的な雰囲気を醸しだしていた。
「すごい……きれい」
二人は今、先週のルナの「一番のお気に入りに連れていってあげる」という言葉通り、東の広場の隅にある他大陸との交易品をあつかう区画に来ていた。
先程からメアリは頬を上気させ、目の前の幻想的な風景に魅入っている。ルナへの返答もうわの空だ。
「気に入ったようでなによりよ。
この場所はこの時期の夕暮れ時が一番奇麗なの。この時間帯は皆ができるだけ売り切ろうと商品を店頭に並べる時間だし、それにこの季節の夕陽だからね。この辺りの全部が宝石みたいに輝いてるでしょ?」
ルナの解説にコクコクと無言で頷くメアリ。この状態のメアリが我にかえるまでに五分ほどかかることになった。
交易品の多くは壊れやすかったり重かったりと何度も移動させることに向いていないため、下町の多くの商人は交易品を東の広場周辺のみで扱っている。そのせいで一週間に一度開催される市場は、彼らにとって重要な稼ぎ所となっているのだ。
特に市の終盤に差し掛かると、とりわけ専属契約等で定期的に商品を仕入れているような商人達が、とにかく売れればいいとばかりに普段は店の奥に陳列されているようなものまで店頭に並べて客の目を引きにかかるため、その光景は圧巻の一言である。
メアリが再起動するのを待って、二人はその区画を散策し始めた。メアリは貴族とはいえお忍び中なうえ子供であり、ルナは院の孤児であるため、二人が自分の自由にできるお金はほとんどない。そのため、いつもはこうして二人で冷やかしを楽しんでいた。
メアリは動きだしてからもずっと目を輝かせて屋台に並ぶ交易品の数々を眺めている。そんな様子にルナはメアリが市場にきた当初を思い出し、既視感を感じていた。
「凄い、ねえルナこれ見て、不思議な飾り」
「それは風鈴って云うの、風がふいたら音が鳴るのよ」
「へー、奇麗ね」
何故風鈴が秋も終わりなこの時期に売られているのかとルナは心の中で突っ込んだが、異文化の珍しいものの扱いなどそのようなものである。果たしてこの市場の中で何人が、風鈴を夏場に涼しげな音を聞き、風を感じて涼むためのものだと理解しているのだろうか。
ルナが取留めもなくそんな思考を巡らせていると、ふとメアリが先ほどからある屋台の一点をちらちらと見ていることに気が付いた。
「どうしたの? なにか気に入ったものでもあった?」
「えっ、いや、そんなことないよ」
「ふーん、これかー」
ルナが質問した途端にメアリはまごまごしだすが、ルナはその視線の先にあるものを発見し、近付いてじっくりと観察する。
「ちょっ、えっ、ルナなんで解ったの」
「なんとなく? ……確かに周りのよりもよくできているわね」
メアリが注目していた物は、両手で掬い上げられる程の大きさの蓮の花をかたどった硝子細工だった。
その花弁はうっすらと桃色を帯び、中央は鮮やかな黄色である。花びらの一枚一枚まで精巧に作られ、美しい硝子細工が並べられたなかでも一際目立っていた。
メアリが惹き付けられたのも無理はない出来だったが、当然ながらそれだけのものの値段は高い。
庶民はもちろん下級貴族程度ならば大人でも買うことをためらうだろう程の値段が付いていた。
メアリもそれがわかっているのだろう、物欲しそうにしながらも決して買おうとは考えていないようだった。そんなものを市場で売るなよとルナは余り表情を変えない店主を半眼で睨んだが、ふとその顔に見覚えがある気がして少しの間考える。
「……うん、メアリは運がいいわ」
「え?」
突然、ルナは何を思ったのか店主を呼ぶと、なにやら小声で交渉を始めた。焦ったメアリがなにごとかと思って聞き耳を立てると、「誕生日」やら「協力」という単語が途切れ途切れに聞こえてきた。
メアリが不思議に思いながらルナを待っていると、ルナが晴れ晴れした顔で戻ってきて「これ貰えた!」と手に持った例の蓮の花をメアリに差しだした。
「っうぇえ!? 何したの!?」
メアリも伊達に数ヵ月値切り交渉をしていたわけではない。買い物は基本食材だったとはいえ、目の前の物は普通の交渉をしてタダで手に入るようなものではないことぐらいは解る。
「いや、あの店主、隠してたみたいだけど肉屋のおねえさんに惚れてるからさ、独身だよって教えてあげて紹介するところから交渉を始めたんだよ。
結局おねえさんの誕生日を教えたり、おねえさんが店主に好印象を持つような噂を流したりして恋の成就に協力することで手を打ったわ。成功報酬でもう一つなにか売り物を持っていってもいいって」
「そんなに上手くいくものなの?」
メアリの疑問は店主の恋の成就ではなく交渉の結果の方に向いていた。ルナはその意図を正確にくんで答える。
「ん? だってさ、誰にも言ってない恋に都合よく協力しようとする人が現れたんだよ? 何かしらの運命を感じちゃったりしない?」
実際ルナは店主がそう感じるよう思考を誘導していた。えげつなさでいえばメアリより気づかれない分ルナの方が悪質だろう。どっちもどっちではあるが。
「……わかった、いやわかってないけど。そもそもどうしてルナは『誰にも言ってない恋』を知ってたのよ。あの店主さん、そんなに顔に出る人には見えないよ」
不愛想で表情にほとんど変化のない店主をうかがいながらメアリが首をかしげる。
「仕草とか視線の動き……目の色……的な?見てればわからない?」
あっけらかんとメアリの疑問に答えるルナ。
メアリは先ほど自分の欲しいものを当てた時もそうだが、感情の機微を読むことに長けたこの友人を半ば本気で怖いと思ったのだった。
「……もういい。とにかく、この花はありがたく頂いておくね。いつかこの恩は返すから」
「ん、わかった」
メアリもただでこんな高価なものを貰うのは気が引けるだろうと、ルナはメアリの言葉を受け入れた。
メアリはそっとその硝子の蓮の花を貰った布に包み、大事そうに抱えた。
『いつか』、ルナもメアリも、その関係がいつまでも続くことを心のどこかで当然のように思っていたのだろう。
貴族と孤児、二人の東の市での友人関係はじきに終わりを告げることになる。
ルナとメアリが出会ってから一年ほどが経った。この一年、二人は毎週のように東の市で会っていた。雪が厳しく、子供の外出が禁止される冬には部屋でお互いのことを思っていた。
メアリの振る舞いも、ルナがそれとなく注意していた為に今ではすっかり町娘が板についている。
東の市で、黒と金の二人の少女の楽しそうな声が途切れることはなかった。
二人は忘れていた、いや、考えたくなかったのだろう。
この本来ならばありえない友情は、永遠などでは決してないということを。
春の始め、少し寂しそうな目をしたメアリがいつになく真剣な調子でルナに尋ねた。
「ねえルナ、貴女は自分の将来とか考えたことある?」
次回からやっと話が動きます。
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