10. 友達
メアリと一緒にクレープを頬張りながら、話に花をさかせていたルナ達だったが、いつの間にかルナがメアリからの質問に答える形になっていた。
「……ところでルナ、このお菓子は何? 見たことない形をしてる。それになんでこれをタダで貰えたの?」
「ああ、このお菓子は私が考えて、お菓子の屋台を出そうとしてたあのおばちゃんに作り方を教えたんだよ。クレープっていうんだ、おいしいよ」
「へぇー! 凄いんだね、ルナ」
「ふっふっふ、伊達に孤児院の料理係をやっていないのですよ」
そんな適当なことを言いあいながら二人でクレープを食べ、道行く人々をメアリの護衛もとい兄だという人を探して観察する。
この世界の人々は地球にはない色の髪をしていることも多く、ざっと街の通りを見渡すだけでも一般的な髪の色である茶髪に混じって深緑やピンク、オレンジなどの髪をした人物が散見される。
アラン氏は青髪らしく、広場を見渡すことのできる位置にいるだけですぐに見つかるだろうとルナは考えていた。
「あー、アランみっけ。おーい!」
「お、見つかったんだ、よかったね」
メアリの視線の先には、冒険者風の服装をして腰に剣を帯びた青年がいた。誰かを探すように辺りを忙しなくきょろきょろしていた青年は、その声に弾かれたようにメアリの方を向き、メアリを見つけてほっと息を吐く。
そして彼はメアリが手に持っているクレープと、その隣で同じようにクレープを頬張っているルナに気付き、怪訝な顔をしてルナ達に歩み寄ってきた。
ルナはその顔にどこか既視感を得たが、前世があるルナにとってさして珍しいことでもないので、深く考える事はしなかった。
「おじょ「アランお兄ちゃん! どこに行ってたの、心配したんだよ!」……あ、ああ、すまん」
青年――彼がアランらしい――にお嬢様と呼ばせてたまるかとでもいうように、兄の部分を強調して青年の呼び掛けをさえぎるメアリ。事情を何も知らない(筈の)ルナが聞いても不自然には思われない言葉を選んでいる辺り、メアリの機転の良さがうかがえる。
メアリにそう言われたアランは僅かに目を見開いたが、すぐさま少し怒ったような表情になる。
「なに言ってんだよ、お前が勝手にふらふらどっかに行っちまうのが悪いんだろうが。こっちがどれだけ心配したのかわかってるのか? 父さんにいいつけるぞ」
多少綻びはあったが、それはルナも感心する程の即興とは思えないほど堂に入った兄っぷりであった。どうやら彼もかなり優秀なようだ。
さらにはメアリが一緒にいる、恐らくはメアリが自分が貴族であることを隠したい対象のルナに名を偽っている可能性を考慮してか、メアリの名前を出さなかったのもルナ的には好印象だった。
ルナは彼の動作の端々に騎士の、それも対象を護る事に重きを置いた動きがあることから、アランは護衛だと既に確信していたのだが。
冒険者風の服装も、王都の中で帯剣して出歩いていても目立たない服装だからなのだろう。
「で、こちらのお嬢さんは誰なんだ?」
アランがルナを一瞥し、メアリに尋ねる。メアリの隣にいるルナを警戒しているようだ。
「この子はさっき私の友達になったルナ。孤児らしいけど、お菓子をくれたり、一緒にお兄ちゃんを待ってくれたりしたいい子なんだよ」
メアリの紹介にルナはにこにこと笑いながらぺこりとお辞儀をする。ルナはメアリから友達と言ってくれたことが嬉しく、上機嫌だった。この世界で初めての同性、同年代の友達である。
「へぇ、孤児には見えないくらい小奇麗で礼儀正しいお嬢さんだな。よろしく、この子の兄のアランだ。見ての通り冒険者をやっている」
どうやらアランはルナへの警戒を緩めはしたようだが、ルナの態度から孤児だということは疑っているようで、警戒を完全に解くことはしなかった。
「ルナです。アランさんも一緒にこのお菓子、食べませんか? メアリもおいしいと言ってくれてますよ」
子供らしくにかっと笑って尋ねるルナに、アランは毒気を抜かれた顔をする。
「いや、折角だけど遠慮しておくよ、もう帰らなきゃいけないからね。メアリ、もう帰る時間過ぎてるぞ。父さんが心配するから早く帰ろう」
「はーい。ねえお兄ちゃん、ルナと次の市でも会えないかな? ルナとのお喋りは楽しいし、折角の友達だからまた会いたいの」
ね、お願い? とメアリが上目遣いでおねだりすると、アランは気まずそうに目を反らしながらしぶしぶ頷いた。
「やったぁ! ねえルナ、そういうわけで来週もここで待ち会わせね!」
「えっ決定なの? ……まあいいけど。じゃあメアリ。また来週ねー」
メアリの強引さに若干気圧されながらも、不思議と嫌な感じはしないルナ。またねーとアランに手を引かれて去っていくメアリに手を振り、最初の予定通り今晩の夕飯の材料を買ってルナは孤児院に戻った。
「ただいまですー」
「あらおかえり、いつもより遅かったじゃない。それにどこか嬉しそうね、なにかあったの?」
「ええ、東の市で初めての友達ができたんです。私と同じくらいの年頃なのに凄く賢くて、話していて全く気疲れしないんですよ。来週にまた会う約束もしました」
ルナが嬉しそうにカリーナに報告する。
「ルナちゃんが賢いって言うなんてその子、凄いのね。ルナちゃん、いつもお姉さん役だものねぇ。やっと対等に話ができる友達ができたのなら嬉しいわ」
カリーナはルナの言葉に僅かに目を丸くしたが、すぐに破顔して言った。カリーナも、大人びたルナが同年代の子供達の中で浮いてしまっていることを心配していたのだ。
院の子供達と遊んでいる時でも、ルナは毎回いつのまにか仕切り役になってしまっていて、奔放な皆をまとめることに骨を折っているのだ。精神年齢が高いとはいえ、苦労症なのだろう。
カリーナは、そんなルナが目を輝かせ友達ができたと報告する様子にわがことのように喜んでいた。
「まあともあれ、夕食の時間は大丈夫なの? 子供達がお腹を空かせていたわよ。早く作ってあげてね」
「あっ、忘れてた! い、今から急いで作ってきます!」
慌てて厨房へ駆けていくその歳相応に小さな背中を見送りながら、カリーナは小さく安堵の息を吐いた。




