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第三話 面倒なお嬢様

「まさか本当に三人とも同じクラスになれるなんてね」

「お姉ちゃんが一緒だと心強いよ。……あ、も、勿論宵月さんも一緒で嬉しいよ?」

「そうか」


 まぁ俺は全く嬉しくも何ともないんだけどな! ―――と言う本音は勿論口にすることなく、上っ面の笑顔を張り付けて応える。

 入学式は多少……ってか大分俺の想定と違うが、そこは別に問題はない。俺の予想通り時統が何らかの操作をしたのかそれともただ単に偶然の巡り合わせなのかは知らんが、九重姉と妹さん、それから俺の三人は同じクラスになっていた。他の奴ら? 知らん。

 前を行く二人の後ろを心中にて盛大に愚痴を零しつつ着いて行く。

 俺たちのクラスは一年C組。クラスはA~Eまでの組分けがされており、成績順だとかそういうことはない。ならどうやって分けているのかって? 俺が知るか。


「あ、此処みたいね」


 九重姉がそう言って、戸惑いなく閉ざされた扉を開けて堂々たる態度で入室する。その姉の陰に隠れるように妹さんがコソコソと入って行く。


「…………はぁ」


 気付かれないように小さくため息。今から約一年間をこの狭い教室で大勢の人間に囲まれながら過ごさなければならないのかと思うと胃が痛くなってくるが、黙ってこの場に留まり続けて訝しげな視線を向けられるのはそれはそれで気持ち悪い。

 いや、まぁこの教室でさえ我が家に比べると随分と広々としているのだがそこはそれ。人口密度の問題である。俺のパーソナルスペースは常人の二十倍はあるのだ。何の自慢にもならないが。


「はぁ……」


 再度ため息をついて、俺は意を決して教室内へと足を運んだ。



「お~ほっほっほ! 此処で会ったが百年目ですわ! 九重桜華!」

「げっ」


 入って早々にクソ面倒くさい奴がいた。クソったれ。

 そして九重姉。お前女だろうが。なら幾ら何でも「げっ」はないだろ、「げっ」は。……まぁ、そう言いたくなるような面倒くさそうな女だと言うことは分かるが。


麗奈(れいな)さんもこの学校に入学してたんですね」

「ええ、その通りよ舞華。全てはそう、貴方の姉である九重桜華に全てにおいてこのわたくしが上であると言うこと証明するためにね!」


 ズビシィッ! と教室のど真ん中に仁王立ちし、こちらを―――正確には九重姉を指差す女の名前は麗奈と言うらしい。……そう言えば、入学前に渡された九重姉妹の資料ファイルの中にこの女に対する情報もあったような……? 正確に言うなら、この女個人ではなく家柄関係で。


「私はそんなのどうでもいいって言ってるでしょう? どちらが上かなんて興味はないのよ」

「貴女はどうでもよくてもわたくしにとってはどうでもよくありませんわ! これは鳳凰院(ほうおういん)家と九重家の因縁……言うなれば義務なのですわ!」

「何よそれ……御先祖様同士の因縁なんて私たちには関係ないでしょ」


 呆れたような表情を浮かべる九重姉。俺には何一つとして関係もないし欠片も興味はないが、九重姉の言葉は実際にその通りなのだろう。……過去の出来事を、何時までも引きずる方が可笑しいのだろうさ。でもな、理屈ではそうだと理解していたとしても、そう簡単に割り切れる奴なんて意外といないもんなんだよ。


 ……って、こんなの俺っぽくないっての。それとついでにこの女のことに関しても思い出した。

 この女の名前は鳳凰院麗奈。家柄的には九重家とも肩を並べるであろう名家で、世界でも有数の資産家でもある。

 この女はその家の一人娘であり、第七感(セブンズセンス)を発現させている能力者であることはこの場にいる時点で察せるだろう。

 で、この鳳凰院家。実は戦前よりずっと前から九重家とはかなり不仲だったらしい。時には土地を、時には金を、またある時には女を巡って争い、その積もり積もった軋轢が現在の子孫に至るまで続いているらしい。まぁこの女は家同士がどうのこうの言う前に個人的に九重姉に敵愾心を抱いているようだが。妹さんに対する対応を見る限りでは仲が悪いわけではないのだろう。犬猿の仲と言うべきか、喧嘩するほど仲がいいと言うべきかは知ったことではないが。

 と言うか、え? 俺ってこんなことからも護衛せにゃならんのか? ………………いや、流石にそれはないか。ない、よな?

 あったらグレるぞ、クソったれ。


「あら。そうですかそうですか。つまりこういうことですのね。『九重桜華はこの鳳凰院麗奈に恐れをなして敗北を認めた』と、そう言うことなのですわね! それなら仕方がありませんわ! 何故ならわたくしが貴女よりも優れているのは自明の理ですものね!」


 分かりやすい挑発だな、オイ。

 幾ら何でもこんな前時代的な挑発に乗ってくる奴なんているわけないだろうに。


「なんですって? 何時私がアンタに負けを認めたって言うのよ」


 乗ったよ、コイツ。


「あら? 今しがたそう認めたではありませんか」

「ふんっ! それはそっちが勝手に言っただけでしょ。私は一言もそんなこと言ってないわよ。ボケが始まるには早すぎるんじゃないの? あ、そっか。貴女の頭は何時もおめでたかったわね」

「んなっ!? 貴女ね、このわたくしを侮辱するおつもりですの!?」

「なーに? 図星を指されたからってそんなに怒らなくてもいいじゃない。事実なんだし」

「お、お姉ちゃん……」


 鳳凰院麗奈……面倒くせぇな。お嬢様でいいか。で、お嬢様の挑発に見事に乗った九重姉が今度はお嬢様の方に挑発をやり返し、お嬢様も見事に挑発に乗せられた。

 どうやら九重姉は強気そうなのは見た目だけではなく、実際に性格も強気らしい。温厚な妹さんが姉の制服の裾を軽く引っ張って止めようとしているが、まぁ効果はない。

 肝心のお嬢様は顔を真っ赤にしてプルプルと小刻みに肩を震わせている。……怒ってんだろうなぁ。それはもう、烈火の如く。

 そんくらいは人間の感情に疎い俺でも理解はできる。


「決闘ですわ!!」


 う~わ、また典型的な台詞。お前は何処ぞの英国人か…………って、待て。この流れで行ったら間違いなく九重姉は決闘を受けることになる。

 そうなると、だ。必然的に九重姉が負傷する可能性もあるわけで。……コレ、どう考えても俺が面倒くさい厄介事に巻き込まれる流れじゃね?


 ―――ちなみにだが、此処で言う『決闘』だが、実はちゃんと校則でも定められている。

 第七感(セブンズセンス)を発現させた少年少女たちの育成を目的とした各学校は、互の能力を高め、研鑽して行くために学校公認の喧嘩(・・)が定められているのだ。それがこのお嬢様の言う『決闘』なのだろう。


 閑話休題。


 ともかく、だ。『決闘』をするとなった場合、間違いなく護衛の俺が時統から何かしらの支持を受けることになるだろう。そして「事前に事態を防げなかった云々」とか言われるに違いない。そして口にするのも恐ろしい制裁を受ける羽目になるのだ。おのれあの鬼畜外道悪魔めが!!

 …………仕方ない。激しく面倒くさいしこの上なく関わりたくないが、仕方ない。止めるか、クソったれ。


「ちょっといいか?」

「なんですの? 関係のない部外者は黙って―――ヒィッ!?」


 俺が口を挟み、お嬢様が俺を見た瞬間だった。

 傲慢を絵に書いたようなお嬢様は俺の顔を見るなり顔を青ざめさせ、悲鳴を上げて後ず去った。体が小刻みに震えているのは会話を邪魔された怒りからではなく恐怖からだろう。


「な、な、なんでございますかしら!? わ、わたくしは食べても美味しくはありませんわよ!?」

「ちょっと落ち着きなさいよ麗奈。言葉遣いが可笑しなことになってるわよ」

「ってか俺は人を食ったりしねぇよ」


 俺を一体なんだと思ってんだよ、クソったれ。

 だがしかし、俺の言葉は残念ながら二人には届かなかったらしい。


「こ、これが落ち着いていられますか!? そもそもどうして桜華はそんなに平然としていられますの!?」

「私だって最初は恐かったわよ。でも、ねぇ。まさか舞華から―――」

「お、お姉ちゃん! そのことは言わないでって言ったでしょ!」

「あらごめんなさい。うっかりしてたわ。まぁ、そういうわけで今は平気かしらね」


 どういうわけなのかさっぱり分からんが、意外なことに入学式で俺の隣の席に来たのは九重姉が強引に引っ張ってきたわけではなく妹さんの方から俺の隣の席に来たらしい。明言こそしていないが話の流れからしてそう言うことなのだろう。や、だからどうしたって話なんだけれども。

 しかしそんな姉妹対談にお嬢様は全く共感を示してはいなかった。当たり前だが。


「分かりませんわ分かりませんわどうしてあの二人が……しかも人見知りのはずの舞華が…………ハッ!?」


 青ざめた顔でブツブツと呟いていたお嬢様だが急に何かを思い付いかのように顔を勢い良く上げた。

 何故かその顔には俺に対する敵愾心が浮かんでいた。


「貴方! この二人を洗脳しましたのね!!」

「………………は?」


 いや、ちょっと待ってどういうこと? 俺が洗脳した? 誰を? コイツらを? ハハッ、ナイスジョーク。

 いやいやいや、何それどういうこと? 俺護衛だよね? なのになんでその俺が疑われるわけ?


「いや、何言ってんのよ麗奈。私たちが洗脳って、そんなことあるわけないでしょう?」

「そ、そうですよ麗奈さん。それに、宵月さんはとてもいい人で―――」

「そこですわ!」

「え?」

「あの人見知りの舞華が出会って数分やそこらの人間を『いい人』だなんて言うわけないですわ! これはもうあの人を何人も始末している殺し屋のような男の第七感(セブンズセンス)で操られているのですわ!!!」


 とことん失礼なお嬢様だなオイ。俺のことを一体なんだと思ってるんだよ。……あ、人殺しか。そうか。

 一応念のために言っておくが、俺は人を殺したことはない。殺したいと思ったことはまぁ、常日頃からあるが、とにもかくにも実行したことはない。

 ってかそもそも俺には第七感(セブンズセンス)がないんだから能力を使って洗脳しているという時点でハズレなんだよな。できねぇし。


「いやいや麗奈……アンタ何言ってるのよ……」


 呆れたように言う九重姉だが、ヒートアップしているお嬢様には届かない。


「可哀想なお二人……でもご安心を。このわたくしが悪逆非道なこの男から救い出して差し上げますわ!」

「操られてなんていませんけど……」


 あの妹さんでさえ苦笑しながら言うぐらいなのだからよっぽど何だろう。何とも傍迷惑なお嬢様である。権力があって人の話をまるで聞こうともしないとか質が悪いにも程があんだろクソったれ。


「……ごめんなさいね。麗奈、昔から人の話を聞かないところが多々あって…………。でも、根は優しくていい子だから、嫌いにならないであげてね」

「……それは、まぁ、分からなくもない」


 そもそもの話、根本的に間違っているとはいえお嬢様がここまでヒートアップしているのは俺から九重姉妹を救い出そうとしているからだろうし。

 九重姉の言う通り優しいのだろう。心根は。ただ、人嫌いの俺に対してはそんなもんどうでもいい。何時もの俺なら殴り飛ばしていただろうが……生憎俺は九重姉妹の護衛と言う立場だ。甚だ不本意だが。

 なので、目立つ行動は避けなければならないのだ。……この時点で十分目立ってんだろ、と言うツッコミはなしだ。虚しくなるからな。


「わたくしは必ず貴方から二人を取り戻しますわ! 首を洗って待っていなさい!」


 キッ、と親の仇を見るような鋭い目線で睨んで、お嬢様は振り当てられた自身の席まで歩いて行った。威勢のいいことを言った割にはすぐに実行に移さないのは自分の力を過信していないからだろう。……言っておいてなんだが、信憑性がないな。

 お嬢様が席に向かった後、始業を告げる鐘が鳴る。このチャイムの音は戦前以前から変わらないのは何かのこだわりだろうか。どうでもいいけど。


「私たちも席に着きましょう? このまま此処でぼ~っとしているわけにも行かないでしょうし」

「うん。……あの、宵月さん」

「……なんだ?」

「麗奈さんのこと、誤解しないであげて下さいね。あんな言い方をしてますけど、全部私たちを思っての言葉だと思ってますから」

「それは、まぁ、分かってる」

「は、はい。その……ごめんなさい」


 オドオドビクビクとした態度ながら言うべきことはしっかり言うタイプなのだろう。姉の陰に隠れてはいるものの芯はしっかりしているようだ。……自分に自信がないのがこの引っ込み思案な性格を形成しているのだろう。

 何れにせよ護衛の俺にはこの二人の内面など関係のないことではあるが。


「別に謝らなくていい。お前が何かしたわけじゃないだろ」

「ご、ごめんなさい」

「……いや、だから―――ああ、もういい。さっさと席に着くぞ。何時までも突っ立ってたら馬鹿みたいだろ」


 このままだと何時までも終わりそうにない会話を強引に打ち切って、妹さんを促して自分の席を探す。

 席順は普通にアイウエオ順で、机の上に名前の書かれたホログラムが浮かんでいる。

 俺の名前が浮かんでいる席を見付けて着席。……分からなくもないが、殺到する視線が鬱陶しい。これも全てお嬢様のせいだクソったれ。


 まだ担任の教師の顔さえ見ていないと言うのに早くもダウンしそうな俺だった。


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