第二話 予想外の入学式
今更言うべきことでもないが、第七感が発見されてから世界は一気にそのあり方を変えた。
どの国もこぞってその能力の研究に全力を尽くし、一部国家では正気を疑うような非道な人体実験が行われた、と言う噂もある。ただのデマだと言うのは簡単だが、『火のないところに煙は立たない』―――まぁ、つまりそう言うことだ。
日本と言う国も例外ではなく、人道に反するような実験は行われていた。勿論、表向きには道徳に則っての研究だとされているが。
さて、ぐちゃぐちゃと面白くもない話をしたが、これらは別にどうでもいい。頭の片隅にでも留めて置いてくれ。
本題に入る前にもう少しだけ第七感について話させてもらおう。
御存知の通り第七感とは五感や第六感―――言ってしまえば第六感に次ぐ、より高次の人間に秘められた特殊な力のことである。
その力は人によって様々で、『火炎を操る』という能力や『夜でも昼と同じように見えるようになる』など、役に立つのか立たないのか良く分からないものや時統のような反則じみたものまで様々だが、かつては超能力や魔法と呼ばれていた御伽噺にすぎなかった力は夢幻ではなくなった。
そしてこの力は万人に等しく眠っているのかと言われれば、実はそうでは無かったりする。
第三次世界大戦―――『終わり無き戦争』終盤に第七感に目覚めた人間が発見された。その数はおよそ四百人ほど。数字だけ見れば多いと思うかもしれないが、当時の世界人口は約九十三億人。
それだけの人間の中でたったの四百人しかいなかったのだ。そして世代を重ねる毎に第七感を発現させる割合は右肩上がりに増加して行っている。戦争終結から約五十年経過した現在では第七感を発現させる人間は百人に一人程の割合となっている。
かつてと比べれば雲泥の差ではあるが、それでも稀少なことには変わりない。その影響なのか、現在では少しばかり面倒な社会現象が起こっている。
予想は付くかもしれないが、第七感を発現させた人間とそうでない人間との間に起こる差別問題が最も代表的なものだろう。一部の学者が『第七感とは人類が危機的状況下で生き残るために、新たに進化を遂げた結果生まれたものなのではないか』などと言ったせいで、第七感を発現させた人間を『新人類』。そうでない人間を『旧人類』などと呼ぶ輩も存在する。
そうでなくとも第七感を扱える人間のことを『能力者』とし、それ以外を『無能者』と区別しているのだから、益々その格差は広がっている。
ここまでくると最早わざと差別問題を広げようとしているのではないかと思ってしまう。詳しいことはまだ分からないが、此処『柊学園』にもそういった差別思想の人間はいるだろう。全員が全員そうだとは言わなが。
まぁ、ここまで長々と語ったが、言いたいことは一言。それはつまり―――
「面倒くせぇ……」
肺の中の空気を全て吐き出す勢いで盛大なため息を長く長~く吐いて、鉛のように重い体を引きずるように入学式の会場まで歩いて行く。
既に荷物は寮の部屋に置いている。ルームメイトはまだ来ていないのかそれとも俺一人なのかは未だ不明。後者であることを願う。切に願う。
ただでさえストレスに胃に穴が開きそうな環境なのにこれ以上ストレスを溜め込みたくはない。俺はそこまでマゾではない。
ちなみに、寮の部屋は俺の家より数百倍上等でした。クソったれ。
入学式まで後十数分。標的、未だ見えず。
そこそこ席は埋まりつつあるが、どいつもこいつもゆとりなのかまだまだ空席が目立つ。十分前行動は社会の基本だろうがよ。俺? ……時間に遅れれば最悪な奴に最悪な方法でズタボロにされたからな。主に精神が。
知ってるか? 人間余りにも精神的に追い詰められると全てが真っ白になるんだぜ?
っと、まぁそれはいいのだ、それは。と言うか思い出したくもないことを思い出したせいで俺の気分は急下降だ。……朝起きてから止まることなく下がり続けているがな!
しかしアレだな。俺の護衛対象のお嬢様二人も遅いな。やっぱアレか? 親や周囲の人間に甘やかされて来ました、って言う典型的なアレなのか? だとしたら最悪だな。俺のモチベーション的に。まぁ、最初から底辺だがな!
「ごめんなさい、隣の席いいかしら?」
つらつらとそんなことを考えていたからだろうか。気付けばすぐ近くにまで近付いてきていた人の気配に気付くのが遅れた。
気配は二つ。声から察するに性別は女。別に女だからと言って人見知りする質ではないので問題はない。ってか人間嫌いに性別なんぞ関係ない。
「ああ、別に構わな、い…………」
このまま黙っているのもなんなので振り返りつつそう言って、硬直する。だが、そうなるのも無理はないだろう。
何故なら、振り返った先に立っている二人の女は―――
「そう? なら失礼するわ」
「え、えと……失礼、します……」
―――これから俺が護衛をしなければならない件の人物、九重桜華と九重舞華の二人だったのだから。
……って、いやいやいや。ちょっと待て。おかしいだろオイ。
確かに無駄に考え込んでいた間に随分と席は埋まってしまったがそれにしたって、俺の護衛対象の二人が偶々偶然俺の隣の席に来るってどんな確率なんだよオイ。有り得ねぇだろこんな偶然。時統がなにかしたとしか思えないぞコレ。
つかまだ席が空いてるところはあるだろうが。何故俺の隣の席に来るのか意味が分からん。
「全く……父さんの過保護にも困ったものね。おかげで入学式に遅れるところだったわ」
「で、でもお父さんも私たちを心配してくれてたんだし、あんまり悪く言っちゃ駄目だよ」
「いいのよ別に。もう高校生になるのに何時までも子供扱いされてちゃかなわないわ。―――貴方もそう思うわよね?」
何故此処で俺に話を振るのか。
と言うかお前たちの家庭事情なんて知ったこっちゃねぇよ。いや、知ってるんだけどね、不承不承だけど。知りたくもなかったけど。クソったれ。
「さ、さあ? いいお父さんなんじゃないのか?」
「違うわ。過保護なだけよ。あ、私は九重桜華。で、こっちが―――」
「い、妹の、九重舞華、です……。よろしくお願いします…………」
「し―――んんっ! 俺は宵月悠夜だ。こっちこそ、よ、よろしく」
「名前で気付いたかもしれないけど、私たちは双子なのよ。……よく似てるって言われるし、見た目でも分かるかもね。とにかく、よろしくね、悠夜」
危ねぇ。今一瞬『知ってる』って言いかけた。ってかいきなり名前呼び捨てかオイ。『親しき仲にも礼儀あり』と言う諺を知らんな? 親しくないけど。そもそも親しくなりたくもないけど。
ま、まぁいい。若干―――と言うか大分、俺の想定とは掛け離れてしまっているが、それはいいのだ。俺の任務はこの二人の護衛を、護衛だと気付かれることなく遂行すること。この二人やクラスメイトたちと馴れ合うつもりも親しくするつもりもないが、どの道この二人を護衛するためには多少なりとも関わっていなければならなかったのだから、その分の手間が省けたと思えばどうにか、うん。
気付かれないことに重点を置いてストーカー扱いされるつもりはない。そんな扱いされたらこの依頼を投げる自信があるぞ。
「宵月悠夜、ね。此処で会ったのも何かの縁だし、同じクラスになれるといいわね」
「そうだな」
九分九厘同じクラスになると思うぞ、と言う言葉は呑み込んでおく。俺がこの二人の護衛だと言うことは学園長と二人の父親―――依頼主の九重茂だけらしいしな。あくまで時統の言葉を信じるなら、だが。まぁ、時統は一度受けた依頼に関しては誠実な態度で当たる奴だ。時統が依頼に関することで嘘を言ったことは未だかつて一度として見たことはないので信じていいのだろう。
それはともかく、学園長が俺のことについて知っているのなら、この二人を護衛しやすいように何かしらの配慮はしてくるはずだろうし。普通、双子はクラスを分けるが、この二人は特別だ。まず間違いなく三人同じクラスになるだろうな。
―――とは言え、まだ出会って数分。ほんの少ししか言葉を交わしていないが、資料に書いてあった通り姉の方は快活で誰に対しても対等に接してくるのに対し、妹の方は人見知りですぐ姉の陰に隠れるな。姉の方はともかく妹の方は人によってはそのオドオドした態度に苛付きを覚えるかもしれない。俺はどうでもいいが。
「でも、今日からはいよいよ寮生活ね。舞華も一人でもしっかりするのよ? 私が何時も傍にいるとは限らないんだから」
「う、うん…………」
「もう、今からそんなに不安そうでどうするのよ。大丈夫よ、大丈夫。舞華はやればできる子なんだから」
「……うん」
しかし改めてこうして実物を見ると二人共本当によく似てるな。幼い頃は姉妹で比べられたりしたのだろうか? 資料にあったのはあくまで現在に至るまでの簡単なプロフィールだったので過去のことについてはそこまで詳しくは記入されていなかったため、想像することしかできないが、考えるだけなら自由だ。
一見すると仲のいい姉妹だが、実際は違ったりするのだろうか? 人の機微なんぞ分かりたくもないのでどうでもいいのだけれど。
閑話休題。
そうこうしている内にあっという間に入学式の開始時刻になった。開始を告げる鐘が鳴り、騒がしかった会場が次第に静かになって行く。
俺の横で姦しく話していた九重姉妹も鐘が鳴った途端にピタリと私語を止めて前方のステージに注目していた。二人に習って俺もステージに注目する。
入学式と言っても、俺たち新入生がすることはない。ずっと昔の、それこそ終わり無き戦争以前の学校の入学式では在校生と新入生が集い、挨拶やら何やらをしていたらしいが、この御時世にそんなことをしている学校はむしろ稀だ。
基本的に教師の話を聞くだけで入学式は終わる。実にいい時代になったのではなかろうか?
「あ……そろそろ学園長のお話みたいね」
九重姉が不意に呟いた。本人は聞こえてないつもりなのだろうが、俺は耳がいいので普通に聞こえる。
声を聞く限り、この女の気分が高揚しているのか口調が弾んでいた。俺は声も姿も名前さえも知らないし興味もないが、この学園の学園長は随分と人気者らしい。
俺が学園長について知っていることと言えば性別が女だと言うことだけなので、九重姉が何故そんなに興奮しているのか推し量ることはできない。
さりげなく覗き見たところ、どうやら声こそ出していないが妹さんも高揚しているらしい。拳を力強く握り締めて何やら切迫した表情でステージに集中している。
『―――皆さん、初めまして。私がこの柊学園の学園長を務めさせてもらっております、時統巡です』
「…………………………ハッ!?」
まさかの人物登場に一瞬意識が飛んだ。
いやいやいや、ちょ待てよホント。えっ? どういうことなのマジで。アレか? ソックリさんか? 日本人形みたいな幼児体型で時統なんて巫山戯た名前の同姓同名の別人か? ……んなわけないか。
認めるのも癪だが、と言うか認めたくないが、俺もアイツとはそれなりの付き合いだ。本人かそうでないかの見分けぐらいなら付く。本当に認めたくはないがな。
で、だ。問題は何故アイツが学園長なんぞをやっているのか。今朝「用事がある」とかなんとか言ってたのはこういうことだったのか? と言うか、え? もしかして九重姉妹は時統が学園長だってことを知ってたのか?
チラリと横目で様子を伺う。
「時統さん……っ! 本物なのね。あの人の姿を見れただけでこの学校に入学した甲斐があったわ……!」
「前の学園長さんが退職して時統さんが就任したって聞いてからお姉ちゃん、『絶対此処に入学するんだー!』って言ってたもんね」
「当然よ! あの人は私の憧れの人なんだから!」
「ふふっ。そうだね。……にしても、本当に時統さんって小さくて可愛いなぁ。あの人が『東京事変』を解決した人だなんて信じられないよ」
『東京事変』……? なんだ、それ。時統絡みの事件か? まぁいいか。別にどうでもいいし。
それよりアイツ、本当に有名らしいな。俺にとっては面倒事と厄介事を運んでくる悪魔の皮を被った人間を真似した悪魔なんだが。
『―――皆さんは本日よりこの柊学園で第七感について様々なことを学ぶでしょう。自らの力をどう使おうと皆さま方の自由ですが、大いなる力には大いなる責任が伴います。そのことを夢々忘れないようにして下さい』
「大いなる力には大いなる責任が伴います、か。……流石は時統さん。言うことが違うわ」
割りと誰でも言いそうな使い古されたフレーズだと思うがな。なんて台詞は言わない方がいいだろう。わざわざ護衛対象から不興を買う必要はないだろうし。警戒されていいことなんてなにもないしな。
俺は空気を読む男なんだよ。ハッハッハ……はぁ。
……時統が学園長になっている以上、第七感に関してはどうにかなるだろう。ってかどうにもならなかったら俺泣くぞ。何で必要以上に俺が苦労を背負い込まなきゃならんのだ。
隣で盛り上がる護衛対象の姉妹を横目に、俺は入学式が終わるまでの間、一人項垂れるのだった。