表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ある鬼さんたちの日常

作者: KEY

 なんで節分に豆まきなんだろうなあ


 俺の呟きに、隣にいた裕二が「ああソレな」と返してきた。


「昔のさ、語呂合わせみたいなモンなんだってよ。ホレ、豆の『ま』が魔物の『魔』で、『め』が『滅する』の『滅』とか」

「へえ、お前、結構詳しいのな」

「いや、昨日、上の子になんで? って聞かれて、慌ててググった」


 そりゃそうだ、裕二が、んな物知りなワケねえって、と篤史が笑う。


「しかし語呂合わせって、懐かしいよな、よくやったよな、試験前」

「ひとよひとよにひとみごろ」

「ひとなみにおごれ、てか、文浩、こないだの賭けに負けた分のコーヒー、早よ奢れや」

「いいくにつくろうかまくらばくふ」

「誤魔化すな、みひとつよひとついくにむいみ、も懐いな」

「それ言うなら、俺ら工業受験だったから、こっちだろ、すいへいりーべぼくのふねななまがりしっぷすくらーくか」

「いや、俺は族で覚えたから、ふっくらぶらじゃーあいのあと、へんなねーちゃんあるくらやみできすれんぱつ、だ」


 笑いながら、俺たちは鬼に扮していく。


 今日は、保育園の豆まき大会だ。最近の保護者会にはPTAとは別枠で、『オヤジの会』なるものが存在する。

 そう、その名のまんま、オヤジたちが集結する会だ。仕事内容はといえば、大体がPTAの行事の補佐、といえば聞こえがいいが、要するに力仕事だの汚れ役だのをこなすワケだ。


 俺たちは地元組みで、いわゆる幼馴染であり、仲が良かった。一緒にバカやって育ち、地元の小学校から公立中学に進み、深く考える事なく公立の工業高校に進学して、そのまま地元の工場系の仕事に就いた。

 工場系の特色として3交代制の仕事だった事もあり、次第に疎遠になりだしたが、やがて一人、二人、と結婚して式に呼ばれて旧交が温まった。

 数年開けずに三人とも結婚できたうえに、有り難くもそれぞれ順調に子供も産まれた。近場の公立保育園は一つしかなく、結果、更に俺たちは顔を合わせるようになった。

 何しろ、嫁さんの方が9時5時のキッチリスタイルの正社員。

 となると、保育園の送り迎えは俺たちの出番とという事になるのだ。

 当初、作業着で送り迎えするのもどうだと思っていたが、今時ニッカポッカの剃り込み頭で、ギャン泣きに泣き叫ぶ子供を担ぎ上げて時間ギリギリに特攻かます奴もいたり、作業療法士らしい白衣を着て、のんびり子供の手を引いてくる奴もいたりで、自然とそんな気使いはなくしていった。

 そいつらとも、今はいい『オヤジの会』メンバーだ。俺たちが子供の頃じゃ、考えられないよな、と笑う。


 今回の節分の豆まき大会では、ぜひ鬼が欲しい! とPTA会長さんから、オヤジ会に打診があった。

 そして都合がついたのが、懐かしのこのメンバーだったという訳だ。


「それにしてもよ、最近、せつねえんだ」

「なにが?」

「ねーねがな、ねーねがな、俺の口が臭いといって、ちゅーしてくれなくなったんだ」

「そりゃお前、いい加減でタバコやめりゃいいだけの話じゃねえか」

「いや! それは嫁の罠だ! 負けるわけにはいかん! 断じて!」

「なら諦めろや、てか、もう、5歳だろ、ちゅーはやめてといてやれよ、ちゅーは」

「うううっ……」

「いじけるないじけるな、遅かれ早かれ、この子のお嫁さんになるー! て手をつないで相手を引っ張ってくんよ」

「いや、俺ンとこは、パパのお嫁さんになる・って言ってるから! いや、永遠に言い続けさえてやるんだ!」

「キメえよ」

「黙れ、やろう二人のお前に、娘三人の俺の心中が……心中が……分かってたまるかー! か~! か~……!」


 はいはい、小芝居はそこまでね、とPTA会長と園長先生が、着替えようにと貸してくれた職員室にやってきた。へー! と感嘆の声が上がる。

「すごいね、何だか本格的じゃない?」

 今年は、PTAの予算がおりたこともあり、結構手の込んだ鬼の衣装を制作する事ができた。

 よくある、NHKの夕方6時45分からの地方版なんかで放映される、どっかの保育園の鬼にだって負けちゃいないだろう。


「喜んでくれっかな?」

「喜ばれたら、いけないんですけどね、でも、記憶には残るんじゃない?」

 生真面目そうなワンレンショートボブメガネのPTA会長が、メガネの奥でイタズラっぽく笑う。実は、例のニッカポッカのオヤジの奥さんだというから、世の中分からない。


「記憶には残る、かあ」

 俺たちは、職員室の柱の影に隠れながら、枡の代わりに牛乳パックを使った箱に落花生をいっぱい詰め込んでいる、園児たちをのぞき見た。今時は、床に落ちたのなんて汚いから食わせるなというクレームが入るので、大豆ではなく落花生をまくのだ。そしてそういうクレームは、大抵、ジジババだ。恐るべし。


 しかし、園児たちのどの顔も、きらきらしている。

 正直、毎日毎日振り回されて、もみくちゃにされて、たたきのめされて、あいつらの方こそ鬼なんじゃねーかと思う。


 だけど、この鬼たちがいる毎日が、俺たちは特別大切で愛おしいんだ。

 この特別な毎日を、当たり前の毎日にしてくれる、可愛い鬼、万歳!

 そんな可愛い鬼の為に、オヤジたちは今日はヒーローの鬼となるぜ!

 ……最終的にはボコられ役だけど。


「ようし、それじゃあ出番よ」

 PTA会長の掛け声に、俺たちは発泡スチロール製の鉄棒を担いで、おおう! と声をあげた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんか暖かい気持ちになる話でした。
[一言] はじめまして! このところスーパーに行くと落花生が炒り大豆よりも幅を利かせていて、なぜだろうとずっと疑問に思っていました。 なるほど、そういう理由があったんですね! 本来の風習から離れて世知…
2015/02/06 10:37 退会済み
管理
[一言] 節分ともなると、給食に袋入りの豆が出ましたっけ。今は落花生なんですか。合理的ですね。 子供の頃は、あの恐ろしいオニが、なんで大豆ごときに退散するんだろう、と疑問に思っていました。 そもそも語…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ