seven
一通り食べ終え、満腹になった男はエメラルダを見る。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はアラン。ただのアランだ」
「ただのって何よ……変なの。まぁ、いいわ、興味ないし。私はエメラルダ。見ての通り、この深き森の魔女じゃ。さぁ、もう食っただろう?さっさと帰れ」
「それはお断りする」
「なんだと?」
その瞬間、エメラルダは目を細め高圧的な目で男を睨んだ。その瞳はどこまでも鋭く、どこまでも冷たかった。
そんなエメラルダを見て、アランはテーブルに頬杖を着くとニヤリと微笑んだ。
「生き倒れてしまった時は、もう終わったと思ったが……どうやら、俺はまだまだ生きないといけないらしい」
「ふん……私の知った事ではない」
「率直に言おう。俺は……お前が欲しい」
本当に率直に言ったアランは、真面目な表情でエメラルダを見つめた。
エメラルダ本人はというと、余りの唐突な言葉に目が点になり、言葉を失っていた。
そして、ハッと我に返るとテーブルをバンっと叩いた。
「なっ、ななな何を言っているの!?」
「何もこうも無いさ。ちょっと俺は人より傷を追う人間でな。魔女の力を借りたいと思ったんだ」
エメラルダは、またもやポカンとした表情になる。そして、自分の思い違いに恥ずかしくなり顔を赤らめた。
「なっ?!そっ、そうならそうと言えばよかろう?!」
(なんてややこしい事を言う人間なの?!)
「つかさ、その喋り方統一しね?」
「は?」
「いや……さっきから、なーんか気になってさぁ」
ポリポリと頬を掻くアラン。
「年寄りっぽい喋り方だったり、普通の女の子の喋り方だったり……」
そこを指摘されたエメラルダは頬を膨らませムスっとなる。
「うっ、うるさいわね!私は魔女だぞ?!何千年も生きてるんだぞ?!…………かっ、貫録ぐらい少しは欲しいじゃない……」
最後の言葉はボソリと小さな声で呟くエメラルダ。
その呟きは、もちろんアランの耳には聞こえていた。
何せ、ここは森の中に建つ屋敷の中で、人はアランとエメラルダしかいないのだから。
静か過ぎる空間で小さく呟いても、それは相手には聞こえてしまうのも無理はない。
「くくっ……ふふふっ……あははははっ!」
最初は肩で笑っていたアランは、耐え切れず腹を抱えて盛大に笑い始めた。
エメラルダは、またテーブルを叩く。
「なっ、何が可笑しいのよ!」
「い、いや……ふふっ……くくっ……ごめんごめん」
目尻に溜まった涙をアランは指で拭うと「まさか、歴史的に有名な悪魔の魔女様がこんなにもあれとはなぁ」と、心の中で思っていた。
「ふふふっ……」
「失礼な人間ね」
「まぁ、でも、実際、直々魔女さまに世話なることになるが……その時は宜しくな」
アランはそう言いながら、椅子から立ち上がると屋敷を出ようとした。
エメラルダは行こうとする彼の腕をおもむろに掴んだ。
「待って。これ、持っていきなさい……」
そう言って、掴んでいた掌にポンっと透明の小さな瓶をアランに手渡した。
アランはキョトンとした表情で貰った物を見る。
「これは?」
「ただの塗り薬よ。頬、切れてるから……」
アランは自分の頬に触る。すると、微かにチクリとした痛みが走った。
「……有り難う」
アランは微笑みながらエメラルダに言うと「じゃぁな、世話になった」と、手を小さく振ってエメラルダの屋敷を出たのだった。
アランの背中を見送り、一人になったエメラルダは何もない天井を見上げた。
「はぁ……変な人間ね」
溜め息を吐くエメラルダ。
しかし、エメラルダは自分でも気づいていなかった。
そう言いつつも微笑んでいることに。