九尾の楽しみ座敷童の憂鬱
妖怪もの
座敷童子の苦労がうかがえます
人が変われど、時代が変われど
何時にも何処にも、居るものだ
私たちのような曖昧な存在は
んーっと大空に手を伸ばし背伸びをした
風が肩まで伸びたサラサラとしたストレートの髪をなびかせる
おかっぱ頭に着物姿の少女は、ボーっと待ち行く人々を眺めていた
あちらでは学生がコンビニ前で騒がしく戯れ、こちらではどこかそそっかしいスーツ姿の大人が駅へと消えていく
こんなうるさいだけの街の何が良いのか、あまり理解は出来ないが
世の人は栄えた街を羨み、足を運んでは買い物に食事、ゲームや何だと喜ぶのだ
そんな夜も灯の絶えない街にあの方も
度々遊びに行くという
まあ、それだけならいいのだが
なかなか戻ってこないと周りに急かされ、渋々家を空け探しに出されるこちらの身にもなってもらいたいものだ
「全く、何処で道草をくっているのやら」
見つけたらどうしてくれようとふつふつと
苛立ちがにじみ出る
しかしまあ、こんな時代に着物で歩いていると人々の視線を集めるな、と今更気付くのだ
失敗した、面倒くさい
確に洋服ばかりの都会で、着物でしかも子供の姿となれば嫌でも目に付くのだろう
これも全部あの方のせいだ
と歩きだすとふと頭上から声が降ってきた
またも面倒な事になったようだ
今は夜の9時、子供が一人で歩いていればどのような事が起こるか、すぐに理解できた
そっと顔を上げると案の定、警察官とやらが
君どこの子?お父さんかお母さんは一緒じゃないのかな?
なんて定番の言葉を並べる
どうやって誤魔化したものかと思考を巡らし、結果ニコッと警官に愛想笑いを振りまいて、脱兎の如く私は走りだした
後ろから追ってきているであろう警官に見向きもせず、路地裏へと素早く入り込む
人の死角となった瞬間、人では有り得ない跳躍でビルの屋上へと避難した
あっちの者ぐらいしか追ってこれまいて
それにしても最近の建物は高くて困る
昔は平屋が多く、屋根の昇り降りもこんなに面倒ではなかったのにと、自分の中では少し過去の思い出に浸かったが、よく考えればもう何百年も前の事だと気付くと溜息がでた
座敷童子になってもうそんなに経つのかと
内心複雑な気分だ
こんな妖になって、時の流れの穏やかなあちら側にいってみれば、そこは何とも言えない懐かしさと虚しさがあって、どこか故郷にでも帰った気がして案外気に入っている
いまの世に何の興味もないが、尾裂の狐殿にはとても興味深い世界らしい
私よりも相当の時間を過ごしてきたのだ
人間の世界の変わり様はきっと魅力的なのだろうと少し思考を巡らせ、賑わう街をぼんやり眺めた
ちらっと目を向けた先に、何とも運のいいことに繁華街の隅でコンビニの袋を持ち、何やら食物を頬張っている自分の探し人がいた
再び溜め息をつくと、身軽にビルから身を投げた
「今回の新作はイマイチなんだが
まあ、期間限定だししょうがない、、、」
金色の髪をポニーテールにし、いかにも今時らしい恰好をした一人の女性は
期間限定とかかれた紙パックのジュースを飲みながらブツブツとそんな事を呟いている
そんなこと思っている最中、ドンと誰かが体をぶつけてきた
なんだなんだと自分の胸元あたりをみると
何やら見知った顔が頬を膨らませて、いかにも不機嫌そうに目の前に居た
もうそんな時間かと時計を見るとすでに10時過ぎになっていた
しまった、と思うも時すでに遅しと言ったところか、ほのかにピリピリとした怒りを抑えながら笑う座敷童子が私の右手を掴んだ
「やっと見つけましたよ
さっさと戻りましょうね」
「無理に笑うなよ、なんだか怖いぞ」
会社の上司にお願いごとをするような愛想笑いで話す座敷童子に、そんなに怒らなくてもと思いながらフォローを入れたつもりが逆に油をぶっかけてしまったらしい
ギリっと一際強い力で、掴んだ手に力を入れると座敷童子の表情は一転して怒りの色に変わった
「誰のせいじゃ誰の!
周りの輩が騒がしく頼み込んできたからこんな所まで来ていると言うのに、あなたという方は、、、」
「待て待て、悪かったってもう帰るから」
下手したら手が砕かれるとゾッとしながら
降参だと左手を挙げる
こんな小さな体のどこにそんな力があるのか知らないが、座敷童子は意外に怪力娘だった
「まあ、説教は私の仕事ではない事だし、早く戻って稲荷さまに一発くらって頂ければ私の気も収まるというもの、、、というわけで戻りますよ」
最初の部分は余計だった
稲荷さまとは自分の上司にみたいなもので尾裂を束ねるお偉さんだ
ぶっちゃけあの方の一撃は痛い。軽くても三日は寝込む
それなら座敷童子に一発、いや2、3発くらった方がマシだ
「いやだいやだ!稲荷さまには言わないでくれ」
懇願する私に座敷童子が最後の止めをさした
「今回連れ戻せと仰ったのはその稲荷さまですよ」
ニヤリと笑うと半分引きずるように帰路についた
その後どこからか断末魔のような悲鳴が聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう