その4
「私は、占いや祈祷をしながら旅しているものさ。
お前たちなんかには“ジプシー”と言えば分かるかね?
もう、随分長いあいだ、こんな生活をしているとね、妙な力ばっかりついてしまって、人の顔を見ただけで、カードや水晶なんか使わなくっても大抵のことはわかるもんなんだよ。
特にお前みたいなね……フフッ」
と、そのジプシーの老婆は言葉の途中で、笑いとも喘ぎともつかない声を出しながら表情を崩した。
「──バカな人間のことなら、すぐに見えるものなんだよ
今、お前の……そう、兄弟、女ね。姉さんかなあれは?あんたより大人だものね、あ娘は。
その姉さん、今病気をなさっているね?」
まぶたを半眼に開きながら、実際に今寝込んでいるケイトのことが見えるようにジプシーの老婆は語っている。
エリオは不思議な気分になりながら彼女の問いかけに頷いた。
「──残念だけど、その娘は助からないよ、ひと月以内に命が燃え尽きる」
しわがれた老婆の声が、鋭く言い放った。
「ウソだっ!そんなの、絶対ウソだ。姉さんは死んだりしない!」
自分にとって唯一の肉親である姉が死んでしまうということ以上の不幸など、エリオにはなかっただろう。
いつになく、彼は激昂してしまった。
もしこれが、こんな痩せこけた老婆でなければ、つかみ掛かっていたかもしれない。
しかし老婆は、萎れて樹皮のようになった手をふって、エリオの興奮を制しながら、
言葉を続けた。
「いいから、お聞き。
私はなにも希望のない話をしたいがために、お前を呼び止めたんじゃない。
ただね、あんたのお姉さんは、あんたが思っているほど丈夫な人でもないし、ここのところ、つらいことばかりで気がくじけちゃってるんだよ。
間の悪いことに、そんなときに、病気になったんでね。
ろくな手当てもしてもらってないからすっかり手遅れになってしまっているね。
何よりいけないのは、あの娘は半ば生きる意思を捨てていること。
“死神に魅入られた”ってやつだね……。
仕方ないよ、いろいろつらい目にあってるからね」
そのときふと、ジプシーの老婆の声音が和んだ。
そこには、放浪者として舐めた辛酸が骨身に染みている彼女だからこそ、よくなし得る深い同情の心がこもっていた。
エリオはその言葉に少し涙ぐんだ。
「そうだね。姉さんは朝から晩まで働きづめだったから……
医者に来てもらいたくても、薬を飲ませてあげたくてもお金がないし。
元からこんなんじゃなかったんだけど……」
老婆は、エリオのそんな打ち明け話を最後まで喋らせなかった。
「言わなくていいよ、そんなこと。
それよりも、一つだけ、お姉さんを助ける方法がある。
ただね、これは命がけなんだよ。
お前、あの子を助けるために、命を捨てる覚悟があるかい?」
そう言って老婆がエリオを見据えると、彼はなんの躊躇もなくコックリとうなずいた。
ジプシーの老婆もそれを見て、少しまぶしげに目を細めながら、深く頷いた。
「そう……わかっていたよ。お前はきっとそう返事すると思ってたよ。
お前はそういう子だからね」
そして、しばらくのあいだ目を閉じ、軽く2,3度深呼吸をしてから、話を続けた。
「──じゃあ、お聞き。
この町の向こうに森があるね。お前たちが“妖魔の森”といって恐れている森さ。
そこの森の真中には、一本の霊樹があるよ。
その霊樹には、このあたりの生命をすべて司る神様が住んでおられる。
その神様に会って、姉さんの病気を治してくれるようにお願いしてみるんだ。
そうすれば、必ずお前の姉さんはすっかり元気になる。
ただし、くれぐれも言っておくよ。
あの森には、確かに魔物が住んでいて、人を食う。
お前にいくら、知恵と力があっても到底太刀打ちできないかもしれない。
結局、お前はあの森で野垂れ死にして、姉さんも病気で亡くなってしまうだけかもしれないが、それでもやるかい?」
「それしか方法がないんだったら、やる。姉さんが助かるんだったら、僕の命の心配なんかないよ」
「そうかい、では、お行き。
一文なしの流れ者に、大したことはしてあげられないけど、餞別がわりに、お前に幸運の祈祷を授けてあげよう」
ジプシーは差し出した右手でエリオの額をかるく触れながら、
「“幸運の女神は、勇気ある者をもっとも愛し給う”」
と、古い呪文の一節を唱えた。