その3
ここ数日のエリオの朝は殊に早かった。
本来ならケイトの日課である朝の水汲みを、代わりにやっているからである。
原因は、姉のケイトの病気だった。
「おはよう、エリオ。お姉さんの病気はどうだい?」
町のはずれのある井戸端で、昔からなじみのおばさんが、心配そうに声をかけてくれた。
「おはようございます。まだ熱が下がらないんです。でも、そのうちきっと直りますよ」
汲み上げた井戸水を、手早く水瓶に注ぎいれながら、エリオは快活に答えた。
もちろん、汲み上げる水はエリオとケイトの二人のためのものではなく、住み込みで働いている家で使うための水である。
行き返りは、牛に曳かせた荷車に積みこむので楽なのだけど、4つの大きな水瓶に水をくみ出すという作業は、人の手でやるしかない。
「姉さんも毎日これじゃあ、きっと大変だったろうな」とエリオはまだ慣れない水汲みで足元を濡らせながらそんなことを考えていた。
帰れば帰ったで、やらなければならない仕事がたくさん待ち構えているのでエリオはすべての水瓶を満たすと、急いで牛の手綱を引いて石畳の路地を引き返した。
その途中──
「そこの人。お待ちなさい」
と、エリオを呼び止める者があった。
見るとそれは、一人の老婆である。
静かで、どこか威厳のあるような声ではあったが、頭を覆う黒いショールの下に覗くその容貌の方は、深く刻み込まれた皺と相まって恐ろしく、さらに言えば、醜い印象さえした。
ステッキの上に添えた両手で、すっかり折れ曲がった上半身を支えながら、老婆はよろめくように、ゆっくりとエリオの方へ近づいてきた。
エリオが振り返ると、老婆はすぐに言葉を接いだ。
「お前さんの大切な人が危ないよ」
「どういうことですか、それは?」
老婆の不吉な言葉を聞いたエリオの顔色が変わった。