その2
こうして、ぼんやりと突っ立っているだけで、この森の闇に飲み込まれそうな気持ちがしてきて、エリオは急に恐ろしくなってきた。
そのとき、いっしょだった友達が
「エリオ、もう帰ろう。なんか、この森は変だよ。本当にお化けがでるんだよ」
と、隣でおびえた声を出した。
「じゃあ、帰ろうか。あんまり遅くなると、怒られちゃうからな」
エリオは、ことさらに冷静を装いながら応えた。
立ち去る背中に、ふと気になって森のほうを振り返ると、その闇の中から、誰かがじっと見つめているような気がした。
そしてエリオはなぜか、その印象だけは誰にも話すことができなかった。
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エリオがそんなふうにして「森」に近づいた時の記憶は、日々の生活にまぎれて、今では思い出すことも稀になっていた。
国境のあたりで続いた諸侯同士の小競り合いは、ついには次の王位継承問題までもが絡みだして、戦局が一層錯雑としてきたという風聞がこの町にも伝わってきた。
それでも町のほうは相変わらずで、大人たちは口々に「恐ろしい」と言い合っているがの割には、町の城壁を補修しようなどという現実的な意見を吐くものもなく、町の大きな話題といえば、
「あそこの家の隠居がとうとう亡くなった」とか「うちのヤギの乳の出が最近悪い」
ぐらいのものでしかない。
いっしょに「森」へ出かけた友達も今では、父親の稼業の鍛冶屋を手伝うようになり、まだ振り回すことを許されないハンマーや、売り物の農具を抱えながら、ヨロヨロと仕事場で立ち働いている。
「もっと体が大きくなって、力をつけて、親父のように軽々とハンマーを振り回せるようになる」
ことが、彼の今一番の願いだった。
エリオはというと、こちらは、一足先に大人っぽい体つきに変わっていた。
仕事のほうも今ではイッパシの大人に混じって遜色ない。
まだ、顔つきはあどけなかったけど。
ただ、エリオの生活のほうは、その友達より大きく変わってしまっていた。
というのも去年、ちょっとした流行病で、父親が短い病み付きのあとあっけなく息を引き取り、その直後、母親までもがその心労のせいか、夫の跡を追うようにして立て続けに亡くなってしまった。
エリオには、ケイトという名前の姉が一人いて、今ではこの姉だけがエリオに残された唯一の肉親と言ってよかった。
「姉さん、悲しむことはないよ。僕がついているから」
と、年下のエリオがいつも姉のケイトを慰めていた。
二人きりでこの世に取り残されてしまったわけだけど、姉さえいてくれたらきっと大丈夫だと、エリオは思っていた。
しかし、両親の財産は、いつの間にか人手に渡ってしまい、今二人は遠縁にあたる親戚の家で、雇われの小作人として住み込みで働いている。
その親戚というのがそのころ、急に懐具合が豊かになって、新しい耕地を買い入れたりしたものだから、ちょうど二人にはうってつけの働き口があったというわけである。
お金のことなんてちっとも考えたこと無い二人の姉弟は、自分たちが急に貧乏になったのは両親が死んでしまったからで、仕方ないことなんだと思っていた。