その15
「……ねえ、エリオ、あれして欲しいの。なんて言うんだろう?背中の上に私が乗っかって
エリオがそのまま歩いてゆくの」
「おんぶ?」
「『おんぶ』でいいの?それして」
言うが早いか、マヤはエリオの首に手を回して背中に飛びついた。
いきなりのことに驚くひまもないエリオだったが、背負った妖精の体はびっくりするほど軽かった。
背丈は少女でも、体重は幼な子ほどかもしれない。
「むかし一度見たことがあるわ、こんなふうに子供をおんぶして森の近くを歩いていた親子連れを」──と言いながらマヤが背中ではしゃぐので、エリオのほうは水の中に沈んでしまわないか気が気でなかった。
「……これから霊樹の場所へ連れて行ってあげるけど、私がいいというまで目をつぶっていてね。
そして、エリオはそのままゆっくりでいいから歩いていって。
大丈夫、こけたりなんかしないから。ただ、少しズルをして近道を通るんだけど、そこは人がふつう通れる場所じゃないの。目をあけたら、目が見えなくなるかもしれなるわ。
だから、私が『いい』って言うまで絶対目を閉じていてね」
マヤを背中におぶったまま、エリオは言われたとおり、目をつぶってゆっくりと歩き出した。
あたりでは激しく光の明滅している様子が、目蓋を透かして感じ取れた。
確かに目をつぶっていないと失明してしまうかもしれない。
背負っているマヤがひどく軽かったせいで、目をつぶったままでも足元がふらつくこともなさそうだ。足元もしっかりしている。
今はそこが水の上なのか、土の上なのか、それとももっとほかの足場なのか分からないが、エリオに不安な気持ちは少しもなかった。
背中のマヤはそのあいだ、町のことや、エリオもあんまり詳しく知らない、遥か遠くの戦争のことなどを、のべつ幕なしに聞いてくる。
そんなお喋りにお付き合いしながら、自分のほうはあんまりマヤのことを教えてもらっていないとエリオが言うと、
「私のことなんか、聞いても何もわからないもの」
と不思議なことを言った。
「そう言えば、君の家族ってどんなふうなの?」
「私には家族なんてないの。妖精ってそうみたい。同じ仲間なら少しはいるけど。
だいたいいつも一人でいるから、よく分からないわ、そういうこと」
マヤは静かに言った。
「いつも一人で淋しくない?」
「淋しくないわ」
マヤはそう言って、エリオの首筋に少し力をこめてしがみついた。
「……あのね、お願いがあるの。エリオ聞いてくれる?」
エリオは目をつぶりながら「何?」と聞き返した。
「町に帰ってからも、時々はこの森まで私に会いにきて欲しいの」
「そんなことなら、いつでも来るよ」
「本当に?ありがとう、エリオ」
静かにそう言ったマヤの声は、こわれてしまいそうな響きがした。