その14
「エリオは、オエセル様にあってお姉さんの病気を治してもらったらどうするの?」
「そうだな……やっぱりまたおじさんのところで働くと思うよ」
「そのおじさんのところは楽しいの?」
楽しいかなんて聞いてくるマヤの質問が、どうも調子はずれで、エリオは怒るよりも前に噴きだしそうになった。
「別に、楽しくはないけど、ほかに仕方ないしね」
「楽しくないのに帰るの?」
「姉さんだっているから。一人でほうっておけないよ」
「エリオはお姉さんのことが好きなの?」
探るような目つきで、マヤが聞いてきた。
「そりゃ、好きだよ」
「誰よりも好き?」
「変なことを聞くね」
「わたしのことは?」
エリオの頬にサッと赤みがさした。
思わずマヤのほうから目を逸らした。
「ねえ、エリオ」
マヤは答えあぐんでいるエリオの袖口を引っ張りながら、強引に返答をせまった。
「……好きだよ」
つっかえるようにして、やっとのことでエリオが言った返事を聞いて、マヤは躍りあがった。
それはエリオの目には、ただはしゃいでいるだけに見えて、なんだかおもちゃを買ってもらった子供みたいだと、少し拍子抜けした気持ちがした。
しかし、画布の上に置いた絵の具がやがて一枚の絵に変わって行くように、マヤの体の律動にある種の統一を読み取れるようになると、それはダンスなのだと分かった。
まわるような、あるいは弾むようなステップでクルックルッとからだを舞わせるマヤの頭のうえに数羽の小禽が集まってきて、虹色の羽をひらめかせた。
その可愛らしい従者とともに、踊りつつ沢のほとりまで来ると、マヤは水面の上にヒョイと足を乗せた。
すると足元に静かに水紋を広げながら、マヤの体がふうわりと浮かび、地上とまったく変わらない足どりで、水の上を歩いていった。
水上の妖精は、沢の真中に立ち、すこし乱れた髪を直しながら、しかし呼吸のほうはすこしも乱さずに言った。
「うれしい。そんなふうに言ってもらったの初めてよ、わたし。
エリオ、ごめんね。あなたがお姉さんのために少しでも早く霊樹のところまで行きたがっているのに、あなたを色々連れまわしたりして。
本当はもっといっしょにいたいんだけど、あなたを悲しませたくないから、約束どおり、霊樹の場所に連れて行ってあげる。
エリオ、ここまで来て」
沢の真中で浮かぶマヤの招くまま、エリオは水際まで歩いていったが、そこで足が止まった。
「大丈夫よ。私がついてるから、安心して。ここは普通の場所じゃないんだから」
というマヤの言葉を信じて、一歩水の上に足を差し出した。
靴底ごしに、ぬかるみのような感触がして、沈むんじゃないかと少し怖かったけどそのまま歩いてゆくと、エリオの足は沈むことなく、水の上に浮かんだ。
最初は、おっかなびっくりな足取りも、薄く積もった雪の上を歩く要領でいいのだと分かると、すぐに慣れてきた。
「そうよ。エリオ上手。やっぱりあなたは、オエセル様に会うことができる人ね」
「どういうこと?」
「沈んでしまう人もいるらしいの。
それは、なにかが足りないのか、なにかが良くないからだって聞いたけど、忘れちゃった。
そういう人はいくら霊樹のもとへ行ってみても、オエセル様は会ってくれないらしいの。
でも、エリオは大丈夫ね……えっと、じゃあどうやって行こうかな?」
マヤが少し考え込んだ。
水面に浮かんで立つ二人のまわりでは、沢に注ぎ込む清水の音がさやいでいた。