その13
マヤはその間、どこからか飛んできたトンボを追いまわしながら、後ろを小走りに行ったり来たりしている。
体のまわりを流れるように巻きつけた、マヤの衣装が翩翻とする様子はまるで霞をまとっているみたいだ。
腰のあたりでは、黄色い帯紐の房がおどり、裾先に白い踝をのぞかせている。
やがて、しずくをしたたらせながら、顔を洗い終わったエリオが立ち上がると、マヤが駆け寄ってきた。
「エリオ、ここのお水おいしいでしょ?アラッ顔びしょぬれよ……エリオ、ちょっとかがんでみて」
そしてマヤは、みずからが纏う白布をちょっとつまみながら
「拭いてあげるから」と言った。
その言葉にびっくりするエリオの目の前で、マヤの金色の髪に止まっていたトンボがスッと飛び去った。
「……君の着物で拭こうって言うの?そんなことしちゃ、君の服がよごれるだろう?」
「平気よ、そんなこと。いいからちょっと座って」
しばらくそんな押し問答が続いたが、二人のうちでより強硬なほうの意思が通ってしまうのは自然のなりゆきだった。
仕方なくエリオが少し身をかがめると、マヤは手首のあたりにゆったりと垂れている布地をちょっとつまんで、それをエリオの顔に軽く押し当てた。
絹布のような感触のするその衣装には、いつかどこかで嗅いだ花の香りがした。
エリオはその花がなんていう名前だったか必死に思い出そうとしたが、結局ダメだった。
泉から湧き出た水は、エリオの足元を通って、先のほうで小さな沢をむすんでいた。
そこに咲く水生の植物は、大きな葉っぱと淡彩色の花が特徴的で、さっき見た陸生のものよりすこし上品な印象だ。
あたりでは羽虫があわただしいが、それもエリオの目を楽しませていた。
マヤの頭から飛び立ったさっきのトンボが、泉水の流れをすべるようにして、沢の上に集まる仲間の中に紛れていった。
ぼんやりとそんな風景に見とれているエリオの横に、マヤも腰をおろした。
すかさず、さっき顔を拭いてくれたお礼を言ったが、マヤはなぜかただ笑うだけである。
何がおかしいのか不思議だけど、そんなことを聞いてみたってどうせ妖精の考えてることなんか分かりっこないんだろうと思ってエリオは放っておいた。
そのかわり、今日これで何度目かになる「霊樹」の場所についての質問をマヤにぶつけてみた。
マヤはほんのしばらくエリオの顔を見てから、それには答えず逆にエリオへ問い掛けた。