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その12



「町の人たちは森が恐ろしいところだと言ってるんでしょ?

 確かにそういうところもあるけど、とても美しい場所でもあるのよ」

マヤが言った。


たしかに、昨日エリオが一人で森を徘徊したときには、不気味な印象しかなかったが、今日彼女といるとそれが一変しているようだった。


頭上では、硝子のように透き通った羽をもった小鳥が飛んでくるのが見える。

それは、きのうエリオを襲撃した鳥とは違って、優美でおとなしい。


視界の片隅をよぎる影にハッとしたら、次の瞬間姿をあらわすのは、小さなリスか野ウサギである。

ただし、エリオが見知っているそれとは、毛の色や姿形、顔つきも違っていて、例えば耳が大きかったり、毛並みがつややかな銀色に光っていたりする。


森の中は、木の葉を透かして差しこむ陽の光のおかげで、温暖で澄明な空気に満ち、まるで国王の行宮にあるという植物園みたいに、多様な彩りの花があちこちに咲いていた。


驚きに目を丸くしているエリオに、マヤは不思議な植物を説明しだした。




「これは、コダマクサ。この花に向かってなにか喋ると、オウム返しに言葉を返すのよ。

 でね、こうやって、つぼみを開いて……ほら、舌みたいなメシベが見えるでしょ?ここに『こんにちは』って言うと、……ね、コンニチハって返すでしょ。おしゃべりなお花なの。

 それから、こっちの薄い紫のやつが、オドリカズラ。

 この蔓をちょっとちぎって──ゴメンネ、痛いかもしれないけどちょっとがまんして、あなたのおヒゲを抜かせてね──手のひらに乗せると、ほら、へんな格好で蔦が踊りだすでしょう?

 これで、お人形の手とか足とか作るととってもおもしろいのよ。でも、しばらくすると枯れてしまうのが残念だけど。

 それで、これが、コオリノミノハナ。

 花が落ちた後に、小さな氷の塊を実らすの。コレ、ホラッ。触ると冷たいでしょ?

 真夏でもこんなふうだから、暑いときにはこの実を口に入れると、気持ちいいのよ」




言われるままに、真ん丸いイチゴの実ほどやつを口に入れてみたら、確かにそれは氷だった。


「この花の実も……確かに……おいしいけど……どこかに飲み水がないかな?

……持ってきた水も残りすくなくなってきたし」


舌のうえで、氷のかたまりを転がしながらエリオが言った。

その実の発する、摘み立ての香菜みたいな少し青味がかった匂いが、口の中をここちよい清涼感で満たした。




マヤは喉の渇きを訴えるエリオの手を取り、泉の場所までつれてきた。

「ここの水は、エリオも知ってるでしょ『大空の柱』って言われてるあの山。

そこの雪が沁みてできた地下水が直接湧いてでてるの。

 冷たくて、おいしいのよ」


そこだけ石積みしたようにして重なる、苔むした大きな岩場の陰から、泉はこんこんと清水を湧かせていた。


風をいっぱいにはらんだ帆布のように、こんもりと波打つ水面の下では、湧水に弄ばれながら舞う、砂礫がくっきりと見えた。


手を差し入れてみると、水は身を切るような冷たさだ。

さっそく、喉をうるおしたあと、皮袋の中身もすっかり入れ替え、最後に掬い上げた。

清冽な清水をパシャパシャと自分の顔に打ち掛けて、汗とホコリを洗い流した。


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