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その10




もっとも、エリオの混乱はただ単に話があっちこっちに飛ぶからばかりでもなかった。


マヤがあんまり熱心に話し手に見入ってくる時なんかは、エリオのほうからあらぬ方向に目を逸らして、話を中断してしまっていたりしていた。

そういう子供っぽいマヤの無邪気な真面目さの中に、虫たちの気をひくためだけにしては美しすぎる、ある種の野の花がもつような艶麗さがあった。


しかし、エリオの話が両親との死別から、姉の病気のことに移ってくるとマヤはまるで、我がことのように悲痛な表情を浮かべた。


「まあ、かわいそう……エリオはつらい経験をしたのね。

 わかったわ。それで霊樹の場所に行くのね」




「君は、その場所のことを何か知ってる?」

「もちろん。私はその霊樹を守る妖精なのよ。確かにそのジプシーのおばあさんの言うとおり、霊樹のところに行ってオエセル様にお願いすれば、必ずあなたのお姉さんは助かるわ」


「オエセル様?」

「そう、それが霊樹に住む神様の御名」

「そのオエセル様にお願いすれば、姉さんは元気になるんだね」


「ええ……ねえエリオ」マヤは、何事か考え込むようにしばらく黙り込んでから言った。

「私が、そこまで連れて行ってあげましょうか?」


「本当に!?」

さっきの化け物ですら恐れをなす、この妖精がついていてくれるなら、きっと霊樹のところまで行けるはずだと思えた。

エリオの顔は、希望に輝いた。




「本当よ、私がオエセル様のところまで案内してあげる。

 ……エリオ、喜んでくれる?」


「もちろん。君がついていてくれるなら心強いよ。ありがとう」


「喜んでくれてよかった……」エリオの感謝に照れくさそうにはにかんだマヤは、出し抜けに

「あっこんなところに葉っぱが──」と言いながら、エリオの肩に乗っていた落ち葉を一枚手に取って、フッと息を吹きかけた。


すると葉っぱはエリオの目の前で、クルクルと舞いながらゆっくり上昇して行き、やがてそれは、鮮やかな緑色をした一羽の小鳥に変わったかと思うと、長い尾を揺らめかせながら飛び去っていった。


驚くエリオを見てマヤは「どう?エリオはこんなの見たこと無いでしょう。すごいでしょ?」と子供っぽくはしゃいだ。




見上げると、もう空は朱に染まっていた。


「大変。いそいで今夜のエリオの寝る場所を見つけなきゃ」

というマヤに手を引かれるように、森を歩いてゆくと、一本の大きな朽木にたどり着いた。


差し渡しだけでも、エリオの身長を超えるほどのふとい幹だ。

その表皮の所々にコブのような隆起が見え、全体はややねじれながら傾げている。

樹木というより、遺跡の一部といったおもむきである。


見上げると幹は、中途半端なところでぷっつりと途切れていて、枯れ残ったこずえには一枚の葉もついてないようだ。


「昔は、立派な樹だったのよ。オエセル様が時々お遊びになったこともあったほどだから。 それが、雷が落ちて枯れてしまったの。

 でも、まだ霊気は残っているから、エリオのいい隠れ家になってくれるわ」




その樹の根元には、ウロがぽっかり口を開いていた。

中に入ってみると、少しかび臭いものの、ちょうど一人で眠れるぐらいの広さがある。

マヤの言う「霊気」のせいかはわからないけど、不思議に心が落ち着くような気もした。


するとマヤはどこからか、両手いっぱいに落ち葉を抱えてきて、それをウロの中に敷き詰めた。

何度かそんな作業を繰り返すと、フカフカのベッドができあがった。


「いいエリオ、この森の中を一人で歩いたりしちゃだめよ。

 夜は、私も一緒にいてあげられないの。だからここで、じっとしていてね」


マヤはそう言って、ベッドに横たわったエリオの上へ、さらに落ち葉をたっぷりとかけてからどこかへ消えていった。




一人になったエリオは、かはたれ時の薄明かりの中で、食料として持ってきた干し肉や酢漬けにした木の実を、ビスケットと共にかじって腹ごしらえを済ました。


さてこれから、と先のことが色々頭によるが、それは不安というのとは違う。

森の中で出会ったすべてのことが、夢の出来事みたいで、頭の中は寝覚めのときのようにぼんやりとなってしまっていた。


やがて腹がくちくなったせいか急に眠気を催したエリオは、落ち葉の臭いに包まれながら、あまり深く物思いにふける余裕もないままに、深い眠りに落ちていった。


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