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その1

その頃も、遥かとおく離れた国境のあたりでは、戦が絶えなかったそうだ。

だけどエリオが住んでいるのは、そんな騒ぎとは無縁のちっぽけな田舎町である。


遠い土地の兵火をよそに、十年一日とした平穏な日々の中、この町に生まれ育った人は大抵、この町で一生を終えてゆくのだった。


たとえば、ピカピカの甲冑をつけた騎士たちが、色糸で織り上げた目にも綾な旌旗をはためかせながら、戦場を疾駆する様子なんか、町の誰も見たことはなかったろう。


それが最近、現国王が重い病に伏せているとの噂が流れ出した頃から、世もすこしづつ騒然としだした。


しかし、まだまだこの辺りはのんびりしたものである。

理由は単に、実際に争いが起きているあたりからは、随分と離れていたからにすぎないのだが。


この町の名前を住人に尋ねると、誰もが決まって

「森の町」

とだけ答える。


まるでそんなものなど誰も覚えていないかのようだけど、この町の古い城壁そのままに町の名もまた、神さびていた。




この町を囲む、長く手入れもされていないそのちっぽけな城壁の裏手は、青草のはびこる荒地になっている。

その向こう側はほんとうに涯てのないぐらに大きな「森」が拡がっていた。


町の名前の「森」とはそのことである。


ここらの人は、「妖魔の森」と呼んで、ただひたすら怖がっていた。


幼いエリオが、森のことを大人たちに尋ねると

「あそこは、恐ろしい魔物が住む森だよ。奥に踏み迷って、生きて帰ってこれた者なんか誰もいないんだからね。

おまえも、死にたくなかったら、あの森に近づいちゃいけないよ」

と、真顔でさとされたものだった。


森に入ることは、町の禁制のひとつで、エリオも、森を間近に眺めたのは今までに一度あっただけだった。




それは、町の小さい子供たちの多くがそうするように、エリオもかつて教会で読み書きを習っていた頃のこと。


正午の鐘とともに終わる教会の授業のあと、エリオは友達とその森をこっそり見に行ったことがあった。


きっかけは、

「なあエリオ、あの森に行ってみようよ。

 本当に化け物が出るかどうか、見に行かないか」

という、エリオの幼馴染のちょっとした気まぐれみたいなものである。


それでエリオとその友達は、町の背後に広がる荒地の、胸を隠さんばかりにのびる茂みの中を、大人たちに見つからないようにしながら森を目指した。


視界に映る森の姿は、どこまで行っても追いつかない影法師のようでエリオたちはそれを気の遠くなるほど、ずんずんと追いかけた末、ようやく、森の縁までやってくることができた。




そのとき初めて見る森は、エリオにとって不気味なものに思えた。


まだ、陽も高いというのに森の木立のむこうだけは、夜みたいに陰鬱な闇が広がっているだけだった。


それは物知りの神父様が、エリオたちに話して聞かせてくれた「海」を思い起こさせた。

それも、嵐の海を。


嵐に荒れ狂う海は、何百人もの人を乗せたお城のように大きな船を、一瞬で飲み込んでしまうというのだ。

そうなると船の人たちは誰も生きては帰れないらしい。


目の前に見える森の木立は、エリオが頭の中で空想した、そんな荒れ狂う嵐の海そのものだった。


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