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水神のおしごと

作者: 高沢りえ


 はっきりと申し上げます。

 いわゆる地球温暖化というものは、しーおーつーが増えたがゆえではありませぬ。


 この星は何百年という周期で、抱えもつ温度が上下してまいりました。それはひとえに、太陽から注ぐ光線の量が主となり関係しているのです。

 人々は「えこ、えこ」と声高に叫んでおりますが、私からしますれば、まさに背中がかゆいのに足をかいているようなもの。

 人が生きる上で吐く息を、どうして止められましょうや? まして、息を吐く権利を金子で売り買いするなど、狂った者の所行です。

 私は、水神。

 水の一滴でもあらば、あらゆるところに存在することができるのです。あなたがたの血や肉、食べ物の中に。ときに地にそそぐ雨となり、ときに雲として青い空に流れる。

 長い時をそうして過ごしてまいりましたが、太陽からの熱が高まってきたのを感じたのは、しごく最近のことです。

 いうなれば風邪にかかったように、この星は熱を持ち、地は乾ききり、雨も降らぬようになったのです。

 ですが、何百年か前にも、このようなことはございました。水神である私がおりますれば、しかとご安堵めされませ。八百万の神がみの中でも、今この時、もっとも人々に求められるは私でありましょう。

「それを思い上がりというんだ」

 私の身内でもある風神が、ちくりとつついてまいります。

「本当のことよ。水がなければ生き物も木も草も死んでしまうわ」

 思わず娘のような物言いをしてしまった私を、横目で眺めて風神は続けます。

「雨だけが大事なわけではない。雨雲を流す風が吹かねば過ぎたる災いにもなる」

 このお方とどうにもそりが合わないのです。雨風は手を携えることが多いものですから、仲がよいに越したことはありません。ですが、この方の態度といえば、天のさらに上から見下ろすかのように尊大なものなのです。

「のぼりにのぼって、太陽に焼かれてしまえばいいのに」

 小さくつぶやいたのを聞きとめて、かの神はお笑いになりました。

「そんなことをぶつぶつ言っている間に、雨を降らせろ。せいぜいきばれよ」

 何を偉そうに。

「はいはい」

「是は一度だ」

 くやしい。どう考えても、風がぴゅうと吹くのより、雨を降らせるほうが大変なのに。雲をたたき、雨を降らせることはそう簡単なことではないのです。天に地にただよう無数の神がみを取りなし、またはうまく調子を合わせて「せえの」と音頭をとらなければならないのですから。

 裸で寝転がり、風袋を枕にしているような神とは違います。……今こちらをにらみましたが、知らぬふりをしてやって、ちょっとすうっとしました。

 水はどんな入れ物に注がれても形を自由に変えます。それが水のさがというもの。でも、きらいなやつは、きらいです。私は目にもの見せようと、声を上げました。

「せえの!」

 いつもなら、の、を言い終わらないうちに雨が降り始めます。

 おかしい。もう一度。

「せぇえぇのぉ!」

 空は青く、日ざしはかげりもしません。それどころか太陽は惜しみなく輝き、その熱でこちらがどうにかなってしまいそうです。

 私は少々、焦りました。

 神がみの機嫌を取り結ぶことは、得意と自負しております。なにしろ、長い時のあいだ、持ちつ持たれつでうまくやってきたのですから。経験というやつです。

 おもむろに身をおこした風神のほうを見られません。無言でにらんでくるのをやめてほしいのですが、そんなことも言えないこの臆病者を、どうか笑ってください。

「ねえ、何を遊んでるの」

 そんなところへ、まさに、ぐっじょぶ! 訪ねてきたのは雷神でした。

 水神、風神、雷神は昔から人々の畏敬の念を集めてまいりました。どこかのんびりとした雰囲気の雷神がいなければ、私は風神のかけてくる圧力に耐えられなかったでしょう。

「うん、雨、降らなくて」

 気を張りつめていたのか、雷神の緊張感のない顔を見ると涙がでてきました。

「じゃあ、気分でるように、雷落としてみよっか」

 昔からいいやつだと思ってきましたが、本当になんてやさしい神なのか。風袋をひじの下において寝そべっているやつなんて、論外です。最低です。風袋破いたろか。

 雷神はつかいこまれた一族伝来のバチを振りあげ、打ちおろしました。上昇気流がまきおこり、それは言うまでもなく風神が手を貸したものなのですが、素直にありがとうとは言えません。

 ごろごろと大音響がとどろき、さかまく風もあいまって、黒い雲は揺すられ、いい感じにこねあげられていきます。

 私だけではだめなのです。皆の力を借りなくては。風神が淡々と仕事をする様子をちらりと見ると、かの神はそれに気づいたか、少しだけほほえみました。

 もう失敗はできません。水神の誇りにかけて。

 ざわつく心のまま、私は叫びました。

「せえええのおおおおお!!」

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