5:西の終わりの少女たち
超長くなったんで、きりがいいところ分けようかとおもったんですが、キリがいいところがなかったんでそのまま投稿します。どうしてこうなった。
(元タイトル・ウェストエンドガールズ)
俺たちのクラスはB棟の、遠い場所にある階段の掃除を担当している。そんでもって今週の当番は谷崎の班だった。
事情を知らない天王州を待たすわけにいかないので、一足先に部室に行き、預かっている鍵を穴にさした時だった。
「君、娯楽ら部の部員?」
後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、壁にもたれてこちらを眺める長身のメガネ男が立っていた。軽く髪を立たせて、端正な顔立ちを際立たせている。イケメンをみると無条件に湧いてくる怒りを押さえながら、至って平穏に声をだす。
「なんです?」
「ここは娯楽ら部の部室で間違いない?」
「えぇ、らしいですよ」
「らしい、とは……」
「俺は正確には部員じゃないので」
「なるほど、そうか」
女ならキュンとくるような微笑みをたたえるが、残念、俺は男だ、ばーか、しね!
「それで、なんか用でも?」
「ん?君は部員ではないんだろう?」
「はぁ、まぁ、部員じゃないけど、お手伝いみたいなことをしてまして」
「なかなか複雑だな。んじゃ君でもいいかな」
ふと、この男が尋ねてきた理由の予想がぶわっ、と浮かんできた。
まさか、こいつ、入部希望者!?信じられん!
やったな、谷崎、お前の密やかなる活動がついに身を結びーー
「生徒会の投書に娯楽ら部なる学徒集団が学習室を不法占拠していると連絡があり、ちょっと警告しにきたんだが」
「……」
風呂上がりの火照った体に冷や水を思いっきりぶっかけられたような心持ちになる。
「……とりあえず、中で話でもしましょう」
ドアを開けて生徒会からの使いを中に招き入れた。
空気は静寂の色に染められていた。あぁ、気まずい。掃除をしたとはいえ、室内のホコリ臭さは簡単にはとれていなかった。
お茶をいれて、生徒会からの使いの人にそっと差し出せば、「あまり感心しないな」と真顔で諌められた。言われて気づく、このポットとお茶は谷崎の私物だ。
「これは、ほらー、あの、あれっす。前の部員の、えー、備品?備品があって、ですねぇ」
「そういうことなら仕方ないな」
一口すすり、小さく息をつかれた。んならいいけど。
さて、あらためて目の前の男を観察してみる。
羽路高校は学年別でネクタイが色分けされているので一目瞭然でそいつの所属学年がわかるようになっている。目の前のメガネ男子は青色、つまり一年生というわけだ。同学年ちぃーす、とぼんやり考えていた俺の思考に割り込むみたいに男は静かに言葉滑り込ませた。
「単刀直入に言う。いくつかの部活から意見をいただいた。いわく娯楽ら部なる同好会未満が部室を獲得しているのはおかしいのではないか。不公平だ、と」
「あー」
たしかに冷静になって考えてみれば、部室すら貰えていない部活はざらにある。部活にもなっていない娯楽ら部が部屋の中でだらだらするなんて百年早い。孫悟空を調子に乗って天界で大暴れするくらい早い。
「でも先生から許可はもらってるハズですよ」
「ん?そんな報告は受け取ってないが……」
「え、嘘!?」
前の部活顧問の先生にお願いしたら二つ返事でオッケーもらえたって谷崎がいってたハズだ。実際にその場にいたわけじゃないから、わからないけど。
「顧問として山本先生にお願いして……」
「あー、山本先生」
生徒会の人は少しだけ哀れむような視線を俺にあたえ、メガネのツルをくいっとあげて位置を直した。
「申し訳ないが、その申請をそのまま受領することは出来ない。山本先生にもう一度お伺いをたてて、申請をやり直してくれないか。老婆心ながらアドバイスさせてもらうが、今度はきちんと最後まで先生の動向を見守っていた方がいいと思うぞ」
「はぁ」
忘れてやがったな山本ティーチャー。おまけに常習犯かよ。
「それでは今日はこれで失礼する」
さりげにこの人いいやつなんじゃないか。
と機械人形のように頷く俺に男は「お茶、ごちそうさま」と礼をいってから立ち上がった。
「言い忘れてたが、いまの時期に新設された部活は当面の間部費が支給されませんので注意してくれ」
「あ、いえ、部費なんてそんなおこがましい」
大それた活動してないので無問題です。
「それからわかってるとは思うが、新設には五人以上必要だからな」
「あぁ、はい。いま奔走中です」
「最後に、メンバーが揃っていても、学校側が認める活動内容がなければ部として容認されないので注意」
詰んだ。
「それからここが特に重要だが、悪いが部室はおいそれと与えることができん。ここは物置として再利用させてもらう」
「えーと、つまり」
「端的に言えば、部室没収。一階に運んだ荷物等も戻しておいてくれ。すまないとは思っている」
「……了解しました」
お上に逆らうのは得策ではない。ちきしょう、権力ってやつはいつもそうだ!俺にまた筋肉痛になれというのかぁー!
「それでは、これで」
彼はそう言うと二枚のプリントを俺に手渡して生徒会室に戻っていった。憂鬱な気分を引きずりながら渡されたプリントに目を落とす。内容は部活申請のキューアンドーエーだ。もう一枚の方は、『質問等は以下の連絡先まで』と生徒会へのアクセスとかが記されていた。
一巡目でふりだしに戻るを引き当てた気分だ。
一人のこされた室内で、何をするでもなく、机に突っ伏して天王洲と谷崎がくるのをまった。
「その生徒会の使い、まさかそのまま帰してしまったんじゃないだろうね」
「ああ?」
しばらくしてから天王洲が鼻唄混じりで部室にやって来た。
数分前のいきさつを説明したとたん彼女はプリプリと頭から湯気をだして怒りはじめた。
「その彼を人質に取って生徒会に条件を突きつければよかったんだ。耳や目、それらをそぎおとして使えば、意外と一人で足りちゃうもんなんだよ、人質って」
「なに恐ろしいことほざいてんだ!?」
「ふっ、それがスキタイ流さ」
なにそのキメガオ、わけがわからないよ!
「さて冗談はさておき、本当にどうするんだい?このままじゃ娯楽ら部は設立する前に廃部だよ」
「とはいえ、いつか言われるとは思ってたし」
「そんな寂しいこと言うなよ。この部がなくなってしまったら、宇宙人確保が遠退いてしまうじゃないか」
いい加減、あきらめろよ、まじで。
「つまり我々のとるべき行動は」
天王洲は立ち上がってホワイトボードに文字を書き、バンと叩いて強調した。
「この三つだ」
1、生徒会に逆らう
2、生徒会に従う
3、生徒会をシカト
「1は反発、2は服従、3は不法占拠を続ける。どれがいいかね」
「議論するまでもなく、2だろ。悪いのは俺らだぜ」
悲しくなってくる。高校は植物のような平穏な生活をしようと考えていたのに早くも目をつけられるとは、全部谷崎のせいだ。
胸に小さく抱える複雑な心境を知ってか知らずか天王洲は苛立ちを助長させるような笑みを浮かべた。
「しかし君、興奮するね」
「はあ?」
「生徒会バーサス非合法クラブ、くくっ、まさかこの身で体感できるとは」
たしかにフィクションの学園ものでよくある設定だが、
「ベタ過ぎて涙が出てくるよ」
俺から彼女にプレゼントできる言葉それだけだった。
「おっ、またせー」
この世の明るい気分を抽出したかのような笑顔で谷崎が勢いよく扉をガラリと開け部室に姿を表せた。
ようやくのお出まし、生徒会からの勧告についてなんて報告しようか。
「遅かったね。琴音」
「えぇ、ちょっと階段掃除のあと約束をとりつけてて」
ニコニコとややあって彼女は応えた。そのまま中央に配置された机まで歩いてくると、劇でも演じるかのように優雅に二回ほどクルリと回転した。意味がわからないその動作に俺と天王洲は唖然とする。
「うっ、ふふ。今日の私はねー、いつもよりハイテンションなのよー」
怪しい薬をやったみたいな笑顔のまま再びもう一回転する。
謎の行動に俺と天王洲は混乱の度合いを高めたまま瞳を合わせた。
「新入部員を紹介します!入ってきて!」
ジャンプしながらフィギア選手みたく空中で一回転する。お前バカだろ。回転する意味がわからな……って、新入部員!?
嘘だろ、まさかっ!?こんなダベるだけの倶楽部に!?
「失礼しますっ!」
驚愕のまま声が出せない俺を無視するからのように現状は流転していく。
一人の女生徒がおずおずと先ほど谷崎が意気揚々と入室してきた扉から入ってきた。ネクタイの色は俺たちと同じ、青。また一年生である。
「人形坂瑠花ともうします、よろしくお願いします!」
名前の通り日本人形みたいに可愛らしい女子だった。おかっぱ頭だが、古めかしさはなく、どことなく気品溢れる立ち姿。幼さ残る端正な顔立ちがまた彼女の魅力を引き立てている。身長は横で品定めをしている天王洲と同じくらいで、かなり小さい。胸も。いや、いい意味でね。
先ほどまで頭を悩ませていた生徒会からの通告も、一瞬にして吹き飛んでしまうほどの驚きだ。
「趣味は読書です。友達からはよく抜けてる性格と言われますが、とりえの元気で今日も一日がんばります!」
時刻は黄昏時を迎え、一日の終わりが刻一刻と迫ってくる時間帯だった。ちょっと彼女がなに言いたいのかわからない。
「る、瑠花ちゃんは七組の生徒で一番娯楽ら部にピッたしの気質をもってたのよ」
目が回ったのか、息も絶え絶えに谷崎が自己紹介に付け加えた。娯楽ら部にピッタシの気質ということは問答無用でろくでもない人物になってしまうのだが、それでいいのだろうか。
「はい、至らぬことがあるかと思いますが、どうぞこれからメンバーとしてよろしくおねがいします」
「あのさ、谷崎になんて誘われたのかしらないけど、これだけは言わせてくれ」
活動内容の隠匿はフェアでないので、正直に人形坂さんにいままでの経緯と内容をかいつまんで説明しようとした時だった。
「ひっ!?誰ですか!?」
物凄い勢いのバックステップをみせられた。肉食獣の爪を掻い潜ったウサギみたいだ。
「えーと、娯楽ラ部の暫定部員、みたいなもんかな。海野郁次郎っていいます」
「琴音!嘘つきましたね!」
さながら生まれたての小鹿みたいに震えながら、谷崎に向かって人形坂さんは怒鳴り付けた。
「あ、郁次郎のこと忘れてたわ」
「酷いです!」
半分涙目だ。一体どうしたというのか。
「えーと、郁次郎」
谷崎は小さく俺の名前をよんだ。
「瑠花ちゃん男の人が苦手みたいなの。だから彼女の一メートル以内に近づかないでね」
「はぁ!?」
なにその迷惑行為防止条令。
「瑠花ちゃん、それで大丈夫よね」
わけのわからない情報に呆けてしまった俺を置き去りに話は進展していく。
「あ、はい、大丈夫です。それだけ離れてれば」
「いやまぁ、郁次郎は女の腐ったようなやつだから気にしないでね」
悪意はない。たぶん谷崎は言葉の意味を知らないで使ってる。
でも怒りがわいた。
「おい、どういうことか説明しろよ」
「僕も訊きたいな」
詳細を求める俺と天王洲。
「ん?瑠花ちゃんは極度の近眼で今メガネを修理中だから一メートルも離れたら人の顔がよく見えないのよ。だから郁次郎が男でも平気ー」
「そ、それでも少しだけ怖いんですけど」
谷崎の後ろで人形坂はおずおずと片手を挙げた。世の中には変わった人がいるもんだ。
「そ、それで郁次郎、さん、あの、なにか用ですか?」
所在無げな視線を空中に泳がせながら人形坂が効いてきた。
ああ、そうだったそうだった。
「この部活の発足の目的は『古今東西あらゆる娯楽を追求する』になってるんだけど、嘘おしえられてない?」
「どーゆーいみよっ!!」
谷崎が不満だたげに声をあらげたが、無視だ。てめぇが正直に話すとは思えんからな。
「えぇ、そのように教えられましたよ」
「あ、まじ」
とりあえず目の前の女の子は、俺のなかで谷崎、天王洲と同ランクである少し残念な少女に位付けされた、とここで明記しておく。
「話は終り?」
「あ、えーと」
「それじゃ、改めまして」
谷崎が仕切り直すよう手を叩いた。
「娯楽ら部にようこそ!人形坂瑠花ちゃん!」
にっこりと微笑みかける谷崎に答えるよう人形坂さんはペコリと会釈をした。
それにしても人形坂か、聞いたことのない珍しい名字だ、さては谷崎また珍名優先で勧誘したな。
「の前に一ついいかな」
華奢な彼女の第一印象は、押しに弱そう、というものである。恐らく谷崎の無理に押しきられたに違いない。『またかよー』という谷崎の視線を無視して、彼女の青春時代の保護のためしっかりとした意思をもってほしいものだと、手をあげた。
「人形坂さんはなんでこの部活に入ろうと思ったの?」
「ひっ」
人が話しかけるたびに軽く悲鳴を挙げるのはやめてほしい。微妙に傷つく。
「お、面白そうだからですよー」
抑揚がない端的な回答を鼻で笑い、
「嫌なら嫌だって言ってくれて大丈夫だぞ。辞めるなら今のうちだ」
「特にそういうわけではないですけど」
谷崎の洗脳の成果だろうか。心のこもったアドバイスは届かない。
「いやまじで、ろくでもないから考え直せって、なぁ」
「ちょっと郁次郎、ちゃんと活動内容を伝えた上で瑠花ちゃんは参加したいって言ってるんだから何も問題ないじゃない!」
情報の非対称性について顔を真っ赤にして怒る谷崎、嘘をついているわけではなさそうだ。
「ほーぅ、そうかい」
含みのある頷きを、わざとらしくしてから、再び人形坂さんのほうに向き直った。
「気を悪くしないで、正直に答えてほしい」
「えぇ、大丈夫です」
「単刀直入に聞くぜ。人形坂さんがこの発足しても、」
「名前」
想定外の割り込み発生。
「え?」
「下の名前で気さくに呼んでください。名字だとこの辺りがもやもやするんです」
彼女はそう言って胸の下を静かに撫でた。
「そ、そろそろ男子と馴れないと社会で生きていけないと家族に言われてきたんです。あの、郁次郎、さん、私のことは」
そこで小さく息をとま、気合いをいれてから彼女は続けた。
「私のことは瑠花と」
にこっ、じゃねぇよ!
俺は基本的に女子を呼び捨てにしたりはしない。幼馴染みである谷崎でさえ、だ。
とはいえ、ここでの無言が長引けば女慣れしていないのがバレてしまいそうなので、気はずかしさをなんとか封じ込め、しどろもどろにならないよう言葉を選びながら続けた。
「……瑠花さんは、」
「呼び捨てで、い、いいですよ」
「ん、ぐっ」
吐き出しかけた息が暴発してしまい、俺の脳内はパニック妖精に支配される。
「ちょっと待ってくれないか」
混乱の境地から救いの手を差しのべたのは、意外にも天王洲であった。
「人形坂瑠花、なかなか豪胆な性格のようだね」
「ありがとうございます。ここぞというときに肝が座っているってお姉ちゃんにもよく言われてきました!ところで、あの天王洲愛流さんですよね?」
「む?僕を知っているのかい?」
キョトンとする天王洲に、表情を晴れやかなものにしながら人形坂……、あ、いや瑠花は、……くっ、やっぱり気恥ずかしすぎる!
それはそうと俺以外のやつと相対するときは明るい元気な女の子といった様子だ。
「えぇ、お噂はかねがね!この学校で天王洲さんのこと知らないないなんてモグリですよ!」
なんのモグリだよ。
「あーいやー、はっはは」
照れ笑いを浮かべて後頭部を掻く天王洲には悪いが少なくともいい噂の類いじゃないだろうな、と俺は勝手に解釈した。
「って、違う!僕をヨイショして話をそらす気だな!瑠花、なかなかの太鼓持ちだな」
「なんのことです?」
小首を傾げる彼女を無視して天王洲は、突然こちらを振り返り、ひしっと俺を指差した。
「は?」
いきなりのことですっ頓狂な声をあげる俺に構わず、偉そうに腰に余ったほうの手を当てた。
「郁次郎!彼女のことを瑠花と呼ぶなら、僕のこともきっちり愛流と読んでもらわなくちゃ困る!」
「はぁ!?」
想定外な提案に目を丸くする。
「差別はよくないぞ!」
「な、なにいってんだ天王洲!今まで名字だったのを急に名前なんてできるわけないだろ」
「君、言ってることが支離滅裂だぞ。簡単だろ呼称くらい」
軽く息をはきながら、やれやれと言った体で肩をすくめる。軽くイラっ。
「フレンドリーに行こうではないか、郁次郎。僕はね、ここでこんなものを見つけてしまったのだよ」
彼女はそう言って、胸ポケットから使い古されたように表紙がヨレヨレの小さな手帳を取り出した。手帳といっても百均で売ってる携帯できるキャンパスノートのようなものだ。表紙には流麗な筆致で『娯楽ら部ルールブック』と綴られるている。なにその頭の悪い説明書。
「見ての通り、先代娯楽ら部メンバーの取り決めが書かれているものみたいなのだが、ここに興味深いことが記されているのだ」
「えー、なになに」
谷崎が黄色い声をあげた。お前は部長のくせに知らないのかよ。
「曰く、部員同士は下の名前で呼び会うこと」
「はぁ!?」
「素敵!」
「いいですねー」
上から天王洲、俺、谷崎、瑠花の発言である。
「てめぇ、パチこくなや!そんなバカみたいなルールあるはずが」
手帳をひったくって調べてみる。一ページには、彼女の言う通り、意味のわからんルールが述べられていた。なんともうさんくさいわ、念のため中をぺらぺらと捲ってみる。ぎっしりと文字が書かれていてどうやら天王洲が無理矢理作ったものでは無さそうだ。
「疑り深いな、郁次郎。いいかい君、それは間違いなく代々この部活に受け継がれてきたものであり、」
「乳ってなんだよ!!!」
「は?」
適当なページに現れた文字列に対し、思わず声を上げて突っ込んだ俺に、女子から冷ややかな視線が与えられる。
「……」
「あ、いや、ちがう、手帳!手帳に書いてあるんだ!」
「いきなり下ネタ叫ぶのやめなよ、郁次郎。ドン引きだぞ」
「違うって、ほらここ!ここに乳って!」
『美影→乳』という謎の暗号を天王洲に指し示す。
「君!手帳に落書きするのやめたたまえ!これは前述の通り、受け継がれてきた由緒正しき娯楽ら部ルールブックなんだぞ!」
「細工する時間なんざなかっただろうが!」
大体、娯楽ら部は俺が記憶する限り、一代限りの出落ちクラブだったはずた。
という俺の必死の訴えが伝わることなく、ヒソヒソと耳打ちしあう谷崎と瑠花の視線に耐えながらがっくりと肩を落として椅子に座りこんだ。
「とまぁ、このルールブックに載っている通り、娯楽ら部では原則、名前で呼びあわなければならないのだよ。ドゥゥゥユゥゥゥアンダスタンンン?」
すっげーむかつく尋ね方だが、逆らう気も起きないくらい、俺は疲れきっていた。
「あぁ、わかったよ、……愛流」
チキショー、やっぱりこっぱずかしい!てめーを呼び捨てするとモンスターをハントしたくなるんだよ!
「うむ!」
頷く愛流に殴りかかりそうになる衝動をぐっと抑えた。
「ねぇ、いくじろっ」
「ん?」
谷崎が瞳をキラキラさせて「わたしは?」と自分自身を指差している。
「お前は谷崎だろ。一年後も十年後も、谷崎は変わらず、ずっと谷崎だろ」
「ちがくて、私のことは名前で読んでくれないの?」
「だから、今までずっと谷崎だったんだから谷崎でいいだろ」
「えー」
不服そうに唇を尖らせる彼女の後ろで天王……愛流がにやにやしながら「ちっ」と舌打ちをした。なんて器用なやつだろう。
「お話しそれてしまうかもしれないんですが、私に質問があるっていってましたよね?」
天使のような微笑を浮かべて瑠花がクリクリとした瞳で尋ねてきた。焦点があっていない。本当に極度の近眼らしい。
「あ、そうそう名前の話で流れてたな」
数分前の自分の行動なのに半分忘れかけていたよ。
「まぁ、質問は単純にして明快なんだけど、ぶっちゃけ瑠花はなんでこの設立されてもいない部活になんで入ろうと思ったんだ?」
「?ですから、楽しそうだったからと、」
「いや精神論じゃなくてさ。谷崎と昔から知り合いだったってわけじゃないんだろ?なんのギリがあって娯楽ら部に入部きめたんだよ」
「うーん、なかなかの懐疑主義者ですねぇ。困っちゃいました」
微笑みを絶やさず顎に手をあてる瑠花。
彼女に悪いが、疑問はそれこそ星の数ほど浮かんでくる。
なぜ数ある部活のなかでウチなのか?
なぜよりにもよってウチなのか?
なぜウチなのか?
……星の数ほどはなかった。
「だからさっきから楽しそうだからって言ってるじゃない?なにが不服なのよ郁次郎」
不機嫌そうに眉間にシワをよせながら谷崎が呟いた。
「あ、いえ、確かに楽しそう以外にも理由があることにはあるんですが……」
「え、ほんと!?なになに?」
「んー、でもなー、言ったら絶対ひかれるもんなぁー」
「ひかないから!ねぇ!教えてよーここだけの話!」
これ見よがしに言い渋る瑠花にもののの見事に引っ掛かる谷崎。
「うーん、わかりました!正直に言いましょう!」
決心ついたように声をあげ、ワクワクを積もらせる俺たちに彼女は入部を決めた本当の理由をカミングアウトした。
「愛流がいるからです」
「はぃ?」
愛流、まだ呼び慣れていないのか、何処と無くイントネーションがおかしくなりながら告げられた名前。
「ふむぅ。る、瑠花、どういう意味だい?」
少しだけ震えながら愛流は声をあげた。
俺と谷崎はというと、お互いにあんぐり口をひらいたままだ。そうか、そういうことか、これが今はやりの百合というやつか。合点がいったぞ、だから彼女は男子が苦手なのか。嫌いではないが、好きでもない。しかしながら、ぶっちゃけ同性愛を手放しで推奨出きる体質ではない。うん、嫌悪感は抱かないけど、目のと届かないところでやってほしい、とグダグダ考えている間に、瑠花は涼しい顔で続けた。
「オカルト全般に精通している愛流なら、私の目的達成に力添えしてくれるのではないかと」
やっぱり意味がわからなかった。
「む?君、それは果たして」
「あぁ、簡単に言うと、私、オカルトマニアなんです」
「ほう」
関心言ったように頷く愛流。勝手に娯楽ら部の活動内容がオカルト研究部にされそうなのに、我らが部長は黙ったままだ。
「UFOやUMAに詳しい愛流とは一度あって話がしてみたかったんです」
あぁ、モグリって、そういうことだっのか。
「ふむ。しからば君は僕とアポロ月面着陸疑惑やロズウェル事件やケネスアーノルド事件について語り合いたい、というわけだね」
「ええ、そうです。ところでUFO関連ですと最近では三つの円盤がおもちゃみたいにクルクル回転しながら移動するやつが有名ですよね」
「あぁ、あれか。あれも確かに面白いが一昔前のフライングワームとかフライングヒューマノイドとかのほうが僕はロマンがあって好きかな」
「クリッターみたいなのですか。ああ、未確認生物といえば私、けっこう日本の妖怪とかも好きでして、特に座敷わらしの捕まえかたとか知ってたら教えて欲しいな、なんて」
「座敷わらしといえば岩手の遠野だね。ここは河童なんかも有名だから河童イコール座敷わらし説なんてものもある」
「河童は地球外生命体なんて説もありますよね。あとこれは私見なんですが、河童って、チュパカブラに似てません?」
「うーむ、ふむ、確かに。いやまてしかしチュパカブラの出身はゾンビと同じタヒチのはずだぞ。ここは河童というより……」
ニコニコと語り合う二人においてけぼり食らう旧メンバーの谷崎と俺。
水を得た魚状態の愛流に立て板に水の瑠花。君たち来る部活間違えてるよ。
「おい、止まれ。そこまでだ。ここから先は部活終りのファミレスでやってくれ」
終りが見えそうになかったので、とりあえず待ったをかける。これから先こういうかやの外が続くのは勘弁してほしい。
「あ、ああ、す、すみません。クラスで話ができる友達がいないからつい盛り上がっちゃいました」
舌を小さく出して謝られた。反省してるようならよかった。
「そうだ。忘れてたんだけど瑠花と谷崎に知らせとかなくちゃいけないことがあったんだった」
小首を傾げる二人の横を抜け、俺は仕切り直すよう威厳を保って、ホワイトボードの前に歩みを進める。
「さっき天王洲とも」
「僕の名前は愛流だ」
「……愛流とも話あってたんだけどさ」
やっぱり馴れない。
「横暴だわっ!」
話を聞き終えた谷崎は開口一番不服を露にした。
「勝手が過ぎるわよ!罪もない青少年の健全なクラブ活動を妨げる理由がないじゃない!」
他のクラブに示しがつかないからだと思うけど角がたちそうなので黙っていた。
「そんな、所属する前に廃部なんて酷いですっ!」
瑠花にはオカ研への入部を進める。いそげ!
「だから、郁次郎とも話合っていたのだがね。こうなってしまっては生徒会メンバーの暗殺も辞さないと」
「そんか会話してねぇーぞ、俺!」
愛流め、調子乗りやがって。
「それにしてもどうしようか。さすがに勧告には従うしかないよね」
少しだけつまらなそうに愛流が唇を尖らせていたが、気づかないふりした。てか、谷崎はなんだかんだで常識人なのだ!たぶん!
「活動自体はいくらでもでっち上げられるけど、設立メンバーはどうしようもないわね。あと一人、あと一人で足りるのに……」
やべぇ、俺も数に加えられてるよ。あれほど拒否ってきたのに。
俺の気を知ってか知らずか、腕を組み頭を悩ませる谷崎は、ポンと手のひら叩き合わせて他のメンバーのほうを向いた。
「愛流や瑠花の友達で娯楽に興味津々の子たちいない?」
いるわけねーだろ。
「僕は友達自体すくないからな」
「同じくですね」
あっ、なんかごめん。
だろうね、って思ったことはナイショだよ。
「そういう琴音はどうなんだい?」
「私の友達には、いないかなぁ」
無駄に冷めたやつばっかだもんな。あと友達自体すくないし。
脳内だけで、会話に参加していた俺に望みを託すような視線が与えられていることに気づいた。
「あっ、おれ?」
首肯する三人の少女。
「えーと、そうだなぁ」
娯楽に興味をもってそうな奴は思い浮かばなかったけど、誘ったらいくらでも参加しそうなやつらばかり浮かんだ。つうか絶対参加する。
『谷崎って、けっこーいいよなー』
バカな友人談だ。客観的に自分が置かれた状況を鑑みてみれば、答えは自ずと出てくるもんだ。
「いや、特に思い付かないなぁ」
「そうかぁ」
四人で溜め息ついた。
そう、今の俺の状況!
残念な思考回路の連中とはいえ、新人の人形坂瑠花はちんまいながらも端正な顔立ちをした美少女だし、ロリ巨乳でクールビューティーな天王洲愛流、そして頭空っぽでスペースに夢を詰め込んだ我が幼馴染み、谷崎琴音!
誰にしても土下座してまでお付き合いしたい方々ばかりだ。
今の俺って、夢にまでみた、あの、
「生徒会めっ!」
ダンと拳を机に叩きつけた。三人は一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐに賛同してくれた。
「ええ、全くよ!私たちはきちんとした手順を踏んでるのに横暴だわっ!」
「卑怯ですよぉ。なんでここにきてそんか問題をもってくるんですか」
「生徒会ってのはまったく、ダメな連中ばかりだな」
その偏見の恨み節より、俺にとって大切なのは、どうやって今の状況を守り抜くかだった。
くそっ、生徒会め!俺のハーレムを邪魔だてさせてなるものか!