53:我々はみなどこか少しおかしい
三年?ぶりですね。
文化祭のごだごだが収まって、またいつもの日常が帰ってきた。はいいが、明確な目的がない娯楽ら部は相変わらず暇の極地にいた。
谷崎が日直で遅れ、瑠花は図書委員で欠席のある日、やることもないので部室でぼんやりしていると、
「人生相談をさせてくれ」
と、愛流が声をあげた。
いま部室にいるのはヘッドホンでゲーム実況を眺める佐奈先輩と友達に借りた漫画を読む俺と、真剣な面持ちの愛流だけだ。
彼女の雰囲気に気圧されて、俺と佐奈先輩は机を挟んで愛流と向き合った。
「任せてほしい」
佐奈先輩は胸を張った。
「年上の私は人生経験が豊富。佐奈のアドバイスに従えば成功間違いなし」
あんた、ダブってるだろうが。と思ったが、なにも言わないことにした。
「その言葉をきけて安心したよ。聞いてくれ」
愛流は大きく頷いて続けた。
「実は僕、サイコパスかもしれないんだ」
「……お前なにいってんだ?」
不穏な発言にドン引きしながら訊ねる。
「いやね、この前瑠花と登校したんだけど、パンツにスカートが巻き込んでパンもろになっていたんだ」
「ほう……」
「僕がそれを指摘したとき、顔を真っ赤にして慌てて直す瑠花を見て、思ったんだ。人が恥辱に耐えている顔をみるのは愉悦だと」
頭おかしい。
「そうだとしてもそれはサイコパスじゃなくて、サディストだろ」
「違うんだ。恥辱に耐えているところもだけと、結局人が苦しんでいるところを見るのがすきなんだよ!」
「精神科いけ」
「その前に相談してるんじゃないか」
「そうだ。そんなお前に素晴らしいものをあげよう」
鞄を開けてクリアファイルに入っていたプリントを差し出す。
「子ども電話相談室の案内状だ」
「子ども扱いはやめてくれないか!」
俺らがわいわいと会話をしていると、佐奈先輩は静かに手を挙げた。
「ごめん、話が見えないんだけど、愛流はバスケ部なの?」
この場にサイコパスに一番近い人があるのならば、それは先輩だと思う。的はずれの発言に愛流は「なんで?」と首を捻った。
「だって、さいこーなパスって」
「……」
しょうもないだじゃれに鳥肌たったわ。
「ちがうちがう。人の苦しむことが好きな人のことをサイコパスっていうんだ」
「サッカー選手とか?」
「……なんで?」
「ちょっと、肩が触れただけで、あの人たちスゴい痛がるからそういうのを見るのが好きなのかなって」
あれはファールをもらうために大袈裟な演技をしているだけだ。
ざっくばらんすぎる説明だと理解を得られそうになかったので、
「良心が欠落してたり、平気で嘘をついたりする、精神的に難がある人のことを総称してサイコパスっていうんですよ」
と注釈を加えてあげる。
「そうなんだ。初めて知った。人が苦しんでるところをみるのが好きな人のことなんだね。えーと、たとえば魔王とか?」
魔王に会ったことないんでわかりかねます。
「あーまぁーそうかも」
愛流は知った風に頷いた。
「苦しみを食べてる的なとこあるからね、魔王は。苦しみこそわが喜び、死に行くものこそ美しい……」
「それじゃあ、愛流は魔王になりたいの?」
「なれることならなりたいけど、13歳のハローワークに載ってなかったからなぁ……」
「それなら歯医者になればいいと思うよ」
今日の先輩はエンジン全開だな。
「なんで?」
「苦悶に歪む顔を歯医者さんだったら、たくさん見れるよ」
「な、なるほど!」
世界は今日も平和である。
「歯科大学を受けることにしたよ」
そんなことで進路を決めてしまっていいのだろうか。
「って、ちがう!」
一人乗り突っ込みをする愛流はプリプリと頭から湯気を出さんばかりで怒った。
「いいかい、僕は真剣に悩んでいるんだ! このままじゃいつか誰か傷つけてしまうんじゃないかって、ね! 僕は自分の中の眠れる獣が心底怖いよ」
なら、刑務所に入っててださーい。
「しらねーよ。たく、結局何をしたら満足してくれるんだ?」
「だから相談だよ、僕はどうしたらいいのか教えてくれ。最近どんどん心が死んでいくような気がするんだ。なんていうか感情が希薄になるというか。ちょっとやそっとじゃ怒らなくなったしね」
「よくサイコパスというか異常犯罪者は猫とか小動物を虐待するって聞くけど……」
「なんってやつらだ! 信じられん! あんなかわいい生き物を虐待するなんて! 許せないよ!」
「お前サイコパスじゃねぇよ。ただの中二病だよ」
「なっ」
感情の波がすごいわ。
「と、ともかく、僕が郁次……誰かを殺してしまう前にどうにかしてくれ」
「おい、俺の名前を言いかけただろ」
至って平凡な女子高生の愛流は物憂げなため息をついて椅子に腰を下ろした。
「思いついた」
佐奈先輩はぽんと手を叩いて続けた。
俺と愛流の四つの瞳に見つめられても物怖じすることなく先輩は続けた。
「殺しちゃえばいいんだ」
警察は早く佐奈先輩を逮捕したほうがいい。
「あの、先輩、誰かを殺したら犯罪ですよ?」
「少年法が守ってくれるから大丈夫」
こいつは本格的にやばいな。
「でも佐奈は誰かが悲しむところを見たくない」
「え?」
「だから想像で殺すの。嫌なやつがいたら頭の中で」
「それもどうかと思うけどなぁ」
「できるだけ惨めで哀れな殺しかたをするんだ。たとえば肥溜めに落ちて死ぬとか」
だいぶ歪んでいるな。
「それはいいアイデアだね!」
拍手で佐奈先輩の意見を称賛する愛流を見て、
こいつらはどこかおかしい、と思える俺はきっとまだ正常だ。
「それなら私のこの白い両手が血に染まることもないしね!」
やっぱ、こいつ中二病だわ。
「よしよし、これでサイコパスな自分とおさらばだね! だんだんと感情が戻ってきたぞー!」
感情の前に知性を取り戻せ。
「そもそもさ、僕はやっぱりサイコパスじゃない気がしてきたよ」
「今ごろ気づいたのか」
「うん。だって僕は誰かの死を悲しむことができるからね。逆だったんだよ。真にサイコパスなのは死体を見ても驚かない探偵の方だったんだ」
わけのわからない方向に話が進んでいるな。
「た、たしかに!」
佐奈先輩はがたんと大きな音をたてて椅子から立ち上がった。
「死体を見ても悲鳴をあげないし、挙げ句嬉々として謎解きに身を乗り出す……探偵こそが真に人間の闇の権化……!」
あかん、この人も中二病や 。
「でしょ? うむ、そう考えると僕たちは探偵がなんたるかを考え直すべきかもしれないね」
「と、いうと……」
「ちょっとやってみちゃう? 殺人事件」
きらりと瞳に星を入れて微笑む。
ついていけないよ、この人たちの思考回路。
しばらく部屋を出ててくれ、と言われたので、くそ寒いのに廊下に立たされた。最近はのび太だって体罰を受けない時代なのにひどい話である。
五分ほどして「入ってきてくれー」と言われたので部室に戻ると部屋の真ん中で佐奈先輩がうつ伏せに寝そべっていた。
「なにしてんの?」
「……」
「先輩? 眠いなら家帰った方がいいですよ」
「……」
「フルシカトだドン!」
「ふふっ」
少し笑った。
「ああ、だめだめ、佐奈先輩に話しかけないで!」
愛流に肩を掴まれ部屋の隅に移動させられる。
「なにこれ?」
「いいかい、佐奈先輩は死んだんだ」
グッと力強い瞳で見られる。目力スゴいね。
「いや、生きてるよ。息してるもん。ね、先輩?」
「へ、返事がない。ただのしかばねのようだ」
「しゃべってんじゃん」
「たまたま死体がしゃべる日だったのさ!」
「そっかー、そういう日あるのねぇ」
思考放棄することにした。
「じゃ。説明するね」
愛流は偉そうに人差し指を一本たてた。
「ここはコテージです」
羽路高校の娯楽ら部の部室です。
「私、佐奈先輩、郁次郎の三人で雪山に行ったところ遭難してしまいました」
そんなとこ行きません。
「幸いなごとにコテージがあったのでそこで夜を明かすことになりました」
ふむふむ、間違いが起こるシチュエーションだね。
「翌朝、いつまでたっても目を覚まさない佐奈先輩を心配し部屋まで行くと死んでました」
「なんてこったい」
「窓ガラスを割り中に入り状況を確認してみると、ドアには内鍵がかけられ、窓も施錠されていました」
「なるほど」
俺が頷くと愛流はにたりと笑い腰に手を当てて大声を挙げた。
「この部屋の中には佐奈先輩をどうやって殺したかヒントがちりばめられてあります。大吹雪だったので、外部犯の犯行の可能性はゼロ、犯人は内部にいます。さあ、君はこの密室の謎を解き、論理的に犯人を明らかにするんだ!」
語尾がこだましそうなくらいいいナレーションだが、考えるまでもなかった。
俺は愛流の肩に手をやり、ため息混じりに呟いた、
「愛流、犯人はお前だ」
「なっ、なにを根拠に……」
「三人で一人が死んで、外部犯の可能性がないなら、犯人はお前だろ。俺は俺が殺してないこと知ってんだから」
「なっ」
あんぐりと口をあける愛流。
「天才か……」
お前らがバカなだけだ。