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ノンゲーム!  作者: 上葵
53/54

52:プリズム・クリスト・カーニバル

タイトルに意味はないのはいつものこと。


 体育祭は体育系の部活が活躍する場であり、

 文化祭は文化系の部活が活躍する場なのである。

 早口言葉みたいだが、『らしい』ことを宣う谷崎には妙な自信に溢れていた。


 文化祭の出し物を決めよう。

 二月前の彼女の発言が耳に甦る。

 当初考えていた『オープニング』と、あともう一個なにかをやりたいと瞳をキラキラさせる谷崎に、無気力を決め込んだオレも悪かったけど、まさかこんなことになるなんて予想だにしていなかった。

 一言で表すならアコギ。

 オレはいまだかつてここまで酷い客商売をみたことない。



 文化祭前日。準備の日。

 一日まるまる使っての作業にみな一様に楽しそうだ。

 賑やかな学校がいつもよりも華やかに見える。

 校庭では特設ステージの設置が進み、仮装した連中がドンチャン騒ぎで歩き回っていた。

 いつも無気力のオレの気分も、なんとなく高揚してくる。


 エントランスに建ち並ぶテントを眺めて、喜色満面のクラスメートのなかに谷崎の姿がないので、ハッとした。

 クラスでたこ焼きの屋台をやることになったので、いまのいままで忙しく他に考えが至らなかったのだ。だから倶楽部の方の出し物を失念していた。

 そもそも軽音部ならライブをやればいいし、漫研なら部誌を発売すればいい。

 娯楽ら部は?

 明確な目標がない部活動のやることなんて出店かあとはフリーマーケットとか、そういうのに限られてくる。

 だからオレは特に考えもせず、文化祭の出し物会議の時、睡眠を貪った。

 正直反省している。

 娯楽ら部にはブレーキがないのだ。

 唯一のストッパーたるオレが機能しなかった。

 だから、

 女子連中に任せっきりでノータッチだったオレは驚きで開いた口が塞がらなかった。

 部室の入り口にはファンシーな書き文字で『メイド喫茶』と書かれていた。

 無謀!


 バタバタとジャージ姿で忙しそうに走り回る谷崎を捕まえる。

「よく申請通ったな。つうかジャージじゃなくてメイドの格好しろよ」

「今日は準備の日だから別にいいじゃないの。衣装は愛流が水道橋さんにお願いして調達してくれるみたいよ」

「つかなんでメイド喫茶なんだよ」

「佐奈先輩がやりたいって。文化祭といえばメイド喫茶って」

 人前に出るのが苦手なくせに接客業を選ぶなよ。

「そんな不純な動機で文化祭って……。なんで先生たちは止めなかったんだ」

「なんでも生徒会の後押しが利いたらしいわ」

「またそのパターンかよ!」

 たぶん会長が先輩のメイド姿がみたかったからだろう。


 その日は遅くまで準備を進めた。狂った先生がクラスを惨殺するとか、そういう素敵なイベントが起こるでもなく、あーだこーだ言いながら看板を用意したりと作業を続ける。

 ワイワイと賑やかな女子連中の傍ら、文句も言わずに頑張ったオレを誰か誉めてほしい。

 どうせ失敗してイタイ奴らと見られるだけなのに。

 準備は八時くらいまで長引いた。

 静かな校舎で黙々と続けられる作業 に、ロマンスもなければ、トキメキも青春も、なんもなかった。


 当日。

 上手くいかない未来しか見えていなかったオレの眼前に奇跡の光景が広がっていた。

 部室はいまだかつてないくらいの人に溢れている。

 無駄に顔立ちが整った四人がいるから当然といえば当然かもしれない。普段は腫れ物にさわるように娯楽ら部を見て見ぬふりする羽路高男子生徒たちも文化祭という免罪符を笑顔に貼りつけて楽しそうに注文していた。

 絶対表舞台に参加しないと決め込んでいたオレでさえ手伝いに駆り出されるほどの盛況ぶりだ。

 メイド喫茶をリアルでやる学校あったのか、と衝撃を受けるオレの前を盆を片手の谷崎が駆けていく。ジャージだった。

 愛流や瑠花、佐奈先輩はご丁寧きちんとカチューシャまでして、しっかりとしたメイド姿なのに、こいつだけは一切ぶれなかった。なによりも機動力重視なのだそうだ。

「ジャージは名前が入ってるからネームプレート作る手間がはぶけるのよ!」

 オレの幼馴染みは真性のアホだった。


「大変!『メイドさんの手作りクッキー』がなくなっちゃった! 郁次郎、買ってきて!」

 谷崎のハツラツとした声がオレを呼び掛ける。お客さんに聞こえないようもう少し声のトーンを落としてほしい、

 手作りクッキー買いに行くっておかしいから。

「材料買ってきてやるからせめて作れ」

「いまからそんな手間かけられないわよ!」

「だからって手作りって偽るのか? メニュー表示偽装じゃねぇか」

「し、失礼な! じゃあ、郁次郎聞くけど、どこからどこまでが手作りなのよ! 小麦を作るところから? カカオ豆を輸入するところから?」

「材料使って料理したら手作りだろ」

「じゃあ、市販のチョコレートを溶かして型に嵌め込んだのは?」

「……手作りだな」

「市販のクッキーの袋破いて皿に乗せるのは?」

「手作りのわけあるか!」

「やってることはキャベツちぎって皿にのせてるサラダと同じじゃない。だからこれは手作りなのよ」

 すべての料理をバカにしてる。

「いいから早く買ってきて! みんな接客で手が放せないんだから」

「金ねぇよ」

「売上があるから!はい!」

 谷崎はパックの袋からむんずとお札をつかんで差し出した。

「三千円かよ。何買ってくればいいんだ?」

「激安の殿堂でカン○リーマァム!」

「お前ら最低だな!」

 市販品を市販品以上の値段で売り付けるってクズの所業だぞ。

「だって私たちが手作りするよりずっと美味しいし、ド○・キホーテは安いし、……差額は私たちがお客様に提供した夢だと思えば安いものよ」

「さっき手作りがなんたらって言ってたけど、99パーセント不○家の力じゃねぇか!」

「お盆に乗せるという1パーセントがあれば、それはすでに手作りなのよ!」

 色々と言い返したかったけど、お客さんの視線が痛すぎて、オレは無言で駆け出した。


 そもそもメイド喫茶のくせに調理室を借りられなかったという事実がおかしい。

 そんなんじゃなんの料理もできないし、そもそも衛生法のなんたらの許可もとっていない。

 なのに掲げられたメニューの大半が『メイドさんの手作りなんちゃら』ってクレイジーだろ。

「やっぱこれだな! 月見焼きそば!」

 夏目銀太が委員長とともに来店してきた。

「一緒にお飲み物はいかがですか?」

「はぁ? メニューの飲み物ほとんど紅茶類じゃんか。紅茶で焼きそばが食えると思ってんの?」

「……失礼しました」

「あ、コーラあんじゃん、これくれ!」

「……」

「な、なんだよ郁次郎、その目は」

「別に」

 ほんとなら「やせろデブ」の一言でお断りしたいところだが、いまは客と店員の関係、そうもいかない。

「メイドさんの手作り月見焼きそば入りました!」

 兄である委員長の来店で少しだけ恥ずかしそうな愛流は腕を組んで自信ありげに答えた。

「わかった。三分くれ。いまから作るから」

 絶対お湯を注ぐだけだろ。

「あとメイドさんのネームサービスも追加で頼んでます」

 ネームサービスはプラス五十円で好きなメイドさん(指名制)がケチャップやソースで文字を書いてくれるというやつだ。

「何て書けばいい?」

 準備室に回った愛流は、放送をバリバリ破りながらウェイターのオレに尋ねた。

「アイラブユー、だそうだ」

「任せてくれ。僕は昔からこういう細かい作業が得意で……はっ!湯を注ぐ前にマヨネーズで書いてしまった」

「どうすんだよ」

「……まあいいか」

 絶対よくない。

 なにお湯注いでんだ、やめろ。

「あー、やっぱ、マヨネーズがぐちゃぐちゃになっちゃったなぁ」

「当たり前だろ。バカかお前。どうすんだよ」

「うーむ、よし!」

「お、なんか思い付いたか?」

 残念なことになったカップ焼きそばを見下ろし愛流は呟いた。

「三年三組の出店が焼きそばだったから、買ってきて!」

 横流しじゃねぇか。


「みなさん適当すぎます」

 その惨状を見ていた瑠花がいつになく憤慨していた。オレは精一杯の首肯を行う。

「料理ってのは愛情を込めて作らないといけないんですよ」

「僕だって愛情込めてお湯を注いでる」

 ロック解除して出湯ボタン押すだけだろ。

「やれやれ話になりません」

 辛辣。

 瑠花はクーラーボックスから卵を取りだし、電気コンロのスイッチをいれた。

 油の引かれたフライパンがジュウジュウ音をたてている。瑠花のクラスはお好み焼きだったから、調理器具を持ってきてくれたのだろう。

「いいですか、例えばいまオーダーいただいている月見焼きそばの目玉焼きですが、このように『おいしくなぁれ、おいしくなぁれ』と唱えながら卵を割ると……」

 ぐしゃ、じゃうううう。

 調子こいて片手割りなんてするから、失敗して殻ごとはいってんじゃん。それも大量に。

「……」

「……おい瑠花」

「もえもえきゅん!」

 遅い。

「お前、これどうすんだよ。殻大量にはいってんじゃん」

「どじっ娘メイドですから、すべて許されるのですよ」

「まぁ、銀太のだからいいけど」

 あいつは食べられないものでも喜んで食べるからな。


 銀太の注文を持っていってテーブルに置く。

「うおー! なんて上手そうなんだ!」

 嬉しそうに頬を綻ばせる銀太。

「しかも瑠花さんがオレのためにつくってくれたんだろ!」

 その焼きそばを作ったのは三年三組アメフト部主将、曲がったことが大嫌いで有名な鬼小島清流丸先輩だ。オレらはそれを皿に盛り付けて殻入り目玉焼きを乗せただけ。

「いっただきまーす!」

 手を合わせて一気に食す銀太。

「うめぇ! あぁ、愛情がすげぇ伝わってくるぜ! ヒシヒシとオレに対する愛が!」

「そ、そうか、お前が幸せならオレはそれでいいよ」

 アメフト部主将の愛情を一身に受ける銀太にドン引くオレの耳元で優雅にモーニングコーヒーを楽しむ委員長が囁いた。

「郁次郎くん、会長が来ている」

「え?」

「ほら、窓際に」

 言われてそっちに視線をやると、女生徒がどきまぎしながらキョロキョロしていた。

 メガネにマスクに髪を結わえて、まるで変装しているようだ。

「はやく注文を取りに行ったほうがいいんじゃないかな」

「サンキュー委員長!」

 委員長のおかげ命拾いしたな。

 もしここで会長の存在に気付かず注文を取り忘れたら、あることないこと言われて即刻営業停止を食らっていたかもしれない。

「ご注文はお決まりですか?」

「う、あ」

 颯爽と話しかけたオレに会長は吃りながら言った。

「佐奈は、あ、諌山佐奈さんは?」

「……会長?」

「!?」

「佐奈先輩なら今は裏で料理作ってますけど」

 市販品をパックから出して盛り付けるだけの簡単作業だ。

「そ、そうか。って、か、会長ってなんのことかなぁー、さっぱりだなぁー」

「御茶ノ水会長でしょ?」

 声と態度でもろわかりだ。

「い、いや」

 否定すんのかよ。

「断じて御茶ノ水会長ではないぞ、生徒会長が俗世間的なメイド喫茶に来るわけないだろ。少し考えればわかるだろ、そんなこと」

「そうですね……」

 あの人、世間体とか気にする人だったんだ。あー、まあ気にしなきゃ生徒会長とかできないもんな。

「えっと、私は忙しいのでこれで失礼する。さらば」

「は、はぁ」

 彼女は立ち上がるとスタコラと部室を出ていった。

「またお越しくださいませーおじょーさまー」

 ジャージの谷崎の声がその背中にかけられる。

 よくよくあの人も不器用な人だ。

「お帰りなさいませー、おじょーさまー」

 と思ったら数秒後に戻ってきた。

 馬のラバーマスクを被って。

「お、お一人様でよろしいでしょうか」

「うむ」

「奥の席へどうぞ」

「うむ」

 接客担当の谷崎も初めてのパターンに戸惑っている。

「ご注文はいかがなさいますか」

「さ、佐奈メイドを呼んでくれ」

「はぁ」

「は、はゆく!」

 噛んだ。

 馬のマスクの上からでも緊張してるのがよくわかるアホさ加減だ。

「佐奈ちゃん、馬が呼んでるよ」

「佐奈の知り合いに馬はいない」

「お客様からのご指名なんで、よろしく!」

 谷崎に引っ張り出された先輩が不機嫌そうに馬仮面の前に立つ。

「ご、ご注文は?」

 ブラウン系の生地でフリル付きエプロンの先輩は眉ねを寄せて会長に注文を聞いた。

「メイド姿もかわいい……」

 ポウと呆ける馬仮面。

 先輩はビクと体を震わせた。悪寒でも感じたのだろう。

「ぇっと、ご、ご注文は?」

 佐奈先輩はたどたどしく質問する。

「このオムライスを佐奈メイドの手作りで頼む」

「任されよ」

「むっ! オプションでネームサービスをやってるのか!」

「うん」

「素晴らしい! 是非頼む!」

「わかった。なんて書けばいい?」

「佐奈はぁと渚、で頼む」

「え、……渚?」

「!? あ、いや、ちがくて」

「まさか。馬の正体は渚?」

「ち、違うぞ。断じて!私は通りすがりのお馬さんだ!」

「そっか。通りすがりのお馬さんか。びっくりした」

 オレはそれで納得する先輩にびっくりだよ。

「ネームサービスは佐奈はぁと馬でいい?」

「いや、そこは……えーと」

 先輩のキラキラした瞳に見つめられ、

「……馬で大丈夫だ」

 御茶ノ水渚会長は折れた。


 そんなアホみたいな現状を生欠伸を噛み殺しながら眺める。クラスの出店の手伝いが十一時からだから、それまで暇潰しがてら手伝ってるけど、ウェイターもけっこう疲れるもんだ。

 ため息をついた俺の背中に谷崎から声がかけられた。

「郁次郎、メイドの手作りカップ麺買ってきて!」

「もはや隠す気ないな」

 思わず呟いてしまった。



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