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ノンゲーム!  作者: 上葵
49/54

48:盤上の王は孤独な夢を見る

勢い任せ


 日々は気づけば過ぎ去ってオレの空しさを加速度的に増加させる。

 あまりの寒さに震え憂鬱を噛み締めながら開けた下駄箱に、赤い紙がさも当然といった感じで鎮座していた。


 いつか龍生が言っていたな。下駄箱に入れられた赤い紙は生徒会からの呼び出し状だと。

 嫌な予感で震える手。記載された文面はいたってシンプルだった。

『昼休み、生徒会室に来られたし』

 憂鬱だ。



「よく来たね」

 どっかの司令官みたいに額の前で両手をくみ、どっしり座った生徒会長・御茶ノ水渚は、生徒会室を訪れた俺と佐奈先輩を猛禽類を思わせる鋭い瞳で睨み付けた。

 暖房で暖められた生徒会室には、現在四人の生徒が顔を付き合わせている。

 まず完全部外者の俺と先輩。そして会長と天王洲臨海委員長。

「な、渚」

 先輩が震える唇で会長の名前を呼ぶ。

「なんで佐奈を呼び出したの?」

 髪が短くなっても根本の性格は変わらない。先輩はおどおどした様子で会長をじっと見つめている。

「最近の娯楽ら部の活動をハタから観察していて、いささかだれてるんじゃあないかと思ったんだ」

「だ、だれてないよ。真面目に遊んでるよ!」

 それがだれてるというのだ。

 会長は先輩の発言を涼しい顔で受け流すと目を細めて小さく息をついた。

「天王洲」

「はい、会長」

 名前を呼ばれた委員長 (三組のクラス委員なので俺はそう呼んでいる)はブレザーの胸ポケットから手帳を取りだし、ぺらりと捲る。

「例えば先の体育祭、クラブ対抗リレーで娯楽ら部は凧揚げを試みるも風が出ていないため失敗。結果凧を引き摺ってゴールするという箸にも棒にもかからない結果を叩き出しています」

「あー、あれね。俺は反対したんだけど谷崎がどうしてもやりたいっていうから好きにさせてやったんだ」

 大観衆の冷たい視線を浴びる瑠花と谷崎の泣き顔は大変見ものだった。

「その他、校内に飲食物を持ち込んでいます。先日ですと信玄もちを食べていたという報告が他の生徒から上がっています」

「くれたのアンタじゃねぇか!」

「家帰ってから食えって言っただろ?」

 あ、違った、委員長からもらった信玄もちは銀太に食われたんだった。部室で食った信玄もちは愛流がくれたのだった。どうでもいいけど。

「ともかく最近の娯楽ら部が特に目立った活動をしていないのは確かです」

 委員長は鼻を小さく鳴らしてその場を締めるとパタンと手帳を閉じた。

「ふむ。概ね聞いていた通りだな。これについてどう思う?」

 なんとも言えぬしたり顔で御茶ノ水会長は俺に視線を移した。

「どう思うと言われても。なんで俺が呼ばれたのかさっぱりっつう感じっす。普通部長の谷崎とかじゃないんのすか?」

「谷崎くんの前に年長者である佐奈と唯一男子である君を呼んだのだ。さて」

 やおら会長は立ち上がると俺と先輩をピースの形で指差した。

「このまま君たちが何もなさずに終わるというならば、残念ながら同好会への格下げを宣言せざるを得ない」

 澄んだ力強い瞳には独特の活力が備わっている。一定リズムで刻まれる暖房の稼働音とこもった空気に気分が悪くなってきた。

「だけど渚、娯楽に明確な活動なんてないよ」

 横で眉をひそめた先輩がぼそりとつぶやく。

「あるだろ?」

 にたり、と不気味な笑みを浮かべて懐からなにかを取り出した。

「ゲームをしようか。それが活動というなれば」

 視界の外れの窓ガラス、結露が一滴つぅーと線を引いて流れていった。


「ゲーム?」

 会長以外が首を捻る。

「そう」

 柔らかそうなほっぺたがつり上がる。

「やぁ佐奈に郁次郎くん。一つゲームをしよう。学びや勤労に心を苛まれゆとりを忘れた現代人。そのなかで君たちの活動はとても素晴らしいものだ。だが時として娯楽は身を滅ぼす。君たちははたして遊びにヤラれる人物なのか、一つ試してみようか」

 ジクソウみたいなこといい始めやがった。

「娯楽ら部の目的が遊びの探求であるというのであれば、その遊びでちょっとした賭けをしようじゃないか。賭けの内容は至ってシンプル。私たち生徒会組が勝てば娯楽ら部は廃止、君たちが勝てば、そうだな、私で叶えられる範囲の願いを聞き届けよう」

 イタズラを真剣に考える悪がきのような眼差しだ。

「そんな勝手!」

 先輩が珍しく大声をあげた。

「そんな勝手なこと琴音や瑠花たちの許可なく行えるはずない」

「ふむ。そうだな。では前哨戦ということにしておくか」 

「ど、どういうこと」

「まず私と天王洲とで君と海野くんを倒す。そのあとで残った三人を倒す。つまり私たちの勝利条件は二連勝。君たち娯楽ら部はどちらか一回でも勝てればいいんだ。うまい条件だろ?」

「さ、佐奈たちをなめないでほしい」

「なめていない、全力をもって潰すよ」

 会長のにらみつける攻撃! こうかはばつぐんだ!

 泳ぐ視線を藁をもすがるような視線にジョブチェンジさせた先輩は俺にアイコンタクトをかましてきた。もちろんシカトだ。

「い、一見この郁次郎は弱そうに見える。だけど本気を出せば、まだまだつよいイクジロウがいるぞ状態になって、最強のイクジロウだぞ!状態にもなれるんだ」

 俺に理解できる言語を話してくれ。

「意味がわからないが、ゲームには乗ってくれるのか?」

「いいよ。やろう」

「グッド!」

 はぁ!?

「ちょっ!」

 まさかの快諾を行った先輩の肩を掴んで引き寄せる。

「いやん」

「いやんじゃない! なに勝手に決めてるんですか! 不味いですよ! 負けたらどうするんですか!」

「負けるはずがない。佐奈はスマブラもFPSもボンバーマンも大得意」

「テレビゲームだけじゃないですか!もし会長が得意な、……体を動かす系のスポーツを提案されたらどうするんです!」

「Wiiスポーツで鍛えた腕を見せてやる」

「こいつはもうだめだ」

 なるようになれ!


「さて、肝心な賭けの題材だが、ある生徒からの意見でこういうのがあった」

 さきほど取り出した一枚のプリントをひらひらさせる会長。

「目安箱ですか?」

「うむ」

 委員長の問いかけに頷きながら、それをを広げて、こちらに見せる。そこには、

『今度の文化祭の催しは王様ゲームとかツイスターゲームとか、みんなが楽しめるものはいかがでしょう』

 とミミズが這いずり回ったような字で書かれていた。

「一生徒の貴重な意見だ」

 ニタニタと笑みの横で委員長は聞いてないよ!って感じで口をあんぐり開けている。

 にしても、誰だそんな馬鹿な提案するやつ、とあきれていたら、罫線の下に小さく書かれた文字を見つけた。

『ペンネーム、GN』

 なんだ、GNって、って、ん?イニシャルか?っていうーと、ん!

 まさか、銀、た? GINTA NATUME……!?夏目銀太か!あのデブ!


「というわけで、」

 会長は おおきくいきを すいこんだ! 俺はフバーハを唱えた! しかし呪文自体を覚えていなかった!

「王様ゲームで決着をつけよう!」

 いや、その理屈はおかしい。

「何をいって……」

「勝負だ!!」

 委員長の発言を無視した会長は意気揚々と懐から四本の割り箸を取り出し頭上に掲げる。

「はい、ひいてひいて」

 なすすでなくクジを強制的に引かされる俺ら。文句一つ言わせないなんて流石の貫禄だ。

「はい! 王様だーわったしだぁ!」

 自分の札を確認する間もなく会長は勝どきをあげた。

「じゃあ命令ね。三番がエロ本を本屋さんで買って領収書を上様で切ってもらう!」

「……」

 三番は俺だった。


「いや、ちょっとまってよ、おかしくね」

「おお、郁次郎くんが三番だね。じゃあ、早く行ってきなよ」

「そもそも王様ゲームに勝ち負けないし」

「王様の命令に従えなければ負けっていうルールでしょ? ん? 違うのかい?」

 絶対ちがうね。

「それ以前にインチキしてんだろ」

「あっははなにを証拠に」

 手に持った割り箸を掲げる。

「佐奈先輩、割り箸の番号は何番ですか?」

「二番」

「む、まてよ俺も二番だぞ」

 委員長も続けて声をあげる。予想通りだ。

「大方二番を二本づつ用意して、自分はなに引いても王様だと言いはるつもりでしょう」

「むっ、なんて閃き。きみは突然頭がキレるようになる違和感の塊の名探偵か」

 一から四まで数字を用意すると四人でやる王様ゲームとして成立しないからな(王が入るので四番はあり得ない)。

「ちょんぼってことは会長の敗けってことですよね」

「ふん。いいだろう。私の知略を見破った郁次郎に敬意を表して第一ターンの王様は君でいいよ。か弱い乙女に下劣な命令を下したまえ。まあ御茶ノ水財閥を敵にしたくないなら命令はよく考えてするんだね」

 勝っても負けても俺の負けは決まっているらしい。なんていうことでしょう。ここまで卑怯だとは思わなかった。

「……じゃあ、スクワット10回」

「10回か。命令なら仕方ない。膝に爆弾を抱えていて二度とサッカーが出来ない体になってしまうかも知れないが、別にサッカーはやらないから関係ないか。10回、ふん頑張るかな」

「……3回で」

「3回!たったそれだけでいいのか、やさしい王様だな!」

 ふんふんふんと会長はその場で屈伸した。俺たちに勝ち目はない。権力に屈するは小市民の宿命、俺は王をも殴れる男にはなれそうにない。

「はい、御茶ノ水渚頑張りました。それではセカンドターンはいります!」

 なんか今日の会長は元気一杯だな。マジックマッシュルームでも食べたのかな。

「次はイカサマなしだ。さぁ引きたまえ」

 会長は先輩が持っていた二番に『ヒデヨシ』と書き加え、それを王様用の割り箸に変えた。平民から太閤になったってことだろうか。根本的にこの人はバカだと思った。

 でももっとバカなのは言われるがまま割り箸をひく俺らだ。

「みんな引いたな。それでは王様だーれだ! わったしだぁ!」

「……」

 つまんね、なにこのクソゲー。

「はっはっは、やっぱり持ってる女は違う。帝王はこの御茶ノ水渚だ、依然変わりなくッ! それでは割り箸をもって命ずる! 三番が!」

 三番は俺だった。クソガァァ……。

「消費者センターにポリンキー三角形の秘密はなにって問い合せをする!」

「おことわりだ!」

「ふん。郁次郎くんが三番か、君に拒否する権利はない。なぜなら、王様の命令は絶対だからだ! エディバディせい! 王様の命令は!」

「ぜぇーたぃ… …」

 横の先輩だけがぼそりと呟いた。

「会長、全く関係ない他者を巻き込むのはナンセンスです」

 委員長が不服そうに訴える。いいぞ、その調子だ。

「む、天王州、貴様生徒会メンツのくせに私に逆らうのか」

「そういうわけではなく……」

「よかろうそこまで言うなら命令を変えてやる。三番と天王州がチュウをする!」

「いやです」

「いやです、じゃない。従いたまえ、なぜなら王様の命令は!」

「ぜぇーたぃ……」

 横の先輩だけがぼそりと呟いた。

「そもそも王様ゲームで名指しはルール違反です。番号制ですからね。どうしてもその命令をしたいのなら番号を歓呼してください」

「むっ、むっ、しかし、きみ、もし佐奈がそこな男とチュウすることになったらどうするんだ」

「いやなら命令を取り消すんですね」

「くっ、しかし、む……」

 会長は佐奈先輩のことが好きなんだよ。同姓なのに不思議だね。

「いいや、王たるもの一度下した命令は取り消さぬ。いいかよく聞け!」

 さっき取り消したばかりの会長は委員長を睨み付け高らかに宣言した。

「一番が三番とキス!」

 俺は一番が先輩であることを切に願ったが、青くなった委員長の表情ですべてを悟った。結果がどうなったかは想像にお任せしたい。


「サードターンはいります!」

 はやくも嫌になってきた。ため息をついてから割り箸をひく。悲しすぎる。イケメンとキスして喜ぶのは女の子だけだ。最悪だ。柔らかな感触がいまも唇に残っている。委員長なんてお茶で口をすすいだあとトイレにいった。それはちょっと失礼すぎるんじゃあないか。

「王様だーれだ」

 生徒会室は緊迫感に包まれていた。冬特有の静けさが耳を打つと同時に手元の割り箸をそっと見てみる。二番だった。俺はキングになれないらしい。

「S・H・I・T」

 佐奈先輩が舌打ち混じりに呟いた。

 どうやら先輩も王様にはなれなかったらしい。

「俺だ」

 静かな怒りを宿した瞳、委員長だった。

「む、天王州が王様か」

「はい」

「いいんだろう、さぁ娯楽ら部を追い詰める命令を下すがいい」

 王様よりも偉そうな会長に促された委員長はどことなく気だるそうに声をあげた。

「解散」

「は?」

 委員長は冷たく言い放つと足元の鞄を肩に背負い立ち上がった。

「それでは会長、また明日」

「ちょ、ちょっとまて天王州!」

「佐奈先輩、郁次郎くん、君たちもそろそろ帰った方がいい。暗くなる前にね」

「こら! 天王州! 帰宅など許可していないぞ!」

「王様の命令ですよ、会長。絶対君主制の廃止を唱え、ここに民主主義の自由を宣言します」

「ば、ばかもの、それではゲームにならぬではないか!」

「ええ。でもルールじょう問題ありません。それが王様ゲームですから」

 静かな火花を散らす二人を尻目に俺と先輩は静かに生徒会室をあとにした。

「佐奈、一度くらいは王様になってみたかった……」

 廊下の静寂に溶け込みそうな呟きを残した佐奈先輩に、じゃあ残れば? と心の中で思った。





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