47:青き春の墓標
いまの高校生がどんな会話すんのか知りませんが、いまも昔もたぶんそんな変わりないと思います。
北風が町を駆け抜ける。
冷え込んだ日中の気温に、ため息は白く染まって消えてしまった。
今日はとっても冷え込んで、こういう日は家でごろごろしながら温かいココアでもすするのが一番である。
せっかくの日曜日だってのに何してるんだろうね、俺は……。
「貴様は恵まれているということを自覚すべきだ」
夏目銀太は真剣な面持ちで俺をまっすぐ睨み付けた。
「いや恵まれてんのお前じゃん。その皮下脂肪、まじ羨ましいわ」
「そんな話はしてねぇんだよ! 環境! 環境についてだ!」
「あのさ、銀太、その話、別にここですることじゃなくね?」
「金ねぇんだからしかたねぇだろ」
公園のベンチに腰かけて、俺を睨み付ける銀太。
無駄にくりくりとした澄んだ瞳をしている。腹立つ。
体の芯から冷え込む季節。もうすっかり冬だった。
着込んではいるが、北風が容赦なく体温を奪っていく。
いつもならなんでもいいから店に入ろうと提案するところだが、あいにくオレも持ち合わせがなく、せめてなんか奇跡でも起こらないかなぁと財布を開けて確認してみるが、残高95円に変化はなかった。気温だけじゃなくて財布も寒い。
「銀太、呼び出したんだから飯くらいおごってくれよ」
「そんなことする義理はない」
「つうかマジでなんの用があってオレを呼んだの? どっか遊びに行くとかじゃないの?」
「まあ、まて。もうすぐ来るから」
「来る?」
無言のままにらみ会うオレらの間に一人の人物の影が落ちた。
「待たせた」
「な」
眼鏡の長身。
「お前委員長呼んだのかよ」
そこに立っていたのは天王洲臨海であった。知り合いの兄貴で高一にして生徒会の監査を担当している偉いやつ。
ホットの缶コーヒーを片手に白い息を吐き出している。少し分けてほしい。
「ん? 郁次郎くんじゃないか。どうしたんだ」
「いや、銀太に呼び出されて……。そしたらさっきからずっと恨み言言われてんすよ」
「恨み言? ふむ?」
「なんかオレが恵まれてるとかなんとか」
委員長の視線を受けた銀太はスックと立ち上がると右手を寒空に突き上げた。
「モテたい!」
シンプルにして力強い声だった。
「それをオレらにアピールしてなんの意味があるんだ?」
その願いはオレとて同じこと。
「女性に囲まれた部活をされている郁次郎さんなら女性のお知り合いもさぞかし多いことでしょう。ご紹介願います」
なぜ敬語になる。
「知り合いっていったって娯楽ら部のメンツしか知らねぇし、オレに言われても困るわ」
「チッ、使えねぇ」
「おま、呼び出しといてそれかよ」
「もうなりふりかまってられるか。中学のときは高校になればカノジョができるって信じてたけど、特に変化なくて悟ったんだ! 動かなければ変化は起きないって!」
「ご高説痛み入ります」
ソーシャルゲームでもやれば?
「……帰っていいか?」
委員長は冷めた目をして落ち着かせたばかりの腰を早速浮き上がらせた。
「待って待って待って委員チョー! 超絶モテ男の委員チョーならわかるっしょ! オラに女を分けてくれ!」
「離せ。貴重な時間が君のために失われて行くと思うとむなしくなるよ 」
「そこをなんとかぁー!」
惨めに委員長の上着にしがみつく銀太は「なんて惨めで哀れな生き物」って感じの醜態を世間にさらしていた。
「えぇい、分かったから手を離してくれ!」
高そうな服が破れる危険性を感じたのか、委員長は渋々といった感じで再びベンチに腰かけた。
「それで要件は具体的になんなんだ」
「モテるコツを教えてくれ委員長。代わりにゲレゲレを仲間にする方法を教えるから」
「知るか」
妹そっくりのジト目で一蹴する。
「じゃあなんでモテてんだよぉっあんたはよぉ!何回告白された!?この学校に入って!」
「そんなのイチイチ数えてないよ」
「キリないってかこのやろう! コロスコロスコロス」
「帰る」
「ゴメンゴメンゴメンゴメンてぇー!」
さすが委員長。まああんだけクールで勉強できてイケメンだったらモテないわけないよな。
一人はしゃいでいた銀太はハァハァと肩で息をしながら、オレと委員長をねめつけた。
「おーし、みんな落ち着いたなぁー」
体育教師みたいに仁王立ちしている。
「まあ、何だかんだで昨日の夜必死に考えた結果、合コンすればいいという結論に至りましたぁ、拍手ー」
ヤバイこの人いかれてる。
「とゆーわけでお二方セッティングおねしゃす」
「断る」
「死ね」
「神様二人がいじめるのぉー!」
ヤバイってこれ、娯楽ら部以上に不毛な時間だよ。
「そもそも高校生のうちから合コンなんて不純だ。生徒会の一員として認めるわけにはいかない」
委員長は缶コーヒーに口をつけ、小さく息をついてから続けた。
「諦めるんだな」
「そ、そんな! 昨日の夜お風呂場で必死に合コンでうける自己紹介を考えたのに」
「ほう」
「やっぱ女の子ってみんなプリキュアとか好きじゃん? だから太陽ギラギラキュア夏目銀太です!宜しくお願いしますってどうかな」
「べつにやれとは頼んでないが」
お前ほんとにそれ面白いと思ったの?
「で、結局なにしたいんだ。オレら呼び出してさ」
さすがに日曜日のお昼というゴールデンタイムがもったいない。落ち葉が北風でカサカサ揺れる度、このままでいいのかという焦燥感にかられる。何かしなくちゃ、と焦るオレを小バカにするように銀太はニヤリと片頬をつり上げた。
「郁次郎はオレに瑠花ちゃんを、委員長はオレに妹ちゃんを紹介する。これでいこう」
「銀太くん、ここが法治国家じゃなかったら殴ってるところだ」
「なんでなんでいいじゃんべつに! へるもんじゃなしに」
「愛流や君はまだ高一だぞ。恋愛なんて早すぎるだろ」
「カァー! 昭和の頑固親父並みに頭かたいよ委員長! 今時小学生でさえキッス(語尾上がる)してる時代だよ? そんなんじゃ時代に取り残されちゃうぜ」
「そうだとしても若いうちから性に淫らだと何かあったときに取り返しがつかないからな」
それはそうとお宅の妹さんこないだお見合い受けようとしてましたけどね。と思ったが口には出さなかった。
「よぉーし、わかったわかりましたよ、あなたたちが紹介してくれないんじゃしょうがありません! オレ今から駅前でナンパしてくるから!」
「賛成しないな。惨めな気持ちになるだけだぞ」
辛辣な委員長。止めてるようで傷つけていることに彼は気づいていない。
その言葉に焚き付けられたように真っ赤になった銀太は、めっちゃ不細工に皺寄せて叫んだ。
「見とけよ! この鬼畜眼鏡! 勇ましいオレのもてっプリを!」
オレは帰りの電車の時間の調べるのに忙しかった。
「あの子かわいい」
旅行代理店のパンフレットの棚にこそこそと隠れながら銀太は時計台の下の少女を指差した。フワフワとした私服の、ファッション誌から抜け出たみたいな感じの女の子が立っていた。
オレと委員長はスタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強いか徹底議論していた。
「あの子に声をかけるわ」
オレと委員長はレオナルド・ダヴィンチがスタンド使いかどうか徹底議論していた。
「よっしゃ、行ってくるぜ!」
意気揚々と飛び出そうとした銀太の肩を慌てて掴む。
「やめとけ銀太、身の程を知ろうぜ」
「な、離しやがれ。オレはあの子とランデブーするって決めたんだ!」
「いやいや無理に決まってんだろ! 落ち着いてよーく見てみろよ!」
時計台の下で携帯をいじる少女は誰がどうみても美少女だった。艶やかな長い黒髪に、白くてキメ細かな肌。一つ一つのパーツが整った顔立ちに、そしてなにより胸がでかかった。
「カレシ持ちに決まってんだろ、待ち合わせだよ、ありゃどうみても」
「んなこと行ってみなきゃわかんねぇじゃん! 決めつけよくない!」
「たとえカレシ持ちじゃなかったとしても無謀だって!」
「そんなことない! 俺だってモテるための努力はたくさんしてきたんだ! その成果を試すとき!」
「どうせろくでもない努力だろ?」
「失礼な! 必死に北斗琉拳死環白の訓練をつんできたんだよ!」
北斗琉拳死環白、破孔を疲れたものは気を失い、目をさましたときに見た相手に惚れる。たとえモヒカンでも。
「ろくでもねぇんだよ、やることが! そんなことよりダイエットしやがれ!」
「えぇいだまれだまれ、止めてくれるな郁次郎、そこで見とけ!」
勢い勇んで飛び出そうとした銀太の肩を必死に掴む。友人として彼が傷付くところは見たくないからだ。
そんなこんなでグダグダしている間に、ターゲットにされていた女の子に制服姿の男性が近づき親しげな様子で声をかけた。ほら、やっぱりカレシとの待ち合わせだよ。
「くそぅ、ちきしょう! 神様はいつも残酷じゃねぇか!」
膝から崩れ落ちる銀太。恥ずかしいから他人のふりしよ。
「あれ……」
銀太から数メートル離れた位置にいた委員長が、目を細めて小さな声をあげた。
「あれ、土宮くんじゃないか?」
「えっ!?」
オレと銀太は同時に顔を上げて、楽しげに去り行くカップルを視界に捉える。クスクスと口許に手をあてる上品な少女の横の男性は、間違いなく友人の土宮龍生だった。
「はぁ!?」
銀太と一緒に口をあんぐり開けていた。
「ふっざけんなよ! あいつ!」
なんて不貞やろうだ! 抜け駆けじゃねぇか! あいつがモテてんの知ってたけど、付き合うとかはまだわかんないとかほざいてたくせしてよぉ!
「ナンテコッタイ……」
銀太はふらふらと力なくうなだれた。
「昨日メールしたとき、用事があるからとか言ってて、それがこれかい。友情より愛情とるんかい……」
許すまじ土宮龍生。
オレはポケットから携帯を取り出して電話帳から龍生を呼び出した。
「あ、おい、なにしてるんだ」
委員長がオレに声をかけてきた。
「どういうことか問いただすんです!」
「それは野暮だろ」
「野暮でもなんでもかまわない。オレは銀太の無念をはらさなくちゃならないんですから!」
去り行くカップル二人の片割れが慌てたように鞄から携帯を取り出し、彼女に謝りながら耳にあてたのを遠目で確認した。
『もしもし?』
「よぉ、龍生、いまお前何してる?」
『なにって、学校に行こうとしてる』
そういえばなぜか龍生は制服を着てる。おそらく彼女に「オレの通ってる学校を案内しちゃうぜぃ!」とか調子に乗ったこと考えてるのだろう。
「今日日曜日だぞ。なんで学校にいくんだよ」
『知り合いが学校見てみたいって言うから案内するんだよ』
「ほう。その知り合いってどんな人?」
『どんな人って……』
龍生がその隣の少女をじっとみつめたのが遠目でわかった。僕の大事な人とかほざけば、オレのバッグに入ってるランチパック(ツナマヨネーズ)をぶつけてやる。
『知り合いは知り合いだよ。兄貴の同級生なんだ』
「ふーん、そっかそっか」
嘘臭い。わしは騙されない。カノジョができたら報告するとかいってたくせに。
『兄貴と同じ部活の人なんだってさ。たまに遊びに来ててさ。今度ウチの高校に用があるから下見しときたいんだって』
「まじで? 天に誓って? 嘘ついたら針千本だけど、リアルに?」
『え、なんでそんな疑ってんの? いや、ほんとだけどさ』
「……ちょっと待って、いま審議する」
『はい?』
携帯を耳からはずし、委員長と銀太にいまの龍生との会話を伝える。
「と、あいつは言ってるけどどうなんでしょう」
「嘘だ!絶対嘘だ!」
銀太が壊れたお喋り人形みたいに声をあげた。
「兄貴の知り合いとは思えないくらい親しげだったし、普通二人っきりで学校に行こうだなんて考えない!付き合ってるに決まってる」
「だよなぁ、オレもそう思う。やっぱり龍生は嘘ついてるな」
一つの結論に至り携帯を持ち上げた時だ。
「いや、そうとも限らない」
委員長がいたって落ち着いた声音でオレの手をつかんだ。
「あの女の子は用があるから校舎を案内してほしいと龍生くんに頼んだんだろ?」
「えぇ、って言ってましたけど」
「いまの時期から考えて結論は一つだ。あの女の子は今度の文化祭の業者さんに違いない」
「は、どういうことですか?」
「日曜日に制服を着てデートなんて考えづらいだろ。制約が色々増えてしまうからな。よって龍生くんの言ってることは本当。あの少女の用事というのは文化祭の下見で間違いないよ」
「なるほど」
なんの業者かは知らないが、羽路高校にはモデル選手権なるものが開催されるしその出演者かもしれないな。他校オーケーかは知らないが。
納得いったオレは大きく頷いてから携帯を耳にあてた。
「もしもし龍生」
『あっ、いくじろー? なんだよ突然』
「信じよう」
『は?』
電話口でまだなんか言ってたが最低限のことは判明したので通話を切った。
しかし、あんなかわいい子と知り合いというのは心底羨ましい。
「あ、郁次郎、通話切ったんか!?」
銀太が下顎をたぷんと揺らしオレの手をつかんだ。
「師匠に女を紹介してくれって伝えといてくれ!」
龍生はいつの間にか銀太の師匠になったらしい。
とりあえず、帰ってからなにしよう。