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ノンゲーム!  作者: 上葵
45/54

44:佐奈トロジー(3)

考えることが多すぎて。

 少しだけ肌寒い秋の朝、朝焼けに照らされた世界は金色に輝いてみえた。

 これが光ある道か。……ふ。

「ふふふ」

 先輩、俺のこと好きだってよ。


 一晩中ぐるぐるそのことを考え、結局一睡もできなかった。

「ふ、ふふ……い、いや、だ、騙されないぞ」

 性格も顔もあまり良くないと自負している俺がもてるはずがない。いやしかし先輩の本気のあの声……、二人きりでカラオケ行ったこともあるし、うーむ。

 堂々巡りだ。答えはでない。

 昨日どうやって家に帰ったかさえ記憶にない。会長は常に仏頂面で俺が話しかけても「あぁ」とか「うむ」といった短絡的な発言しか返してもらえなかったことだけ記憶している。

 体調も優れなかったし、ずる休みしたいところだが、うちの親を誤魔化すのは至難の技なので諦めていつも通り登校する。

 とはいえ佐奈先輩に好意を抱いている会長と会うのはやっぱり気まずいので、早朝当番で駆り出されている生徒会の皆さんの視線から逃れるようこそこそとエントランスに移動する。


 下駄箱のすのこの上でクラスメイトの龍生と会った。

「おはよー」

「はよーす龍生、今日も一日がんばっていこうぜ」

「なんか郁次郎、ご機嫌だね」

「そうかぁ? あっははー」

 あふれでる喜びが全身から滲み出てしまっていたらしい。こりゃ失敬、あっはは。

 いくら頭で否定していても告白(?)された事実は変わらない、いまの俺は有頂天だった。

 上靴に履き替えるために下駄箱を開ける。中に赤い紙が入っていた。

「ん?」

 なにこれ。

 手にとって眺めてみる。どうやら手紙のようだ。差出人は不明。

「うわぁ!!」

 横の龍生が叫び声をあげて後ろのロッカーにガタンと倒れかけた。

「?」

 なに? なんでお前そこまでびびってんの?

「郁次郎、それ赤紙じゃないか」

「はぁ? 召集令状? 戦争でもすんのか」

「違うよ! 生徒会四天王、通称S4からの勧告だよ!」

 なにそのいまいちパクリっぽい設定。

「生徒会四天王ってなんだよ。ギャグか?」

「それを知らないなんてとんだもぐりだよ!」

 なら俺はもぐりでいい。

 冷めた俺と違い龍生はオーバーアクションで説明し始めた。

「一年にして四天王に選ばれた『将軍会計(ジェネラル・アカウント)』天王洲臨海。

 元気はつらつ童顔少女『羽路高校第一書記(ミサイル・ガール)』こと松波涅江(まつなみねえ)

 敵なし暇なし『補佐に徹する苦労人(ネクストコナンズヒント』の三笠山真鶴(みかさやままづる)

 そして全校生徒憧れの……!」

 なんかテンション上がってる龍生の言葉尻に被せるように凛とした声が響いた。

「『会長(サイコロジカル・プレジデント)』の御茶ノ水渚」

 背後に御茶ノ水会長が立っていた。俺はそんなアダ名を許容している生徒会のクレイジーさを想い知った気がした。


 駆け出そうと両足にチャクラをためようとした俺に「逃げたらくびき殺す」と冷たい言葉が浴びせられた。四肢が凍る。

「君、土宮龍生くん、だったかな」

「は、はい!」

 会長は涼しげな目線を龍生に向けた。

「悪いが海野くんに話があるんだ。少しだけ彼を借りるよ」

「はい! どうぞどうぞじゃんじゃんこきつかってください」

 俺は龍生の所有物じゃねぇぞ。

 無言の訴えを見て見ぬふりした会長は、

「それでは郁次郎くん、若葉の像の前に行こう。君と話をする、職務も全うする、両方やらなくちゃいけないのが生徒会長の辛いところでね」

 と氷点下の瞳を俺に向けた。命令されるがまま、若葉の像の前に移動する。カムフラージュのためか、生徒会の人が付けている早朝当番の腕章を渡された。俺の覚悟は不完了だ。


 登校してくる生徒たちに「おはようございます」と声をかける。なんの拷問だ、恥さらしじゃないか。美人の生徒会長と並ぶ凡人の俺は、白いキャンパスの黒い点のように悪い意味で目立っていた。

「今度の体育祭……」

 生徒の波が途絶えた隙間を縫うように、会長は呟いた。

「佐奈を賭けて私と勝負だ」

「……いやです」

 なにその少女漫画みたいなノリ。寒気するわ。

「もし君が勝ったら好きにすればいい。私が勝てば佐奈の気持ちに応えることはできないときっぱりと言え」

「お、お断りです」

「私を納得させないで佐奈と付き合おうなどと思うなよ、蒙昧」

 よく見れば会長の目の回りは赤く腫れていた。泣きはらした跡、だろうか。

「……た、大切なのは当人の気持ちじゃないですか」

「もしも貴様が佐奈の容姿といううわべだけしかみない男だとしたらの話だ。二人が本当に愛し合っているのであれば、そのような野暮はしない」

「で、でも体育祭で勝負って、ただの嫌がらせですよね」

「君がどのような男か見極めるイベントだ。これ以上は譲歩しないぞ」

 はぁ?

 言わせておけばこのクソ女。他人の心を思うがままにコントロールできると勘違いしてるんじゃないのか?

 俺が未来を生け贄にした反論を喉元に装填しかかった時だ。

「おはようございます」

 空気が凍った。


 俺たち二人に挨拶してきたのは、諌山佐奈、渦中の人物である。

 先輩、学校来たんだ、という気持ちよりも先に驚愕に支配される。

 彼女は髪を切っていた。

 ……ショートカットだ。

 先日までは長くて艶やかな黒髪があったはずだが、今は短くなっている。

「せ、先輩」

 俺は辿々しく呼び掛けた。

「おはよう、郁次郎。いい朝だね」

 絶対的に足りなかった覇気が、佐奈先輩には備わっていた。

「さ、佐奈、君は……」

「おはよう、渚。佐奈ならもう大丈夫」

 まるで別人のようだった。


 先輩はそのまますまし顔で他の生徒と同じようにエントランスへ吸い込まれていった。俺と会長の二人は若葉の像の前でぽかんとその背中を見送った。

「佐奈……」

 会長がぼそりと呟く。

「ショートも可愛い……」

 この人はもうだめなのかもしれない。

 呆けてポーとしている会長は恋する乙女といった感じで魅力的だが、恋愛対象にもっと注意を払ってほしい。

「先輩の様子を見てきます!」

「あっ、おい」

 俺は会長に無理矢理腕章を返し駆け出した。


 制服連中を追い越して走る。埃くささが人口密度が相まって爽やかな朝を台無しにしていた。

 下駄箱で上履きに履き替え、佐奈先輩のあとを追いかける。

 朝日に照らされた階段手前で先輩に追い付いた。

「先輩!」

 何人かが何事かと視線をやるが、すぐに興味を無くして、自分達の教室へ歩いていく。人は本質的に、他人には興味がないのだ。

「郁次郎」

 彼女は手すりに指先を乗せたまま振り向いた。


「髪、切ったんですね」

「うん。さっぱりしたくて」

「似合ってます」

「ありがと」

 追い付いたはいいが、なにを話せばいいのか。昨日から自分の考えをまとめることができず燻り続けている。

「先輩、あの、俺……」

 ともかくなにか言わなくちゃ、と口を開いた俺を先輩の手のひらが遮った。階段の上の先輩を見上げるが、逆光になって表情がよく見えない。

「郁次郎、見てて……」

 でも彼女が微笑んでいるのが空気でわかった。


 先輩の言葉に従ってあとに続くと、二年三組の教室についた。

 つい四ヶ月ほど前、無遠慮なクラスメイトに囲まれた先輩は、緊張から嘔吐してしまった。そして、彼女が引きこもる理由を創出し続けている二年三組だ。

 先輩のクラスとはいえ、この教室に充満する独特の空気が嫌いだった。

「郁次郎、佐奈は頑張る。見てて」

「……はい」

 瞳には有無を言わせぬ凄味があった。

 先輩は小さく息をつき、ドアを開けて中に入っていった。廊下の壁にもたれる俺に見えるよう扉を開け放ったままで。


「おぉー!」

 一斉に野太い歓声があがった。

 何事かと思い耳をすますとどれもこれも先輩を茶化すような笑い声だった。

 無償に腹が立つが、直接的な悪口ではないぶんまだましなのかもしれない。内容だけみれば先輩の新しい髪型を誉めるものばかりだし。

「髪型超似合ってるッス!」

 どのクラスにも一人はいそうなお茶らけた男子が先輩に話しかけた。先輩はギョッとした顔で歩みを止める。

 ニタニタと薄気味悪い笑みを顔に貼り付けている男子は先輩の戸惑いの表情を楽しそうに眺めていた。

「ありがとう。村井くん」

「え」

 先輩はいままで見たことがないほど朗らかな笑顔を浮かべて彼にお礼を告げた。

「は、い」

 予想外の反応だったのだろう、村井と呼ばれた男子生徒はポカンと涼しい顔で席につく先輩に反応できずにいた。

 佐奈先輩とは思えなかった。

 あのビビりで小心者の諌山佐奈ではなく、まるで御茶ノ水渚生徒会長だった。

「おはよー! 諌山せーんぱい」

 茶髪の女子が席に座る先輩に目を細めて挨拶した。人を小バカにしたような挨拶だ。

「おはよう、桜田さん」

「オニューの髪型チョー似合ってるジャン」

「ありがとう」

 あの茶髪は……。

 沈殿した記憶が浮かび上がる。

 先輩が吐いてしまった日、先輩を取り囲んで追い詰めた、女子のリーダー挌じゃないか。

「いいなぁー、アタシもしてみようかなぁ、ショートー。でも先輩ほど顔がよくないから、似合わないかな」

「一回やってみたら」

「えぇー、いーよ。アタシは男子に媚びたくないし」

 半笑いが言葉尻を濁らせた。

 今のは嫌みか。先輩はまったくに意に介したようすなく彼女のことを見つめている。

「佐奈はさっぱりしたかったから切っただけだよ」

「絶対嘘ぉ。佐奈ちゃん、ナルシスト的なとこあんじゃん。自分のこと名前で呼ぶとかさ」

「癖になってるんだ」

「やめればいいじゃん。女子から嫌われるだけだよ」

「別に他人がどう思おうが構わない」

「なにそれ、ウケる、友達いないんじゃない?」

 わざとらしい笑い声をあげてから、

「あっ、ごめーん! わたしったら空気読めてなかったよねー」

 目尻を歪ませて彼女は小さく頭を下げた。

 先輩はそれを不機嫌そうに眺めていたが、すぐに先程までの澄まし顔に戻り、冷たく告げた。

「友達がたくさんいればなにしてもいいの?」

「……は?」

 反撃を予想していなかったのだろう、予想外の切り返しに茶髪は目を点にした。

「少なくとも佐奈は間違ったことはやらないし、やりたいとも思わない。人に迷惑をかけないし、法律は守る」

 狙い通りの一手が来たとき独特の輝きが先輩の瞳に宿った。

「はぁ。今さら優等生ぶってるとかマジうけんるんだけど」

 相手の口から笑みが消え、言葉つきが鋭くなったが、佐奈先輩は一切気にした風もなくいつも通りの口調で続けた。

「八月六日、何してたか覚えてる?」

「え?」

「佐奈は家でゲームしてた」

「なぁにそれ」

 茶髪は思いっきり吹き出した。

「ボッチ自慢じゃん、いみわかんな」

「桜田さんは友達とお酒のんではっちゃけてたらしいね。お誕生日おめでとう」

 桜田、と呼ばれた茶髪の女子は目を見開いた。

「な、なんだよ」

「五月七日、傘を盗んだね。六月十一日にもお酒を飲んでる。ところで未成年者の飲酒が法律で禁止されてるの知ってる? 窃盗はなんであろうと犯罪だけど」

「それくらいみんなしてんじゃん。つうかアンタがなんでそんなこと知ってんのよ!」

「個人情報をインターネットの世界に垂れ流すのはあまりおすすめしない」

 先輩はそういって懐からスマートフォンを取りだし画像を茶髪に見せた。それを認めた瞬間、茶髪が目に見えて焦りだしたのがわかった。

「いくらアカウントがハンドルネームだろうとあれだけのヒントがあれば桜田さんだって知り合いならみんな気づくよ。先生に知られればそれなりの処分が下るだろうし、警察なんてもってのほかでしょ」

「き、きもいんだけど!」

「忠告だよ。自分が行動するとき常に他人に見られてるってことだから」

 先輩はそういって静まり返った教室内をぐるりと見渡した。

「このクラスの大半の人に言えることだけどね」

 先輩が呟くと同時に何人かの生徒がやましいことが咎められたと察したのか、視線を落とした。

「なに調子にこいてんだよ!」

 スマートフォンをしまった先輩に向かって、茶髪は唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り付けた。

「別に調子になんて乗ってないよ。クラスメイトなんだから、心配するのは当たり前でしょ? 私は仲良くしたいだけだよ」

「このっ……」

 茶髪が怒りに唇を歪ませた。

 そういえばずっと前の保健室で佐奈先輩が『クラスのリーダー挌の女子のカレシから告白され、それが原因でハブられた』みたいなことを言っていたのを思い出した。十中八九クラスのリーダー挌の女子はあの茶髪だろう。

 二人の間にどれほどの確執があるのか知らないが、先輩の言葉が引き金になってしまったらしい、茶髪は怒りを露にいまにも殴りかからん勢いで先輩の机に両手をついて乗り掛かった。

 暴力の臭いを感じ、やばいと思った俺が足を動かそうとするより先に、横を通りすぎ、二年三組の教室に入る影があった。

「なにをしている」

 御茶ノ水会長だった。


 突然の生徒会長の乱入に二年三組は水を打ったように静まり返る。

「騒がしいと思って覗いてみたら……」

 白々しい顔で会長は茶髪を指差した。

「忠告する。ネチケットに関してもだが、これ以上の素行不良が認められる場合はそれ相応の処置が取られるから注意するように」

 あくまで彼女は一回の生徒でそんな権限ないはずだが、有無を言わせぬ強い語調は、そうする力があるのではないかと思わせる効果があった。

「は、はい」

「よろしい。忙しい時間に邪魔したね」

 会長はそれだけいうとスタスタと黒板横の出口から出ていった。


 しばらくたっても空気は凍ったままだったが、茶髪が力なく先輩から離れ、自分の机に戻っていくのを見て、俺は先輩が安堵してるのを感じた。

 これ以上ここにいても仕方ないし、俺も自分のクラスに戻ることにした。



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