41:消えたライスケーキの謎
随分お久しぶりな気がしますが
随分お久しぶりなので気のせいではありません。
モチベーションがなかなか維持できない、、、
ロッカーで着替えていると、委員長からお土産をいただいた。
銘菓と名高い信玄もちだ。
「いいなぁ、うまそうだなぁ」
たまたま居合わせた夏目銀太が呟いた。
五組と合同で行われた体育の授業の終わり、いっしょの班でバスケのパスレンをしたからだ。
「あげねぇぞ」
回転寿司を全レーン食い尽くしそうなやつに食べ物を与えるはずがない。少しは痩せろ。
「誰もほしいなんていってないだろ。ただできれば黒蜜かけたきな粉だけでもくれないか?」
「やらねぇよ。おーし放課後ゆっくりたべーよっと」
「……」
銀太の瞳が深く暗くそして静かに冷たく沈んでいくのを横の俺だけが気づいていた。
運動部のかけ声をBGMに、ゆったりとした秋の夕暮れを、お茶と御菓子で味わう素晴らしさ。
そんな放課後を想像しながら、部室にやって来たけど、ポットの湯が切れていることに気がついた。
仕方ない。
机の上に信玄もちを放置して廊下に出る。
水汲み用のペットボトルを持って、水のみ場まで行くことにしたのだ。そのままポットを持ってるところを見られたら絶対先生に怒られるからな。
で、部室に戻ってみたら机の上の信玄もちがなくなっていた。
あるのは白いケースとビニールの包み紙だけ。黒蜜の入っていたはずのスポイトはすっからかんで、きな粉は一粒さえ残っていない。
即刻携帯で銀太を呼び出す。
「瑠花さんが俺に用ってなにかなぁ? 告白かなぁ」
下顎をたぷんたぷんさせた銀太は、嘘の呼び出しに喜び勇んでやって来た。
「ありゃ嘘だ」
「ふぁ!?」
「てめぇを呼び出したのは他でもねぇ……」
「な、なにかな」
「おれの信玄もち食っただろ!」
「く、食ってねぇよ! 食うわけないだろ! 俺謙信派だし!」
意味のわからない言い訳など聞く耳持たん。
「今日も元気に娯楽を楽しみましょー」
わちゃわちゃと銀太と言い争っていると谷崎がドアを開けて入ってきた。
「あれ、夏目くんじゃん。どうしたの?」
中学の同級生である銀太は、俺の幼馴染みである谷崎とも顔見知りである。
「あ、谷崎さん! 郁次郎のやつ俺が太ってるってだけで、犯人にするんだぜ」
「えーと、どういうこと?」
主語が抜けてるので、代わりに俺が詳しい事情を谷崎に伝えた。
「なるほど、ひどい話だね。それだけで夏目くんを犯人にするのはよくないよ」
「状況をみてこいつ以外に犯人はいないだろ」
横目で銀太を睨み付けるとサッと視線をそらしやがった。
「食い物となれば見境いねぇんだこいつ。デブだからなんでもギャグになるって思ってやがる」
「綱引きのときめっちゃくちゃ役に立つデブばかにすんな!」
「大玉の代わりに肉弾戦車でもやってろ!」
「やんねぇよ! それに俺はデブじゃない! ポッチャリ系だ!」
「話変えんな! おれの信玄もちを食ったかって聞いてんだよ!」
「食ったよ! うまかったよ! でも俺は悪くねぇ! 俺の中のグラトニーが食べていいって言ったんだもん! しょうがないじゃん!」
「なに逆ギレしてんだよ! 北斗柔破斬食らわせるぞ!」
「まって、郁次郎!」
谷崎が割り込んできた。
なんだこいつ。
「そんなしつこく尋問しちゃダメだよ。誰にでも犯行は可能だったんだから!」
はぁー?
「いやまてこいついま犯行を認めたかんな!」
「さすが琴音ちゃん!」
「調子のんな!」
さりげなく下の名前プラスちゃん付けに移行してんじゃねぇ!
「……あっ!」
突如として谷崎が声をあげ、大きく深呼吸をした。
「犯人はこのなかにいる!」
それ言いたかっただけね。
「いや、こん中だったら、俺かお前か銀太しかいねぇじゃねぇか」
「え、私じゃないよ」
「被害者の俺でもない」
「じゃあ、夏目くん?」
だから最初からそう言ってんだろ。
「僕はデブじゃない! しんじてくれよぉ!」
いやお前はキラじゃなくてもデブだよ。
「状況を整理しよっ!」
整理するまでもなく明らかなのに谷崎は無意味に事を荒立てようとしている。
「まず、窓には鍵がかかっていた」
わざわざ窓ガラスにさわりながら発言する。ここからみてもクレセント錠は上に上がってるし、施錠はばっちしだ。
「そしてドアは開いていた」
「そりゃ、俺が水汲みに出入りしてるからな」
「つまり犯人はドアから入ってきたんだよ!」
「……」
うん!そうだね!
「そしてドアから入ってきた犯人は机の上の信玄もちに気がついた」
「それで?」
「食べました」
「ですよね」
「……」
無言になる谷崎。
「終わりかよ」
「あ、えーと、あれだよ、ここから導き出される答えは」
一呼吸置いて、
「犯人はお腹が空いていた!」
「違いねぇや!」
もう突っ込む気力さえ無い。
しばらくすると、愛流がやって来た。なんでもホームルームが長引いたらしい。先輩と瑠花はまだ来ていない。
「おや、君は……」
愛流はすぐに見知らぬ人物である銀太に目を細めた。
「えーと、あれだ。細田」
「ちげぇよ。こいつは俺の友達の……」
「そうそう郁次郎の友達の細谷さん」
「違うって、名前は」
「思い出した! 細川さんだ!」
「いや、初対面だろ、たぶん」
「あれ、そうだっけ。……細井さん!」
「テキトーこくな。つうかなんで『細』しばりなんだよ」
彼女は若干気まずそうに銀太に視線をやってからそっと俺の耳元で囁いた。
「いや、こういう体型の人って細って漢字が名字に入ってるイメージがあって」
そんなことなくね?
愛流はすぐに平然とした動作で銀太に向き直ると小さく頭をさげた。
「はじめまして、夏目銀太くん。僕は天王州愛流、娯楽ら部の副部長だ」
愛流の自己紹介を受けて、銀太はどことなくシニカルな笑みを浮かべた。
「……そうか、この次元では初めてだったんだよな」
「え?」
「いや、すまない、忘れてくれ。元気そうで嬉しいよ、……愛流」
なんかデブが小芝居はじめたぞ。
「君は、……まさか」
それに乗っちゃう愛流。
「ふっ、信じてもらえるはずないが、俺たちは別次元で何度も助け合ったんだ」
「っ」
愛流は顔を歪ませて、頭を押さえた。
「なんだ、身に覚えのない記憶が……っ」
「よみがえるわけねぇだろ」
そういうのいいから。
「それでなにしてたんだい?」
指定席に着席し、お茶に喉をならしてから愛流は谷崎に訊ねた。
「犯人を探してたのよ!」
「どういうこと?」
「つまり……」
部室の窓からオレンジ色の光が注ぎ込んでいる。
夕暮れと同時に帰りたいという感情がわき起こるが、銀太との一件を片付けなければなるまい。
「ふぅ、なるほど。悲鳴を引いたときにはすでにお餅がなくなっていたと」
谷崎の分かりやすい説明をうけ、愛流は一息をついた。
「容疑者は夏目銀太くん学生、海野郁次郎学生」
「これは……クローズドサークルってやつだね」
「え? なにそれ」
「いや、ぼくも意味はしらないが適当に言ってみた」
外界との接点がまったくない状態を推理小説の一形態としてクローズドサークルというらしい。
開け放たれたドアがある時点で密室でもなければクローズドサークルでもない。
「おーけー、まあぼくに任せてくれれば一発だよ」
にたりと愛流は微笑むと銀太に向き合った。
「犯人は君だな」
「なっ、なにを根拠に……」
さっき自白したしな。
口をすぼめて変な呼吸をする銀太。なんだろうかと思ったが、どうやら口笛を吹いているつもりらしい。とぼけのポーズのつもりだろうが、できていないのでよりいっそう滑稽だ。
「机の信玄もちを誰かが食べた」
愛流は気にせず続ける。
「そんな食い意地をはってるやつの体型は自ずと絞られてくる……」
「差別だ! デブ差別だ!」
「まあ、落ち着いて聞いてくれ。犯人はスポイトの中の黒蜜まで食べてるんだ。そんな甘いもの好きの体型はやはり自ずと絞られてくる……」
「やっぱりデブ差別じゃないか! 痩せてても大食いのやつはいるし、太ってるのに少食のやつだっている!」
「でも君は違う」
「うっ……」
一瞬言葉につまったのち、
「それは認めるけどさぁ! なんかこのクラブ、デブに対する当たりが強くないか!?」
逆ギレされた。
愛流は予定調和のように一笑に付し、
「そして何より、口にきな粉がついてる」
「!?」
あ、ほんとだ。
「おそらく君は郁次郎が信玄もちを持っていることを知り、なんとか分けてもらおうとした。
放課後そんなことを考えながら郁次郎をつけてみれば、信玄もちを机の上に放置して何処かへ行くではないか。
魔がさしたのだろう。君はあわててそれを食べたはずだ。しかしきな粉を一気に食べるとむせる。吹き出したきな粉がたくさん舞ったはずだ。机の上は綺麗にしたが口許をぬぐい忘れたらしいね。これにてQED」
横の谷崎が「QEDってなに?」って質問してきたが、めんどくさいので「クッパがエロサイトでデモンストレーションの略だよ」って説明しといた。
「うっ、うっ」
銀太はうつむいて、震えている。
「そうです。あたしがやりました」
うん。知ってた。
「ても、あの男が悪いのよ!」
突然のオカマ口調。気味悪い。
「あたしに少しくらい分けてくれてもいいじゃない! 委員長だってみんなで食べることを望んでたはずよ!」
「そう思うのなら……」
クールな口調で愛流が呟いた。
「なぜ君は一人でお餅を食べたんだ」
「はっ!?」
「郁次郎のぶんをとっておけば、彼はここまで怒らなかったはずだ」
いや、キレるよ。全部食われるのもムカつくけど、食いかけ残されるのもやっぱり腹立つよ。
「そうか……おれは知らず知らずのうちに郁次郎と同じことをしてたんだな……」
「わかってくれたか」
「刑事さん、俺、自首するよ」
「え?」
あれ、こいつ探偵じゃないの?
「今回はそれで手打ちにしてくれないかな」
「あぁ、深く反省してるみたいだしな」
「うん、それじゃあ」
そう言い残すと銀太は「るーるるーるー」とコ○ンの最期に流れる音楽を口ずさみながら、部室から出ていった。
「……」
俺は銀太から直接謝られていないことに気がつき、怒りゲージがマックスを迎えたが、
「それはそうとこないだ家族で山梨行ってきたんだ」
愛流が嬉々として鞄から取り出した信玄もちで機嫌はすぐに回復したのだった。