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ノンゲーム!  作者: 上葵
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39:愛流は死霊と友達になりたい

私がなにかを始めようとすると、それに関係する別のなにかが行われる気がします。


たとえばある小説を読んでたら、まったく意図せずその続編の出版が決定されたりとか、ゾンビについて投稿すると地上波でゾンビ映画が放映されたりとか。


偶然だとわかってるけど、テンションあがりますね。




 今週の音楽の授業はいつもにまして憂鬱な気持ちで挑む羽目となった。リコーダーの実技テストが行われるからだ。

 書道とか美術を選択しておけばよかったと後悔したもんだが、そんな風に頭を悩ませていたのも朝の時間まで。なんとかクリアすることが出来て一安心なのである。

 

 試験は二人一組のペアで別室にて行われた。

 相方であった愛流は、試験が終了すると同時に「へっやるじゃあねぇか」と俺の肩に手をやり席についた。

 目立ったミスもなくクリアすることができたので、他のやつらが終わるまで、まだけっこう時間がある。一応教科書を読んでおくようにと言われているが、そんなの真面目に取り合うわけがない。

 先生は別室で試験監督を行っているので、のびのびと羽を伸ばせるわけだ。

 暇だし、愛流はなにしてんとかなー、と隣を見てみる。

 机の上にノートを広げ、ブツブツ呟いていた。

「なにしてんの?」

「ん? あぁ」

 彼女はノートを見えるよう立てかけた。

「なにこれ、地図? 学校のか?」

 ノートには大雑把な見取り図が描かれていた。

 教室の配置などが描かれていて、そこから伸びた線の先にきれいな字で説明書きされていた。

『机を盾にしながら廊下に避難』

 彼女のクラスから伸びた線の先にはそう書かれていた。

「ん、なんだこれ」

 説明書きは色んなところから伸びている。

『廊下 数による。道幅が狭いので駐輪場の屋根にむけて窓からのダイブもありか』

『視聴覚室 出口が一つしかなく窓もないため、いかに隙をついて素早く脱出するかが鍵』

 なんのこっちゃ?

「なにこれ」

「んーふふ、よくぞ聞いてくれた」

 愛流は偉そうに鼻をならして続けた。

「もしもー世界にゾンビが溢れたら」

「は?」

 ドリフのコントタイトルみたいなことを宣って彼女は続けた。


「台風の時パジャマパーティしただろ?」

「あ、あぁ、らしいな」

 思考停止しかけた俺をそのままに愛流は続けた。パジャマパーティというと、瑠花んちで行われたやつのことか。

 泊まりともなると、男子禁制になるらしく、台風一過で俺は帰されたけど。

「そんで、郁次郎が帰ったあと、佐奈ちゃんも来たんだけどさ」

「まじかよ。先輩珍しくアクティブだな」

「なんでも夜になると、出歩きたくなるらしいよ」

「さすが引きこもりだな」

「で、なんかホラー映画を借りてきたからみんなで観ようって話になって、観たんだよ」

「え、まじかよ。谷崎大丈夫か? あいつ怖いの苦手のはずだぞ」

「うん。お経唱えながらガタガタ震えてたよ。あんなしっかりとした読経、どこで覚えたんだろうね」

「……お経唱えられるってところが逆に怖いわ」

 ホラー映画を見ながらお経を唱える女子高生ってそうとうホラーだよね。

「そんで見終わったあと思ったんだよ。そういえば今年の夏は肝試ししなかったなぁ、って。だから、夜はみんなで怖い話大会したんだ」

「谷崎は?」

「白目でお経唱えてた」

 やっぱそっちのが怖いわ。

「ま、ともかくその時ゾンビ映画を見て、もしこんな状況になったらどうしようって思ったんだ」

 ぱん、スナップを効かせてノートを叩く。

 え? 話繋がったの?

「だからいつゾンビの群れが来てもいいようにイメージトレーニングしてるってわけ」

 うわっ、めっちゃ不毛。


 無意味なことはすべきでないよ、と批判したら、

「まったく夢がないね、郁次郎は」

 と文句を言われた。

 ゾンビに襲われる夢みてるよりましだよ。

「いついかなる時もなにが起こるかわからないんだから最善の手をうてるように訓練しておかないと」

 ペンを器用に回しながら、愛流は音楽室を見渡した。

「例えば今ここで感染源が発症したとする」

 びっ、とペン先を一人の男子生徒にむける。はからずしも友人の土宮龍生だった。

「彼はうなり声をあげながら隣の女生徒に噛みつく。がぶー」

 龍生は一生懸命に指を動かし、楽譜とにらめっこしていた。

「女生徒は痛みと恐怖で叫ぶだろう」

「いやー、喜ぶんじゃないかな」

 龍生イケメンだし。

「? そんなわけないだろ。いきなり噛みつかれるんだぞ」

 隣でリコーダーの練習する女生徒こと西原は、龍生が好きだって風の噂できいたことある。

「まあ、いいや。そんで?」

「うむ。そしたら部屋中がパニックになって、一つの出口からみんな逃げようとするだろ?」

「あー、まぁな」

「そうすると押し合い圧し合いは免れない。将棋倒しが目に見えている。だがぁ!冷静な僕はぁ」

 ビッとかっこよく背後を親指で指し示す。窓の向こうの景色が広がっていた。

「クールにサンクガーデンに通じる扉を開けてエントランスに急ぐのだよ!」

「おーなるほどな」

 うちの学校の特別教室はほとんどが地階に配置されている。サンクガーデンは一階より下のある吹き抜けのような中庭のことだ。

 音楽室には、そこで練習する吹奏楽部のために、専用の出入り口が一つある。サンクガーデンからは階段が延びていて、登りきれば校門は目の前だ。

「どうだね、郁次郎。このようなシミュレーションをしておけば、いつゾンビが来ても大丈夫だろ?」

「いやまて一瞬感心しかけたけど、ゾンビ来ないから」

「ゾンビじゃなくてテロリストでも役立つぞ」

「テロリストも来ねぇつうの」

 たくさんの生徒たちが練習する笛の音に統合性はなく、今の彼女と同じような混沌を物語っていた。

「かぁー、これが平和ボケした日本の学生かぁー」

「お前もそうだろうが」

「もっと危機感を持ちなよ。21世紀はいつテロられるかわかんないんだよ。ひょっとしてまだ自分は死なないとでも思ってるの?」

 無駄に真剣な瞳が腹立つ。

「シミュレーションしとかないと最後の爆弾解体で赤か青かわかんなくて詰むよ?」

「そんな状況に追い込まれないっつうの」

「とりあえずヒントとしては、運命の赤い糸、…ってところかな」

「バーロー」

「で話戻すけど」

 俺の冗談は流された。

「ゾンビについて本気出して考えてみたら」

 ちょっと節をつけて歌うように愛流は続ける。

「いくつか必勝パターンが見えてきたんだよ」

「ほう」

「まずね、ゾンビは頭が悪いんだ」

「くさった死体だからな」

「ここに活路があるんじゃないかって考えた」

 脳細胞の無駄遣いというやつだ。

「たとえば目の前に100円が落ちてるとする。んで、奥には千円が落ちてるんだ、片方しか手に入らないとしたら郁次郎どうする?」 

「千円を拾うかな」

「まぁ、それが凡人の答えだよね」

 鼻で笑われた。

「ちなみに僕は警察を呼ぶよ。拾得物横領だからさ」

 なぜ突然モラルを語りだした。

「で、ゾンビだったら手前のエサに群がって奥のエサを見逃してしまうと思うんだ。脳が腐ってるから」

「なるほどな」

「だから、郁次郎を生け贄に僕らは遠くに逃げるんだ。これにて学校脱出編は終わり」

「あははははは」

 脇をつついてやったら、

「ひんっ!」

 変な雄叫びが上がった


「その次がショッピングモール立てこもり編なんだけどさ」

 え? この話続くの?

「長くなる? 長くなるようなら終わりにしないかな」

 会話より一人妄想のがよっぽど有意義だって気がついた。

「大丈夫。要点だけなら10分くらいで済むから」

 なげぇよ。お前の話で一日1440分中の10分を失うかと思うと総毛立つわ。

 しかしながら、ニコニコしながら言う愛流に、断るのも気が引けたので、「一分以内のやつで頼む」と手短にお願いした。

「えー、しょうがないな。まぁ、簡単に言うと、生き残ったけど感染してしまった郁次郎が「俺を殺してくれ」って感じになって」

「ちょっとまて!」

「ん?」

「なんでまた俺が登場すんだよ! 死んだんだろ!?」

「そっちのが盛り上がるじゃん」

 しれっとした表情で言う愛流。

「盛り上がりとかどうでもいいだろ。ゾンビについて真剣に考察してたんじゃないのかよ」

「え、郁次郎なにいってんの?ゾンビなんてこの世にはいないよ。所詮妄想なんだから盛り上がるほうがいいじゃん」

「はぁーーー???」

 思考回路がショート寸前の俺をおいてけぼりに彼女は話を進めた。

「んで「俺の自我が残ってるうちに!」って言ってくれるから、爆弾持たせて、ゾンビにテロってもらうんだ。その間に僕たちはショッピングモールを脱出する」

「さっきとおんなじパターンじゃねぇか!」

「名誉の戦死で視聴者の好感度もうなぎ登りだよ」

「そういうもんか……」

「あ、でも」

 言いづらそうに少しうつむく愛流。

「郁次郎がテレビにでるとBPOが賑わうかも」

「……BPO?」

「放送倫理番組向上機関のことだよ。簡単に言うと視聴者が不快だと思った苦情がここにいくんだ」

 すごくいい顔で説明された。

 え、俺の顔が視聴者を不快にさせるってこと?


「でもさぁー、僕一つ思ったんだよね。ゾンビが世界中に溢れたら、最後はどうするんだろ」

 悲しみに悶える俺を気にすることなく愛流は話を戻した。

「どうって?」

「生き残った人間がゼロになったらゾンビも生きてる価値がなくなるじゃん。あ、もとから生きてないか」

「さぁ。百年に一度現れる伝説の勇者が来てニフラムでも唱えてくれるんじゃね?」

「ちょっと郁次郎いま真面目な話してるんだから、非現実的な話を持ち込まないでよ」

 えー??

「でさ、いつしかゾンビも気づくと思うんだよね。やばい食料(人間)危機だ! って」

「確かにそうだな。ゾンビが人間に恐怖を与えなかったら「あー あー」言ってるだけの気持ち悪い奴等ってだけだもんな」

「あとさゾンビって頭を吹き飛ばされない限り死なないじゃん」

 なんでそんなにゾンビのこと知った風に話すんだろ、こいつ。友達なのかな。

「そしたらさ、餓えで人口が減るなんてこともないんだよね。もしかしたらゾンビって「選ばれた人類」なのかも。まああくまで想像だけどさ」

 そう前置きしてから彼女は続けた。

「それに何年もゾンビやってると頭もよくなってくると思うんだよね。だからそのうち今とおなじような感じで社会が回り始めるのかも」

「一部の生き残った人間は家畜のように飼われようになるとか」

「そ、それだ!」

 まじで?

「ちょっとまって、まとめる!」

「お前なんでもすぐまとめたがるよなァ」

「おし、おし、こうだ!」

 空中で右手と左手を戦わせるような変な躍りを踊っていた愛流はしばらくたってから、俺の目をまっすぐに見つめて話始めた。

「ゾンビが世界に溢れたら、一部の知能が高いゾンビが食料危機を解決するために人間を家畜のように飼うことを提案し、採用されるであろう。こうして現在のような社会体制が構築され始めるわけ。ゾンビは死なないから恒久的な平和が約束された素晴らしい世界ね。そのうちまたリーダー各のゾンビが今の社会に必要なのは教育だとかを言いはじめて学校やら塾やらができて、より高い水準の社会が回り始めるに違いないよ。それでそのうちきっと黒人差別とか奴隷解放が成し遂げられたように人間解放が行われるのよ」

 嬉々とした表情で妄想を垂れ流した愛流はキラキラとした瞳で俺を見つめた。

 なんて返せばいいのかわかんね。

「いいんじゃない」

「だよね!だよね!」

 何がいいのかは知らないけど。

「よーし、シミュレーションは完璧だね。これでゾンビなんか怖くない!」

 愛流は言うと同時に立ち上がり、握りこぶしを天に突き上げた。一人だけで気合い十分だ。何人かの生徒か何事かと後ろ振り向いて確認している。

 いいから座れよ、

 と声をかけようとした時だった。

 音楽室の別室(といっても楽器置き場のような小部屋だが)で試験を行っていた先生が扉を開けて教壇に戻ってきた。どうやらすべての生徒の監督が終わったらしい。

「はい。みんなお疲れさま。再試験者は明日の放課後もう一度先生の前で演奏するように」

 事務的な連絡を行った先生は、しずしず着席する愛流に鋭い視線を送った。

「テストが終った生徒は立ち歩かず教科書を読んでおくように言ったわよね」

 しん、と静まり返る。返事が無いのにも関わらず、先生は続ける。

「それじゃあ、教科書のどこの部分を読んでたかちょっと聞いてみようかな」

 演技チックにそういってから、五線譜の引かれた黒板前の教卓に戻り、さも偶然選んだかのように、

「では、天王州さん。自習時間で何を学んだ?」

 相変わらず嫌味な先生だ。

 素直に注意すればいいのに、わざわざああいう聞き方をするところが好きになれない。

 予定調和で指名された愛流は「あ、えっと、」と言葉を濁している。

「あなたはたしか一番に終わったよね?」

「あ、はい」

「じゃあ自習時間もたくさんあったし、教科書いっぱい読めたはずよね?」

「……はい」

「先生はね、なにも難しいこと聞いてる訳じゃないの。どこを読んでたか何を学んだ、を教えてくれればそれでいいのよ」

 冷たい瞳に射ぬかれて、愛流は小さな声で呟くみたいに言った。

「ぞ、ゾンビについて……」

 ば、ばかじゃないのか!?

 なんで正直に答えるんだよ!もっと適当に濁して自分の知ってる知識を言えばいいだろ!あほか!

 目が点になっている先生に、マズイと思ったのだろう、愛流は少しだけ慌てたように言葉を続けた。

「黒人の奴隷解放とか、そういう……」

 フォローのピントがずれている。

「奴隷解放?」

「はい」

「……黒人霊歌のことかしら」

「はい?」

「しっかり読みこんでたようですね。素晴らしい」

 さっきまでの張りつめた空気を崩して愛流を誉めた先生はにっこりと連絡事項を伝え始めた。

「や、やった」

 ちいさく愛流が呟く。

「シミュレーションのお陰だ」

「関係ないだろ」

 なんでかわかんないけど、愛流は珍しく先生に注意されずにすんだのだった。


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