3:アイルと宇宙と新入部員(3)
なんか早くも気分的に追いやられています。くぁー。
夜空に煌めく幾千の星ぼし、肌を撫でる新緑の風。
願いが叶うなら今すぐ家にかえって、ゴロゴロしながら漫画読みたい。
「早いわね、郁次郎、なんだかんだで、一番乗りじゃない」
ジャージに身を包んだ谷崎が、校門に寄りかかる俺に手をあげた。時計をみれば丁度9時、待ち合わせのジャストタイムだ。
「おめーが遅いんだよ。五分前行動くらい常識だろうが」
「私ルロイ修道師をリスペクトしてるから」
しれっと訳のわからないことを宣う彼女に携帯をたたみポケットいれてから、ため息を一つプレゼントしてあげる。
街灯をテカテカと反射する我らが母校の体操服、花の女子高生から仄かに汗の臭いが漂ってくる気がした。
「お前良い歳なんだから、いい加減格好くらい気を使えよ」
ファッションセンスについてとやかく言うつもりはないが、物事には限度がある。君今年16歳でしょ!
「これは外出用のジャージですぅ。まじおしゃれでぇすぅ。動きやすいし、最高なんですぅ」
唇を尖らせて頬を膨らませる谷崎をオレンジ色の光りが照らしていた。
「知らなかった。素早さを優先すると、かっこよさのステータスが減少すんだな」
「見てくれより、大切なのは、ここ!」
心臓を親指で指差す。「ソウルよっ!」校章が輝いていた。
「中学時代のだろ。校章とエメラルドグリーンが目に痛いんだけど」
「……るさいわね。文句あるの」
筆舌にしがたいほどある。半袖半ズボンでも違和感のない気温、ここはぜひとも体操服の着用をお願いしたい、ブルマなら申し分なしだ。
なんでアレを廃絶っすかなぁ文科省ー!
ギリギリラインによる健全なる性の目覚めを妨げるクソッタレ。今だからこそ、あの美しきV字に敬意を評し、そして声を大にして叫ぶのだ、ブルマは男のロマンだとっ!
取り繕ったクールキャラの崩壊をおそれ、声に出すことはしなかったけど。
「それにしても愛流遅いわね」
左手に留められた腕時計に目を落とし谷崎は呟いた。
そもそもこんな時間に呼び出したのは天王州愛流だ。その本人が遅れるとは何事だろう。
部室での不毛な会話を思い出す。
「今夜9時、校門に集まろう」
美少女からの夜遊びのお誘い、本来なら両手を上げ感涙しながら、頭を垂れるべきなのだろう、
「宇宙人を探すんだ」
糞みたいな名目がなければ。
回想の終わりは校門前に止まった黒塗りの高級車によって遮断された。静かな排気音を響かせ目の前にこれ見よがしに停車する。運転席からスーツ姿の若い男が出てきて慇懃に歩道側の後ろドアを開けると、中から出てきたのは天王州愛流に他なら無かった。
「今晩は、郁次郎に琴音。良い夜だね」
遅れた言い訳もせずに、地面に降り立つと 、後ろで控える運転手に、
「ご苦労様。時間になったら迎えに来てくれ」
と、命令した。
「はっ」
忍者みたいな返事を残し男と高級車は、静かな排気音を轟かせ夜の闇に溶けていく。非日常的光景にあんぐり口を開ける一般人約二名を置き去りに、フリフリのゴスロリチックな服装に身を包む天王州愛流は「遅れてすまないね」と小さくお辞儀をした。俺の回りに、まともなファッションセンスの人間はいないのか。
いや、個人の趣味に口を出すほど、自分のセンスに自信があるわけではないが、少なくとも、たすき掛けに虫かごをぶら下げ、手には虫取網を持つ、彼女のセンスを手放しに認めるほど耄碌しているわけではない。腕には謎の厳つい腕輪をはめて、ピーコじゃなくても、「チェックするわよ、覚悟なさい、イケテないわね、全然だめっ!顔洗ってらっしゃい!」と叫びたくなるほどだ。
「さぁ、宇宙人に会って懇談会を開くんだ。今夜はいそがしいぞ」
と意気込む天王州に、その手に持った虫取網どっからどう見ても捕まえる気満々だよね、と突っ込む気も起こらなかった。
サマーキャンプに臨む小学生みたいな格好で言われても、宇宙人はカブトムシじゃないと懇切丁寧に伝えるのがおれの限界だよ。
「えぇ、頑張りましょう!愛流」
気さくに名前で呼んだ谷崎は、俺にしたように彼女の肩をポンポンと叩いた。
「でも、遅かったわね。事故にあったじゃないかって心配してたのよ」
「すまない。こっそり抜け出すのに骨が折れたんだ」
「いやいや、こっそり抜け出せてないよ!お抱えの運転手と一緒じゃ説得力ないよ」
我慢の限界が澄んだ空気を震わせた。
しかも、さっきの人とは別の人だとは思うが、スーツ姿のガードマンみたいな男が電柱の影からこっちをじっとみてるし!しかもあの人、夜なのにサングラスつけてるよ!
「……はっ!?」
気づいてなかったのかよ!もしかしたら口かたい専属運転手かなにかかと期待した俺がバカだったよ!
親バカなのか知らないけど、黒スーツがこっちをじっと眺めてるよ!仲間にしたくないから、突っ込まないけど!
「冷静に考えてみれば確かにその通りだ。やられたな」
あのバレバレの黒スーツに気づいてない時点で、お前の洞察力はゼロだけどな。
「色々と間違ってるから。まず、その虫取網でなにするつもりか言ってみろ」
「勘違いしないでくれ。ファーストコンタクトを取るために必要な武器なんだ。恐らく僕のこの姿を見て逃げるやつは宇宙人に違いないからな」
「どんなやつでも、お前と夜道でエンカウントしたら逃げるよ!」
「ならば僕は一意専心、宇宙人確保に乗り出すだけだ、てやっ」
見てるもののやる気をそぐ下手くそな素振り、それを抜きにしても、
「そんなちっさな網じゃむりだっつーの!」
「……ネギ星人(子)くらいならなんとか」
「あきらめろ!」
校門前でうだうだ手ごまねいている、俺と天王州に、谷崎は分かりやすいくらいはっきりとしたため息をついた。
「もういいから行きましょうよ」
「行くってどこにだよ」
「それは、その、宇宙人を確保しに」
「だから宇宙人はどこにいるのか俺は聞いているんです」
「だから、ね、それは、……私たちの心のなか、かな」
「うわーお、お前のインナースペース、部員や宇宙人で溢れてんな」
先日も似たようなことおっしゃってたよね。
「あそこに山があるだろ」
ふと天王州は平坦な声音で遠く広がる丘陵を指差した。山なんておこがましい標高だ。
「前々から怪しいと睨んでいたのだよ。町を一望出来るあそこなら、きっと宇宙人の集会所になっているに違いないとな」
憶測と決めつけが入り交じる素敵な提案で俺たちの目的地は決まってしまったみたいだ。
五月とはいえまだ肌寒い時分だ。さっきはブルマ熱から暑くなっていたか、静けさを伴った夜の帳は、俺たちを包み込むと同時に空しい感傷を植え付けていた。煌々と街灯に照らされた黒ずんだ道路の上、繰り返す作業のように歩みを坦々と進ませる。
黒スーツにつけられてるけど、突っ込んだら負けだよね。
背後には花も恥じろう女子高生の頭の悪い会話が繰り広げられていた。
「机9文字事件ってしってるかい?」
会話のキャッチボールを無視した天王州の発言であった。
「うーん、聞いたことないわ」
「僕たちが産まれる随分前、たしか1988年だったかな。世田谷で発生した事件でね、深夜に複数人が学校に忍び込み、校庭に机を並べてアラビア数字の9を描いたのだよ」
「な、なぁにそれ!」
背後で目を輝かせる谷崎を容易に想像しつつ、俺も天王州の話に興味をそそられていた。
校庭に机で文字を描く、言うは易し行うは難しだ。つうかなんでそんなことやったんだ。
「使われた机、椅子は450にもならび、それらが狂いもなく9という一つの文字を構成していたんだ。深夜暗い中、目印もなしに、だよ」
「す、スゲーな、それ」
「当然世間を騒がせてね。犯人グループの目的やらをメディアは面白おかしく推理してみせた。そのなかには当時流行っていたミステリーサークルと結びあわせ、宇宙人に対するメッセージなんて説もあった。世にも奇妙な物語では題材にもなってたな」
「……」
なんか話の奥が見えてきた。彼女がなんで突然こんな話をしたのかも。
「僕はね、娯楽ら部を通じて、この事件を越えるなにかでっかいことを起こしたいんだ!」
その選手宣誓は夜道を明るくするようなハキハキとした声音で行われた。おばかな谷崎が同調する前に俺は割り込むように「そんでよっ!」なんとか声をあげる。
「結局犯人たちの目的って結局なんだったんだ?」
捕まってない、とかなら真相は闇のなかなのだろうけど、天王州が優に続きの言葉をはいていることから事情を察することができる。
「それがまた傑作なのだが、なにもなかったのだよ。ただの暴走族が母校に自分の一番好きな数字を作っただけなのだ。イタズラ好きでオチャメだろ」
「逮捕されたんだろ?罪に問われたんか?」
気さくな質問なのだが、天王州の言葉は分かりやすいくらいに詰まった。
「……実行の際、用務員を監禁していてね。加えて不法侵入で主犯の二名は懲役刑を受けている。しかしながら机で9文字綴ったことに関しては、なんの罪に問われていないのだよ」
「そりゃ、やっちゃいけないことだな。犯罪になるんだったら」
よって前科者になりたくない郁次郎くんはお断りなのですよ。
「ち、違うぞ。あくまで僕はこれを参考に、でっかいことがやりたいのだ。例えばだが、郁次郎に琴音、君たち部室にあった机を一階の学習準備室に運んだと聞いたが何分くらいかかった?」
首を捻って回想を始めようとした俺より先に谷崎はなんてこともないように呟いた。
「たしか一時間半くらいね。二人だったからえらい時間がかかったわ」
「ふむ。階段があるにしてはなかなかのタイムだ。全部で何脚くらい運んだんだい?」
「さぁ、40くらいかしら」
「ふむふむ。それで一階の学習準備室にはどれくらいの机が集まったのかわかるかい」
「たぶんだけど前からある分をあわせて70脚くらいかしら。上にも重ねてあるし」
正直あのくたびれた記憶は呼び起こしたくない。椅子や机の足の部分が夕日に照らされ外国人墓地みたいになっていた。
「70脚か、それだけあれば校庭に文字を書くのは容易いな。しかも一階の学習準備室はちょうど校庭に面している。1つ運ぶのに3分としてそれを三人で割るから70分、可能だな」
「わけのわからん計算すんな!やらないからな! 」
机9文字は参考程度ってさっき言ったばっかだろ!
山を目指して歩いているわけだが、思ったよりも遠く、加えて寒く、ついでに眠く、まぁ、なんというか、グダグタになっていった。主に俺が。あんまり遅くなると電車だから、帰りだるいし、まず何より宇宙人なんて漠然とした不確かなもののために苦労しているとなると、こう、ムカッ腹立ってくるよね。
「帰ろうぜ」
気づいたら、禁止ワードと化していた五文字を呟いてしまっていた。
「むっ、なんでだい!?」
「郁次郎頭おかしいんじゃない!?まだなにも成し遂げてないわよ!」
おかしいのはお前らとこの世界を構築する空気だ。
「はっきり言わせてもらうけど、俺は無駄なことはしない主義なんだ。百万歩譲って宇宙人が地球に来ているとしよう。そいつらと出会える確率はどれくらいだよ」
たーらーら、たららららら、たらーら、ゼロー♪
ハミングでバカにしてやった。
「……ゼロではない」
「四捨五入すりゃゼロだろ!UFOに会いたいなら即刻コンビニ行って来い!お湯なら提供するから!」
「なんのはなしだい」
気のきいた庶民ジョークは受け入れてくれなかったみたいだ。
夜空に浮かぶまん丸お月様、お月見とか天体観測ならやるきも沸いてくるもんだが、宇宙人探しなんて……虚しすぎる。
「帰る」
宣言してから、俺は駅に向かって踵を返した。
「ちょっと、ここまで来てそれはないんじゃない」
袖口を谷崎に捕まれ、よろけてしまう。えぇい離せ。
邪魔くさいやろーだ。
「もー、めんどくさいー、二人でやっとけよー」
「これはあくまで倶楽部活動なのよ」
「だから、俺は正規メンバーじゃないっての」
何回言えばわかるんだよ。
「ほら、いいから郁次郎」
グイグイ引っ張られる。袖が延び、靴底がすり減る。
「山はすぐそこよー」
「あれ意外と遠いぞ!」
「ちかいちかい!」
「それに、ほら!こんな時間に男子と一緒じゃ、お前らもなにかと、ねえ」
「郁次郎なんて両生類みたいやもんだから、大丈夫よ!」
「バカにしてんのかよ!」
「してないしてない、男という気がしないだけだから」
「気のせいだよ!」
切に願いたい。
「お前はまだしも、天王州は心配されてるっての!」
プレート争奪のハンター試験のときみたく、黒スーツサングラス男にずっとつけられてるし。
「む、なんでだい?」
「あそこにお前の従者が、」
黒スーツが隠れる電柱を指差した瞬間、男は後ろを向いて駆け出した。尾行は秘密りに行われていたらしい。当たり前だが。
「……とまぁ、心配をかけるのはよくない」
小さくなっていく背中を見送りながら呟く。お仕事の邪魔をしてしまったらしい。
「な、なんだとッ、あ、あれは」
天王州はわなわなと唇を震わせ、仕事放棄した自分ちの雇われ人の背中に目をやっていた。
あんなバレバレの尾行気づかないのは、天王州くらい、
「だ、誰よあれっ!」
……と谷崎くらいのもんだ。
モロバレレベルでついてきてたのになぁ。
「あれはッ!くっ、間違いないッ!」
「えぇ、私たちをみて逃げ出す、あの黒スーツ!気を付けてッ!攻撃は始まっているわっ!」
「攻撃?」
「新手のスタンド攻撃よッ!」
口でド ド ド ド……と効果音つけて雰囲気を出そうとする谷崎。
「いや、そういうのいいから」
「あ、ごめん」
天王州に冗談を諌められて落ち込む谷崎。
「と、とにかく、あの男、間違いない、メンインブラックだっ!」
昔そんな映画あったよね。
「なにそれ。聞いたことある気がするわ」
「知らないのかい琴音。メンインブラックとは宇宙人について知りすぎた研究家たちに警告を行う謎の組織のことなのだよ!」
「え!?」
はい、ばかー。
「あぁ、確信をもって言える。黒スーツにサングラス、やつらのトレードマークだ」
コナンに薬飲ませた人みたいだね。
「え、嘘っ!愛流ちゃんちのボディガードかなんかじゃないの!?クレヨンしんちゃんの黒磯みたいな」
「……」
途端に無言になった天王州の紅潮する顔を谷崎はそっと除きこんだ。
「ど、どうしたの」
「……すまない。僕んちの執事だったよ 」
乾いた笑いだけが、下らない虚勢を支えていた。
「なんで、執事が逃走中のハンターみたいな格好すんだよ」
「僕がその方がかっこいいからとお願いしたんだった」
「……」
「……」
「さよならー」
笑顔で手を降る。アディオス。
早くかえって漫画読みながらゴロゴロしたい。