36:青春と恋愛のパラドックス
しかしこう動きがないとため息がでますね。
夏休み明けの放課後。
西日が射し込む教室で女子三人に囲まれる、というと中学生の頃ならそれだけでご飯三杯いけるネタだけど。
「はい。2、流れてぇー」
「あ、待ってください。ジョーカーです。8切って、4の革命。出せませんよね? はい6、上がりです」
「あー?! はぁー!?」
やってることが大富豪だと、空しくて泣きたくなってくる。
「また郁次郎が大貧民? ほんっと弱いわねー」
「俺は華麗な勝ち方しかしない主義なんだ。例えそれがどんなに弱い相手だろうとな」
「華麗な負け方したくせによく言うわ。部内で一番弱いんじゃない?」
「ふっ、どうとでも言え、ほれ早く罰ゲームをきめろ」
「そんじゃ、後片付けよろしくね」
そういって谷崎は鞄をもって立ち上がった。愛流と瑠花もそれに続く。お菓子を食べ散らかしたのお前らだろうが。
「これじゃ、大富豪部じゃん」
せめてもの抵抗で一言呟いてやる。
もう一週間くらい連続で大富豪やってる気がする。放課後まで居残ってやることじゃない。
観たいアニメがあると言って帰った先輩のほうがよっぽど充実した日々を送っている。
「ちょっと。誤解なきようにいっておくけどね。私たちはあくまで娯楽ら部なの。だからトランプもその一つとして研究してるってわけ」
「娯楽っていえばなんでも、許されると思うなよ。結局活動目的がはっきりしないまんまじゃないか」
「それは、だって、ねぇ」
「そろそろなにかしらの活動しようぜ。青春の貴重な時間を浪費する趣味はないんだ。手始めに昨日までの自分と決別する意味を込めて、部室の掃除をしよう」
「そうよね。そろそろなにか……」
「いや、だから掃除を手伝って。テーブルだけでいいから」
「二人はどう思う?」
谷崎は後ろを振り向いて、愛流と瑠花に意見を求めた。俺の発言は空しい独り言にされてしまったらしい。
「私は、そうですね。いまのままでも不満はありませんが、強いていえば男女比が偏り過ぎだと思います」
黙れ瑠花。
「僕は、そうだね。いまのままでも不満はないが、地球に紛れ込んだ宇宙人を見つけ出す、という目的をみんな忘れてる気がするよ」
黙れ愛流。
「そうね。明日までに何とかするから今日は解散!」
僕は居残ってお掃除です!
明けて翌日。そろそろ俺も大富豪で負けたらマジギレしようかな、と部室にいく。
「昨日郁次郎にいわれて気づいたの。青春の浪費はよくないって」
ホワイトボードの前に立った谷崎が神妙な面持ちで椅子に座る俺たちを見渡した。
「だから、これから恋愛の練習をしたいと思います!」
「はぁぁあ?」
大きな声を挙げたのは俺だけだった。
「昨日あれから青春ってなんだろうって考えてみたらさ、やっぱり恋という結論にいたったんだよね」
また突拍子のない理論だ。恋愛がなくても青春は動くし、……ん? 青春ってなんだ?
青春、それは君が見た光、僕が見た……あれ違うな、それは幸せの青い雲か。
「だからこれから来たるべく青春の扉に備えて、告白の練習をしようと考えたってわけ」
谷崎はホワイトボードにさらさらと『プロポーズ大作戦』と綴った。一段階以上飛び越えてる。
「それじゃあ、シチュエーションから決めていくわね」
谷崎は荷物台におかれてある自分の鞄を開け、ピンク色のクリアファイルを取り出した。そこから数枚名刺サイズに切られた紙を抜き出し、佐奈先輩、愛流、瑠花の目の前にそれぞれ配る。
「授業中暇だから作ったんだー」
おかわいそうにライティングの先生。
谷崎いわくその紙には彼女の考えた恋愛シミュレーションが書かれているらしく、それを演じることで青春がなにかを考えるのだそうだ。
「じゃあ、私が男役やるからそれぞれ与えられたシチュエーションで私に告白してね」
ん? ちょっとまって、俺の出番なくね?
「あ、おい谷崎、男役っていうか、男が、ここ」
「ちょっとまって」
俺の声は佐奈先輩の声に遮られた。
普段口数の少ない先輩が声をあげると呆気にとられてしまう。
「佐奈が男役やりたい」
いつになく真剣な眼差しで熱意をアピールする先輩。
「べ、べつにいいけど、突然どうして」
「佐奈はこう見えても様々な恋愛をこなしてきた恋愛マエストロ」
「えっ! ほんと? すごい! さすが先輩!」
「四択の神と言われた佐奈が合否の判断をする」
「ゲームの話じゃない!」
なんだかよくわからないうちに男役は佐奈先輩になった。おーれーはぁー?
「じゃあ、まず僕がお手本を見せよう」
愛流が高らかに声をあげ、先程配られた紙を表にした。
「ふむふむ。なるほど。『曲がり角でぶつかって始まる恋』。ベタだねぇ」
ベタすぎて現実じゃありえないよ。
「では、早速」
愛流はそう言って立ち上がった。
「ここ、ここが曲がり角ね。そこに先輩立って。うんそう、オッケー。じゃあ始めるよ」
机の角っこを曲がり角に設定した愛流は一旦廊下まで出て勢いよくぱたぱたとかかと鳴らしながら、部室に入ってきた。
「うっわぁー、遅刻遅刻ー。転入早々遅刻したんじゃ目立ってしょうがないよぉー。あ、食パン食べよ!ぱくっ。ふがぁーふがぁーふぐぐぐ、ごっくん。いっそがなきゃー」
なんだろう。見ていてすごく腹立たしい。
「おーし、曲がり角だぁー、あそこ曲がれば学校はすぐだぞぉー」
説明口調甚だしいが、愛流はようやく目的地(?)である佐奈先輩の胸に飛び込んだ。
「きゃあ」
わざとらしくぶつかり、そっと背後を確認しながら、床にぺたんと座り込む愛流。
「ちょっと!どこ見て歩いてんのよ!気を付けなさいよね!」
「……」
先輩、まさかの無言。
先程からありがちな台詞を宣いまくっていた愛流は慌てて立ち上がり先輩にこれまたベタな言葉を吐き出した。
「遅刻したらアンタのせいだからね!ちゃんと前見て歩きなさいよ!このばか」
「チッ」
「……」
「……」
先輩は舌打ちを残し、静かに愛流を置き去りにした。
「あの、さ」
「なに?」
演技が終わったらしく、いつもの口調に戻った愛流が戸惑いがちに先輩に話しかけた。
「先刻の舌打ちは」
「いきなり文句言われたら誰だって頭にくる」
「いやしかし君、あれはそういうもんだよ。いがみ合いから始まる恋だってあるんだから」
「愛流の恋愛力は5。ごみ。武装した農民レベル」
「な、なんだとぉー!?」
頭から湯気を出さんばかりの勢いで愛流は先輩に意義を申し立てた。
「こっから! こっから挽回するんだから問題ないだろ! いいかい佐奈ちゃん、はじめは好感度マイナスの二人が様々なイベントをこなしていく度に仲が深まっていく、そういうもんじゃないか!」
「恋愛都市アイアイならそうかも。でもここは現実。人にぶつかったらまず謝らなきゃ」
先輩がまともなこと言ってる!?
「だからぁー、このあと転校先の学校で二人が再会して、『あー、あんたはあのときの!』ってなるんだよ。そしたら先生に『おー、二人は知り合いか。ちょうどいい、席は隣な。わかんないことがあったらあいつに聞くんだぞ!』ってなるの!」
「それはあり得ない。曲がり角でぶつかったということは彼の目的地は学校ではないし、遅刻寸前だった彼女より先に彼が学校に到着するはずがない。道路光線でもない限り」
「う、うぐぅ」
ぐうの音はでたらしい。
「じゃ、次は私がやりますね」
二人のやり取りを恐る恐る見ていた瑠花はそっと紙を取った。
「野球一筋でやって来た彼に告白!……ですか」
「お、それは当たり札よ、瑠花」
谷崎が親指をぐっと立てた。
「自由にシチュエーションを設定して、彼がうんと頷く告白をしてみせて頂戴!」
「わ、わかりました。でも、あの、なんで野球部なんですか?」
「別に運動部ならなんでもいいけど野球が一番青春っぽいじゃない? 夢にきらめけー、って感じで」
「は、はぁ」
「正直私は野球部好きじゃないから別の部活でもいいわよ」
「別の部活ですか? うーん。そうですねぇ、あ、ちなみになんで野球部嫌いなんです?」
「ハゲだから」
坊主ね。
「か、髪型は関係ないじゃないですか」
「あーそうね。ごめん言い過ぎたわ。あの上下関係が苦手なの」
まあ確かに年功序列なところはあるよな。でもなんだかんだで社会に出たときその運動部精神が役に立つんじゃないかな、しらんけど。
「なるほど。そうですねぇー、じゃあ、私は他の部活の人に告白するシチュエーションにしますかね」
「じゃあ何部にする?」
「うーん、サッカー部とか」
「えー、サッカー部ぅー」
「だめですか?」
「ダメじゃないけどサッカー部ってナルシストばっかりなイメージで好きになれないのよ。体育のあととかみんなして鏡に集まって髪型直すんでしょ? まるで光に誘われる蛾みたいだわ」
サッカー部に恨みでもあるのか?
「むぅ、そうですか。それじゃあ剣道部」
「武道かぁ。硬派でいいね。胴着脱ぐと臭そうだけど」
「……柔道部」
「みんなガタイ良くて頼りになるわね。耳が餃子だけど」
畳で擦れた彼らの耳は強さのあかしだ。
「水泳部」
「冬場はなにしてんのかしら」
体力作り。
「テニス部」
「週5で合コン行ってそう」
「バレー部」
「デカイ」
「バスケ部」
「デカイ」
いいじゃんそれ利点じゃん。
「アメフト部」
「ホモっぽい」
「アメフト部には私のはいる余地はなさそうですね……」
なにその変な納得。
「ていうか琴音、結局私はどの部活の人に告白すればいいんですか!」
「んー、別にどの部活でもいいけど、なんだかんだで後悔しないのは文化部だと思うわ」
お前運動苦手だもんな。
「文化部ですか……」
「でも文化部だとオタクがチャラチャラしたのしかいないイメージね。うーん、やっぱり安心して告白できるのは帰宅部かしら」
なにその帰宅部リスペクト。もはやシチュエーション関係ないな。
「決めました。告白シチュエーションの相手は吹奏楽部にします」
ぽんと両手をうって瑠花は立ち上がった。
「えー、吹奏楽部ぅ。なんか殺し合いになったとき弱そうー」
普通の高校生は殺し合わないよ。大東亜共和国に帰れ!
「もう決めました。私の彼はユーフォニアム奏者です」
「まあ、瑠花がいいんなら……」
「というわけですから佐奈ちゃん、よろしくお願いします!」
瑠花は先輩の方をむいてペコリと頭を下げた。
「じゃあ、まず初期設定ですね」
「うん」
「夕日に染まるサンクガーデン。ユーフォニアム奏者の彼は手紙で呼び出され部活をサボってやってきます。普段真面目な彼にとってサボりというのははじめてのこと、すこしドキドキしながら手摺にもたれかかって待っていると私が現れます」
「うん……?……ん?」
「サボってしまったことを若干後悔しながら、そうだ、用事がおわったらすぐに部活に向かおう、ライバルに差をつけられてしまう、と考えている彼に告白するんで、審査をお願いします」
「う、うん。わかった」
「あ、そうそう相手は真面目な人という設定なんで、微かに聞こえる吹奏楽部の音色に合わせて運指の練習したり、腹式呼吸の練習したりしてくれていると雰囲気がでますね。あと、」
なげぇよ。
瑠花の長い説明が終わり、ようやくシチュエーションにはいる。
壁にもたれる佐奈先輩は、
「ゆ、ユーフォーニは、難しいなぁ。でぃしぷりんでぃしぷりん」
と訳のわからないことをいいながら、エアギターの練習していた。
「ご、ごめんなさい。遅くなってしまって」
そこに息をきらせた瑠花が肩を揺らしながらやって来た。無駄に演技がうまい。
「こんなとこに呼び出してなんのよう」
「サナオ、いつもユーフォニアム頑張ってるなぁ、って思ってさ」
サナオ……。佐奈だからサナオか。なんというネーミングセンス。
「うん。そうユーフォーニで天下とりたいから。佐奈がんばる」
「……ユーフォニアム」
「ユーフォニャム?」
「ユーフォニアム」
「ユーフォ?」
「ユーフォニアム!」
「ゆーふ、」
噛んだ。
「……ともかく、ユーフォニアム頑張るサナオ、かっこいいっなって」
「そう?」
「うん。だからね、おの、私、サナオのこと、応援したいなって」
うつむきがちに目を伏せていた瑠花はフッと顔をあげた。
「サナオのユーフォニアムを一番近くで見守らせてくれないかな。あの、か、カノジョ、として」
顔を真っ赤にして、上目遣いで先輩を見る瑠花。うわっ、あいつすごいな。凄まじい演技力だ。相手がスカートはいた佐奈先輩じゃなければそのまま普通に告白してるみたいだ。
「だめ、かな?」
「えーと、つまりユーファ二ムのサポーターとして佐奈のカレシに」
「……ユーフォニアム!」
「ユーフウアニ?」
「ユーフォニアムですって!」
「ユー、……ファニーバレンタイン?」
「ユーフォニアム!」
それはもういいよ!
「なんかよく、わかんないけど、気持ちはすごい伝わってきた」
「そ、そうですか」
瑠花とのやりとりをその一言で終わらせた佐奈先輩は谷崎の方を振り返り、じっと見た。
「さぁ、次は琴音の番」
たしかに順番通りでいくと、次は谷崎が恋愛シミュレーションを行う番だ。
しかし彼女はふるふると首を横にふって机に伏せられたままの紙を慌てて胸ポッケにしまった。
「わ、私のはいいじゃない。今日はこれで終わりにしましょう」
「ん? いつもの琴音らしくない」
「そんなことないわよ」
谷崎は額に汗を浮かべながらそっぽを向いた。立ち上がって、鞄を取ろうと前屈みになる。
「怪しいな。その紙なんて書かれているんだい」
愛流が恐るべき瞬発力で谷崎の背後に回り込むと彼女を羽交い締めにした。
「ちょっ、ちょっと! なにすんのよ!」
「さぁ、早く私が押さえつけてる間に胸ポケットの紙を見るんだー」
「ラジャーです!」
にじりよる瑠花。
「は、はなしてよー!」
「ダメですよ琴音。みんなやったんですから、琴音も恋愛シチュエーションやんなきゃ」
マカンコウサッポウのように谷崎の胸ポケットに瑠花は手を滑り込ませて紙を取り出した。
「こ、これは」
ぺらりとそれを確認し、声を荒らげる瑠花。
「なんて書かれたんだ?」
愛流は谷崎をはなして瑠花といっしょに紙を覗きこんだ。
床にへたりこんだ谷崎は恥ずかしそうに赤くなった顔を両手で覆った。
「幼馴染みに告白」
ニタァと悪魔のような笑みを浮かべて谷崎を見る愛流と瑠花のふたり。なるへそ、面白いものが見れそうだね。
なにを隠そう谷崎と俺は腐れ縁の幼馴染みなんですよ。
つまり彼女が行うシミュレーションはこれから先実際にあり得るかもしれないやつなんですよ。
これは楽しみです。非常に。
谷崎は「わかった。やればいいんでしょ!」と半ばキレギミに佐奈先輩と向き合った。
「じゃ、私の幼馴染みを演じてね」
「任されよ」
佐奈先輩から数歩距離をとった谷崎は大きく深呼吸した。先輩は気だるそうに立ち、首をコキコキと鳴らした。
「あ、っべ、肩こった。だる。あっ、べ、肩こった。だる。あっべ、肩こった」
なにそれひょっとして俺の真似? ばかにしてんの?
「腹減った。だる。あっべ、だる」
「ま、待った?」
「ん、や、待ってない。だりぃ」
ひょっこりと現れた谷崎。
「あのさ話があるんだけど」
「ん、なに?」
「あのね……」
谷崎は耳を真っ赤にして俯いた。すごいな、あいつ、瑠花に負けず劣らずかなりの演技派だ。
「なぁんだよぉ、たぁにざきぃ。はっきり、いーえーよー」
それひょっとして俺の真似? ばかにしてんの?
「えっとね、わたし、あの」
谷崎は汗をダラダラながしながら、佐奈先輩の方を力強い眼差しで見つめた。
「わたし、郁次郎が好き!」
「……あ」
「よかったらカノジョにし、……ん、あっ。……あ、あ、ああああああ」
えーと、いま谷崎なんていった?
俺の名前だしたか?
あれ、これあくまでシミュレーションで、幼馴染みは限定されてないのに、なんで、俺の名前?は?
いや、まてまて谷崎!
「やぁああああ!」
奇声を上げてしゃがみこむ谷崎。お前も恥ずかしいかも知らんが、俺だってはずかしいんだぞ!
「あぁぁぁ、最悪ぅーーー! もう、やだぁ」
半泣きの彼女は膝を抱えてそこに顔を埋めた。
「幼馴染みってだけで、とっさに郁次郎の名前が出ちゃっただけだもん! 関係ないんだもん!」
若干幼児退行ぎみの我が幼馴染み。
「別に郁次郎が好きってわけじゃないもん! なんとなく知ってる名前が出ちゃっただけだもん」
「うん、そうだよね、大丈夫、みんなわかってるから」
駄々こねる谷崎に駆け寄った愛流はそっと彼女の肩に手をやった。
「郁次郎ことなんてなんとも思ってないよ! わたし!」
「大丈夫大丈夫。そうだよね。うん。べつに郁次郎のこと好きじゃないもんな」
「そうだよ! わたしが好きなのはジャニーズ系だもん」
「わかってるわかってるから落ち着こうね。郁次郎にホレる女なんかいるわけないんだから、安心して」
「うん。大丈夫。落ち着いてきた」
あれ? なんで俺の方が傷ついてんの? 意味わかんない。
「ふぅ。取り乱しちゃってごめんね」
なんかすっきりしたらしい谷崎は一転朗らかな顔つきで立ち上がり、佐奈先輩の方を向いた。
「じゃもう一回告白の練習やりなおすね」
大きく息を吸って、呼吸を整える谷崎に、また「あっべ、だる、肩こった」と不思議な呪文を唱える先輩。
つうかなんで部内に男がいるのに、女に男役させんだよ!俺にやらせろよ!意味わかんねぇーよ!