35:遠い夜明けのチアフルトリップ(下)
戦闘服(誤字ではない)の女子四人とパジャマの男子二人がゲームルームに向かう。ビリヤード台が使われていたので、俺と谷崎は卓球台。愛流と瑠花はコインゲーム台に、先輩と龍生はダーツに、それぞれ別れて遊ぶことになった。
「さぁ、テーブルテニスの王子様とうたわれた私の実力見せてやるわ!」
「お前女だろうが」
卓球台を挟んで谷崎がまた世迷い言を言う。いいからさっさとブラチラ堪能させろや。
「ツイストサーブ!!」
普通にピンポン球を打ってきたので、普通に打ち返したら普通に一点になった。
「ふ、ふん。イチ対ゼロね。十五点マッチだから先は長いわよ! でりゃ!王子サーブ、サァッーー!」
そりゃ点取ったときに叫ぶんだ。
「ドライブB!!」
普通の打ち合いだ。パコン。
「スネイク!」
至って普通の球だった。パコン。
「波動球!!」
スマッシュのでき損ないみたいなのが来たので打ち返したら、対応しきれなかったらしく、谷崎は大袈裟に空振りをした。ぶん。
「にやぁ!」
無様な叫びをあげてから、台に手をついた谷崎は慌てて後方に飛んでいった球を拾い、すぐに定位置についた。
卓球はいい。敗者が惨めに球を拾いにいくさまを見て優越感に浸れる。
「す、すぐにやり返してやるわ!」
「いやぁ、無理だと思うよ。だって弱すぎるし。体育で女子はダンスでしょ? 躍りが踊れてなんの役にたつんだよ。インチキおじさんは現実じゃ登場しないし、ベームベームだって呼べやしない」
「卓球だって卓球以外じゃ役にたたないじゃない!」
「だとしても、こうして優越感に浸ることができますー」
「ふん。まぁいいわ。神童と崇められた谷崎琴音はあらゆることに対して天賦の才をもっているのよ! 本気を見せてあげるわ!タンホイザーサーブ!!!」
「普通に打ち合いできないの?」
いちいち技名叫ぶのやめろよ。
「あ」
油断してたらしい、打ちそびれてしまった。
「やっ、やった!」
「まぐれだな」
「くっくっく、郁次郎には会場に響く琴音コールが聞こえないのかしら」
耳鼻科行った方がいいよ。
「にしてもなんか緊張感がないな」
「はえ」
「このゲーム、なにか賭けるか」
「賭け? んー、なに賭けるの」
「命までとは言わないさ。負けたらそうだな。服を一枚脱ぐことにしよう」
「一回で大ピンチじゃない!」
夏場だしね。
「ほう。逃げるのですか。まあいいですとも。ここで尻尾巻いて逃げるのは賢い行いだ。この俺にコテンパンにされることを回避できたんだからね」
「むぅ。ま、負けないわよ!私は絶対に!」
「では勝負に乗ってくれると?」
「いいわよ!」
「グッド!!」
俄然おもしろくなってきた!
「グッドじゃないよ」
頭を叩かれた。
「痛いじゃないか龍生」
「なにアホな賭けしてんのさ。そんなことしてみなよ。天王州さんに八つ裂きにされるよ」
「ばか野郎。これはすでに幼馴染み同士の退くに退けない闘いになってるんだ。命や右腕よりも大事な闘いなんだよ!」
「もうちょっと健全な遊びをしなよ」
「健全ってなに、健全ってなんだよ! ドット絵の脱衣麻雀を楽しむことよりリアルで脱衣卓球やってるほうがよっぽど健全でしょ? 違うの?」
「いや、それは、うーん、どうなんだろ」
「だから俺は高校生らしく楽しく卓球を頑張るんだよ!その先のサンクチュアリに飛び込むために!いくぞ谷崎ぃ!」
あんなへなちょこな実力に俺が負けるはずがない!全てのデータは俺の味方だ! 拝むぞ谷崎の裸体!
サーブ!
「白鯨!」
「あっ」
打ち返された。
「な、なんてやつだ!デ、データを越えたというのか!? こ、こいつ戦いのなかで成長している!?」
「ゲームは始まったばかりよ」
負けた。
だれも俺の裸を見ても得しないだろうという結論に至ったので谷崎にはジュースをおごることで勘弁してもらった。
前々から思ってたけど、なにか賭けると俺はとたんに弱くなるのだ。
部屋に戻って、龍生とテレビを見ながら他愛のない雑談をする。
自販機で買ったピーナッツの袋をポリポリしながら中学時代の思い出を語り合っていたところだ。
バルコニーのガラス扉がノックされた。はて。
カーテンを開けてみると、谷崎の華やかな笑顔がガラスの向こうで輝いていた。
見なかったことにしてカーテンをしめる。
ホラー映画ばりにバンバン叩かれた。
しかたなしに窓を開けてあげる。
「なんで閉めたのよ!」
「いや、だってなんか怖かったし。つうかなんでいんの?」
「どうやら隣の部屋とバルコニーが繋がってるみたいなの」
「ほう。つまり」
「遊びに来ちゃった」
「どうぞ!谷崎、さぁはいれはいれ!」
修学旅行のお約束をはじめて体験できてマックスボルテージ!
ガラス戸を開け、谷崎は中に入ってきた。
「んで、男子はなにやってたの?」
「べつになんもしてねーよ。話してただけ」
龍生もこくりと頷く。
「ふうーん。そうだ。こっちに来ない?」
「え、まじ?行っていいの?」
「うん。いまこっちで桃鉄99年チャレンジしようって盛り上がってるのよ」
「一日じゃ無理だろ……」
なにはともあれ女子の部屋というのはドキドキしてくる。俺と龍生は谷崎に案内されるがままバルコニーから女子の部屋に侵入した。
なんでも廊下は見張られているらしく、移動はバルコニーからじゃないと不味いらしい。愛流の使用人が気を遣ってバルコニーが繋がっている部屋をとっておいてくれたのだそうだ。ありがとう、ありがとう、本当にそれしかいえない。
「桃鉄か……。これけっこう長引くんだよな。つうか誰が持ってきたんだよ」
谷崎の使っているらしいベッドに腰かけて、ゲーム機をセットしている佐奈先輩に訊ねる。先輩は三色コードを差しながら、手をあげた。やっぱりな。
「でしょうね」
「ずっと、夢だった」
「は?なにが?旅行中にテレビゲームをやることがですか?」
「違う」
画面に浮かび上がる初代プレステの懐かしい起動画面。
「NPCじゃなくて、みんなで、みんなでゲームをやることが……」
「……」
なんか重い。
そうだったこの人友達いない人だった。
「よ、よーし、負けませんよー!」
やる気だして頑張ろう!
と、先輩のために意気込んだのも最初の方だけ、三時間もたてば俺はすでにグロッキーだった。
プレイできる人数の関係上俺と谷崎は同じキャラを扱っていたのだが、さすがにニターンに一回しかコントローラーを握れないと眠くなってくる。
「お前ら、元気だな……」
もう二時だよ。草木もお休みしちゃう時間だよ。
「夜はこれからですからね。乱れた生活リズムの本領発揮です」
瑠花がお茶をすすりながらなんてことない顔で画面を眺めていた。
「お前らいつも何時ごろ寝るの?」
「3時ごろですかね」
「もっと早くに寝ろよ……」
なんでそんな夜更かししてんの。俺が知らないだけで真夜中に秘密のテレビ番組でもやるの? 運命の人が写っちゃうの?雨の日じゃないのに? でもあれ0時だろ?
「佐奈は夜は起きて昼に寝る」
「吸血鬼かよ。意味わかんねぇよ」
「吸血鬼じゃない夜更かしのエキスパート」
「もうわけわからん。夜更かししてもなんも意味ないだろ」
「雨が夜更け過ぎに雪へと変わるかチェックしてるの」
「いま夏だから!」
俺は最後にとびちりカードを発動させて自分の部屋に戻ることにした。
自分のベッドに戻って数分。
目をつむっているとガラス戸が開く音がした。どうやら龍生も戻ってきたらしい。
ごそごそと毛布をめくる音がする。
「郁次郎」
声の主は谷崎だった。
「おやすみ」
どうやら隣の部屋じゃうるさくて眠れないと判断して、こっちの部屋で休むことにしたらしい。そういえばあいつは小学生なみにきちんとした生活リズムの持ち主だった。今日はわりかし夜更かしした方だが、もう限界なのだろう。
女子は四人部屋、男子は二人部屋で休むならこっちの部屋の方が効率がいいのだ。
まあ、いまさらこいつが来たところであまりドキドキしない。慣れた。
谷崎がベッドに入って三十秒くらいたった頃だろうか。
「郁次郎」
「…… 」
ぼそぼそと話しかけてきた。
「郁次郎」
「……」
「寝た?」
うぜぇ。
「……なんだよ」
「うーうん。なんでもない」
くすくすと笑われる。うざいことこの上なし。
それから三十秒後。
「ねぇねぇ郁次郎」
「……」
「ねぇねぇ郁次郎」
神様あいつを殴りに行って良いですか?
「寝た?」
「……………寝た」
「起きてるじゃーん!」
うっぜぇーぇぇぇぇええええええ!!
「なんなんだよー。用事があるならはっきり言えよ、眠いんだよ!」
「郁次郎さァ、好きな子いる?」
うっぜぇーぇぇぇぇええええええ!!!
「いねぇよ……」
「えー嘘、嘘。ほんとはいるでしょ」
「いないっての」
「ふーん、っそ。私はねぇ、いるよ。好きな人」
「え、まじ?」
「うん」
あれ、なんだろう、なんか、すごいガッカリしてる。なんでだ。
「いっせーのせっで好きな人言い合おうよ! 」
ベタすぎてイライラしてきた。
「……」
「いっせーのせっ」
「……」
二人とも無言。
「言ってっよっー。あははは」
「……」
うっぜぇーぇぇぇぇええええええ!!!
「 楽しいねぇ!」
「……あぁ、そうだな」
部屋の静寂と暗闇の中、谷崎は笑い声を滲ませて呟いた。
「みんなでずっとこうしてたいねぇ」
なんか平和が崩れる前みたいなこと言い始めた。へんなフラグだてはやめてほしい。
「最初はさ、娯楽ら部を復活させて、みんなでわいわいやりたいっていう動機だったけどさ。なんだかんだで合宿も出来たし大満足だね!」
おいおい、勘弁してくれよ。思い出語りならまた別の日にしてくれ、眠いんだよ……。
「郁次郎、ありがとね」
「なにがだよ」
突然のお礼に虚をつかれる。
「郁次郎が頑張ってくれたお陰で部員が集まったし、みんなでわいわいできるようになったの。ありがとう!」
「……どういたしまして」
「んふふー。ごめんね郁次郎。寝るの邪魔しちゃって。それじゃあ、おやすみ」
「……」
なんだか変に目が覚めてしまった。
「谷崎がいなきゃ、……あんなバカなメンツ集めらんなかったよ」
隣のベッドの小さな膨らみにそっと語りかけた。返事はなかった。
朝食バイキングに参加できたのは俺と谷崎だけだった。他の四人を呼びにいったら、部屋で爆睡していた。なにが夜更かしのエキスパートだ。他のところで割くってたら意味ないだろ。
10時にチェックアウトした。毎回思うがもう少し遅くにチェックアウトさせてくれないだろうか。
瞼を擦る龍生が「キングボンビーのテーマが耳にこびりついて離れない」と呟いていた。おそろしいヘビーローテーションだ、俺も長くあの場にいたらああなっていたに違いない。恐ろしい。
電車車内でも眠りこける四人。真に旅を充実させるのは夜更かししないことに違いない。
「郁次郎、郁次郎」
流れ行く車窓を眺めながら谷崎が口を開いた。
帰りの電車だというのにテンション高い。
「日記書かない?」
「どゆこと?」
「こう、よくあるじゃない、旅番組で若手お笑い芸人の日記がナレーションと共に読まれるの、あれやりましょうよ」
「やらない。おやすみ」
「ぶぅー」
特に眠くないけど、疲れた体を癒すのは目を閉じるのが一番だと感じた。
窓の向こうの海が眩しすぎたのだ。