34:遠い夜明けのチアフルトリップ(上)
浜辺に降り注ぐ日差しは眩しく、俺の皮膚をジリジリ焼いた。今日も暑く、汗が止まらない。海辺の香りと潮騒が季節を鮮やかに彩っていた。
合宿なんて大それたやつじゃない、ただの旅行だ。部活仲間と一泊二日の小旅行。そのはずだったのに。
「愛流強い!」
「くっくっく、天才はなにさせても様になるものなのだよ」
「でも私負けない!女の子だもん!」
谷崎と愛流は浜辺でビーチバレーを楽しんでいる。
「落ち着く……」
「そろそろ交代してくださいよぉー」
「世界は広く、佐奈はなんてちっぽけな存在なのだろうか……」
「哲学は一人っきりのときに感じてくださいー!」
でっかいバナナ型の浮き輪を一人独占する佐奈先輩の回りをばた足で抗議する瑠花。
水着に身を包んだ四人の少女は男子高校生には眩しすぎる存在だった。
なのに……、
「女子高生とキャキャウフウフしたい……」
「郁次郎、それはできない約束だよ」
寄せては返す波をぼんやりと眺めていた龍生が、身を乗り出した俺に警告した。
「固いぞ龍生、ちょっとくらいはめはずしたって委員長は許してくれるって」
「三人、いや四人かな」
「なにが?」
「見られてる」
ジョカを恐れる元始天尊みたいな顔をしていたのは俺の方だった。
「たぶん天王州さんの使用人だろうね」
「……」
「だから僕らはおとなしくここで膝を抱えてることしかできないんだ」
娯楽ら部の旅行に、ただのクラスメートである土宮龍生がなぜついてきているのかというと話は簡単である。
男女比四対一では間違いが起こってしまうのではないかと、生徒会が無理矢理参加させたのだ。お陰さまで男女比は四対二。お目付け役だが、龍生自身はけっこう楽しそうだ。
まあそれくらいならいいよ、全然問題じゃないよ!
問題は委員長に書かされた念書。
『男子、女子の半径一メートル以内に近付いてはならぬ』
いまさらそんな戯れ言守るわけねーだろ、と夏休みのあの日てきとーにサインした俺だが、まさか本当に実行させられることとなるとは。
「でもなんだって海に来たのに荷物番なんかしなきゃなんねぇんだよ」
海水浴場はシーズン半ばを迎え非常に混んでいた。それゆえチャラチャラしたナンパ目的の男も多い。こないだの花火大会を思い出してほしい。最初から男連れだと認知されれば、ナンパにあうこともなかったのに。
「……ところで郁次郎、好きな動物なに?」
「あん? なんだよ、藪から棒に」
龍生は俺の愚痴に答えることなく質問してきた。
ちらりと愛流の豊かな胸を見て答えた。
「ほ乳類、かなぁ」
「……そんなんだがらだとおもうよ」
荷物番させられてるわけは明確だった。
「大体念書にサインしたのは郁次郎だろ」
「そんな迷惑行為防止条例冗談だとおもうに決まってんだろ」
わいわいと騒がしい観光客の声が耳につく。
「ま、谷崎さんたちと遊ぶのは諦めて砂遊びでも楽しめば」
「せめてサンドアートと言え。そしてそんな悲しい行為を行う気はない」
野郎二人が顔付き合わせて砂のお城作ってみろ。キモイを通り越して引かれるわ。
「……空しい」
波音がさらにそれを助長させてる気がする。
「せっかく海水浴に来たんだし海にはいればいいじゃない」
「海に入るだけが海水浴じゃないんだ。谷崎たちの輪には入れない今、海をエンジョイする可能性はここにしかない」
「?」
龍生は意味不明といった風に眉ねをよせた。純朴で童顔で女子からそこそこモテている土宮龍生にはわからないのだろう。ビーチの真の楽しみ方を。
「まあ、いいや。 自販機で飲み物買ってくるけど、郁次郎なんか飲む?」
「おー、お茶系頼むわ」
龍生を背中で見送った俺は、日向の血継限界なみに目を見開いた。
谷崎はドット柄のワンピース水着だった。ゆったりしたデザインでよく似合っている。
愛流はフリルのついたビキニだった。あいつのことだからどうせ店員のビーチの視線独り占めとかそういう言葉に騙されたのだろう。
瑠花はボトムがスカート型のタンキニだった。恥ずかしがり屋の彼女によく似合った露出の少ないデザインだった。
先輩は競泳水着だった。一人ガチだった。そのくせ泳ごうとはせずプカプカ浮いている。
夏はいい。最高だ。
下着と露出度は変わらないのにただ水を弾くだけで、誰もかれも羞恥心を脱ぎ去ってくれるのだから。
「ほら、郁次郎。お茶」
龍生はトランクス型の灰色の水着だった。色白の彼とは対称的なその色は、って
「おげぇぇぇぇ!!」
「な、なんだよ郁次郎」
「急に俺の前にたつんじゃねぇよ!間違ってお前の水着観察しちゃったじゃねぇか!」
「意味わかんない。いいからほら150円くれよ」
「なんで見たくもないもん見させられて金とられるんだよ!ぼったくりバーかお前は!」
「お茶代」
だよねぇー。
青い空に白い雲、自然と口をつくサザンオールスターズ。
砂浜に置かれたスイカに竹刀をもった谷崎。
それを寂しく眺める俺。
龍生は逆ナンされてどっか行った。あいつは死ねばいい。
キラキラ反射を繰り返す水面。肌を撫でる潮風。
水着を濡らしたまま焼きそばをすする愛流。
それを寂しく眺める俺。
龍生は女子大生に混ざってビーチバレーを楽しんでいる。あいつは死ねばいい。
焼ける麦わら帽子。波消しブロック。
砂浜で貝殻を拾い集める佐奈先輩。
それを寂しく眺める俺。
龍生は女子大生と一緒にかき氷を食べている。あいつは死ねばいい。
子供たちのはしゃぐ声。屋台から香るソースの匂い。
ベタつく髪を撫でながら海を見る瑠花。
それを寂しく眺める俺。
龍生、死ね。
「そろそろホテル帰ろうか」
「……」
「郁次郎?」
「……」
「郁次郎!郁次郎ーー!!」
熱中症だった。
ただ日向でぼんやり膝を抱えて女子四人を眺めれば、そりゃそうなる。
ふらふらの俺は龍生に手助けされ、天王州家御用達のホテルに移された。今夜の宿だが、庶民派の俺も落ち着く素晴らしい内装だった。
クーラーをよく効かせた部屋。ふかふかのベッドで体を癒す俺を龍生は看病してくれた。
「ごめんよ郁次郎。兄貴の知り合いの人たちだったんだ。僕がもっと早く君の体調不良に気がついていれば」
やっぱり龍生は良い奴だった。死ねとか思ってごめん。
「んじゃあ、ホテルで夕食取ってくるね。なんでもフォアグラのスープが出るらしいんだ。郁次郎にはルームサービスでうどん頼んどいたから、それを食べてるといいよ。胃に優しいのじゃないと」
死ね。
一人寂しくうどんを啜っていたら、体調はマックスまで回復した。厳禁な胃袋だ。
谷崎たちは下の食堂でまだご飯を食べているに違いない。
テレビをつけてみたがなにも面白いのがやっていなかったので、着替えをもって大浴場に向かうことにした。
混浴ですか?
もちろん、違います。
お風呂回を期待してやって来ても特になんもない。隣は女湯とわかっていても、お約束をやれば捕まるのは明白だ。現実は厳しい。年取れば出来る事がアンロックされていくはずなのに、女湯に入るということだけは、年を取るとロックがかかる。ほんに不思議なことがあるものだ。
いつもより広い浴場に月を眺めることが出来る露天風呂。
日本で唯一屋外で素っ裸が許される空間をエンジョイした俺は部屋に戻ることにした。
「先にお風呂いくなんて酷いよ」
脱衣場で龍生とばったり会った。
「一人で暇だったからな」
「体調はもういいの?」
「あぁ、快調だ」
服を着る俺に服を脱ぐ龍生、なんだか奇妙な気持ちなる。
「谷崎たちは?」
「あぁ、女湯に行ってるよ。出口で待ち合わせしてるんだ」
「神田川ごっこならよそでやれ」
龍生死ね。死で償え。
「あとでゲームルームいく約束なんだよ。郁次郎も体調が良くなったなら待っててよ。天王州さんちの監視もすこしは大目に見てくれるみたいだよ」
「まじか! あ、ところでさぁ、四人は浴衣?」
「うーん、どうだろ。あっ、たぶんそうだよ。着替えで持ってた」
「よっしゃ!」
鼻唄まじりに脱衣場をあとにする。
「若いとなんにも怖くないよねぇ!」
今日一番のハイ テンションだった。
女子と言うのは群れるのが好きな生き物らしい。
龍生がわりかし早く上がってきてくれなかったら寂しさで死んでしまうところだった。
飲み干し空になったコーヒー牛乳の空き瓶をもて余すこと数十分、つやつやになった四人がやっとこさ現れた。