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ノンゲーム!  作者: 上葵
31/54

30:瑠花による福音書(3)

あー、楽しかった。

 瑠花は約束の時間に俺の前に現れなかった。

 それどころか、谷崎も居なかった。

 もっと言えば、愛流と先輩もいなかった。

「待ち合わせ場所を間違えたらしいな……」

 俺の声は喧騒にまみれて誰の耳にも届かない。

 花火大会は先日オープニング(?)を撮影するとやって来た花見川の河川敷で行われる。あの時は閑散としていたが、いまは老若男女が集まりみな楽しそうな笑顔を浮かべている。

 谷崎から送られてきたメールを確認してみる。

『看板に18時に集合!』

 そのあとすぐに二通目。

『近くにいか焼きのお店があるから間違えないでね!』

 俺は一級河川と書かれた看板の前にいる。近くの出店はたこ焼きだった。

「なるほどね!」

 遅れると谷崎怒るからなぁ……。人混みを縫うように俺は走り出した。


 思ったよりはやく谷崎は見つかった。瑠花も一緒だ。先輩と愛流はまだ来ていないようだった。

「人待ちしてるって言ってるでしょ!」

「別によくね?」

「良くないわよ!」

「気にしすぎじゃね?」

「そんなわけないでしょ!」

 谷崎は中学のときのジャージを着ていた。あの赤ジャージ、見紛うことなく谷崎琴音だ。彼女の腕に怯えたようにしがみつくのが眼鏡少女は人形坂瑠花に相違ない。

「……」

 いつもらならすぐに駆け寄り、謝罪にうつるところだが、いまいち踏み出せないわけがあった。

「いいじゃん、もう来ないって。俺らといっしょに楽しもうぜぇ」

「だからぁ、しーつこぉいぃー」

 ナンパされていた。

 しかもチャラチャラした男二人に。

 それを近くの木陰から眺めるチキンな俺。

 仕方ないのだ、大人しくあいつらが去るのを待とう。うん。下手に出ていって事を荒らげるより、脈なしを悟ってお帰り頂くのがベスト!

「それにさ、俺らと仲良くしてくれたら服買ってあげるよ?」

「な、なによっ!私のジャージが気にくわないっての!?」

 ああくそ! お祭りだから浴衣姿期待してたけど、あいつら超私服だよ。

 木の陰から事の動向を窺う俺に気づいた様子なく、プリプリと谷崎は怒りを露にしている。

「ほっといて! あっちいって」

「でもさぁ、男がいないと危ないよー。こんな人混みのなかじゃさぁ」

「あんたたちが一番迷惑だっつうーの!」

「へへ、いいから一緒に出店回ろうぜ。そんなに怯えてないでないでさ」

 ピアスをつけたチャラ男Aがプルプル震えながら谷崎にしがみつく瑠花にスッと手を伸ばした。

 あぁ、もう。

「よーす、谷崎。遅れてメンゴメンゴ」

 さすがに見てられなくなって、俺は出来るだけ場の雰囲気が和むような声をあげながら、二人と二匹の輪に加わった。

「い、郁次郎、遅いわよ!」

 花が咲きこぼれるような笑顔を浮かべて谷崎がで迎えてくれる。

「悪い悪いさあ早くいこうかー。おれさー、ベビーカステラ食ったことないから食べてみたいんだよねぇ、あれって今川焼の亜種なん?」

 俺はパパっと谷崎の手をとって、ナンパ男ABから離れるように歩き出した。

「ちょっ、待てよ!」

 流石にそう上手くいかないらしい、呼び止められる。無視して行こうとしたら、襟を捕まれた。

「ぐぇ」

「こっち向けや 」

「……なんすか?」

「なんすかじゃねぇーよ。見て分かんないの?彼女ら俺たちと祭りまわる予定なんだけど」

「ははは、ご、ご冗談を」

 やべぇ、こいつら頭が下半身で出来てる族の人達だ。谷崎が「そんな約束してないわよ!」と怒鳴ってるけど彼らの耳には届かない。

「アンタには悪いんだけどさぁー、あっちいってワタアメでも食べててくんない?」

 わははは、と最後に笑われた。お言葉に甘えたいところだが、流石にねぇ。

「じゃあお互いの意見を擦り合わせて妥協点を見つけましょう」

「あぁ?」

「俺はこの二人と祭りをまわる」

 瑠花と谷崎を指差す。

「あなたたちはそのまま二人で祭りをまわる」

 アホ面した二人を指差す。

「はぁ?」

「つまりWデートのかたちになるな」

「なってねぇよ!!」

 蹴られた。

「いってぇ!」

「あのさぁ、あんまなめてっとマジで沈めるよ? 痛い目みたくなかったらさっさと帰ってテレビでも見てな」

 か、かくなる上は。

「……く、くっく」

「あ?」

「お、俺を怒らせたな。どうなっても知らねーぞ」

「な、なんだぁあ?」

 びしっ、と構える。左手を軽く天にあげ、足は肩幅に広げる。これぞ天地魔闘の構え。これでも俺は空手道場の門下生である友達の友達がいる。

「師匠に止められてるけど、この場合は仕方ねぇよな。どっからでもかかってこ、」

「調子こいてんじゃ、ねぇ!」

 拳を振りかざす茶髪。のろいッ!

 見えっ━━

「へぷさっ!!!」

 ━━ただけっ!

 俺の右頬に茶髪くんの右ストレートが突き刺さった。

「あんだぁ、てめぇ、はったりかましてんじゃあねぇぞ!」

 よろめく俺にピアスくんの蹴りが襲いかかる!

「ちょっ、まて!」

「おらっ死ね!」

「だから、待てって!せめてサシでっ!」

「ごるぁ!」

一対一(サシ)でっ!サシでやろう!」

 お二人は容赦なく俺に暴行を加えた。


「うぅっ」

 うずくまる俺に一瞥くれると茶髪くんとピアスくんは瑠花と谷崎に振り返った。

「さ、邪魔物も消えたし、お祭り楽しもうか」

「い、郁次郎」

「へへへへ、あんまり俺ら怒らせないほうがいいよ」

 くそう、畜生。へへへが笑い声の奴に良いやつなんていないんだ。そんなやつらに谷崎と瑠花を渡すわけにはいかない。

 俺に、俺に力さえあればっ!!

(━━か?)

「え?」

(力が、ほしいか?)

「な、なんだこの声、俺の脳内に……」

 どくん、と心臓が高鳴る。

「さ、行こうぜ!」

 谷崎の肩に茶髪くんが手を置いたその時だ、

(欲しければ、くれてやる)

「だ、誰!?誰でもいいから、助けてくれよ!」

(我が同胞に闇の力を━━)

「……うぉぉぉぉぉ!!!」

「なんだ!?」

 茶髪くんとピアスくんが丸くした目をこちらにむけた。

「うぉぉぉ!!【カイザーフェニックスッ】!!!」

 俺の手から炎が吹き出し、野郎二人を包み込む。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「やった!勝った!」

 花火があがる。

「ありがとう郁次郎!大好き!結婚して!」

「流石郁次郎さん!助かりました!キスしてください!」

「いやーあっはは、いやーあっはは」


 以上、俺が殴られながらした妄想の一部始終である。腹立つことに一人が俺を押さえつけ、もう一人が腹を殴り付けている。出来るだけ周りの人に騒ぎがばれないようにしてるところが小賢しい。降り注ぐ暴力の雨は止まず、気付いたであろう見物人は誰も警官を呼んでくれず、俺の意識はトリップしかけていた。

「やめて、やめてよ!」

 谷崎が半狂乱になりながら、痛みつけられる俺に駆け寄ろうとしている。

 ああ、誰か助けてくれ。


「そこまでだ!」

 遅れてきたヒーローみたいなことを宣いながら目の前に現れたのは、救世主ではなく天王洲愛流だった。やったぁ、天王洲さんは浴衣だぁー!

 って違う違う。

 ああくそ、お前じゃどうしようもできないから、さっさと二人を連れて逃げてくれ、と声をあげようとしたが、口のなかがキレて上手く言葉に出来なかった。

 俺のことを羽交い締めにしていたピアスくんが「ピュー」とご機嫌そうに口笛を鳴らした。どうやら愛流は彼の好みらしい。

「よくも僕の友達を痛めつけてくれたね」

「ねぇねぇ君がこの子たちの待ち人?かわいいねぇ!つうかどーゆー集まりなの?友達?」

仲間(クルー)だぁー!」

 ナンパモードの茶髪くんになんかの漫画の影響を受けているらしい愛流。

「君も一緒に出店回ろーよ。メルアド教えて」

 茶髪くんはタフネスだ。一切怯むことない。

「その必要はない」

 愛流は暗く冷たい瞳を彼に向けた。

「お前たちは僕の絶対許さないリストに載ったからな」

「ふぁー?」

 彼女が指パッチンすると同時に黒スーツにサングラスの集団が沸いて出て、

「うおっ!!なんだこいつら」

「はな、はなせ!たす、助けてくれぇー!」

 津波のように茶髪くんとピアスくんを担いでどこかへ連れてってしまった。あの懐かしき黒スーツ軍団は天王洲愛流親衛隊のみなさん。

 ぽかんとする俺たちの視線を気にしたようすなく愛流はゆっくりと歩いてきた。

「いやぁ、遅れてすまない。兄のご機嫌伺いがなかなか上手くいかなくてねぇ」

「さ、サンキュー、愛流、助かったぜ」

「なんのことだい郁次郎。僕は害虫を駆除しただけだよ。お礼を言われる筋合いはない」

 ボロボロになった俺を谷崎が助け起こしてくれた。彼女たちはなんの役にもたてなかった俺を労り、お礼を言ってくれた。

 ううっ、くそ、お腹いたい。先輩のたおやかなお胸に慰めてほしい!

「た、谷崎、せ、先輩は?」

 三人に付き添われながら、救護テントに向かう。それほどの傷はないけど、とりあえず湿布がほしい。

「あー、佐奈ちゃん? なんか人混みやだから今回はパスだって」

「……」

 くそぅ!あの引きこもりめ!けがにかこつけて思いっきりナイスバディに甘えようと思ってたのに、とんだ骨折り損だよ!


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