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ノンゲーム!  作者: 上葵
29/54

28:瑠花による福音書(1)

出来るだけギャグいれようと思ったけど、ちょっと無理そうだった。どうやら私のギャグセンスは枯れてしまったらしい。もとからそんなもの備わってなかったが。

 ご破算になったと思っていた夏合宿の件だが、谷崎のなかでは未だに進行中であり、あれよあれよ言うまに一泊二日の旅行が俺の予定帳に記された。

 今日はそのことで生徒会に呼び出され、登校する羽目になったのだ。夏休みなのに。

 委員長の詰問をのらりくらり交わし、必要な書類にサインしたその帰り道。これで学割が使えるな、とほくそ笑みながら校門を潜った俺の目の前に、白い肌を夏の日差しに反射させ、キョロキョロと辺りを見渡す瑠花の姿があった。

「あれ……?」

 偶然だろうか、彼女はこちらに気づいた様子なく、手に持った紙に視線を落としている。

「瑠花」

「ひっ!」

 同じ部活の仲間だから気さくに声かけたのに、悲鳴をあげられるなんて心外だ。

「郁次郎……」

「そうか。お前この辺りにすんでるんだっけ」

「え、えぇ。郁次郎はどうしたんですか? 制服なんか着ちゃって」

「今度の合宿について委員長に呼び出されたんだよ。それでお前はどうしたんだ。こんな時間に校門前で」

 彼女は私服だった。

「えーと、意味もなくふらっーと町を歩きたくなるときがあるんです」

「地図持ってか?」

「……まるで探偵ですね」

「小さい頃から刑事コロンボが好きで、気になると夜も眠れねぇんだ」

「やれやれです」

 瑠花が手に持った紙は書店などで買える市内の地図だった。

「探している場所があるんです」

「んー。どこ?」

「お寺」

「ふぅん」

「だけど場所が分かりづらくて、さっきからおんなじとこグルグル回ってるんです。敵の術中にはまっているのではないかと考え始めていたところで」

 方向音痴なだけだよ。

「ナビ使ってやるよ」

「え?」

 俺はポケットから携帯を取りだしGPSを起動した。

 ルート検索画面に彼女から訊いたお寺の名前を入力し、道案内を開始する。


 蝉時雨の集中豪雨の中を二人連なって歩き出す。

「凄いですね、郁次郎。二十二世紀の科学力って感じです」

「言っておくがこれは秘密道具じゃない。あくまで現代機器だ」

「でも現代機器を華麗に使いこなすってのは能力ですよ、郁次郎の能力!」

 またろくでもない。

「能力ならもっとちゃんとしたのにしてくれよ」

「例えばなんです?」

「いや火を操るとか水を操るとか、そうだな重力操作とかかっこいいな」

「うわぁ……」

 え、なんで俺引かれたの?意味わかんない。

「そういうお前はどんな能力者なんだよ?」

「うーん、そうですね」

 そう呟くと顎に人差し指をあてた。ミステリアスな雰囲気だ。

「リンゴを剥いているのに、果肉が赤色から変わらない能力ですかね」

「手切ってるだけだよ」

 もうやだこの人、なに考えてんのかわかんないんだもん。


 安定のGPS。迷うことなく瑠花が探していたお寺にたどり着いた。焦げ茶色の門に鼻孔をくすぐる線香の香り、微かに聞こえる読経とセミの声とが重なりあって異次元空間へ誘われているみたいだ。

「助かりました」

「あの、さ」

 ペコリと頭を下げる瑠花に、鎌首もたげた好奇心が喉から飛び出す。

「お寺に一体どんなようがあるんだ?」

 瑠花は俯いて逡巡していたが、やがて決心したように口を開いた。

「……人形供養って、わかりますか?」

「……」

 俺の無知が露呈しただけだった。

「大切にしていた人形には魂が宿るという考え方です。なので手放すときは人と同じように供養を行うんです」

「なるほど。自動人形にも魂は宿るしな」

「おっしゃる意味はわかりませんが、このお寺では毎月人形供養を行っているそうですよ」

 そう言って彼女は門を見つめた。

「もっとも送られてきた人形を読経とともにまとめて燃やすだけみたいですけど」

「気色悪いどんど焼きみたいだな」

 瑠花は俺の不謹慎な発言に笑みを浮かべた。にしても話がオカルトじみてきた。だれか獣の槍か鬼の手持ってきて!

「毎月決められた日付にお焚きあげを行うそうなので、その日まで人形を保管してある部屋があるはずなんです」

「想像するだけで背筋に鳥肌がたつ」

「それを見てみてみたくて」

「え?」

 真夏の暖かすぎる空気が彼女の発言で凍る。

「住職に頼んでみようかと」

「ちょ、ちょっとまてよ、瑠花。そんなもん見てどうすんだ。夜眠れなくなるだけだぞ」

「それに怨念が強い人形は時間をかけて供養すると聞いたことがあります」

「……」

「あ、断っておきますけど、別に好奇心から人形部屋に行きたいわけでなく、あ、いや、うーん、ちょっとだけ興味はありますね」

「悪趣味……」

 そういやこいつはじめてあったときオカルトマニアを自称してたな。

「ちゃんとした目的があるんですって」

「なんだよ?」

 一瞬、彼女は言い淀むように視線を落としたが、直ぐに決意を固めたように俺を見返した。

「探しているヌイグルミがあるんです」

「それって」

 脳内でビートルズのヘルプ!が流れる。

「お宝アンティーク的な……」

「姉が大事にしてた熊のヌイグルミなんです」

 鑑定団はお呼びじゃなさそうだ。

「無くしたの?」

「はい。家にはないんで、お寺に届けられてるのかも、と思いまして」

「なるほど」

「だから、いまからちょっと住職に会ってきます」

 そう言い残すと彼女は門をくぐって中に入っていってしまった。残された俺はなにするでもなく、石段に腰かけて青い空を見上げた。


 夏だった。

 季節はどこまでも夏だった。

 肌を撫でる風は熱気を孕み、鼓膜はアブラゼミの合唱に震わされ、道行く人たちの額には汗が滴っていた。

 市民バスが排気ガスを吐きながら急な坂道を上っていく。奥にいけば行くほど陽炎に包まれて、小さな箱が歪んで見えた。

 ふと道路の前の看板に目がいった。

 青地に白文字で書かれた文字には『人形坂』とその坂道の名前が記されていた。


「あ、郁次郎。待っててくれたんですね」

 しばらくすると瑠花が行きと同じように微笑んで、門から出てきた。

「人形は見つかったか?」

「やっぱり入れさせてもらえませんでした」

 ペロリと赤い舌をだした。

「そうか。そりゃ残念だったな」

「写真を見せてみたんですが、届けられてないって仰ってたんで、どうやら空振りだったようです」

「写真?」

 俺が言葉を繋ぐ前に瑠花は肩にかけたショルダーバッグから、一葉の写真を取りだし俺に手渡した。

「姉が持っている人形です」

 写真には二人の女の子が写っていた。

 おそらく小学校低学年だろう。お揃いのヘアスタイルに柔らかそうなほっぺた、可愛らしい姉妹の写真だった。笑顔を振り撒く女の子の手には熊のヌイグルミがだっこされている。

「テディベアってやつか」

「それほど高価なやつではないそうですが、大事にしてたので、今度の誕生日までには見つけたいんです」

「ふぅん。誕生日プレゼントに無くしたヌイグルミねぇ」

 俺なら新しいもの貰いたいけどな。

「七回忌ですから」

「……」

 話をいきなり重くするのはやめてほしい。


 何て言っていいのか、必死に頭を回転させていた時だった。携帯がポケットで震えた。着信である。

「あ、わりぃ」

 タイミングが良いのか悪いのか反応に悩むところだが、画面に表示される発信者の名前は我らが部長のものだった。瑠花に一言断ってから、通話ボタンを押し、耳に当てる。

『もしもし今日暇?』

 開口一番谷崎が訊いてきた。

「暇か暇じゃないかは、お前のこれからの発言によって変わる」

 家帰っても先輩から借りたゲーム(全年齢)しかやることはないが。

『今日花見川の花火大会なんだよ。暇なら一緒に行こうよ』

「花火? めんどくさいな」

 あー、どうりで浴衣着た人が電車に溢れてると思った。

『どうせ家にいたってゲームしかやることないんでしょ?』

「なんでわかったんだ。お前はエスパーか?」

『だったらほら、外でて夜風を浴びようよ』

 そういえばもうそんな季節か。花見川の花火大会といえば、この辺りの夏の風物詩で、県外からもたくさんの人が訪れるメインイベント。非常に混む。

「うーん……」

 考えこむ俺の横で、飛行機を見送っていた瑠花がボソリと「承諾が吉ですよ」と呟いた。どゆこと?

『いこーよ、郁次郎、花火大会』

 電話の向こうの幼馴染みがバカの一つ覚えのように呟いている。

「そうだなぁ」

 木漏れ日をその身に揺らしながら瑠花はにたにたと面白そうに事の動向を窺っている。

「瑠花は今日暇か?」

『え?』

「あ、わりぃ、いま瑠花と一緒にいるんだ」

「え、なんで、なんで、一緒に?』

「合宿の件で委員長に呼び出されたんだよ。その帰りにたまたま一緒になったの」

『ふーん……』

「お前のことだから部員みんなでいこうって話だろ?」

『そう、だけど……』

 瑠花をちらりと見ると、なぜだか片手で額を叩いていた。携帯を放し、彼女に話しかける。

「そんで今日の午後花火大会に行こうって話だけど、どうするよ?」

「私は、別に大丈夫ですけど……」

「おーけー」

 歯切れの悪い承諾をうけ、携帯を耳に当てる。

「瑠花は行けるってよ」

『よかったー!瑠花が来れるなら最悪二人でも楽しめるもんね!あと愛流と佐奈ちゃんにも連絡しなきゃ』

「俺も行くよ」

 人混みを利用して佐奈先輩のナイスボディを堪能しよう。むふふふ。

『そう。じゃあまたあとで詳しいこと連絡するわ!じゃね』

 と、一方的に通話を切られた。なんだか微妙に怒気がこもっていたように感じられる。

「またあとで連絡するってよ」

 携帯をポケットにしまう俺に瑠花は小さく、

「郁次郎、ある意味尊敬します……」

 とあきれたように囁かれた。どゆこと?


「私ハーレムものが嫌いなんですよ」

 瑠花と一緒に住宅街を歩いていると、突然彼女が呟いた。藪から棒になんだろう。

「鈍感主人公ってのがどうも」

 どうやらありがちのハーレムラブコメに苦言を呈しているらしい。いきなりなんの話だよ、と突っ込むより先にこういうときは適当に返事しておくに限る。

「俺もだな。決めたことをやりとおす主人公に憧れちゃうよな」

「まったくです」

 同意してるとは思えないすさまじいジト目で睨まれる。なして。

「さて郁次郎。私はそろそろ帰ろうかと思っていますが、このあとどうするんですか?」

「んー、俺も帰るかな。俺がいかなきゃ世界がヤバイし(ゲームの話)」

「でも郁次郎が行くから世界がヤバいんじゃないですか?(ゲームの話)」

「途中でやめると、残された世界の人たちがヤバいって妖精シルクに言われたんでね(気ままに夢見る機の話)」

「不健全ですねぇ。外出て遊べばいいじゃないですか」

 遊びに行くとお金がかかるのだ。先月に引き続き今月も金欠の俺にはハードル高い。合宿費用も確保しなきゃいけないし。

「友達とのコミュニケーションは大切ですよ」

「そうだなぁ、銀太あたりを誘ってみるかなぁ」

「銀……あー、夏目さんですね! お元気ですか?」

「元気だけど……いきなりなんだよ」

 夏目銀太は俺の友達の一人で、目の前のメガネ少女こと人形坂瑠花が好きだとかほざいてた。

「いえいえふと思い出したのです」

「ふぅん……」

 おーし、たまには友達がいのあるとこを見せてやるかな。

「あいつはいいやつだぜ」

「ほう」

「落ち込んでるクラスメートがいたら、率先して笑いを取りに行く、気がおけない良いやつだ。クールじゃないが熱い魂の持ち主だぜ」

「好きなんですねぇ」

「あぁ、……ん?」

 瑠花のあの目!?

 狩りを楽しむ肉食獣のような瞳!

 まさか、あいつ、俺と銀太ができてると勘繰っているのか。忘れてた! こいつはそういうのが大好きなやつなんだった!

「銀太は友達としてはいいやつだ。恋人としてもいいやつだ。でも肥満体型で運動神経がないくずみたいなやつだ」

「な、なんですかいきなりその手のひら返しは」

「……まあ、女性を大切にするやつなんだって」

「そ、そうなんですか」

 俺にはキューピッドという職業は合わないらしい。


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