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ノンゲーム!  作者: 上葵
26/54

25:愛流ビー(4)

バレンタインってラスボスの名前みたいですね。

「しかし、瑠花がいないとあいつんチの場所もわかんねぇしなぁ。どうするよ、どこいく?」

「そうだね」

 狭い路地の薄暗い通路を歩きながら、俺と愛流は行き場をなくした猫のように寂しく歩みを進めていた。

 谷崎たちのお陰で追手はまけたけど、肝心要の瑠花が一緒に向こう側の住民になったんじゃ世話がない。あそこは不本意だが、瑠花の代わりに俺がジェットストリームアタックに参加すべきだったのかもしれない。

「ここは……そうか」

「どうした?」

「とりあえず、丘にいこうか」

「丘?」

 カーブミラーの向こう側に、小高い丘があるのが見えた。いまは夕日に照らされ、ほんのり赤く染まっている。あれはいつか、谷崎と愛流といっしょに夜に集まって目指そうとしていた、山だった。 

「宇宙人を探しに行こう、と前に目指した丘だよ」

 意気揚々と歩き始める愛流に、俺はかねてより感じていた疑問をぶつけてみることにした。

「お前はなんで宇宙人なんてものに興味を惹かれたんだ」

 天王州愛流という人物は、宇宙人に執心という点を除けばわりかし常識人でもあるのだ。それにいいとこの出なのにも関わらずそんな非科学的なものに心惹かれる意味が俺にはわからなかった。

「……」

 沈黙が俺たちの間に落ちる。

 アブラゼミの鳴き声だけが鼓膜を刺激した。

「僕が、宇宙人だから」

 彼女は呟くみたいに言った。蝉時雨の濁流に飲み込まれてしまうほど小さな声だった。

「愛流が、宇宙人?」

 冗談には聞こえなかったが、それが真実であるはずがない。

「地球人がマクロ的に見て宇宙人って意味か?」

「違うよ。郁次郎。僕は小さい頃から自分の人生がひどく曖昧で退屈なものだと感じていたんだ」

 彼女の足音は夜の訪れと共にひっそりと死んでいく。

「ここにいる自分は現実じゃない。誰かに敷かれたレールの上をただ走っている。……周りと同化するのが怖かったんだ」

「怖い? 埋もれるのがか?」

「そうだ。僕は特別になりたかった。特別になって、誰から存在を認められたかったんだ。天王州家の愛流じゃない。ただの天王州愛流として認知されたかった。ただそれだけだよ」

 その気持ちはわからないでもなかった。誰だって思春期のモヤモヤを抱えて生きているもんだ。だけどいつかそんな感情を壊され現実と向き合うことになる。

「だから、僕は自分が宇宙人だと思うことにしたんだ。そしていつか、私のことを助けてくれる母船の仲間が現れてくれる、って信じてたんだ」

 わたし?

「だけど、待っても待っても、仲間は助けに来なかった。だから自分から探しにいこうって決めたんだ。もうカムフラージュはやめにしたんだ」

「……」

 なんてことはないただのモラトリアムだ。わかってる、だけど、

「くだらない」

「なんだと!?」

 怒りむき出しの視線を俺にぶつけてくる愛流。

「そんなことしなくてもお前は十分特別じゃないか」

「私のどこが特別だ!」

 彼女は自分の胸に手を当て半分怒鳴るように俺を睨み付けた。

「少なからず、俺はお前が特別だって思ってるぜ。実家が金持ちだとか関係ねぇ。仲間の宇宙人探してるとかどうでもいい。お前は天王州愛流で、娯楽ラ部の副部長だろうが」

 彼女の肩から力が抜けていくのがよくわかった。もう俺も疲れたし、終わりにすればいい。

「それが特別じゃなかったらなんなんだよ。世界中探したって、こんなアホみたいな部活の副部長なんざお前だけだろ」

 俺たちは丘を目指した。何をするでもなく、ただ歩き続けた。麓についたとき愛流がぼそりと「そうかもしれないな」と呟いたが、聞こえなかったがふりをした。


 やっぱり丘というよりは山という表記のほうがしっくりくる。けっこうな傾斜の土道を歩きながら、草の香りを鼻一杯に吸い込む。オレンジ色の日差しは葉に遮られ、薄暗い夜の気配を俺たちに届けてくれた。

「娯楽ら部で、特別なことがしたいって僕は言ったけど」

「ん?」

「もう、満足だ」

 なにその満腹のとらみたいな言い方。

「お前、もしかして、ハッピーエンドな気分?」

「え?」

「物語ってさ、ビターエンドくらいがちょうどいいと思うんだよね。だってハッビーエンドだとそこがピークであとは落ちるだけじゃん。ビターエンドなら延びしろあるし」

「なんだよ、そのおみくじの大凶ひいた人みたいな理論」

「まあ、なんでもいいよ。学校、やめたりすんなよ」

「あぁ、やめないよ」

 俺たちが頂上についたとき辺りはすでに真っ暗だった。今日の月は半分で、疲れきった身体に豊かな光が届けてくれる。蚊に食われることだけが、唯一俺が恐れていることだった。

「なんもねぇな」

「町が一望できるだけだね。宇宙人の集会所なんてなかった」

「あるわけねぇだろ」

 開けた空間に転落防止用の柵で全体を囲ってあるだけの寂しい空間だった。それこそ小学生が遠足で上るような山だ。

「でも疲れた」

「あぁ、そうだね。僕もつかれた」

 俺たちは町の明かりを眺めるようにベンチに腰掛け、広い世界に視線をやった。

 空には星が瞬いている。

 綺麗だった。

 蒸し暑くて、汗は流れ続けるけど、頬を撫でる夜風はどんな冷房よりも、快適な気分にしてくれた。

「私は宇宙でひとりぼっちだったんだ」

 愛流が呟く。アイスが溶けるように、ゆっくりと。

「お父様は仕事一筋な方で、お母様は跡取りである臨海の世話ばかりに執心し、私は常にひとりぼっちだったんだ」

「……」

「ひとりぼっちの宇宙人は仲間が助けに来てくれるのをずっと待ってて、待ちくたびれたから、自分で探しにいくことにした。これが僕が宇宙人を探す理由だよ」

 眠り忘れた一匹のセミが小さな鳴き声をあげていた。

「お前が言ったんだぞ」

「え?」

「こんなに広い宇宙に、地球以外に生命体がいないはずがないって」

「あ、あぁ」

「なにがひとりぼっちだよ。生まれたときから、たくさんの仲間がいんじゃねぇか」

「だ、だけど、郁次郎」

「はいはいこの話はこれでおしまい。そんなことより上を見てみろよ」

「え?」

「都会でも案外、星は見えるもんだなぁ」

「あ、あぁ、たしかにこの辺りは町明かりが少ないからかなぁ」

 もうこのまままぶたを閉じれば眠れそうだ。実に気持ちがいい夜だ。親には友達と遊びに行くって言ってあるし、なんにも気兼ねすることはない。今日はゆっくりしよう。

「不思議だね」

「え?」

「郁次郎は宇宙人みたいだ」

「はぁ? バカにしてる?」

「ふふふ、してないよ」

 彼女が俺の前で、年相応の女の子らしく笑顔を浮かべるのは、初めてだったかもしれない。


「あっ」

 二人同時に声をあげた。

 俺たちの頭上からすっと線を引くように流れ星が落ちたのだ。

「み、見た?」

「あぁ、見た!流れ星! いやぁ、久しぶりにだわ」

「うん、僕も久しぶりだ。郁次郎はなにか願い事かけた?」

「いやいや、そんな暇なかったぜ。愛流は?」

「ふふ、僕は願ったよ!」

「ほぅ、やるなぁ。んで、なにを」

「もう一個流れ星が見れますようにってね」

「意味ねぇ!」

 嘘に決まってた。あんな短時間で願い事をかけられるはずがないのだ。

「もっと有意義な願いにしろよ。なんだってそんな意味のないことを」

「だって、流れ星を探してる間なら、この時間が永遠に感じられるだろ?」

「……んー?」

 時々こいつは哲学的なことを言う。さっぱり意味わからん。


 頂上には小さな街灯が一つしかなく、愛流の表情は薄くそれに照らされて見えるだけだったけど、なにを考えているのかわからないミステリアスな微笑みを浮かべているだけだった。

「お前、」

 俺が言いかけたその時、二人の間に携帯のバイブが震える音が響いた。

 愛流はいそいそとボケットから携帯電話をとりだし、パカリと開く。

「リンからメール。もう帰ってきて大丈夫だって」

「そうか。思ったより早くなんとかなったな」

 よっこいしょ、とベンチから立ち上がる。

「もう行くのかい?」

「あ、だって帰っていいんだろ?」

「……」

 彼女は目を薄く目を閉じ、しばらくそうしていたが、やがてためらいがちに、腰を浮かした。

「そうだね。帰ろう」

 愛流は携帯を耳に当て、自分の居場所とこれから帰る旨を委員長に伝えていた。


 二十分ほどで下山を完了したとき、出口に面した道路に一台の車が停車していた。

 その車の前には谷崎と瑠花と先輩の三人が立っていて、嬉しそうにこちらを見ていた。

「あれ、お前らどうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。もっと気の聞いた台詞を吐きなさいよ」

「いや、状況が見えないんだけど、これ誰の車?」

 ぷりぶり怒る谷崎から視線をはがし、運転席をちらりと見る。

 和水さんだった。

「おつかれ」

「お、お疲れさまです」

 愛流は目を丸くして「なんでここにいるんですか?」と質問した。

「たまたまよ。汚泥のこと話に聞いて、心配だから、あなたたちを探してたの」

 それたまたまって言わなくね?

「高校の友達乗せて、町をドライブしてたら、あなたたちを見つけて。追いかけたら、わけのわからないうちに逃げられちゃうし、苦労したわ」

「え、あの三人の男の人って」

「私の友達」

「そ、そうだったんだ」

 沼袋家の使用人かなんかだと思ったよ。ってことはまったく関係ない善意の人に谷崎たちはジェットストリームアタックを仕掛けたんだな。ちらりと三人を見ると、三人ともがペロリと舌をだす古典的なアクションをしていた。腹立つ。

「まぁ、今日はいろいろとつかれたでしょ? 駅まで送ってってあげる」

「ありがとうございます」

 地元がこの辺りの瑠花を残して、残りの四人で車に乗り込む。それでもけっこうキツキツだ。

「郁次郎」

「ん?」

 一番最後に車に乗ろうとした俺を瑠花が小さく呼び止めた。

「見直しましたよ」

「なにが?」

「いえいえ、また会いましょう」

 バタンとドアを閉める。

 小さく手を降る瑠花を残して、車はゆっくりと走り出した。


 三日後、愛流からその後の顛末についてメールで送られてきた。

 いわく、あの日のゴタゴタはすべて水道橋家の取りなしでなかったことにされたらしい。和水さんありがとう。

 意外だったのは沼袋家が天王州家に、謝罪してきたということだ。罵詈雑言を謝られたと愛流は言っていたけど、やりすぎた感は否めない。いくら他の六家に嫌われているとはいえ、鳥山家は大丈夫なのか?

 お見合いはまた後日、日を改めて行われたらしい。

「女の権利がぁー、とか男の権利がぁー、とかグダグダ煩かったからビンタしてやったよ」

 けらけら笑う愛流はなんだか一皮向けたように感じられる。

 こうして一学期最後のゴダゴダを終えた、俺を含め娯楽ら部の面々は無事に夏休みを迎えることができたのだ。





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