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ノンゲーム!  作者: 上葵
25/54

24:愛流ビー(3)

つかれた。

「しかし愛流」

 真夏の太陽がじりじりと照りつける。特に葬式でもないのに黒スーツの俺にはダメージ二倍だ。

「あいつ偉い人なんだろ? 俺の人生早くもジエンド?」

「安心してくれ郁次郎。そんなことは天王州家の名誉にかけて、させない」

 愛流の言葉は不思議な力に充ちていた。

 勢いでお見合い会場である天王州邸を飛び出してきたはいいが、俺たちに目的地はなく、ただ小走りに駅を目指しているだけだった。

 中天を迎え、アスファルトに降り注ぐ真夏の放射線は、前後左右くまなく俺らを取り囲み、鼓膜を支配する蝉時雨でさえ、いつもより元気がないように感じられる。

 愛流の格好は筆舌にしがたいくらい住宅街に不釣り合いだった。

 赤や金の装飾が施された着物にバッチリセットされた髪形、ほんのり塗られた化粧など、どこからどうみても特別なイベントの参加者だ。

 しかも隣を歩くのは黒スーツを着ている俺。サングラスと上着は脱いで手に持っているけど、さっきまではマジでただの不審人物だった。

「とりあえず着替えがほしいな」

「郁次郎、お金持ってる?」

「財布のなか千円しかねぇよ」

「僕はノーマネーでフィニッシュです」

「はぁ。どうすっか。定期も切れてるし、これじゃ家まで帰れねぇよ」

「え、郁次郎帰りどうするつもりだったんだい」

「いや、一人分はあんのよ。二人分の電車賃はだせねぇ、ってこと。にしても腹減ったなぁ」

 最近は予定外の出費が多すぎる。月の小遣い五千円じゃ、さすがに生活できないよ。バイトしよっかなぁ。

「……僕の分も、出してくれるんだな」

「あとで返せよ」

「はは、わかってるよ。そこでさ郁次郎提案があるんだけど」

「あー?」

「一回学校に行かないか」

「なんでまた。今日土曜日だぜ? 休みまで登校したくねぇよ」

「部室なら一晩くらいなら過ごせそうだし、知り合いにお金を借りられるかもしれないじゃないか。それに体操着だってある」

「おー、なるほどな。お前頭いいな。そうと決まったらコンビニ行ってオニギリとジュース買おう。学校への電車賃だけあれば大丈夫だろ」


 しかし俺たちは失念していた。まず俺たちに気前よくお金を貸してくれ、かつ土曜日に登校する奇特な生徒がいなかったこと。そしてジャージは今学期の体育が終了した時点で家に持ち帰っていた、ということを。

 それを電車のなかで気付いて慌てて谷崎にメールを送る。

 持つべきものは幼馴染みだ。とりあえず谷崎には俺の家に寄ってもらって、貯金箱と、それから愛流の着替えをお願いし、部室に持ってきてくれるように頼んでおいた。


「たくっ、アホのせいでとんだミスをおかすとこだったぜ」

「なんだいその言い方。君だって乗り気だったじゃないか」

「もとはといえばお前が赤点とったのが悪いんだろー」

「それ言ったら郁次郎だって赤だし」

「……やめよう。空しくなる」

「そうだね……」

 座席シートに腰掛け冷房に気分を落ち着ける。揺りかごのように優しく車体が傾く度に俺は世界の安寧を祈るのだ。

 電車に揺られて数分、すぐに高校の最寄り駅についた。


 学生証を窓口で提示し、なんとか校内に入れた俺たちはすぐに職員室に行き、部室の鍵を取得した。たくさんの教師から奇異な視線にさらされ、佐奈先輩の気持ちが少しわかった気がした。

 まさかここまで部室が落ち着ける空間になるとは思わなかった。ベースキャンプに帰ってきた気分だ。

 パイプ椅子を四つ繋げて簡易ベッドを作り、そこに横になる。今日はもう疲れた。

「郁次郎、巻き込んでしまってすまない」

「毒を食らわば皿までだろ、それにヤバイ状況を作り出したの俺自身だし」

「ああ。ありがとう。まあ安心してくれ。汚泥はみんなから嫌われているから、恐らく他の水際六家が何とかしてくれるよ。ともかく騒ぎが落ち着くまでここにいよう」

「そうだな」

 愛流は慣れた手つきでポットで湯をわかし、お茶を淹れた。湯飲みからぼんやりと湯気が上がる。


 しばらくたって谷崎がやって来た。きちんと制服を着て、その手には紙袋が提げられている。

 袋を受けとり中身を取り出すとお願いしていた着替えが入っていた。愛流に貸す谷崎の私服と、俺のぶんの着替え。よりにもよって中学のジャージだった。

「ほかにもいろいろあっただろ。なんでジャージなんだよ!」

「おしゃれじゃん」

「てめーの感性を人に押し付けんな!」

「なによせっかく持ってきてあげたのに文句ばっかり」

「いや、感謝はしてるけどさぁ……」

「はいはい。あとこれ貯金箱」

「おっ、サンキュー」

 まぁなにはともあれようやくスーツを脱げるんだから気分は最高だ。

 愛流は部室で、俺は廊下でそれぞれ着替えを行う。

 女子のお着替えタイムというのは長い。しかもそれが着物となるたひとしおだ。二十分ほど待ってから、ようやく部室内に入ることが許された。


 中に入って早々に谷崎より質問をぶつけられる。

「ところで郁次郎。話が見えないんだけどどういうこと」

「あ、なにがだ?」

 コンビニで買ったおにぎりで腹ごしらえしていると、体力が微妙に回復した気がした。

「なんだって愛流は着物で郁次郎はスーツなの? もしかして二人は今日成人式で年ごまかしてたの?」

「真夏に成人式なんかやってられっかよ」

「東北だと成人式は真夏らしいわよ。ってそんなことはどうでもいいの。それで今日なにがあったのよ」

「かくかくしかじか」

「うん、かくかくしかじかとしか言ってないからね。ちゃんと説明して」

 めんどくさいけど、お世話になった手前、事情くらいは教えてあげた。


「なるほどねぇ。ただいま逃避行中ってわけ」

「くくく、違うよ琴音、逃避行じゃない籠城だ」

「ちょっと神聖なる部室を占拠しないでちょうだい。あー、もうこんなに散らかしてー」

 オニギリの包装ビニールやらポテトチップスの食いかすやらが散らばるテーブルを苛立たげに谷崎は片付け始めた。こいつは昔から掃除が大好きなのだ。

 そんな様子を横目でみながら、貯金箱の中を確認する。おーし、偉いぞ過去の俺、思った以上に入って、……六百円しかはいってない。

 ばしゃんという音が響いた。テーブルを拭いていた谷崎が愛流の飲んでいたお茶を溢したらしい。

「あー、ごめんなさい、なにかふくもの」

「いいよ、いいよ。あ」

 貯金箱から目線をずらし、二人をみる。

 湯飲みから溢れたお茶が椅子にかけられたスーツの上着にかかっていた。

「スーツが……、スーツがおしゃかになった!?」

「あ、ごめん。郁次郎」

「ごめんじゃねぇよ!今回の俺の唯一の報酬なのに!」

 慌ててかけよりティッシュでお茶をぬぐう。あとにならなければいいけど。


 そんな大騒ぎをしていたら、ドアが開いて二人の人物が室内に入ってきた。佐奈先輩と瑠花だった。二人は暑さに緩んだ表情のまま定位置となっている場所に腰かけると、「涼しいー」と部室の冷房を賛辞した。

 え、ちょっとまって、なんでナチュラルにこいつら来てんの?

「話は聞かせてもらった 」

 いつになく真剣な面持ちで佐奈先輩が口を開いた、

「引きこもりのことなら佐奈に任せて」

 呼んだ覚えはないし、来てもらったところでなにがあるというわけでもない。ぶっちゃけ俺はそろそろ家に帰ろうと考えていたところだ。

「まず引きこもるに当たって大切なことがひとつある」

 人差し指をたてて先輩は続けた。

「絶対に家を出ないという覚悟」

「ちょっとまってくれ」

 ぽかんとしていた愛流はすぐに自我を取り戻したらしい、先輩の独壇場に足を踏み入れる。

「べつに僕は引きこもろうとしているわけじゃない」

「無理する必要はない」

 無理したことない先輩が言うと説得力あるなぁ。

「引きこもってると、そのうちこれでいいのか? という罪悪感がわいてくる。自分との闘い。目安は三ヶ月、三ヶ月引きこもってると最早なんでもよくなってくるので、この境地に達するまで頑張ってほしい」

「だから僕はほとぼりが冷めたらちゃんと家に帰るつもりだって」

「さっき部室に籠るっていってた」

「いや、まぁ、そうだけど……」

 言葉を濁す愛流にやさしい瞳で佐奈先輩が続けた。

「辛いときはすべてから逃げればいい。日本はそれが出来る国家」

「べつに僕は引きこもる気はないし」

「なんと。……やはり真のヒキコモラーはこの佐奈。依然かわりなく」

 もうわけわかんなくなってきた。なんでこの二人部室に来たの? 今日土曜日で部活動どころ学校もお休みだよ。加えていうならテスト休みだよ。

「なにしにきたの、って顔で見てるので説明しますけど……」

 瑠花と目があった。

「私たちはお節介やきなんです。愛流が心配なんでオウガーストリートからついてきました」

「谷崎が呼んだんだろ?」

「そうですけど」

 心底つまらなそうな目で見られても知らん。

「そんで廊下で俺と愛流の話を聞いてた、と」

「よくわかりましたねぇ」

「さっさと中に入ればよかったじゃん。なんで外でずっと待ってたのさ」

「ちょっと深刻そうな話してたので、クールに去るべきかどうか迷ってたんです」

「なるほどな」

「まあ大体の事情は飲み込めました。その上で提案があるんですけど」

 瑠花は一同を見渡してから、

「困っているなら、うちに寝泊まりしても構いませんよ」

 その提案と同時に校内に呼び出しのアナウンスが流れた。


『一年一組天王州愛流、学校内にいるようなら至急職員室に来るように、繰り返すーー』

 俺たちの隙間を縫うように一瞬の静寂

が訪れる。

「なんだろ?」

 時が再び刻み始めたのは、愛流の独り言からだった。


 電灯のスイッチが切られた薄暗い廊下をゾロゾロ五人連れだって歩き始める。空気が籠って埃臭かった。

「一つの赤点が補習に代わり、留年へと導かれる……」

 部室の鍵を閉めてから先輩がぼそりと呟く。

「ようこそ愛流。ダブリの世界へ……」

「やめてくれ。洒落にならない」

 五人揃って部室をあとにする意味は特にないが、単純にみんな暇なのだ。それに愛流が呼ばれたわけも気になるし、自然とそういう流れになっていた。俺のスーツと愛流の着物は部室に畳んで置いてある。どうせすぐ取りに戻ってくるだろう。


 羽路高校の教員室はB棟の二階、全面ガラス張りになっており、渡り廊下から中の様子を窺うことが出来る。移動中、何の気なしに見上げた職員室に俺は信じられないものを目にし、思わず叫んでいた。

「汚泥じゃねぇか!?」

 夏の日差しを反射する窓は非常に見にくい。が、応接用ソファーにふんぞり返っているのは、先程足蹴にした沼袋汚泥に他ならない。

「なんだと!?」

「汚泥? ヘドロ?」

「ヘドラですか?」

「ヘドラは公害があるかぎり甦る」

 もうやだこの女子高生たち。

「汚泥じゃなくて、尾泥だよ。尻尾の泥。沼袋家は農業と畜産で栄えた一族なんだ。先祖に対する畏敬の念でそういう名前がつけられたそうだよ」

 そうなんだ。汚泥だとおもってたよ。

「なんで汚泥が学校にいんだよ!」

 めんどくさいから汚泥でいいや。

「わからないが、さっきリンからメールがあって沼袋家が血眼になって僕と郁次郎のこと探してるって……」

「まじか……」

 もしあの人が俺にたいして怒りを抱いているようなら、しらをきろう。俺は今日一日学校にいた、そういうことにしよう。愛流のストーカー兼ガードマンはまた別の人物とだということにすればなんとかなるだろう。そう信じさせて。

 項垂れる俺の肩を瑠花が叩いた。

「逃げましょう」


 というわけで、呼び出しを無視して、学校から徒歩圏内にあるらしい瑠花の家を目指して歩き出す。制服女子三人に私服の女子一人、それからジャージ姿の俺一人。なにこの状況。

 時計を見れば既に夕方に近い時刻だ。部室でダラダラし過ぎた。愛流に話聞くと家にいる委員長から事態が収拾したら

連絡するとメールが送られてきたらしい。いまは委員長頼りだ。

「こうして五人で歩いてると遠足みたい でワクワクするねぇ」

 浮かれ気分の谷崎には悪いが全く楽しくない。俺は人生かかっているのだ。いま考えればなんであんなことしてしまったのかわからない。後悔しかない。体が勝手に動いたのだ。でも何だかんだで委員長と鳥山さんのほうが汚泥をぼこぼこにしてたし、許してほしい。

 空には薄く雲が延び、セミの元気も和らいできた時分。これからどんどん夏真っ盛りになるとはいえ、できることなら家でごろごろしていたい。

 革靴なので、さすがにそろそろ足が疲れてきた。

 車道に面した歩道をトロトロと歩いているが、横を車が通過する度、巻き込まれた生温い風が頬を撫でて気持ち悪い。

「ねぇバンド組むって話なんだけどさ」

 いくら話題がなくなったとはいえ、谷崎の話に乗るのは自殺行為だ。俺は黙って歩みを進めることにした。

「沖縄出身のミュージシャンとして売り出すってのはどうかな」

「え、どうしてです?」

 乗るなよ、瑠花。

「ほら、歌詞で困ったらイーヤーサーサって入れればいいし、Mmn…とかより分かりやすいじゃない」

「たしかに」

 もうやだ、すごくどうでもいい。

「でもバンド組むってのは無しになったんじゃなかったでしたっけ」

「そ、そうだけどさ。ほら、べつに他にやることないし」

「それだったら私、一つ叶えたい夢があるんですよ」

「え、なに?」

「一度でいいから、『私たちの戦いがDVDアンドBlu-rayになりました!』って言ってみたいんです」

「え、意味わかんない」

「それが無理ならせめて『私たちの戦いがカードゲームになりました!』ってのも言いたいです」

「もっと意味がわかんない。とくに闘いなんてしてないし」

「人間なんて常に自分とのせめぎあいなんですよ。さっき佐奈ちゃんも自分との闘いって言ってたじゃないですか」

「え、つまり佐奈ちゃんの引きこもりの軌跡がDVDになるってこと?」

「……この話はやめましょう」

 あー、そういえばこの年になって女子の部屋に行くのは久しぶりだな。最後に女の子の家にいったのは中学の頃谷崎の家に遊びにいった以来だ。

 延びる影が、車体に投影される。ちらりと横を見てみると、路上駐車した車から三人の若い男性が降り、柵を乗り越えてこちらに向かって歩いてきていた。

「おい、愛流」

「あぁ、おそらく沼袋家の使用人だ」

 言うと同時に愛流は駆け出した。


「なに、なに、どーゆーこと!?」

 突然走り出した愛流に、慌てて付いていく他の三人はパニック状態だ。彼女に代わって俺が端的につけられている旨を伝えてあげた。

「えぇー、そんなバカな話が……」

 背後をちらりと振り向く谷崎。三人の男も慌てて走り出している。

「ほんとだ……」

 しかし、こっちは五人でうち四人が女子。出来るだけ細い路地を抜けるように駆けているけど、いつか追い付かれるのは自明の理。さて、どうしたもんか。

「はひーはひー」

 出産間際の馬みたいな呼吸の佐奈先輩が、

「はひー、げ、げんかい」

 呼吸の合間にリタイア宣言を行った。早いよ!走り出して三十秒も経ってないよ!

「さ、佐奈がおとりになる。その隙に逃げて」

 なに映画みたいなこといってんだよ。

「地獄の果てまでお供しますよ、佐奈ちゃん」

 ぐっと親指をたてる瑠花。お前も空気に酔ってるよ。

「おーし、娯楽ラ部の黒い三連星の力、見せてあげましょう!」

 やっぱり谷崎は頭おかしいよ。

 言うや否や、「ジェットストリームアタッぁク」と叫んで逆方向に走り出す三人。それぞれ俺たちのあとをつけていた男にタックルを仕掛けている。しっちゃかめっちゃかだ。三人の男はそれぞれギョッとこわばった表情のまま小さくなっていく俺と愛流の背中を見送っていた。

「くっ、みんなすまない。生きてまた会おう」

 愛流は流れる涙をそのままに振り向かずに駆け抜けた。俺は全体的に狂ってるって思った。


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