23:愛流ビー(2)
最近ものをよくなくします。致命的なものまで……、あぁ、なんてダメ人間。
そんなこんなで俺は今、スーツを着て天王州家の客間の隅に突っ立っていた。
黒スーツにサングラスを装備させられ、恥ずかしいことこの上なしだが、任務終了のあかつきにはこれら一式をいただける約束になっている。聞いたことのないブランドだが、天王州家御用達ということは高いに決まっているのだから、あまり文句はいえない。
目の前には、きらびやかな着物を着た愛流と紋付き袴の委員長が正座していてその世界観のギャップに立ち眩みがしてくる。
「君が坊っちゃん推薦の新人だね」
いつのまにか隣に俺とおんなじ格好した男の人が立っていた。
「はい。とりあえず部屋の警備を、と」
「そうか。我々は外にいるから、くれぐれも粗相がないようにな。わかっていると思うが沼袋様は超VIPだ」
「はい」
百も承知だ。
そのうえで今回のお見合いを失敗に導かないといけないのが、愛流の辛いところ。
昨日、委員長は妹の愛流の身を案じて新たな作戦を提案した。その名も『お見合いで嫌われよう大作戦』。
家名に傷をつけない程度に、このお見合いをご破算させるのが狙いだ。なかなか難しいところだが、愛流には一つ重要なアドバイスとして「佐奈先輩をイメージ」するように伝えてある。あとは実際にその場で対応できるかが鍵。
ちなみに俺がいる意味はあまりない。愛流が見守っていてほしい、と涙目で頭を下げるから、どうにかして潜り込んだだけの話だ。
「失礼します」
襖が開かれた。室内に緊張が走る。このお見合いの結果によっては、愛流は羽路高校を去らなければならなくなるのだ。
「わたくし鳥山家長女、鳥山千歳と申します。今回のお見合いの世話役として呼ばれましたので、どうぞお見知り置きを」
三指ついてこちらに挨拶したのは、これまたキリッとした顔立ちのスレンダーな女性だった。彼女はスッくと立ち上がると、敷居を跨いで室内に足を踏み入れた。
「沼袋家二十四代当主、沼袋尾泥様です」
静かに一礼すると一人の男性を室内に招き入れた。
四人が顔を付き合わせるテーブルにはお刺身やら天ぷらやら豪勢な料理が並んでいて、昼飯がまだな俺の胃袋をイタズラに刺激してくる。
「よろしく」
汚泥が小さく頭を下げた。彼も紋付き袴を着ているが、いかんせん体型が太りぎしなのでパンパンだ。
「よろしくおねがいします。本来ならば現当主である父が挨拶すべきなのでしょうが、急な仕事が入ってしまい、代役として参加させていただきました。兄の臨海と申します」
委員長は緊張を感じさせない淡々とした口調で頭を下げた。その横の愛流は借りてきた猫のように大人しい。
「はいはい。んで、愛流ちゃん?」
汚泥が下顎をたぷんとさせて、愛流のほうを向いた。ずいぶんとフランクな人や。
「あ、はい」
「かわいくなったねぇ。いま、十六歳だっけ」
「はい。せ、先月で十六歳を迎えました」
「なるほどねぇ。初めてあったときはまだ小学生だったよねぇ」
ちなみに汚泥は今年で二十六を迎えるらしい。定職にはついていない。ある意味物凄く羨ましい。
「いま学校でなにやってんの?」
「えと、友達とおしゃべりしたり、いろいろです」
「友達多い?」
「いえ、それほど多くは」
「ダメだよー。友達はたくさん作らないとね」
ニタニタと脂ぎった視線を愛流に送る汚泥。うーむ、たしかに生理的嫌悪を抱きやすい相手かもしれぬ。
「汚泥様、まずは自己紹介を」
「あー、そうだったね千歳ちゃん。だけどよくない? 俺らは互いが親戚みたいなもんなんだしさ。今さらでしょ」
汚泥の横に座る鳥山さんはひきつった笑みを浮かべた。
「ですが、こうして顔を付き合わせるのは何十年ぶりなので、改めて行うべきかと」
「そぉだね。んじゃ、俺、沼袋尾泥ね。こっちは千歳ちゃん。鳥って字の点々を山にしたら島だから水際六名家の仲間入りした駄洒落要員。もとは貿易関連の会社なんだっけ?」
「えぇ」
急に返事をふられて鳥山さんはいそいそと答えを返した。
「まあ、鳥山家のことはどうでもいいっか。お見合いだけど、形式ばったことは気にしないでいいから」
ぺこりとお辞儀する愛流に委員長が自己紹介するように、彼女の耳元で促した。
「て、天王州愛流です。十六歳です。趣味は宇宙人と交信することです」
「は?」
おー愛流、初っぱなからアクセル前回だな!
宇宙人が大好きと言うお前のステータスはそれだけで男から引かれる要素なのだ。
「宇宙人? ははっ、変わった趣味を持ってるようだね」
「えーと、宇宙人趣味な女はお嫌いですか?」
「んー、べつにいいよ。かわいければ、なんでも」
「え?」
「どんな変わった趣味を持ってようが、それは個人の勝手でしょ?」
「え、まあ、そうですが」
「俺はべつに愛流ちゃんが変なもん好きでも構わないよ」
「あ、ありがとうございます」
なんかよくわかんないが包容力があるおっさんだ。
「お、尾泥さんはどんな趣味を」
「俺?んー、そうだなゲームとかアニメとか。あとはまあ漫画読んだりすんのは好きかな」
いいなぁ、自分を着飾らない男って。
「あ、わ、私もけっこう漫画とか好きです。最近はどんな漫画に、」
「あのさぁー、べつに俺のことはよくない? これから知ってけばいいし。今日は愛流ちゃんのこともっと聞かせてよ」
「は、はい」
昨日今日となんだか愛流らしくないな。自分のペースを取り戻せてないみたいだ。
それにしても立ちっぱなしは疲れる。ちょっとしゃがんで足を休ませたいが、そんな雰囲気じゃないしな。
室内は高そうな掛け軸とか鷹の剥製とか、見てるだけでぞわぞわしてくる高価な置物で溢れている。
二十畳ほどで、他の部屋に比べたらそれほど広くはないんだろうけど、さりとて庶民の俺にしてみれば十分な広さを誇っている。部屋には俺を含めた天王州家側の警備と沼袋家側の警備4名、それに愛流と委員長、鳥山さんと沼袋汚泥の計八名となかなかの人口だけど、息苦しさを感じないほどだ。
つうか、なんで俺この場にいるんだろ。
アクビを必死に噛み殺しているときだった。
パン。
突然乾いた音が弾けた。沼袋家側の警備が身を乗り出している。何事かと思って、テーブルに目をやると、委員長が憎々しげに汚泥を睨み付けていた。
「なんなんだあんたは!」
「ははっ、怖いなぁ」
鬼の形相の委員長。どうやらテーブルに拳を叩きつけたらしい。
いいの? いや、え? だめだろ。礼儀以前にマナー違反。なにがあったんだ?
「さっきからおとなしく聞いてれば愛流を物のように言いやがって」
委員長は再び握りしめた拳をガンとテーブルに叩きつけた。豪華な料理ががたんと揺れる。
「ふざけんじゃねぇぞ!」
普段の落ち着いた物腰の委員長からは考えられない荒れた口調だ。なにがあったのだろう。
「べつに女なんてモノだろ」
「はぁ!?」
舌打ちしてから汚泥は続けた。
「女なんざ、男が働いている間、家にいるだけの穀潰しじゃねぇか」
「な……」
妻なんてのは主人の肉欲満たすためだけの存在じゃねぇの?」
「てめぇ」
「ひゃはは、つっても俺は無職だけどな」
あらやだ向こうのテーブルすごく楽しそう。
委員長はいまにも汚泥につかみかからん勢いのところを隣の愛流に止められている。
「妹に止められてりゃ世話ないぜ。お兄ちゃん」
「っ」
委員長は下唇を噛んで必死に怒りに耐えていた。なんだかなぁ。
「まあ、でも俺の義理の兄貴になるわけだから、仲良くしようぜ」
「……」
委員長じゃどうすることもできないんだろう。眼鏡の奥の瞳が怒りで歪んでいる。
一般家庭で生まれ育った俺にはわからないしがらみだ。
「初夜には呼んでやるよ。目の前で妹が俺の女になる様子を拝ませてやる」
「このっ!」
堪らず委員長が身を乗り出して拳を振り上げたが、隣の愛流が顔を真っ赤に必死に腕にしがみついている。
俺はテーブルまで走り寄って白豚に真空飛び膝蹴りを食らわせてやった。
すげぇ、気持ちいい。
吹っ飛ぶ豚。鳥山さんは信じられないほどの反射神経でそれを避け、何事かと目を丸くしている。愛流と委員長はポカンと口を開けていた。俺を中指を立てて、倒れる汚泥に踵おとしを食らわせた。
「ふげっ」
おもちゃのターキー人形みたいな声をあげてから、こっちを睨み付ける汚泥。
「だ、誰だ、てめぇ」
「天王州愛流のストーカーだ!」
「はぁ!?」
口をあんぐり開ける汚泥を助けようと、彼の警備が俺に駆け寄ってくる。
あー、ミスったな。さすがに考え無さすぎたか。小さく覚悟を固めた俺の目の前で、世話役のはずの鳥山さんが汚泥に馬乗りになって、彼を殴り付けていた。えー???
「この豚やろう!調子のってんじゃないわよ!」
「千歳さん!」
それに駆け寄る委員長。さすがにやりすぎだろ。つうかこの場だと沼袋家が一番偉いんじゃないのか?
「俺にも殴らせてください!」
委員長は嬉々として拳を固めている。カオス。
「て、てめ、ら、ちょっ」
汚泥の呻き声が響く。ちらりと後ろを見ると、沼袋家の警備は天王州家の警備に止められていた。まるでプロ野球の乱闘のようだ。
俺はそれはぽかんと見ていたが、すぐにマズイことをやっちゃったことを思い出しトンズラこくことにした。委員長と愛流さえ黙っていてくれれば、俺の面が割れることはない。二人を信じよう。そぉーとこの場を辞しようと歩みを進める俺の裾を着物姿の愛流が掴んだ。
「は、離せ、用事思い出したんだよ!」
おいおいおいおい、頼むから逃げさせてくれよ。ここで逃げなきゃ俺の一生が
台無しになるかもしれないんだよ。
「僕もいく」
「は?」
「僕も郁次郎についていく」
「いや、駄目だろ」
「うるせェ!!!いこう!!!」
「またそれかよ!わかったよ、めんどくせぇな!」
二人でこそこそ退室する。楽しそうに汚泥をぼこぼこにする委員長と鳥山さんに、互いが互いを押さえつけているSPの皆様。はたから見てる分には喜劇のようである。
観客ならもうしばらく眺めてたいところだけど、残念ながら、おさらばさせていただきます。