1:アイルと宇宙と新入部員(1)
どうでもいいですが、ストックがこれにて終了です。
綴っていた第三話は不手際により消滅してしまいました。
書き直します、がんばります。
やってられっかーー!!
(3/23、元タイトル・プラネットウェイプスより変更)
改札を潜ろうとポケットから定期を取り出したところ、申し合わせたように鈴を鳴らしたみたいな声が背後からかけられた。
「いくじろー」
聞き間違えるはずもなく、我が幼馴染み、谷崎琴音に相違ない。振り返ると手をブンブン振りながらこちらに駆けてきているところだった。
「つかれたー」
俺に追い付き、前屈みで呼吸を整えている。
「朝っぱらから元気溌剌だな」
「先に行っちゃうなんて酷いじゃない」
「……別に約束してないし」
加えて言うならそんな習慣もない。幼馴染みが朝起こしてくれるとか、どこの幻想だよ。
「おばさんにもう家出たよ、って言われて慌てて追いかけたんだから」
「そんな記念すべきイベントがあるなら前の日にアポイントいれといてくれ!」
「いべんと?どういう意味よ?」
自らの心情を吐露しすきた。憧れのシチュエーションを逃すなんて、というお馬鹿120パーセントの邪な感情だ。まぁ、いっしょに登校というのもポイント高いからいいけど。
「いや、なんでもねぇ。そんでどうした、なんか用事があるんだろ?」
「そうよ、そう。ほらこれ」
谷崎は鞄から数枚のプリントの束を取りだし、俺に差し出した。
「なんぞこれ、リスト?」
一組から順々に名前が書いてある。疑問なのは数名の名前の横に赤ペンで丸がつけられていることだ。そんなかに自分の名前があることに気付いてどきりとする。
「昨日約束したじゃない」
「うむ?」
「娯楽ら部の勧誘リストよ」
凄くいい笑顔で俺の不安を払拭させた彼女はまた新たな不安を植え付けた。
なんて最悪な赤ペン先生。FBI捜査官リスト並みに不吉だ。
電車に揺られて数分、学校の最寄り駅に到着した。キオスクで昼食のパンを購入し駅構内を出て、一路羽路高校を目指す。本格的に授業が始まりだしたのだ。幼馴染みと馬鹿げたことにうつつを抜かす暇はない。黙ってれば誰もが羨む美少女なのに、頼むからこれ以上要らぬ心配を増やさないでほしいところだ。
「これって入学の時に配られたクラス名簿だよな」
電車に乗る前に渡されたリストを歩きながら取りだし、もう一度目を通して見る。
通学路は制服を着こんだ連中の大名行列みたいになっていた。パリッと新しい制服に身を包んだ一年の表情はみな晴れ晴れとしていて、その一方、俺の憧れのスクールライフへの第一歩を踏み外した感は否めない。
「チェック入ってる人が勧誘対象の有力候補なんだよな」
「ええ」
首肯する。だったら俺のチェックを外してくれ。
「どんな基準でチェックいれたんだ?」
丸がつけられた生徒たちにこれと言った共通点は見られない。男女比もバラバラだし、クラスごとに選ばれた人数もまちまちだ。
「6組なんて一人もチェックはいってないじゃん。あ、もしかしてもう既に部活入ってる人は除いたとか」
「名前がかっこいいひと」
「……」
1組、天王洲愛流、龍造寺海月、六角海星、島津いるか、大友心太……。
一組だけでお腹いっぱいなラインナップだ。チェック入った人たちには悪いが、海洋類が約三名いらっしゃる。なんだよクラゲにヒトデにイルカ、ところてん!?もはや隠す気ゼロだなっ!?
「珍しい苗字と名前の人を優先的に勧誘した、ってわけ?珍名クラブでも作る気か?」
「だってほら、苗字かっこいいと選ばれし者、みたいな感じするじゃん」
「おめぇ、『谷崎』だろ」
「……」
多くはないが決して珍しい苗字ではない。
「でも、郁次郎は『海野』じゃん。珍しいじゃん!」
「そうかぁ、けっこういるだろ。って、俺はまだ入部してないっての!」
あっぶねー、普通に流されるところだったぜ。
「それに、珍しい苗字のなかに普通の苗字が混じれば紛れてわからなくなるわ。谷崎だってきっと!」
「よけい浮くっての!」
「でねっ、私がいま一番注目してるのがこの人」
俺の言葉を無視して、プリントの一名を指差す。
「よりにもよって『天王洲アイル』かよっ!」
あぁ、突っ込まないようにしてたのに!
憂鬱な現状に頭を抱えながらも、時間はジクジク過ぎていく。というわけで中休み、件の天王州さんをサンクガーデンに呼び出したという報告にガックリ肩を落としながら、俺たちはベンチに腰掛け、彼女が来るのを待っていた。そういとこだけ無駄に行動力あんね。
「天王洲さんは、かの有名な16財閥の一つ愛流コンツェルンの末裔で英才教育を施された天才美少女なのよ」
待ち合わせまでの間、天王州愛流なる人物の基本情報のレクチャーを受ける。
ひょっとしてギャグで言っているのか?愛流コンツェルンなんて聞いたことないぞ。
って、おもっくそバカにしたら事業内容をこと細かに説明された。割愛。
「ともかく愛流さんについてね。一人称は『ぼく』、双子で妹。一組ではクラス委員長を務めてて、容姿はかなりの上玉、黒髪ロングでスタイル抜群。性格は若干天然が入ってるらしいわ」
「一人でどれだけキャラ立てするんだよ!欲張りすぎだろ!」
「ねっねっ!絶対欲しいでしょ?」
「そんなやつが近くにいたら俺の個性が無個性になっちまうじゃねぇか!」
「天王州さん一人で百人力よ!倶楽部に絶対必要なの!そう思わない?ねぇ!?」
物凄い勢いで同意を求められる。
「いや、まてまてまて、そんな完璧超人、まだ設立されてもない部活に入ってくれると思うか!?」
「ふふふ、ネゴシエーターの血が騒ぐわね」
「お前のオヤジ市役所公務員じゃねーか!」
母親は専業主婦である。
「あっ、きた!」
「交渉はてめーがやれよ!」
絶対断られるだろうけどな!
ふわりと春風をまといサンクガーデンに現れた少女は、まるで文学作品のヒロインみたいな清純さをその身から溢れさせていた。腰まで垂れたつやのある長い黒髪、肌はきめ細かく雪のように真っ白だ。深窓の令嬢といった体、蝶よ花よと育てられてきたに違いない。
頭で彼女のステータスを反芻してみる。
委員長、妹(双子)、お嬢様属性!ロリ巨乳(たったいま判明)。
「僕を呼び出したのは君たちかい?」
加えてぼくっ娘。リアルで会うと痛々しいとは聞いてはいたが、別段気にはならない。アルル以外に嫌悪感を抱かない人物がこの世にいようとは!
彼女は少しも不機嫌そうな表情をせず、不気味な穏やかさをもって俺たちにそう問いかけた。
「ええ、私は二組は谷崎琴音。こっちの呆けてるのが海野郁次郎よ、よろしくね」
「僕は一組の天王州愛流」
右手を気さくに差し出してくる。それを谷崎は両手で受け取りブンブンと上下に揺らした。
「それで用というのは?こう見えてもなかなか忙しくてね。要件は手短にお願いしたいんだが」
「合点承知の助。それじゃ単刀直入にお聞きするわ。天王州さん、ズバリ、グラブに入ってる?」
まじで核心ついたな、と横で感心する。その質問に一瞬キョトンとしていた天王州さんは、数秒してから妙な笑みを浮かべた。
「これは勧誘かな」
はやくも感付かれたっ!返答次第で、勧誘自体なかったことにされる。でもどう答えていいか、わからない。極限まで張りつめた空気のなかで、谷崎が選択した答えはっ……、
「えぇ、娯楽ら部にはいって!」
偽らないことであった。
ストレートに吐き出された谷崎の回答に天王州さんは数秒ポカンとしていた。
「娯楽ら部?聞いたことのない部活だが」
「古今東西三千世界、娯楽を通じ無明の煩悩を追求する、古来より続く、由緒正しき部活よ!」
もしかして相手がお嬢様だからそれに合わせて活動内容もパワーアップしてるのか?
「僕か覚えている限り、そんな部活はなかったような気がするんだが」
「メンバーはまだ、私と、そこの郁次郎と天王州さんしかいないわ。だから今なら望む地位を与えることが出来るってわけ」
ナチュラルにメンバーに加えられている俺と天王州さん。
「む。三人、ということはまだ設立されてないじゃないか」
「そこに気づくとは……やはり天才か……」
よいしょをやめろ!普通気づくよ!
天王州さんは思案顔になって、口を引き結んだ。痺れをきらせたのか谷崎はワンオクターブ高く、声をあらげる。
「今なら副部長の地位を進呈するわ」
「……」
「え、永遠の安心感も……」
「……」
「うっ、っ、ぶ、部長も、考えようによっては譲る、けど?」
おずおず相手の様子を伺う谷崎。断るに決まってるのに、まったくもって惨め、
「いいよ」
「本当っ!?」
まさかの快諾っ!?
ど真ん中をホームランで返されたみたいにあっさりしている。
「君たちが僕の野暮用を手伝ってくれたらね」
とまぁ、そんな甘い話があるわけないってか。
「交換条件ってわけね。いいわ。言ってみて。こう見えてもウチの郁次郎はクエストクリアが元来の趣味なの」
モンハンの話である。
「お言葉に甘えさせてもらうよ。僕はね、宇宙人に会いたいんだ」
聞き間違いか?
「え、宇宙人?」
「地球外生命体でもいい」
「いや、まて落ち着け」
人任せて突っ立っておこう考えていたのに、思わず声を出していた。
「何て言った、いま?」
震える声で、そう尋ねる。
「耳悪いわね郁次郎、天王州さんは宇宙人って」
「谷崎にはきいてねーのっ!」
少し黙っていてくれ。というかなんでこいつは平然と受け止めてるんだ!?
「エイリアンだよ、君。僕は宇宙人に会いたいんだ」
「いやいやいや、無理無理!いないって!」
「むぅ、仕方無いな、UFOでもいい」
「そういう話じゃねぇ!」
この人電波や。サイコ!
「宇宙人?地球外生命体!?初対面で悪いけど、そんなもの見つかるわけないじゃないですか!」
「やってみなければわからない。世界には無限大の可能性が溢れているとおもわないかね?」
「もし宇宙人がいたらNASAかJAXAがとっくに見つけてるって」
「陰謀論をここで論じる気かい?」
不敵な笑みで、俺のことを見返す。柔らかそうな頬にピンク色の唇、思わずギュッと抱き締めたくなったが、まだ捕まりたくないので、グッと我慢した。
「仮に宇宙に生命体が存在しないと仮定しよう。すると、どうだ?我々は?我々は地球人である!広い宇宙をマクロ的に俯瞰したとき我々こそが宇宙人の存在証明なのだよ!」
な、なんだってー!という前に、
「あんたバカだろっ!」
思わず叫んでしまっていた。
「バカでけっこう!ドレイク方程式におけるレアアース仮説なんてくそ食らえだ!フェルミのパラドックスがあるだろう!」
「知らねーよ」
さっきからなに不思議な呪文唱えてるんだ?この人。
「文明進化は人類の衰退を意味するのだよ。高度な科学力をもつ異性人に頼らなくては、地球はこのままではダメになってしまうんだ!」
アイタタタ。右手で軽く額を押さえて、俺は静かに頭を抱えた。僕っこはギリギリで許せたけど、真正電波は俺にはちょっと辛すぎた。
天王州愛流は俺の態度が気にくわないのか、微かに頬を膨らませた。
「君たちはいつもそうだ。僕がこの話をするといつも頭を抱える。訳がわからないよ」
「あ、いえ、ご高説痛み入りました」
できるだけ笑顔でそう告げて、背後の谷崎の肩に手をのせ、耳元で囁く。
「おい、わかってると思うけど、この人をメンバーに加えるのは」
「ええ……」
神妙な面持ちで彼女は顎を引いた。君子危うきに近寄らず、電波に関わるのは大変危険。さすがに谷崎にも分別というものを弁えて、
「手伝うわ!宇宙人探し!」
「本当かい!?」
あぁ、薄々感づいてたよ。谷崎も若干電波だって。
「ええ、ただ娯楽ら部の件も」
「ああ、ギブアンドテイク、君とは仲良く成れそうだね!」
あんぐり開けすぎた口が塞がらない、なに?なに?俺がアウェイなの?
「たーにぃざぁきぃ!!」
イントネーションはナースのお仕事で朝倉を呼ぶときとの発音と同じである。
「宇宙人探しってまじでいってんのか!!」
「郁次郎だって、天王州さんの話を聞いて理解したでしょ?」
「は?」
「宇宙人は地球に来ている!」
「……ああ、まったく理解しないということを、理解したよ……」
もう、だめかもわかんね。