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ノンゲーム!  作者: 上葵
18/54

17:放課後限定クラス

うん、最近おちないね!(受験生にむけて)

 もうすぐ高校に入ってはじめての期末テストが行われるのだけど、自身の理解度にいまいち不安を覚える俺は、放課後教室に居残って谷崎に数学を教えてもらっていた。テスト一週間前は部活動が停止させられるので、部室が使えないのだ。

 ちなみに愛流と瑠花の二人もいて、いっしょにテスト勉強をしている。端的にいってしまえば勉強会というやつだ。

「だからぁ、xに3を代入してこっちの公式通りに解いていけば、答えが出るでしょ」

 何回も同じとこを間違える俺に谷崎は少しだけ苛立たげに、ペンでノートをこつこつ叩いた。

「おう。全然わかんねぇ」

「もう、なにがわかんないのよ」

「なにがわかんないのかわかんないから困ってんだろ」

「なんで逆ギレぎみなのよ」

 ため息をつかれる。

 努力はしてるんだよ?

 だけど、頑張りが全て報われるとは限らないんだ。

「あぁ、もうなんで数学なんてやんなきゃいけないんだよ。四則演算ができりゃそれでいいだろ!」

「でも郁次郎引き算怪しいじゃない」

「……」

 言っていいことと悪いことがある。

 数学ってのはどんなに考えても全然答えが見えてこないから嫌いだ。暗記科目ならそのまま努力が反映されるし、やればやるほど先に進めるからいいのだけど。

 ちらりと横で勉強している愛流をみる。彼女はいま瑠花に歴史を教えてもらっているところなのだ。

「で、明智光秀が織田信長を裏切ったわけです。これが本能寺の変。俗にいう三日天下の始まりです」

「変? ん? ……なんか変じゃない?」

「なにも変じゃありませんよ。あ、いえ、これは変ですけど」

「いや、だって普通は乱とかだろ。なんで変? 変じゃん」

「いえ、ですから本能寺の変は変という意味じゃなくて政治上の事件のことを変というからその変なんです」

「それだったら乱とかのほうがわかりやすいのに、なんでわざわざ変って漢字にしたのかな。やっぱ変だよ」

「そこは割りきって覚えてくださいよ」

「むぅ。納得いかないな。変だよ。こんなの」

 もう変という漢字がデシュタルト崩壊してきたよ。瑠花はアヒル口の愛流をおいてけぼりにして話を進めた。

「それでこれが起こったのが1582年6月 2日。語呂合わせで『いちごぱんつ、むにぃー』って覚えてください」

「そんなの変だよ!」

 それは俺もおかしいとおもう。

「覚えやすくていいじゃないですか。いちごぱんつはロマンですし」

「全然ロマンじゃないよ。そもそも年号覚えて役に立つのかい!?」

「本能寺の変の年号からは、懸垂しながら告白するとうまくいく、ということが学べます」

 まじで!?

 勢いに負けて言葉を濁す愛流だったが、

「てか明智光秀って誰。 いきなり出てきて裏切ったって言われても、僕のなかの登場人物は織田信長と武田信玄だけなんだけど。 ……そういえば武田はどこにいったの?」

「死にました」

「いつの間に!?」

「うーん、そうですね。歴史は流れですし、教科書通りでは理解しがたいところがありますよね」

 瑠花は呟くと、日本史の教科書をぱらぱらとめくり、顎に手をあてた。

「では信長中心の戦国時代を流れで説明しますね」

「おお、さすが瑠花。頼むよ!」

「いまは昔!」

「あ、それ知ってる。古典で習った」

「織田信長というものありけり」

「竹かりいくんでしょ?」

 かぐや姫混じってるね。


「郁次郎、問題に集中してよ」

「ん、あぁ、すまんすまん」

 谷崎に注意され、机に広げられたワークに再び目を落とす。

 開け放たれた窓から初夏の爽やかな風が吹き込んできていて、カーテンをいたずらにはためかせていた。

 今日は曇りでそれほど暑くなかったから、頭を動かしやすい気温なのだけど、やっぱり数学に関してだけは問題に集中できない。

「だめだぁー、どんなに考えても『=(イコール)』までしかとけねぇ」

「一問も解けてないわよ」

「途中点もらえればなんとか」

「もらえるわけないでしょ」

「竹中先生を信じようぜ。あの先生は良い奴だって」

 と、冗談を言っていても始まらない。問題に集中しなくては。

 いつぞや音楽の授業中、人の集中をさんざん邪魔した愛流でさて勉強しているのだから、と横に目をやる。


 黒板には人物相関図が描き出されていた。

「信長の妻、濃姫と明智光秀はイトコなんです。ここらへんで確執があったんだと私は睨んでいます」

 瞳をぎらつかせて、信長の隣に書かれた『妻・濃姫』を指差す。

「おー、つまり光秀は濃姫が好きだったんだね。三角関係があったと」

 愛流は黒板をバンと叩いた。

「いえ、信長は蘭丸を愛していたんです」

「ん? 誰?」

「信長の小姓の美少年です。森蘭丸。信長と蘭丸は相思相愛でした」

「ん? んん? その、蘭丸? は男なんでしょ?」

「えぇ。戦国時代の武将はほとんど男色ですから」

「男色……、ってなんだ?」

「ホモです」

 しれっと言うなぁー!

「えっ、同性愛ってことだよね?」

「ボーイズラブですよ」

 戸惑いの表情を浮かべる愛流とは対照的に瑠花はすごい楽しそうだ。

「そこで話をもどしますが、光秀も信長を愛していたんです」

「え? 濃姫はどこいったの!?」

「濃姫? あぁ、忘れてください。信長も昔は光秀のことを重用していたみたいなんですが、蘭丸が小姓として信長に召し抱えられるようになってから、二人の愛はすれ違うようになったんです」

 注釈・あくまで瑠花の想像であり、実際の歴史とは一切関係ありません。

「そこで、光秀は手に入らないなら、いっそ……と信長を討ちにかかったんです。これが本能寺の変。大切だから覚えてくださいね」

「う、うん」

 間違った歴史を教えられてるぞ!

「さ、小話はおわりにして、そろそろテスト範囲の勉強しますか。教科書開いてください」

「っていままでの範囲じゃなかったんかいー!」

 おもわず突っ込んでしまった。


 俺のいきなりの乱入にも一切怯むことなく瑠花は黒板消しで文字を消している。

「当たり前じゃないですか。一年生の一学期で戦国時代を授業で扱うはずありませんよ。せいぜい飛鳥時代までです」

 貴重な勉強時間を趣味の流布に使ったらしい。

「俺もなんかおかしいなぁー、とは思ってたけど、愛流はそれでいいのかよ」

「ん、まぁ、土偶の話よりは楽しかったよ」

 お前がいいなら、それでいいんだけど。


「もうっ、郁次郎はちゃんとこっちに集中してよ!」

 声を荒らげた谷崎が、机を叩き立ち上がる。

「そんなんじゃ、赤点とっちゃうわよ!!」

 集中出来ないのだから仕方ない。

 例えば、テレビでコント番組が放映されているとして、勉強に集中できるだろうか。否、出来るはずがない。テレビならスイッチを切ればそれでいいけど、目の前でお笑い芸人が即興でネタ見せしているとなったらそうもいかない。

「ま、仮に赤点でも、紙飛行機にして明日に飛ばせば、それでいい気がするし」

「なにそれ意味わかんない」

「む。これがわからないなんてジェネレーションギャップか? 同い年だけど」

「もぉう、真面目にぃ!」

 頬を膨らませ、ぷりぷりと怒られる。悪いのは俺じゃなくて世間だ。


 谷崎の視線に急かされるように、テキストと向き合う。

 数字と記号のワルツを解きほぐそうと、ペンを軽く走らせてみるが、数秒で動きを止まってしまう。不思議だ。

 どんなに考えても答えが出ない問題がこの世には存在する。たったひとつの真実さえ、暴けない私は大人失格なのでしょうか?

「サレンダーだ」

 冷めた瞳のまま、俺は静かに呟いた。

 気にくわない谷崎の視線をブッチして、机にうなだれる。

「人間、出来ることと出来ないことがあるんだ。おれ、試験は諦めるよ。わかんねぇーもん。こんなの」

「諦めたら試合終了よ。最初からじっくり教えてあげるから」

「まだ焦るような時間じゃないって。数学より保健体育の勉強しようぜ」

「郁次郎、保体は何しないでも百点とれるじゃないの。いいから苦手克服」

 実技に不安が残るといったらセクハラ発言になるのだろうか?

 ゆっくり顔をあげる。心配そうに俺を覗きこむ谷崎の澄んだ瞳と目があった。

「わかった、わかった。やってみるよ。竹中先生だって鬼じゃないんだ。きっと努力は評価してくれるはずだしな」

 解けない問題でも、途中式に努力を散りばめておけば、三角形は貰えるはずなのだから。

 ああ、でもこんなときにコンピューターペンシルがあれば楽できるのに。努力しないで結果が得られるのが一番なんだから。

「って、なにノートのすみに落書きしてんのよ!」

 谷崎に指摘されて気がついた。あれ?

 一生懸命に綴ってた公式がいつの間にか愉快なイラストになっていた。

「ち、違いますぅ!これは美術の試験勉強ですぅ」

「ムキムキマッチョのドラえもんのどこが試験勉強なのよ。それに今度の試験範囲、美術史だから!」

「俺の目に風景は全部こう見えたんだよ。真実写すのが写実主義だろ」

「眼科いった方がいいわよ、って根本的に、郁次郎の選択科目、音楽じゃないの」

「あ、そうだったな」

 うっかりしてたよ。

 はっ、と思い出したから、俺は荒々しく席を立ちあがり、拳を天に突き上げた。

「ロックンロール!」

「どうしたの!? 今日なんかノリ変よ!?」

 変にもなる。

 使ってない脳細胞を数学で燃焼し、まさしく思考回路はショート寸前、なので、バカやって冷まさないと、おかしくなってしまうのだ。

「おら、愛流! ロックンロールの練習するぞ! パンクロックだ!」

 ジト目でこっちを見る愛流。同じ芸術科目の選択に音楽を選んだ同志とは思えない冷たい瞳だ。

「いや、音楽は実技と音符の種類だから」

「そういう型をぶっ壊すのがパンクだろ!」

「た、たしかにっ!?」

 うわっ、納得しちゃったよ。

「おーし、僕はパンクロッカーになるぞぉー。勉強なんてポイだっ!」

 手に持った教科書を机に置く愛流。ただ単に勉強したくないだけなんだろうなぁ、こいつ。

「んで、郁次郎。パンクロッカーってなにすればいいんだ?」

「いや、知んねーけど、語尾にファックとかマザーファッカーとか汚い言葉付ければいいんじゃね?」

「意味がわかんないファック。もっとかいつまんで説明してくれマザーファッカー」

「てめー! バカにしてんのか!」

「君がつけろって言ったんじゃないか!」

 本場なら銃撃戦だぞ。


 俺らが不毛な会話を楽しんでいると「もおう! ちゃんとやってよー」と谷崎が手を叩きながら、合唱コンで真面目に歌わない男子を注意する委員長みたいな感じで割り込んできた。

「いま郁次郎と愛流が無駄に過ごした二分間をどれだけ有意義に使えたと思う?」

 お前は校長か。

 若干、嫌み混じりの口調に、愛流は首を捻っている。

「ん? どういうこと」

「その二分間で年号を一つ覚えられたのよ。そう考えると時間って大切だと思わない」

「はっはっは、琴音。僕の記憶力の悪さを甘く見てるね。例え一つ覚えたとしても一つ忘れるから意味無いのさ!」

「なんで誇らしげなのよ! 学生のうちにちゃんと勉強しとかないと、将来常識のない大人になっちゃうんだからね!」

「むっ」

 谷崎に怒られて、しゅんとする愛流だったが、目線を明後日の方向に向けて、唇を尖らせながら、ボソッと呟いた。

「僕は勉強できないけど、常識はあるもん……」

 いままでの自分が常識あると思ってるならだいぶ常識ないよ。

「たぶん、この部で僕が一番の常識人だもん」

 いや、俺だから。

「だから、勉強しなくて、いいんだもん」

 見事な三段論法だ。

「非常識だなぁ」

「非常識じゃない」

 すねた子供のような口調から、いつもの理路整然とした口調に戻って、愛流は俺を見た。

「頭の使い方は間違いなくスムーズだし、何事においても冷静に対処できる自信がある」

「都道府県全部いえんのかよ?」

「言えるよ」

「県庁所在地全部いえんのかよ?」

「言えるよ」

「日本の市町村全部いえんのかよ?」

「言えるよ」

「お前すごいな」

「んふっふー。そうだろー」

「ところで日本の不景気はどうすれば改善すると思う?」

「お金をいっぱい刷ればいいんだよ!」

 紙幣をたくさん刷ると、もの自体の価値は変わってないのに、紙幣の価値は下がってしまう。極端な言い方してしまえば、一枚のチョコレートを買うのに一万円札を何枚も必要になる収集のつかない状態になってジンバブエ。

「お前、バカだろ」

「むっ!」

「インフレーションじゃんか」

「いんふ?」

「ハイパーインフレーションじゃん」

「?」

「お前、バカだろ」

「なっ、あ、あったまきたぁ!」

 愛流は口を大きく開け、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がった。

 そのままつかつかと俺のとこまで歩いてこようとしたみたいだけど、途中床に放り出された鞄に躓いて、

「ふべっ」

 こけてしまった。

「お、おい大丈夫か?」

 さすがに心配になって、慌てて身を乗り出して、彼女の様子を見る。

「あ」

 そこには女子高生のあられもない寝姿が!

 ぽかんと口を開けっぱなしにしてしまう。こ、これは!

「愛流大丈夫!?」

 谷崎はうつ伏せに倒れたままの愛流に駆け寄った。

「う、いたた……もう、誰だい! こんなとこに鞄を置きっぱなしにしたの!」」

「す、すみません! 私です!」

 瑠花は愛流の肩を抱き抱えるようにして、支えてあげた。

「ありがとう瑠花」

 よろよろと立ち上がる愛流。怒りはすっかり冷めたみたいだ。

 俺が言えるただ一つの真実は「イチゴパンツはロマン」ただそれだけである。







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