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ノンゲーム!  作者: 上葵
16/54

15:サナに理由も言うべきか(2)

 7月初旬の空は、どこまでも広がっていて、涙が出るくらい青く澄んでいた。

「この先ね」

 俺の斜め前を歩く制服姿の幼馴染み。握られた携帯端末の画面には、この辺りの地図が表示されている。

「でもどうしよう郁次郎。私、自信ないよ」

「んなこといわれてもなぁ……」

 季節は初夏に向けてどんどん暑くなっていく。空は雲ひとつなくとても過ごしやすい気温だ。

 絶好のハイキング日和だと言うのに、俺は谷崎と一緒に無駄に閑静な住宅街に来ていた。

 そもそも言い出しっべは彼女なのだ。ただの一生徒である俺たちが、引きこもり少女を学業復帰させるなんて不可能に近い。下手すりゃ警察呼ばれる。

「あのね、いま、諫山さんち、佐奈ちゃんしかいないの」

 顔も知らぬ上級生を気さくに下の名前でよぶ谷崎。

「なんでお前がそんなこと知ってんだ?」

「先生から親御さんに連絡してくれたんだって。友達が遊びに来るんだったら、親はいないほうがいいだろって、外出してくれたのよ」

「……めっちゃ責任重大じゃん」

「さすがに緊張してきたわ」

 もう、なるようになれ。

 谷崎の行動はハタから見てるぶんには面白いんだ、傍観者決め込んでやる。

「あ、ここだわ」

 携帯のナビを停止させ、彼女は一軒の豪華な家の前で立ち止まった。

 隣の敷地の二倍はあるだろうか、青々とした芝生の庭に、清潔感溢れる白い外壁、ザ・金持ちって感じ。

「すご……」

 感嘆に似た息を漏らす。

「めっちゃ金持ちじゃん。諫山先輩」

「そうね。私てっきり家庭の事情でやむなく留年したのかと思ってたけど、違うみたい」

 学業についていけなかった、の次にポピュラーな留年理由、学費問題は当てはまりそうもない。

「留年の理由教えてもらってないのか?」

「聞けるわけないじゃない、そんなプライベート。それにこれから友達になる人を詮索するなんてナンセンスだわ」

 そういって彼女は、表札の横にあった玄関チャイムを指で力強く押した。

「あーーーー!」

 ポーン、という音が茶色い扉の奥から響く。門の前であたふたする俺。

「おま、おまっ! おまっ! こ、心の準備くらいさせろよ!」

「結局訪ねるんなら早いほうがいいじゃん」

「にしても思い切りよすぎんだろ! ちょっとは物怖じしろよ!」

「んー、そうね、まぁ、なんだかんだで愛流んちのほうがデカイから、ふっきれたわ」

「まじかよ! これよりでかいの? はんぱないな、天王洲愛流!」

「もう、騒ぎたてないでよ、郁次郎。恥ずかしいわ」

 俺が一種のパニックに陥っていると、やがて、チャイムに附属されたスピーカーから「はい。どちらさま?」と掠れた声が響いた。

 やべぇ、諫山佐奈先輩、予定通りご在宅だよ。

「あ、はいー。ピザ屋ですぅ」

 鼻をつまみながら、その声に対応する谷崎。しかも、スピーカー上のカメラに映らないようブロック塀に背中つけている。ピザ屋? なにいってんだこいつ。

 突っ込もうとする俺に、谷崎は唇に人指し指をあてた。どうやら私に任せろ、と言いたいらしい。不安しかない。

「ピザ? 頼んでないはず」

「簡単なアンケートに答えてくれるだけで、Mサイズ無料券をお配りしてるんです」

 しかも声音を変えながら、チラシから切り取ったらしい、配達人のヒトガタをカメラの前でヒラヒラさせている。

 うん、黙って見守ると決めた以上、口出しはしないよ。

「……いま、開ける」

 ブツ、という音がして通話は切れた。

「ふぅ。ミッションワン、クリアね」

 と同時に安堵の息をつく谷崎。

「おい、どういうことだよ」

「んっふふー。いきなり学校の生徒が訪ねてきても佐奈ちゃんも警戒して開けてくれないと思ったの。だがら、ピザ屋になりすましたのよ」

「はぁ?」

「ほら、引きこもりならピザ頼むじゃない?」

「なにその偏見」

「それにこれもやってみたかったし」

 顔の横で紙人形をぺらぺらさせる。

「うまくいってよかったわ」

 モニター見てなかっただけだろ、と幸せそうな笑顔に投げ掛けるのは野暮なことだ。


 ガチャリという音ともに、壁にもたれ掛かるように現れたのは俺の想像の斜め上をいく人物だった。

 引きこもるようなやつだから、それなりの容姿をしてるに違いないと決めつけていたけど、沓抜に立っていたのは、光輝く美少女だったのだ。

 語彙がなくて申し訳ない、とにかく俺の好みのドストライク、いまだかつて感じたことのない奔流が全身を飲み込む。一目惚れに近かった。

 長いボサボサの髪に、スウェット、それだけなら間違いなくただの引きこもりだが、彼女の肌は紫外線に当たらないからだろうか、透き通るように白く、表情は仮面のように整っていた。華奢な体つきにも関わらずスレンダーで、まるでモデルように薄汚れたスウェットを着こなしていた。

「こっんにちはー」

 諫山先輩に見とれる俺の横で明るく元気に谷崎が挨拶する。

「私の名前は谷崎琴音、隣の男子は海野郁次郎。娯楽ら部員よ、以後よろしく!」

「……?」

「私のことは気軽に琴音って呼んでね。私は佐奈ちゃんって呼ばせてもらうわ」

 展開についていけないのだろう、ぼんやりとした様子で先輩は、

「ピザ屋さんは?」

 辺りをキョロキョロとうろんな瞳で見渡した。

「アレは私の嘘よ」

「うそ?」

「ふふ、ただの後輩じゃドア開けてくれないと思ったからね!」

「あ……羽路高生……」

 俺たちの着ている制服に目を止め、ぼそりとささやくと、瞳を大きく見開いた。

「しかも、カップル。眩しすぎる」

 パタンと扉を閉められた。続けてガチャんと鍵をかける音が続いて響く。

「あ」

 谷崎は一瞬の出来事で呆けていたが、すぐに、

「逃げられちゃった」

 と落ち着いた声で肩にかけた鞄をまさぐりだした。

 数秒の対面だったが、驚きに充ちていた。諫山佐奈、羽路高校の二年生、引きこもり生徒。これだけのプロフィールで良い印象はもたないけど、実物はあんなに素晴らしいものだとは。俺が今まであったことのないタイプの美人だ。

 庇護欲をそそるきめ細かい肌に、どことなく天然っぽい性格。娯楽ら部のカシマシ三人娘が霞むほど、好みのタイプすぎてやばい、そりゃ、二年三組の四天王に選ばれるわ。

「どじゃーん」

 俺が諫山先輩の輪郭を思い返す横で、頭にくる効果音を口ずさみながら、谷崎は鞄からなにかを取り出し空に掲げた。七月の柔かな陽光を浴び、きらりと光るそれは、

「鍵?」

「ええ、鍵よ」

「なんの鍵?」

「最後の鍵」

「はあ?」

「閉ざされた心の扉を開け放つ、最強の魔法アイテム、キーブレード」

「最後の鍵じゃねぇのかよ」

 俺が呟くと同時に、谷崎は門を勝手に開け放ちスタスタと敷地内に入っていった。

「て、おいおいおいおい! さすがに不法侵入はまずいだろ!」

「大丈夫よ、問題ない」

 決めがおで彼女は続けた。

「先生から合鍵を預かってきたの。諫山さんのご両親がこうなることを見越して、私に託してくれたのよ」

「いくら親の許可があるからって、佐奈先輩の許可、もらってないし」

 と、口で言いつつも、先ほどの彼女とまた会えるということで俺のテンションは静かに高揚していた。

「佐奈ちゃんの心の扉にアバカム!」

 変なことををのたまいながら、鍵穴に差し込み、それを捻る。すんなり開いた扉を後ろ手で閉め直し、玄関への侵入に成功した。

 へたすりゃ玄関だけで独り暮らしできそうなタタキで靴を脱ぎ、いい香りのするリビングに進む。人気はなく、しんとしていた。

「ふむふむ。リビングにいないとなると自分の部屋かしらね。さ、上に行くわよ」

「二階? なんでまた」

「一人娘の部屋は二階と相場が決まってるものよ」

「なんて安直な考え。それに、流石にこれ以上は……」

 いくら世帯主からの許可をもらってるとはいえ、罪悪感が晴れることない、のだけど、

「ハリアップ、郁次郎ー!」

 もうね、谷崎大好き。罪悪感よりも好奇心のほうが数倍勝っている。


 やわらかな絨毯が敷かれた階段を登り、二階へ上がった俺たちは、すぐに「さなの部屋」とかかれた扉を見つけることができた。マジであったよ。

「佐奈ちゃーん、あそぼー」

 谷崎が、ほとんどホラー映画みたいなことをささやきながら、ドアノブを捻るが、鍵がかけられているらしく、扉が開くことはなかった。

「むぅ」

 不服そうに唇を尖らせる谷崎。ノックくらいしろよ。

「おーい、佐奈、野球しよーぜー!」

 中嶋っぽく遊びに誘っても、ドアは固く閉じられていて、開かれることはない。

「あなたは腐ったみかんじゃないのよ」

 横で見てるだけで張っ倒したくなる。諫山先輩がかわいそうだ。

「だ、だれ」

 ドアの向こうから怯えたようにたどたどしい問いかけが響いた。

「だから谷崎琴音だって。娯楽ら部部長よ」

「ごらく……? な、なにそれ、知らない」

「知らなくても、あなたの魂は理解しているはずよ。娯楽とは常に心のなかにあるものだから……」

 なんか良いこと言った風な表情してるけど、宗教勧誘みたいになってるからな。

「ま、取り合えずドア開けて二人の未来についてじっくり語り合いましょ」

「い、いや」

「もぉう強情ね。あけてよー、佐奈ちゃんー。オープンユァマインドぉ」

「い、いやだ。こわい。帰って」

 風に囁きかけるみたいな優しい声音を拒絶された谷崎は少しだけ苛立たげに続けた。

「んもう。例えるなら私が劉備であなたが孔明なの。つまりこれは三顧の礼」

「……ど、どーゆーこと?」

「ようは、あと二回変身を残してるってこと。この意味がわかる?」

「……」

「あっれー、無反応!? 鉄板のネタなのに!」

 ドアを隔てた問答はこれにて終了したらしい。あとはなにを話しかけてもうんともすんとも言わない状態。

「うーん、じり貧ね」

 谷崎は肩をすくめた。

 あのうさんくさい発言のオンパレードでどうにかなると思っていたのがおそろしい。

「こうなったら奥の手よ」

 彼女は鼻息荒く意気込むと、また声音を変えて、

「ちわーす。佐○急便です。Ama○onからお荷物お届けにまいりましたー」

 とアホな発言をした。

 ちらっとこちらに目配せすると、「引きこもりはネット通販」とぼそりと呟く。はい、また偏見。

「谷崎、あのな」

 あきれを通り越して感心したよ。

「いくら、なんでも自分の部屋の前に宅急便はこな」

「いま開ける」

「えー」

 ピザに続いて再び騙される諫山先輩。この人も頭がアレなのかもしれない。


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