9:絵描き唄とキャッチコピー
文化祭前の嵐の前の静けさ的雰囲気が大好きです。
だからどうのこーのってわけではありませんが。
新入部員募集中のクラブにおいて絶対にはずせないもの、簡単にいえば知名度である。
そしてこれを上げるのに有効な手段がひとつ、単純明快、ポスターの掲示だ。
貼られているだけで顧客を集めてくれる広告というものは便利だが、いかんせん、どんな構図でどのような口上を述べれば人を引き付けることができるのか、プロの広報でもない俺たちには少々荷がかちすぎる問題である。
それでもやらなくてはならない。
弱小文化部において必要なものは、なににおいても知名度なのだ。
というわけで、娯楽ら部でもポスターを描きましょう!
部長、谷崎琴音の提案に、各々が『娯楽ら部』にピッタシのキャッチコピーを考えてくるように命令された翌日、宿題を終わらせてきた部員一同が、片付け進行中の部室に会した。
机や椅子が散乱し物置の様相を取り戻しつつある我らが部室は埃臭く、ハウスダストアレルギー持ちなら入って三秒で泡をふく、そんな悲惨な状況であった。生徒会にバレないよう不法占拠を続けていることに、突っ込んではいけない。
「それじゃあ、それぞれ考えてきたキャッチコピーを発表していきましょう!一番素晴らしかったものをクラスの子に頼んでそれにあった絵にしてもらうから」
「つまり今回はポスターというより、部員募集中のメッセージを考えるわけですね」
「えぇ、私たちの中に絵心がある人がいれば話は早かったんだけど……」
前日。
絵心診断テストと称され、お題に沿った絵を描かされたのだが、どれもこれも酷い出来だったのである。
落ち込みかけた空気を切り替えるよう谷崎はメンバー全員にA4の紙を配り、それに考えてきた文句を綴れ、と花咲く笑顔で命令した。
「万人受けするメッセージじゃなくていいの。一部の人の心をグッと掴んで放さない、そんなポスターを造り出しましょう」
謎のガッツポーズ。
「あのぅ、それじゃ参考までに琴音はどんなキャッチコピーを考えてきたんですか?」
「私っ!?ワタシから聞いちゃう?んーでもどうしよっかなー」
渋っているようでそうじゃない、押しの一言を待つ谷崎は酷く滑稽な存在だった。
「順番は関係ありませんよ。トップバッターお願いします」
「もうしょうがないわねぇ」
瑠花に促され照れ笑いを浮かべながら谷崎は自分の手に持った紙を俺たちに見えるように立て掛けた。
『青春--飴色に輝く五月雨、西日に染まる校舎、静寂の中の静かな鼓動……そう、それは、学生時代の甘酸っぱい想い出……。忘れられない一時が、みんなの胸にも、きっとある。伝統重んじる熱きこの倶楽部で、黄金の時間を過ごしてみませんか?娯楽ら部ーーあなたがここにいてほしい (新入部員募集中、1年2組谷崎まで)』
紙にはびっしり、黒マジックで字が綴られていた。やけに長い時間かけてるなぁ、とは思っていたが、うぅむ、酷すぎる。
「どうかな?」
「なげぇよ」
照れたように言われても、それが人を引き付けられるとは思えなかった。
広告というのは端的な文章でダイレクトに脳を揺さぶらなくてはダメなのだ。
こうパッと目に入り、一瞬で意味を理解できるような。
谷崎は短いながらも奥深い、文章世界をミジンコも理解していない。
「えっ!?長い?これでもだいぶ削ったのよ」
彼女に集まる視線は冷たい。6行にも渡って無意味な文章が描かれるポスターなんて未だかつて目にしたことないからだ。
「原稿用紙3枚分を、やっとこれだけに納めたんだから!」
「それだけやって抽出された文がこれかよ!」
草稿の段階でしょうもないな!
「むぅ、私の知的で叙述的なキャッチコピーが理解できないだなんて、ずいぶん貧相な感性ね」
「もっと削るべきとこがあるだろ!大体これ、部員募集中っつう、括弧の中しか情報の伝達を行ってないぞ!」
「やれやれ。どうやら解説が必要なようだから、ひとつひとつ丁寧に説明してあげるわ」
彼女はそう言って、マジックペンを指し棒のように扱い始めた。解説が必要な時点でポスターとしては落第点ということに気づいてほしい。
「映画をイメージしたの」
「は?」
「じゃあ最初からやってくね!」
やる?やるとは?
一体なんの話をしているのだろう、今はあくまでポスターの話で、
「ブゥーーー」
「!?」
え?今の開始のブザーかなんか?
すごく良い笑顔で人が止める前に行動に移すのはやめてほしい。
「ドゥドゥドゥル、劇場での不正な撮影は法律でぇー」
「そういうのいいから」
「ノーモア映画泥棒」
変な決めポーズ。
なにこの愉快な人。
「あ、ちょっと照明落として」
「よかろう」
電灯のスイッチ近くに立っていた愛流は頼まれたとおりそれをOFFにした。室内の照明はカーテンを通した淡い光のみになり、辺りは白い空気に包まれた。なんにも上映しないのに、なんて 無駄な演出だろう。
咳払いをひとつし、ここからが本番といった感じの一段階低い、渋い声で彼女は続けた。
「青春……ブシュー、飴色に輝く五月雨、プシュー、西日に染まる校舎」
この人、文字が出て来るときの効果音、口でやってるよ!酷いよ!
「静寂の中の静かな鼓動……そう、それは」
「その取って付けたような『そう、それは』っているのかよ。台本とかならまだしも書き言葉だとサイコーにだせぇぞ」
「えー、『そう、それは』がないと盛り上がらないじゃない」
谷崎は唇を尖らせながらちらりと愛流と瑠花に視線をやった。
「ふむ。いるな」
「必要ですね」
ええぇー、やっぱり俺がイレギュラーなのぉ!?
つうかこれポスターの文面を考えるって話で映画製作とかじゃないからな。
「ともかく続けるわよ。『忘れられない一時が みんなの胸にも、きっと、ある』」
「……」
「ここでエアロスミス」
とりあえず、謝ろうか。
「全米が泣いた。グラミー賞、アカデミー賞、カンヌ映画祭に、出展?あっ、最多ノミネートっ!……、それからえっと手塚賞、ノーベル賞、んーと、皆勤賞?あと区間賞を取得」
思い付かないなら無理矢理いれんなや!
「ザッ・ぐぉらくらぁぶ」
劇場版の予告みたいな不自然なザッ。入れるんなら『娯楽ら部ザッムービー』みたいな感じにすべきだと……って、なに俺真剣に考えてんだろうね。
「忘れられない一時が、ここには ある」
不自然なタメが再び入ったかと思うと、蚊の鳴くような小さな声で「新入部員募集中、1年2組谷崎まで」とかなり早口で言ってのけた。そう、あくまで映画館での予告編みたいな、感じである。
「どう?」
「下手にクリエイティブを気取るとこんなんなるんだな」
「えっへへ」
誉めてねぇぞ。
「とりあえず私のはこんなもんよ」
やってやったって顔で、眉をくいっと誇らしげに動かす谷崎。部室はシンと静まり返っている。
「え?なにこの雰囲気」
お笑い芸人風にいうと、滑った、ってやつである。
「いい映画見たあとに訪れる、余韻、みたいな?」
「おめでたいな!」
俺のツッコミに首を捻る彼女を無視して、仕方がないのでこの場をしきらせていただくことにした。
「それで、他の面子はどんなん考えてきたんだ?」
「そうだね。僕のもなかなか自信作だけど」
言葉を区切り、一回鼻を鳴らしてから愛流は続けた。
「その前に郁次郎、君のを見せてもらおうか」
ワイングラス片手に部下に仕事を命じる悪の帝王みたいな手つきで俺を指差す。殺意しか沸かなかった。
「どうしてそんな流れになるのか全く理解できないんだが」
「僕のはオオトリだからさ。真打ちってのは、一番最後に登場するもんだからね」
「へっ、しょうがないな」
愛流は気付いていない。オオトリ=一番最後=オチだということに。
「俺のはこんなん」
脳内で『ででん』という効果音をつけながら、A4の紙を軽く掲げる。
テレビ見ながら考えたのだから、自分でも何を書いたかあまり覚えていない。
1、あなたのおはようからおやすみまでを見つめる、娯楽ら部、新入部員募集中!
2、そうだ、娯楽ら部に行こう!新入部員募集中
3、ゆったりたっぷりのーんびり旅行けば娯楽ら部!新入部員募集中
4、うまい、うますぎる。娯楽ら部。
我ながらオリジナリティーの欠如だと思うが、パロディーとしてみてくれればそれでいいのだ。笑うやつはみんなユーモア欠乏症だ、ばーか。
「……」
「瑠花はどんなの考えてきたんだい?」
なかったことにされた。
「わ、私はですね。あの、恥ずかしいんですが、ひとつだけ」
「ほう。その様子を見るにかなりの自信作のようだね」
「いやぁ、うーん、そーですねぇ」
愛流に促され、彼女は紙をみんなに見えるよう中央に置いた。
『男子新入部員募集中!(女子も可)』
そのものズバリだった。キャッチコピーでもなんでもない。
俺は密かに頭を抱えた。
人形坂瑠花、どうやら彼女、俺が男色趣味だと勘違いしているようなのだ。しかも、応援します!というありがたくもない御言葉もいただいている。誤解を解こうにも、なかなか取り合ってもらえない。俺の知り合いの異性はそんなんばっか。
「む?なんだいこれ」
「ええ、ストレートに、即戦力を求めていることをここでアピールするんです」
やめろ瑠花!その私はわかってますから風の視線を俺に向けるのはやめてくれー!違うから!
「即戦力ねぇー」
谷崎は顎に手をあて考え事するようなそぶりをみせた。
「確かに娯楽ら部にも力仕事要員は必要よね。娯楽は体力勝負的なところあるし」
「えぇ。筋骨隆々の方が対比がとれていいですし」
「ん?なんの話?」
「いえいえ、なんでもありません」
眼鏡をくいっと押し上げる瑠花。シリアスシーンのコナンの眼鏡みたく光を反射させているため、表情はうかがい知れない。
もやしっこである俺の、居もしない相方について想像を巡らせているのではあるまいな!?
嫌な汗が吹き出しそうになっている横で、谷崎が春の木洩れ日のような朗らかな声をあげた。
「ん、でも、あれ?瑠花、男子苦手じゃなかったっけ」
「嫌いです。気色悪いです」
「ん?むむぅ?」
行動の矛盾に腕を組む谷崎だが、答えが見つかることはないだろう。つうか迷宮入りしてくれ。
時計の針は容赦なく進み、空もほんのり薄暗くなってきた。
谷崎の発表の時に消した電気をつけ直し、部室は蛍光灯の柔らかな光に包まれた。生徒会に黙っての相談会みたいなもんなので、あまり目立った活動は出来ない。外に明かりが漏れてなければいいのだが。
「さぁて、僕の番だね」
自信ありげに胸を反らした愛流に、谷崎は人指し指をピンとたてて教師のようにそれを振るった。
「ええ、ラストだからビシッと締めてちょうだい」
「ふふん、言われるまでもないね。僕を誰だと思ってるんだい」
「頼もしい限りね。今のところ、私のが一番だから」
ほくそ笑む谷崎の傍ら「えっ!?」と驚愕の表情を浮かべる瑠花。まさかあれで天下とれると思っていたのだろうか。
しかしながら、谷崎のが暫定チャンピオンというのは異議を唱えざるをえない。少なくとも俺のが、可能性ありだろう。そこらへんも含めてあとで抗議しなければ。
「一番いいキャッチコピーをポスターにするんだからね!さぁてと、愛流はどんなの考えてきたの?」
ここで決まったキャッチコピーをクラスの某に絵にしてもらうって、さっき言ってたな。谷崎のクラスメートということは2組、つまり俺とも同じクラスのはずなのだが……彼女は一体誰に依頼したのだろう。
谷崎と仲が良い女子といえば中津川とか原口とか、そこらへんだろうか。二人が絵がうまいと聞いたことはないけど。
「あぁ、僕のはズバリこれだ!」
思考が脱線していたので、慌てて愛流の立てかける紙に視線を合わせる。
そこには二つの文がならんでいた。
『妖怪心霊オカルトSF……、不可思議の扉、叩いてみませんか?羽路高校奇譚倶楽部!』
『未経験者歓迎!アットホームな部活です!お試しOK!友達応募OK!採用担当は1年2組谷崎琴音まで!(応募者多数の場合は選考を締め切らせていただく場合がございます)』
「どうかな?」
「そうね。冷静にダメなところから修正していこうかしら」
谷崎の瞳はゆっくりと静かに濁っていった。
珍しく真面目な顔つきである、さっきまでのお茶らけた雰囲気はもうない。
「最初は上のやつね」
「ああ、これはね琴音。スティーブン・キングの世界観を表現したくて試行錯誤した一文なんだ。まず、導入の」
「愛流、少し私の主張を聞いてくれる?」
「あぁ、うむ」
冷たい瞳の谷崎の有無を言わせぬ言葉に愛流はあいまいに頷いた。
「これね、まず活動内容が違うのよ」
手のひらで器用にペンを回してから、ビシッと愛流が手に持つ紙を指し示した。
「これじゃオカ研じゃないの!」
「はっはっは、あんな根暗な部活と一緒にしてもらっては困るよ、琴音」
オカルト研究部のみなさんごめんなさい。彼女に代わって謝ります。
少なくともクソみたいな活動実積しかない娯楽ら部には言われたくないよ!
「しかもなに?奇譚って書いて娯楽って読ませるの!?無理があるわよ!」
「そこがほら、遊び心ってやつだろ」
「絶対違う!」
珍しく谷崎に同意だわ。
「それから下のやつ、なによこれ」
「万が一にも上のが却下された場合の代替案なのだよ。ポスターには実際に仲良さげな私たちの写真、こう、カメラに向かってピース、みたいなのを使用し、」
「アルバイト募集の広告じゃない!」
「いやいや、なにも思い付かなかったから、べつにそういう短期アルバイトのサイトを参考にした、とかは断じてないのだよ」
「嘘よ嘘」
たしかによく見る。なにが未経験者歓迎だ。アットホームとか、その輪に入れなきゃ孤立して終わりそうなイメージだわ。
「まぁ。ともかくこれで決まったわね」
「はい?」
「郁次郎は言わずもがな。瑠花のはパンチが弱くて、愛流のは主旨がずれてる、……となれば消去法、文章の出来でも、やっぱり私、谷崎琴音の(呼び飛ばし可→)『青春--飴色に輝く五月雨、西日に染まる校舎、静寂の中の静かな鼓動……そう、それは、学生時代の甘酸っぱい想い出……。忘れられない一時が、みんなの胸にも、きっとある。伝統重んじる熱きこの倶楽部で、黄金の時間を過ごしてみませんか?娯楽ら部ーーあなたがここにいてほしい (新入部員募集中、1年2組谷崎まで)』が娯楽ら部のポスターに相応しいということよ!」
「「ちょっとまったー!」」
全員が全員「待った」の声をあげた。
なんて悲しいハッピーアイスクリーム!
「私ののどこがパンチ弱いんですか!この『男子新入部員募集中!』こそコンパクトかつダイレクトに観覧者の目に飛び込む至高のキャッチコピーです!」
「僕の広告文のが神だろう!下のは冗談だからともかく、上のやつはかなりの自信作だぞ!この丸々と書いてペケペケと読ませる遊び心こそ、娯楽ら部に必要なんじゃないのか?」
「こんなかで広告がなんたるかを理解してんのは間違いなく俺だろうな!CMでお馴染みの文句をパロディーとしてしようする!これこそが娯楽ら部の、あってしかるべき姿じゃないのか!?」
怒濤の反乱を受けて、若干涙目に「な、なによぉう」と呟いた。
「そ、そんなに言うんだったら、第三者に決めてもらおうじゃないの!」
一瞬の狼狽えはすぐに虚勢に代わったらしい。まだ微妙に震える唇で彼女は言い放った。
「第三者って誰だよ」
「そ、そんなの決まってるじゃない」
腰に手をあてふんぞり返る谷崎。意味がわからん。
「公平なジャッチが行えて、かつ選択者にもっとも相応しい人物!そう、それは」
まさかの『そう、それは』!たしかに無駄に文章が引っ張れる!
「ポスターを描く人よ!」
「あ、まぁ。たしかになぁ」
反論の余地がないほど完璧な意見だった。
「それで、そのポスターを描く、というのはどこのだれが担当するんだい?」
落ち着きを取り戻したらしい愛流が涼しい表情で尋ねた。
「私のクラスの人よ!」
「ほう、なんて人?」
「……」
なぜ無言になる?
「美術部とか漫研の方ですかねぇ」
おっとりとした間延びした声で瑠花が声をあげた。
うちのクラスで美術部か漫研のやつか。うーむ、何人か心当たりはあるが。
「まだ、これから依頼するのよ」
「はぁ!?」
頼んでもないのにここで議論重ねてたのかよ!
お前ほんと根回し下手くそだな!
「まぁ、いざとなったら私が描くからダイジーブィ!」
ここまで不安になる大丈夫vは始めてみたなぁ。
夜の気配を含んだ空気が、ゆっくり室内に溶けていった。