灰のはなし~秋~
季節は過ぎて秋。
あの時の俺の勘が当たっていれば宮は俺の子を産むだろう。
神社の屋根の上で寛いでると、下で宮が雄を追っ払っているのが見えた。
おそらく今日もここに来るのだろう。唯一安心して寝れる俺の傍に。でも嬉しいのについつい口から出るのは憎まれ口で………。
「またきたのか?いー加減どれかと番になってやればどうだ?」宮がその辺の猫と番になる気が無いのを知りながら俺が言う。
「絶対や。だって宮があいつらの子猫を産むのなんて想像できないし」
「あんな風に撃退してたらそのうち番う相手がいなくなるぞ?そしたらこの辺の女ボスだな」わざと大きなため息を吐いてそう言うと宮はぶんむくれてこちらを見る。
「ボスじゃないし!いーの!!宮はまだそんな気分じゃないの!!!」
そう言うと宮もどっしりと腰をおろし丸くなった。それからいつもの言いあいをはじめる。
「お前まだガキだな」「灰だって番いいないでしょ。じゃあ灰だってガキじゃん」「俺はお前と違って選択してそうしてんの」「み、宮だってそうだよ」「違うね。お前、身体は大人になったけど心はガキのままなのさ。もしくは初めての恋の季節で無意識のうちに怖がってるか」「怖がってないよ!宮は大人だもん!!」「ふうん、じゃあ今回番をえらべるのか?」「う………それは………」
ほうらみろと言わんばかりの顔する。
「で、できるよ!」「嘘つきめ」
売り言葉に買い言葉。できる、と言い切った宮に少し腹を立て俺は威圧的に宮の前に立った。
少し怯えたように宮が後じさる。
「じゃあ、下でお前を待ってるヤツから選べよ」「や、ヤダ」「やっぱり嘘つきだ」「う、嘘じゃないけど、やなんだもん」
意地悪にもそう言って、宮が嫌だと言うのを聞きたくて………ちょっといじめ過ぎた。宮が泣きそうだ。
「じゃあ誰ならいいんだ?」優しい口調に戻して聞けば「わ、わかんない~」とそう答える。本当は俺の事好きなくせに。妙に宮が可愛く見えて「そうか?」と言って零れ落ちた涙を思わず舐めとった。宮はびっくりして顔を挙げる。そして何か考える顔になった。
俺は、宮が死にそうな子猫だった時の事を思い出した。寒さの中で必死に俺の腹の下に潜り込もうとした弱い子猫。俺が人の気配で傍を離れる時、初めて泣いた子猫。
まだ精神的にはガキだが、そろそろいいかも知れない………。
「灰なんか嫌いだ!」「そーだな」「大っ嫌いなんだから」「知ってる」
いつものやり取りに思わず笑みがこぼれる。意地っ張りな宮。意地っ張りな俺。
「泣くなよ。いじめたくなるから」「なにそれ?」
馬鹿みたいに可愛い、俺の宮。
「下にいる奴らが嫌なら俺の子猫を産めよ、宮」
そう言うと、宮が固まった。一瞬意味が理解できなかったらしい。
「それって宮を好きってこと?」
おずおずと聞くその姿はぎこちなく。期待と不安に溢れていて。
「そーとも言う。春に言ってただろ俺の子猫を見てみたいって。ならお前が産めばいい」
ポカンと開けた口が暫く閉じない。俺は辛抱強く待つ。俺の勘が正しかったかどうかを知るために。
「灰が宮を好きなら………トクベツに産んであげてもいいよ。」
まともに俺の顔を見れない癖にそんな言い方をする。俺はそんな宮が愛おしい。
「じゃあ、トクベツに産んでもらおうか」
俺は素直じゃない宮にすり寄って、そっっと鼻にキスをした。
※ ※ ※
にーっ、みーっ、にー。
鳴いてるのは三匹の子猫で。
二匹は灰色、一匹は青色の毛並み。目はまだあいてないので何色かわからないのが残念だ。
ハハオヤに良く似た顔をしている。段ボールの中、ちまちまと動き回って乳を探す。
「灰!」
そう言って顔をあげたのは宮で。俺はそっと頬をすり寄せる。
チチオヤは俺。おかげで豆腐屋にフリーパスで入れるようになった。
初産の宮は大変苦労し、なんとかこの三匹を見事に産んで今では立派なハハオヤだ。
チビ助達はスクスク育ってる。目が見えるようになったら遊んでやろう。そんな事を思いながら俺はチビ助達を舐めてやる。そんな俺を、幸せそうな宮が頬笑みながら見つめてた。番になってからも時々俺達は憎まれ口をたたき合う。それは愛情を確認し合う儀式みたいなもので。それがないとお互い落ち着かないそんな感じになっていた。
「今日も元気そうだな」
「うん。灰はまた誰かいじめてきたの?」
少し毛並みが乱れてる事に気付き宮が毛づくろいをしてくれる。
「いんや、絡まれたから軽く撫でてやっただけ」
「カワイソーに。灰に撫でられたら暫くこの辺寄りつけないね」
「可哀想なのは俺だ。朝からいらん運動させられたんだからな」
「じゃあそういう事にしといたげるけど」
そんな話をしながら親子五匹、段ボールの中でで丸くなる。外は寒いがここはとても暖かかった。
次で最後の話になります。