灰のはなし
宮は俺を嫌いだと言う。
俺が宮を見つけたのは寒い冬だった。神社の鳥居の下に『拾って下さい』と書かれた段ボールとくれば良くある話だ。お粗末な毛布に包まれて4匹のチビがミーミー言っていた。その中で、一番チビで生き残れなさそうなのが宮だった。1匹、また1匹と兄妹達がいなくなるその中で案の定最後に残った1匹だった。最初はそのままにしておくつもりだったのに傍に行ってみたのは何の気まぐれだろう。
どうせ死ぬのならせめてそれまで傍にいてやろうなんて気になってミルク臭い段ボールの中に入った。横になるとブルブル震えるチビ猫は無知のためか生存本能がそうさせたのか俺の腹の横におさまった。
大人の雄猫は子猫を殺す事もある。
もし、奇跡とやらがおきてこのチビが生き残れたら教えてやろう。そんな事を思った。
俺の最初の記憶も段ボールの中から空を見上げているものだった。最初は人に飼われた事もあったが結局今は野良として生きてる。そんな昔の事を考えながら空を見上げてると突然腹のあたりを揉まれて驚いた。子猫が母猫の乳を出しやすくするしぐさだ。
どうやら寝ぼけて俺を母親と勘違いしているらしい。
残念だが俺からは乳は出ない。
ちょっと哀れになって背中の毛を舐めてやる。チビはくふんと満足げに鼻を鳴らすと穏やかな寝息をたてた。直観というのは面白いもんでその時の俺にも可笑しな確信が胸に湧き上がった。このチビは生き残るだろう。そして………。その先は考えないようにした。なんだかちょっと面白くなかったからだ。
朝が来て、チビはまだ生きていた。人の気配を感じた俺は立ちあがると段ボールを出て離れる。
俺が離れる気配に、初めてチビが泣き声をあげた。
「に。に。みーッ。みーっ」
その声に導かれて子供が現れた。近所の豆腐屋の娘だ。段ボールのチビに気付くと慌てて家に連れて帰った。
俺が知る限り3回死にかけてチビはその冬を生き延びた。春も終りの頃あいつは夜の集会に初めて顔を出した。てってってっと俺の所に来ると訝しげに顔を見上げる。豆腐屋の娘が呼ぶので『宮』って名前は知っていた。だけど俺は敢えて聞く。
「お前名前は?」 「みゃーよ」 「みゃー?」 自分では宮と言ってるつもりらしいのは理解していたけれど舌足らずな様子で一生懸命言ってる姿はちょっとからかうと面白そうだったので「ちがうの、みゃー」 「ふん。みゃーね」 「ちゃうーっ!み、ゃーあ!」 「メンドイ。お前今からみゃー」
そういったらガンッとした顔をして「おまえきらいーっ」といって逃げてった。俺がお前を助けてやったってのにこの恩シラズめ。
季節は巡る。チビだった宮も大人に少しずつ近くなる。最近は他の連中に子供扱いされなくなってきていてちょっと不快。コイツはからかうのが楽しいのに。一太が宮が俺にからかわれるのはムキになるからだって教えてやってる。うん。まぁそれは正しい。ただ、一太がそう言いながら俺をニヤニヤ見ているのは気に食わない。後で絞める。
恋の季節がやってきた。ボスって感じじゃないが俺はここいらで割と強い。雌に声はかけられるけど、どうもその気になった事がなかった。俺はそういった本能が生来薄いらしい。一太なんかには「よりどりみどりなのに」と言われるが、興味がないものはどうしようもない。
この時期だけ俺の傍におとなしくしてるのは宮だ。他の連中は色恋沙汰でいっぱいいっぱい。とても子供の宮を相手にしてる暇なんてない。ただ今年はちょっと違った。
「何で灰は子供いないの?」「毛並みと目の色はキレーなんだしきっと可愛い赤ちゃんができるよ」
「灰の事はキライだけど、宮は灰の赤ちゃんと遊びたい」「赤ちゃん嫌い?」「雌猫が嫌なの?」
なんだか今年はやけに絡む。ハイハイと適当に流してたら遂にこんな事のたまった。
「もしかして、赤ちゃんつくれない身体なの?」
思わず何とも形容しがたい気持ちになる。どっからそんなネタを仕込んでくるこのガキは。
俺は「アホか」といって宮の頭を尻尾で叩いた。あんまりだと言われたがどっちがだ。
次の恋の季節には宮は完全な大人になる。その時に、あの冬の朝感じた直観が正しかったかどうかがわかるだろう。