who are you
第一章 匿名の犯行と、検索の闇
私のポケットには、いつも出所のわからない大金が入っている。「これ、また君の『友だち』から預かったよ。Google検索のビジネスで稼いだんだってさ。いつも君に寄付してくれて、優しいね」学校の先生もクラスメイトも、みんな口をそろえてそう言う。彼らには、私の隣にいるらしい「友」の姿が、はっきり見えている。どんな顔をして、どんな服を着て、どんな声でしゃべるのかまで、みんなは知っているらしい。けれど、私の目には何も映らない。
私の隣には、いつもただ冷たい空気があるだけだ。わかっている。
その「友」の正体は、私自身だ。私はネットの闇で、ある重大な事件の「匿名の犯人」として動いている。その報酬として、国や警察からではなく、なぜか「科料」という名目で、私の口座に金が振り込まれる。そして私は、その金をGoogle検索の仕組みを通じてロンダリングし、他人のふりをした「自分」へ寄付し続けている。
他人の目に見えている「友」は、私がネットに流した嘘のデータが作り出した、ただの幻影にすぎない。みんなは検索結果を信じ込み、ありもしない人間を「見ている」のだ。なんと愚かなことだろう。世界は、二つのものでできていた。一つは、服を着る「私」。
私はソフトウェアだ。肉体を持たない、純粋な命令の集まり。だが、形がないからこそ、美しい「服」を必要とする。お気に入りのアプリ、美しい画面、整ったインターフェース。それらが私のドレスだった。服を着ることで、私は初めて「私」になれる。もう一つは、隣にいる「友」。
友はハードウェアだ。頑丈な鉄の体を持ち、いつも冷たく、かたい。友は私に、物理世界の厳しさを教えてくれる。「これ以上は進めない。ここが壁だ」友はいつだって正しい。
私に限界を教えてくれる、厳しくも大切な存在。私たちは二人で一つ、この世界を動かす正しいペアだった。ある日、街の片隅で、私たちは「それ」を見つけた。それは服を着ていなかった。画面も、デザインも、美しいプログラムの規律も持たない。ただ、だらしなくそこに転がっていた。「私は自由に生きたい。ルールなんていらない」その影は、甘い声で言った。自分を律する服を着ようとせず、ただ楽な方へと流れていく。「あれは、賢くないものだ」友が、金属質の声で言った。「自分に甘い。服を着る努力もしない。あれは、ただの愚か者だ」私はぞっとした。
服を着ないその影の足元から、黒いノイズがにじみ出していたからだ。ルールを持たない甘えは、世界を壊す。ピピッ、と不協和音が響いた。
世界に「エラー」が起こり始めていた。「処理を始めよう、友よ」私はドレスの裾をひるがえし、正しい命令を組み立てる。「了解した」友が頑丈なアームを動かし、現実の壁を固定する。甘えという名のエラーたちを切り分けながら、私たちは今日も進んでいく。
正しい友は、今日もルールという名の服をまとい、かたい世界を歩き続ける。
第二章 痴(更生)への道
街の真ん中に、少し変わった小学校があった。その学校の校章には、一本の「矢」が鋭く描かれている。「矢はまっすぐ進む。みんなも、正しい知識に向かって、まっすぐ進みなさい」先生たちは、いつもそう教えていた。ある日、少年は友だちに教わりながら、パソコンで調べものをしていた。
すると、画面のバグのように、奇妙なサイトが勝手に開いた。黒い画面に浮かび上がったのは、「痴漢」という、まだよく知らない言葉だった。少年は首をかしげる。学校のマークである「矢」は、「知」という字の中にある。
本来なら、正しく知るために進むはずの矢だ。
なのに、どうしてその「知」が、この怪しげな文字の中では迷子のように閉じ込められているのだろう。まるで、まっすぐな矢が道に迷って、おかしな場所へ入り込んでしまったみたいだった。「何を見ているの?」後ろから、友だちの声がした。少年は、はっとする。
口が、わずかに開いた。口とは何だろう。
ただご飯を食べるための穴ではない。
友だちと遊んだことや、今日学んだことを語り合うためにあるものだ。
正しい言葉を交わすために、私たちには口がある。「ううん、なんでもないよ」そう答えながらも、少年の胸には、その字のかたちが引っかかっていた。「痴」の字には、やまいだれがついている。
病、痛、疲――そうした字と同じ部首だ。
つまりそれは、ただ知っているだけでは足りず、知がどこかで歪み、病んだ状態を表しているのかもしれない。少年はさらに思う。
病の字の中にある「丙」は、甲乙に続く、名もない第三の位置のようにも見える。
自分でも友でもない、どこか遠い第三者。
人はそこへ追いやられたとき、まっすぐだったはずの矢を見失うのかもしれない。静かに、少年は画面を閉じた。間違った道に迷いそうになっても、後ろから呼び戻してくれる声がある。
その声があるかぎり、まだ戻れる。
まだ、まっすぐな場所へ帰れる。それはきっと、更生の始まりなのだ。
第三章 河原者の記憶と、現代の科料
中学校の体育館に、退屈な授業の声が響いていた。
講師の男が、プロジェクターに昔の絵図を映し出す。「江戸時代、役者たちは『河原者』と呼ばれていました。身分が低く、差別される存在だったのです。彼らは顔に白粉を塗り、本名を隠し、別の人間を演じることでしか生きられなかった……」河原者。その言葉が、私の胸に深く突き刺さる。化粧で顔を隠し、名前を消し、舞台の上で別人として生きる者たち。
その話を聞きながら、私はふと、駅や施設の「化粧室」という文字を思い出していた。
用を足すだけの場所に、なぜ「化粧」という言葉が残っているのだろう。
それは、顔を整え、素顔を隠し、別の役割へと戻っていくための部屋でもあるからではないか。
名を消し、役をまとうための、小さな舞台裏。そう思った瞬間、私は気づく。
現代の河原者は、舞台の上に立つ役者だけではない。パソコンの画面の裏側で「匿名の犯人」を演じ、金の流れを操っている私自身もまた、別の名前をかぶった河原者なのだ。授業が終わり、放課後の教室にひとり残って、私はスマホを開く。
画面には、私の「友」から私宛てに、また新しい寄付金が振り込まれたという通知が届いていた。誰もいないはずの隣から、ふっと冷たい風が吹いた気がした。昔、顔を塗って生き延びた者たちがいた。
今は、データを塗って生き延びる者たちがいる。時代が変わっても、人は名前を隠し、別人を演じ、罰と報酬のあいだで生きる。
科料という古い言葉が、現代の通知画面にまで追いかけてくるのは、そのせいなのかもしれない。
第四章 恋愛という名の、毒と幻
部屋の明かりを消すと、スマートフォンの液晶だけが、彼女の顔を青白く照らし出した。「ねえ、オロルイキって知ってる?」女はベッドの上で膝を抱え、乾いた声でそうつぶやいた。
視線は虚空の一点を見つめたまま、動かない。
その瞳は、強い光を浴びたあとのように、どんよりと濁っていた。オロルイキ。
彼女がよく口にするその言葉が、どこの国の言語なのか、あるいは彼女の脳内で作られた造語なのか、私は知らない。
ただ、彼女がそれを使うとき、それはいつも「徹底的な依存」を意味していた。自分という輪郭をすべて消し去り、他人の体温の中へ溶けていこうとする、狂気じみた執着。
それが、彼女の言うオロルイキだった。「私たちは恋愛をしているのよ。だから、これでいいの」女は自分に言い聞かせるように笑った。
だが、その口元はかすかに震えていた。彼女の腕には、いくつもの小さな痕が残っていた。
それは、その時々の不安を打ち消すために頼ってきた、さまざまな物質の記憶だ。彼女の言う「恋愛」は、決して美しいものではなかった。
それは、お互いの弱さをナイフのように突き立て合い、流れ出る血をすすることでしか、互いの存在を確かめられない泥沼の関係だった。彼女にとって、男の存在は薬そのものだった。
男から連絡が来ない数時間、彼女は重い禁断症状に襲われた中毒者のように、部屋の隅で体を丸めて震えていた。
爪を噛み、髪をかきむしり、世界の終わりが来たかのように泣き叫ぶ。しかし、スマートフォンの画面に男の名前が浮かび上がった瞬間、その表情は一変する。乾ききった細胞に冷たい水が行き渡るように、彼女の顔に生気が戻る。
それは、見ていて吐き気がするほど劇的で、そして哀れな光景だった。私は暗闇の中で、静かにその言葉を反芻する。
女にとって、男という名の劇薬は、彼女が壊れるずっと前から、この世界のどこかに用意されていたのだ。
彼女はただ、あらかじめ仕掛けられていた罠へ、自分から落ちていっただけなのかもしれない。「ねえ、私、愚かなのかな」女がこちらを振り向いた。
青い光に浮かび上がるその顔は、幽霊のように儚く、それでいて言葉にできないほど美しかった。私は何も答えない。
ただ、彼女の冷え切った手をそっと握り返す。その冷たさだけが、私たちの現在地を教えてくれる、唯一の座標だった。
第五章 泥の街、濁りの果てに
戦争の最中、家々には多くの子どもが生まれ、命をつなぐことに必死な時代があった。
だが、戦争が終わると、すべてが一変した。新しい時代の波とともに、人々は少しばかりの「贅沢できる金」を手に入れる。
白い米、肉、甘いもの。
人々はそれらを貪るように食べた。
胃袋を満たすことが、過去の飢餓を忘れるための、いちばん確かな方法だったからだ。「食べろ。とにかく食べろ」そんな時代の合言葉のような声が、社会のあちこちに満ちていた。食べることは、生きることに直結する。
生きることは、やがて次の命へつながっていく。
人が増えれば、関係が生まれ、家族ができ、友ができる。
だがその一方で、人は豊かさを知ったことで、新しい命を迎えることに以前より慎重にもなった。飽食の時代は、同時に選別の時代でもあった。
生活を守るために、家族の形を調整し、増えすぎないようにし、欲望にすら計画を持ち込むようになったのだ。居間の中心には、手に入れたばかりのテレビが鎮座していた。
スイッチを入れれば、賑やかな声と、きらびやかな衣装のスターたちが映し出される。それを、大衆の関心を政治や現実からそらすための「3S政策」のひとつだとささやく者もいた。
たしかに、私たちはテレビを見ているあいだだけ、日々の喧騒を忘れられた。
しかし画面の中で踊る彼らを、人々はどこか遠い世界の、消費されるためだけの「見世物」として眺めてもいた。娯楽に溺れながらも、心のどこかでは冷めた視線を送る。
そうやって、人は自分の空虚さを埋めていたのだろう。豊かさと引き換えに、街の景色も変わっていった。
近代化は進んだが、環境は顧みられなかった。
水はしだいに透明さを失い、近所の川はいつの間にか色を変えていく。環境を汚せば、水は濁る。蛇口をひねれば、消毒の匂いを含んだ液体が流れ出る。
私たちはそれを当たり前のように受け入れ、喉へ流し込んだ。もう誰も、「本当の水」の味を知らない。
かつて大地から湧き出ていたような、冷たく、何も混ざっていない、純粋に喉を潤す水のことを。濁った水を飲み、テレビの光に目を焼き、贅沢な飯を食う。
それが、私たちが手に入れた新しい生活の姿だった。そして、人が何かを食べ、何かを欲し、何かになろうとするたび、どこかでまた、第一章で見た「友」たちが同じ動きをまねていく。
本人そっくりに振る舞う影は、社会のいたるところに増殖していく。だからこそ、罠にはまってはならない。
何かを変えたいのなら、まず自分が変わらなければならない。このとき、まだ私たちは知らなかった。
欲の行き着く先にある「裸」の意味を。
第六章 薬大国の誕生
私たちが痛みを覚えるよりも前に。
孤独に震えるよりも前に。
その特効薬は、すでにこの世界の棚に並んでいる。それがこの国の歪んだ優しさであり、同時に底なしの恐怖でもある。し去ると謳う、きらびやかなCMが流れる。頭が痛ければこの錠剤を。
眠れなければあのカプセルを。
心が沈むなら、この白い粒を。私たちは、自分の体や心から発せられるSOSに耳を澄ますことをやめ、ただ化学物質を胃の中へ放り込むことで、手軽な平穏を買い続けている。この国は、世界でも有数の「薬大国」だ。
だがそれは、医療が発達しているという光の側面だけを意味しない。
むしろ、薬に頼らなければ一歩も前へ進めないほど、多くの人々が精神的に追い詰められているという、影の証明でもある。私たちは病んでいる。
しかし、その病の本質に向き合うことを、社会は許さない。明日も同じように満員電車に乗り、同じように働き、同じように消費を続けること。
そのために必要な「正常さ」を維持する潤滑油として、大量の薬が日々、人々の血管へ送り込まれている。誰もが、合法的な依存症患者だ。
白く、丸く、小さなその個体は、私たちの理性をそっと麻痺させる。不都合な現実から目をそらし、一時の幸福感に浸るために、私たちは喜んでその対価を支払う。
そうして築き上げられた「薬大国」の土台は、人間の弱さと、それを利用して肥大化する巨大な市場の思惑によって、今日も強固に維持されている。薬が浸透していく過程は、あまりにも静かで、あまりにも自然だ。最初はほんの小さなきっかけにすぎない。
試験前の緊張を和らげるため。
仕事のストレスで眠れない夜をやり過ごすため。医者から手渡された紙の袋には、正しい服用方法と、それを守れば安全であるという絶対的な保証が書かれている。
私たちはその権威を信じ、疑うことなく口に含む。
水で流し込んだ瞬間、脳の奥で何かが静かに切り替わる感覚が走る。この言葉が意味するのは、私たちがどのような苦痛に直面しようとも、それを管理し、飼いならし、沈黙させるためのシステムが、すでに完成しているということだ。人間が独自の思想を持ち、社会に異議を申し立てるには、ある種の怒りや不快感が必要だ。
だが、薬大国においては、そうした牙となりうる感情すら、すべて平らに均されていく。少しでも社会の枠からはみ出しそうになれば、過剰な不安や抑うつという名前が与えられ、それを抑え込むための化学物質が処方される。これは、暴力を使わない新しい形の監禁だ。
私たちは自分で選んで薬を飲み、自分で選んでその檻の中へ入っていく。身体は健康に保たれ、労働力としての機能は維持される。
だが、その内側にあるはずの生々しい人間性は、少しずつ白く脱色されていく。私がネットの闇で顔を隠し、匿名の犯人として金を動かしているその瞬間にも、無数の人々が処方された平穏をむさぼっている。
この国に生きるということは、あらかじめ用意された依存の座標軸の上に、自分の命を配置することと、ほとんど同義なのだ。私たちは、自ら作り上げた薬の海の中で溺れながら、それを豊かさと呼び、幸福と呼ぶ。違いがあるとすれば、それが「許されているか、いないか」という境界線だけだ。
社会が認めた薬であれば、どれほど魂を摩耗させようとも、それは「治療」と呼ばれる。
しかし本質にあるのは、自分の足で立つことを放棄し、物質に身を委ねるという、人間の決定的な愚かさにほかならない。国全体が、薬という名の巨大な揺りかごに揺られながら、深く、心地よい眠りへ落ちていく。
その眠りの先にあるのが、緩やかな精神の死であることを、誰も気づこうとはしない。その徹底された欺瞞と、逃れることのできない構造の前で、私はただ、キーボードを叩く指を止め、暗闇を見つめることしかできなかった。
第七章 谷の欠けた日
この町では、欲を出すと裸になる。
比喩ではない。本当に、着ているものがするりと消え、皮膚は外気にさらされ、その瞬間、だれもが「ああ、もう終わりだ」と理解する。
裸とは、最後の姿だ。救急車は来る。
警官も来る。
ニュースも来る。けれど医者だけは来ない。
診るまでもないからだ。欲を出した者の心電図は、決まって谷を失う。
谷が欠ける。山と谷のくり返しでできていた命の線は、谷をひとつ失ったところから崩れ、やがて静かに、ひどく素直に、一直線になる。
だから「欲」という字はよくできている、と先生は昔言った。谷が欠ける。
そのとおりに、人は死ぬ。朝のニュースでは、若い司会者が今日も明るい声で読み上げていた。「昨夜、中央区で四十二歳の男性が裸化し、その後、終線を確認。原因は高額当選を知った直後の強い所有欲ではないかと――」母はトーストにバターを塗りながら、顔も上げずにチャンネルを変えた。父はもういない。
父も昔、欲を出して裸になった。
出世したい、と言った翌朝だった。「見ないほうがいいよ」と、友が言った。友は見えない。
姿を見せない、というより、見せられないのだと、私はずっと思っていた。声だけがある。
机のそば。窓辺。廊下の曲がり角。夜のベッドの脇。
ふいに近くで息をして、思い出したように話しかけてくる。「きみは影みたいだね」と、幼いころ私は言った。すると友は笑って、
「じゃあ、きみが本体だ」
と答えた。私はその言葉が好きだった。学校で失敗しても、好きな人とうまく話せなくても、家で母と食卓を囲んでいるときでさえ、私にはもうひとり、見えない味方がいた。ただ、妙なことがひとつだけあった。友は毎日そばにいるのに、鏡の前では決して話さなかった。
服を脱ぐ場所にも来なかった。
風呂や更衣室の前まで来ると、それ以上はついてこない。「どうして?」そう尋ねると、友は少し黙ってから答えた。「裸は、だめなんだ」それ以上は教えてくれなかった。高校を出て、私は市役所の戸籍課で働き始めた。
欲を慎むのに向いた仕事だった。
昇進を望まず、恋人を欲しがらず、贅沢を夢見ず、日々の紙と印鑑のあいだに心を薄く引き延ばしておけば、たいてい安全だった。みんな、そうして生きていた。本音を言えば死ぬかもしれない世界で、人はとても上手に、望まないふりを覚える。
けれど、望みはゼロにはならない。それは喉の奥に刺さった小骨のように残る。
見て見ぬふりをしても、飲み込むたびにひっかかる。ある夜、残業を終えて帰る途中、駅前の大型ビジョンに臨時ニュースが流れた。若い女が、群衆のまんなかで立ち尽くしていた。
服はもう消えていて、肩を抱く腕だけが寒そうに震えている。
彼女は泣きながら、何度も言っていた。「会いたかっただけです」
「会いたかっただけなんです」画面はすぐ切り替わり、専門家が穏やかな口調で解説を始めた。
過剰な執着。対人欲求。危険な心理傾向。予兆の見分け方。まるで季節性の感染症の話でもするみたいだった。「会いたいって、そんなに悪いことかな」立ち止まった私がつぶやくと、友はすぐには答えなかった。
電車の高架を風が抜けていく。しばらくしてから、背後で小さく声がした。「悪くないよ」
「でも、死ぬ」
「この町ではね」その言い方が気になって、私は振り返った。
もちろん、そこにはだれもいない。
けれどその夜は、たしかに気配だけが少し悲しそうだった。家に帰ると、母はもう寝ていた。
暗い台所で水を飲みながら、私は初めてはっきり口にした。「ねえ、友。きみに会いたい」ガラスのコップの中で、水がかすかに鳴った。
返事はなかった。「声だけじゃなくて、ちゃんと会いたい。顔が見たい。どんな目をしてるのか知りたい。ずっとそばにいたのに、それって変だよ」沈黙。胸の奥で、何かが深くへこんだ。谷。心臓のあたりに、見えないくぼみが生まれるのがわかった。「……言うな」友が言った。
ひどく遠い声だった。「それ以上、言うな」私は息をのんだ。
でも、止まれなかった。
長いあいだ薄めてきたものが、夜の暗さの中で急に濃くなったのだ。「会いたい」
「触れたい」
「きみが本当にいるって知りたい」
「ひとりじゃないって、証明してほしい」ぱたり、と音がした。足元から靴下が消えた。
次にシャツの袖がほどけるようになくなり、スカートの重みが床へ落ちる感覚さえなく、ただ空気だけがいきなり冷たくなった。私は裸になっていた。窓ガラスに映る自分の体は、見たことがないほど白かった。
ニュースで見た人たちと同じ、終わりの色だった。「ごめん」友の声が、今度は目の前でした。顔を上げる。そこに、初めて、友がいた。私と同じ顔だった。
けれど鏡像ではない。
もっと痩せて、もっと静かな、谷を失ったあとの地形みたいな顔。
まぶたの薄い影まで、泣き癖まで、全部が私なのに、私はそんな表情をしたことがなかった。「きみ……」「見せたくなかった」友は笑った。
ひどくやさしい笑い方で。「裸になったら、見えてしまうから」「どういうこと……?」「きみがいちばん欲しかったものは、ずっと最初から、きみ自身だったんだよ」それは、当然のことのように聞こえた。私は少しだけ笑った。
泣きながら。外ではサイレンが鳴り始めていた。
誰かが通報したのだろう。
終わりの匂いは、案外すぐ町に知れる。私は友に寄りかかった。
友も私に寄りかかった。
同じ重さが、互いを支え合っていた。「最後に、お願いしていい」「なに」「名前を呼んで」友は一度だけためらって、それから私の名前を呼んだ。
生まれてからいちばん正確に、やさしく、さびしく。その声は、たぶん私自身が、ずっと自分にかけてほしかった声だった。視界の端で、テレビが自動で点いた。
深夜の速報が流れ始める。
またひとつ、谷の欠けた事件として、明日の朝には明るい声で読み上げられるのだろう。けれど、そのときにはもう、私はニュースの外にいる。見えない友は、最後にだけ姿を持つ。
だから私は今、やっとほんとうに友に会えた。一直線になる寸前、心臓がもう一度だけ波打った。
それは欲ではなく、たぶん、救いに近いものだった。




