第5話 そんな装備で大丈夫か?、以下略
「君のその装備……見たところ、全部初期装備じゃないか。そんなので、この『嘆きの森』をうろつくのはオススメしない……と言うよりも、自殺行為だぞ?」
「じ、自殺って……?」
何やら物騒な単語が飛び出した。
それに『嘆きの森』っていったい何だ? 今俺たちがいるこの場所の事か?
先程のオークとの戦闘からして、リンデは明らかにこのゲームに慣れている。まさか俺と同じ初心者ってことは無いだろう。つまりここが「チュートリアルダンジョン」って考え自体が、そもそも間違いだったという訳か。
(じゃあ一体どこなんだ、ここは? どうして俺はこんな場所に……?)
疑問が泉の様に次々と湧き出る。止まらない。
(説明書を読まずに来たのが、アダになったかもしれないな……)
そんな俺の心を読み取ったかの様に、リンデが説明を付け加えてくれた。
「ここはあらゆるモンスターが『毒』を扱う厄介なダンジョン――しかも、ただの『毒』じゃない……より面倒な『猛毒』だ。気付かないうちに、あっという間にHPを持って行かれる。毒耐性のない初期装備で足を踏み入れるなんて、よほど腕に自信があるとみえるな――」
リンデは俺の服にべったりと付着した緑の体液を見て、目を細める。さっきスライムがはじけた時にやられたやつだ。
「まっ、まあ解毒薬を大量に持ち込めば、多少無理をしてでも進めるか……うん」
小さな声で呟きながら、リンデは一人納得している。服にねっとり付着したスライムの残骸を見ながら、俺は首を傾げる。
(え? これってもしかして、毒なの?)
……別に何ともありませんが?
それとも、俺が気付いていないだけで……
慌ててHPバーを確認するも、特に異常はない。一安心だ。こんなところで死ぬのは勘弁です。
「……とは言え、解毒薬もそこそこ高いからな。パッシブスキル辺りで、常に毒を中和していると考えるのが妥当か……? いや、しかし……」
リンデは唇に人差し指を乗せながら、ぼそぼそと考え込んでしまった。
これは……誤解をしているな、確実に。
俺をダンジョンを攻略しに来たプレイヤーか何かだと、勘違いしている。
(これ以上話がこじれる前に、自分から切り出す方が良いよな)
意を決して、コホンと咳ばらいを一つ。リンデは目線を上げ、再び俺に向き直る。
「あー、言ってなかったんだけどさ。実は俺、今さっきゲームを始めたばっかりなんだよ。ゲームを開始したら、いきなりここに飛ばされて……初期装備なのはそういう訳で」
「ん? ビギナーって事か? それはおかしいな……ゲーム開始直後は、『旅人の街』に召喚されるはずなんじゃ……?」
あ、やっぱそうなんだ。
変だと思ったんだよ、いきなりこんな訳の分からない森に飛ばされるなんて。どんなクソゲーだよって話だ。俺の崇める『アビスレイル』に、そんな理不尽は許されない。プレイヤーにストレスを与えるなんてもってのほかだ!
(………………じゃあ何で俺はその『旅人の街』に飛ばされなかったんだよ!? 結局意味わかんねぇじゃん!!)
「……フム」
ヤバい――
俺があれこれ考えている内に、リンデの目付きがどんどん険しくなっている。
疑われてるよ……いや、無理もないけどね!
俺ですら自分の置かれている状況が良く分かっていないんだ。リンデの混乱も無理はない。
ってかほんと、どうなってるんですか……この状況……
「……まあ良いさ。君も、あまり自分の手の内は明かしたくないだろうからな。あれこれ詮索して悪かった。ここで出会った事も、互いに忘れるとしようか。それでは、私はこれで失礼するよ」
「あ、ちょっと――!」
呼び止めも空しく、行ってしまった。取り残される俺。結局、誤解は解けなかったと見える。
と言うか、余計にこじれた感じがする。
同級生と碌に話をしたことも無いコミュ障に、銀髪美少女との会話はハードルが高すぎましたとさ。…………悲しい。
何気なしに、メニュー画面の時計を見やる。
「あっ、やっべ!!」
もう既に一時間が経っていた。あっと言う間だ。
「そろそろ飯の時間だな…… 戻らなくちゃ!」
名残惜しいが、引き際は肝心だ。日常生活に支障が出てはならない。
飯の時間、風呂の時間、寝る時間……日々のルーティンに影響が出ると、家族が何かしらの異変に気付く。おふくろに怪しまれる分にはまだいいが、親父に感づかれたら一巻の終わりだ。
「さらば『アビスレイル』…… またすぐに戻って来るからな!」
画面の隅のログアウトボタンを押し、目を瞑る。次に目を開けた時、俺は自分の部屋の天井を見ていた。ベッドから起き上がり、ヘッドギアを脱ぐ。
色々と予期せぬ出来事はあったけど、そこは何といっても『アビスレイル』。トラブルすらも楽しい時間に変えてしまうのだから、流石の神ゲーだ! 正直、まだまだ全然やり足りない!
幸いな事に、明日は日曜日である。
親父が留守にしてる間、一日中楽しんでやるぞっと!
すると、扉の向こうよりノックの音。
「お兄ちゃん、ご飯だよ」
咲夜の呼び声、まさにグッドタイミングだ。
「おう、分かった!」
意気揚々と返事をし、俺は部屋を後にするのだった。




