第4話 いきなりの美少女、時々オーク
「しっかし、やっぱ本格派VRはひと味違いますなあ!!」
鼻を突く腐臭は相変わらずきついけど、これも考えようによっては凄い事である。ここまでリアルに五感を再現できるなんて……よくあんなデバイスひとつで可能になるものだ。
解像度の高いグラフィックは、激しい動きでも一切ぶれることが無く。
レスポンスの良いメニュー画面。オサレなUIに、思わずにんまりと口が緩む。
たかがUIと侮るなかれ。ゲーム中に最もプレイヤーが目にする機会が多いのが、このメニュー画面なのだ。そこに力を入れられないゲームは、等しく凡作なのである。※諸説あります。
「神は細部に宿るんじゃよ……」
ゲーム量販店に置いてあるVRゲームを幾つか体験した事はあったけど、何から何まで桁違いだ。言っちゃ悪いが、今まで俺がプレイして来たあいつらは全部「二流品」。こうして「本物」をプレイしてみると、より一層それを感じるってなもんだ!
「よし! それじゃ、他のスキルも色々と試してみますかね!」
意気揚々と『SKILL』画面を開く。
相変わらず、えげつない程のスキルの数だ。
(初期ポイントって、いったいどれくらいあるんかね?)
せっかく初っ端からこれだけのスキルがあるんだ。まさか実際に習得できるのはひとつだけ……なんてオチはないよな?
(ポイントは全部使わずに、ある程度残しておいた方が良いかな? 序盤の狩り効率を考えるなら、自己バフ系のスキルも取っときたいな)
そんな事をあれこれ考えていると――――
「ブゥウルアアアアアアァァッッ!!!!」
突如、野太い雄叫びが響き渡る。
鼓膜にダイレクトに突き刺さる大音量、いてぇよっ!!
「なっ、何なんだよ、いったい――!?」
両耳を塞ぎながら周囲を見渡すも、特に異変は見られない。だが、何だろう……木々がざわめいている気がする。気のせいだろうか?
……何だか面倒な事になりそうだ。
ここはひとつ、あの雄叫びは聞かなかった事にして。
さっさとこの場からズラかりますかね――――
「ブゥウルアアアアアアァァッッ!!!!」
「ブルルッアアアアアアァァッッ!!!!」
「ブタゥゥウッルアアアアアアァァッッ!!!!」
「ちょっ!! なんか増えてません!!??」
空気を震わす重低音、明らかにモンスターの物だ。
それも一匹二匹じゃない。随分と荒ぶるってる、何事ですか!?
モンスター同士の縄張り争いだろうか……?
それとももしかして、俺以外のプレイヤーがこの近くにいるとか?
「……ちょっとだけ。ちょろーっとだけ。様子を見るだけなら、きっと大丈夫……」
恐怖はあったが、そこは好奇心が勝った。
あの叫び声、どう考えても尋常じゃない。そうと決まれば、善は急げだ!
「声が聞こえたのは……あっちの方角か……!」
別に恐れる事なんて何もない。
仮に狂暴なモンスターが待ち構えていたとしても、それがなんだ。全てゲームの中での出来事じゃないか。しかも、俺はまだゲームを始めたばっかりの初心者……いま失う物なんて、何もないんだよ!
「見えて来た……! ん? あいつは――」
枯れ木の間をかいくぐり、声の出所に辿り着く。
視線の先には、山の様に巨大な緑の体躯。
「ブゥルルルルルルッツ……!!!!」
オークだ――
「で、でっけぇ……」
全長は二メートルはゆうに超えているだろうか。
隆起した筋肉、下あごからは鋭い牙が左右に二本。右手にドでかい棍棒を握りしめ、棍棒の表面には、何やらドロりとした深緑の液体が塗りたくられている。トレードマークの豚鼻を携え、ドスの効いた唸り声が周囲に響き渡る。
そこには、計六匹のオークがいた。
だがオークたちは、俺の存在に気付いてはいない。奴らは皆、一点を睨みつけている。
オークの視線の先には、一人の少女の影――
「多勢に無勢か」
銀髪の女騎士の姿があった。
細身のレイピアを右手に握りしめながら、つまらなそうに地面を見つめている。
「まったく……弱い奴ほど良く群れたがるものだな」
女騎士は空いた左手で自らの髪を掬い上げると、そのまま真横へとさらさら流した。白銀のロングストレートが宙でなびく。
華奢な四肢、動作のひとつひとつが気品に満ちている。この薄暗い森の中で、彼女の存在は一層際立って見えた。
いや、こんな表現はまどろっこしいな。
単刀直入に言おう。
――――美しい、ただそれだけだ。
その言葉以外に、適切な表現が思い浮かばない。
「ブガアアアァアアアァアッツ!!!!」
オーク共が一斉に飛び掛かる。
耳をつんざく咆哮。六つの巨大な山々が、彼女目掛けて雪崩の如く突進する。
「あっ、危ないっ――!!」
思わず手を伸ばす。
もう間に合わないと分かっていても、咄嗟に体が動いてしまった。
だが当の本人である彼女は、あろう事か目を瞑ったのだ。
一瞬、レイピアの刀身が輝いたかと感じたその刹那――
「【真・七連彗星剣】――――!!!!」
瞬きをするわずかの間に、勝負はついていた。
「なっ……ええぇっ――――!!??」
目にも止まらぬ連撃とは、まさにこの事だ。
レイピアが描く斬撃はオークの肉を安々と切り裂き、その巨体を次々と跳ね飛ばした。オークは後方まで吹き飛ばされ、ズズンと大きな地鳴りを上げる。
「……他愛ない。高難易度ダンジョンって言っても、所詮はこの程度か」
女騎士はレイピアを一振り、そのまま鞘へと納める。キンと鍔が鳴るのと同時に、倒れたオークは霧散して、粒子が空へと昇って行った。
「す、すごい……! あれだけの数を、一撃で……!」
あまりにも無駄のない、洗練された動き。
思わず、見とれていた。
そんな女騎士の丁度背後で、違和感。
薄暗い闇で光る、二つの紅き両眼が――
「後ろっ!! まだ一匹残ってる!!」
木々の間から現れた一匹のオークが、女騎士目掛けて両腕を広げ突進する。
「ブルルルルルルッツツ!!!!!!」
「――――!?」
異変に気付いた女騎士が再びレイピアに手を掛けるも、一手遅い。あれでは間に合わない!
俺が、やるしかない――――!!
襲い来るオークへ向かって手をかざし、スキルを唱える。深くは考えるな。俺が今扱えるのと言ったら……ただひとつだけだ!
「くらえっつ!! 【デス・ハウンド】!!」
ブガアアアアアアアアッツ――――!!!??
唱え終わると同時に、決着。
ものすごい断末魔を上げながら、オークは一瞬で爆散……塵となった。
(…………やったのか?)
フラグじゃないぞ?
もう跡形もないんだからな!
さっきのスライムもそうだったが、実にあっけない幕引きだ。スキルを発動した俺の方も、いまいち感触が無い。もっとこう……無いのか? 手からビームを出したりとかさ。
俺の一連の行動に、目をぱちくりとさせる女騎士。
あ、目が合った。
「今の……君がやったのか?」
レイピアの柄から手を離し、女騎士は俺へと向かい合う。
「……危ない所だった、礼を言うよ。お陰で助かった」
「いえ、ハハハ…… 間に合ってよかったです」
「我ながら慢心だな、背後の気配に気づけぬとは…… 君がさっき使ったのは、魔法系のスキルか何かだろうか?」
「あ~……」
すいません。俺も良く分かってないんです、アレ。
多分、攻撃魔法だとは思うんですけど……
とは言えず、言い淀んでしまう。
あれだけ堂々と戦闘に割って入ったのに、自分の使ったスキルすら把握していなかっただなんて……流石に恥ずかしすぎる。とりあえずオークは倒せたんだから、まあ結果オーライではあるけど。
「ああ、すまない。先ずは自己紹介をすべきだったな。私はリンデ。あと、敬語は不要だよ。肩肘張らずに、気軽に話してくれたら嬉しい」
「あっ……ハイ、分かりました。……じゃなくて……分かった。俺は御剣一真って言うんだ。よろしく、リンデ!」
笑顔を向けると、リンデは優しく微笑み返してくれた。
「ミツルギカズマ……だったらカズマか。よろしくな、カズマ」
いきなりの名前呼びに、思わずドキりとする。
しかし、なんて儚げな微笑だろう。
女神だ――いや、誇張抜きで。キャラメイクでここまでの美少女って作れるものなのか? ゲームの進歩は凄まじいな、うん!
それに引き換え、俺はうまく笑えていただろうか? ここ最近、妹以外とまともに話す機会なんて無かったから。この辺りのさじ加減がさっぱりだ。距離感バグってないよな? 初対面で「気持ち悪い」だなんて思われた日には、一晩しくしく泣きますよ?
「ふむ……」
ほら、リンデも。なんか俺の事を、ジッと見つめて来てるじゃないか。眉を潜めながら、難しい顔をしている。やっぱり俺、なんか拙い事をしたんじゃ……
「君……よくそんな装備でここまで来られたな?」
「……へっ?」




