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第1話 仮想現実、お届けに上がりました

 ピーンポーン――


 戸の向こうから響き渡るチャイムの音に、思わず体がびくりと反応した。


「きたっ!! きたきたきた、きたあっ!!」


 ベッドから飛び起きて、すぐさま自室を後にする。ボサボサの髪に、よれよれのパジャマ姿。我ながら酷い格好だとは思うが、構うもんか。待ちに待った「ブツ」が遂に届いたんだ。こちとら居ても立っても居られないんだよ!


 階段をどたどたと急ぎ足で降りていると、玄関でのやり取りが聞こえて来る。


「それではこちら、お荷物です。重いのでお気を付けて」


「これくらいなら大丈夫ですよ! いつも配達ご苦労様です!」


「いえいえ、それが仕事ですので。それじゃ、失礼しますね」


 宅配の兄ちゃんが爽やかに去って行く。玄関の扉が閉まると同時に、俺を呼ぶ声が聞こえて来た。


「おにーちゃーん。なんか届いたよ~」


「今行くよー」


 階段を降り、一階へ到着。そのまま玄関へ向かうと、荷物を受け取った妹の姿が目に入る。ムスッとした顔で、両手いっぱいに抱えた段ボールを差し出してきた。


「はいこれ、荷物。何かすっごいデカいし、重いんだけど…… なに買ったの?」


「ふふふっ…… 聞きたいか、妹よ? 聞きたいのか、ん~?」


 直ぐに答えてはつまらないと思い、腕組みしながら出し渋る。眉間をハの字に寄せながら、唇を尖らせるのがみそだ。


 ――いかんいかん、ついにやけ顔が漏れ出ちまうな。


「そうかそうか……そんなにも気になるかー? まー、どうしてもって言うなら仕方ない。教えてあげ――」


「あ、いいです。別に興味ありませんので。と言うかそーゆーノリも、出来れば止めて下さいね。不愉快です。それじゃあ、これ――」


 段ボールを無下に押し付けられる。



 …………え?


「これまでも薄々感じていた事なんですが…… 私、やっぱり貴方とは絶望的に波長が合わないみたいです…… 今後は話す機会も減るとは思いますが、家にいる間だけは、なるべく気まずくならない様に努めますので。それでは――」


 言い終えると、妹はそのまま踵を返す……




 いやいや、ちょっと…………





「ちょっと待っでえ゛え゛え゛えっっ!!!! うざ絡みしてごめんでぇぇ!! 兄ちゃんが悪かったからあ゛あ゛あ゛ぁ!!」


 去り際の妹を必死に呼び止める。それはもう必死に、涙が出そうなほどに。

 ていうか少し泣いてます。


「あと敬語使うのだけはやめてええええっ!! なんか凄い距離を置かれてる感じがするからあああっ!!!! ううっ……!」


 顔を伏せて鼻を啜ると、誤って箱ごと落っことしてしまいそうだった。



 すると、妹の背中が微かに震えた。


「……ぷっ!」


 顔を上げると、そこには満面の笑みが咲いていた。右手を口元に添えながら、くすくすと上品に笑う妹の姿。短く上下する頭にあわせて、長い黒髪が宙で揺れている。


「アハハッ!! お兄ちゃんってほんっと面白いよね! てか何? ガチ泣きじゃん!! あはははは!!」


 抱腹絶倒とはまさにこの事か。俺の顔を見るや否や、妹の笑い声はますます大きくなった。


「このやり取り、もう何度目よ~? いい加減学習しなよ、お兄ちゃん!」


「ちょ……おまッ――!!」


 既に涙は引っ込んだ。

 それはもう急激に、からっからに干からびた。


「…………はあぁぁぁぁっ……マ・ジ・で・止めてくれよ。心臓に悪いだろ…… お前の()()は演技に見えないんだよ……咲夜さくや


「大袈裟すぎだって! …………まあでも……ゴメン! まさかそんなにも凹むなんて思わなかったからさ!」


 俺の悲痛な嘆きを、からからと笑い飛ばす妹。おちょくってるつもりなのだろうが、洒落になっていない。こちとら切実なのだ。


「あ~、笑った笑った! で、結局コレは何なの?」


「……『アビスレイル』だよ」


 からかわれた事がまだ尾を引きずっており、若干ぶっきらぼうになってしまった。だが俺の返答を聞くと、妹の顔はみるみる驚愕の色に染まった。


「えっ!! 『アビスレイル』って…… あの……VRMMOの……?」


 眼を見開く妹――

 そうだ、その顔が見たかったんだよ!!


「おうよ!!」


 期待通りの反応に、思わずテンションが上がり、グッドポーズで歯をキラリと見せる俺。妹のにやけ顔は完全に鳴りを潜め、視線が若干揺らいでいた。


「へっ、へえぇ~…… 有名なやつじゃん。CMでもよくやってるよね? …………このゲームって相当高いんでしょ? お兄ちゃん、良く買えたね?」


「そうなんだよ!! 苦節1年! 日々のバイトの成果が、よーーやく実ったという訳さ!! この1年間、テストの点数を犠牲にして、必死に頑張った甲斐があったと言う物ですなあ……」


 しみじみ耽っていると、何やらジトりとした視線を感じた。


「お兄ちゃんがバイトしてたのって、この為だったんだ……」


 妹はピンと立てた人差し指を唇の前へと持って行き、シーッとジェスチャー。眉を潜めた。


「この事、お父さんには絶対言わない方が良いよ?」


「親父に!? そんなもん言える訳ないだろ!! 親父には一応『留学の為の費用を稼ぐ』なんて苦し紛れの言い訳をして、バイトの許可を貰ってたんだぞ!?」


「え!? 留学の話って嘘だったの! 私も、お兄ちゃんに聞きに行ったよね!? 『いきなり留学するなんて、どんな風の吹き回し?』って」


「スミマセン、普通に嘘ついてました……」


「うわ~ 妹まで騙しますか~、この下種アニキは」


「仕方ないだろ……万が一にも、親父の耳に入れる訳にはいかなかったんだよ。もしばれたら、どうなる事か……」


 想像するだけで、震えて吐きそうだ。考えたくもない。



 うちの家庭――特に親父は、根っからの真面目人間だ。


『学生の本分は学業、バイトなんぞ以ての外!!』なんて、どっかで聞いた事ある様な古臭いうたい文句を、未だに声高に掲げている。お陰様で「バイトの面接を受ける」って第一段階ですら、すんなりとは認めてもらえなかった。



『親父!! 俺、卒業したら留学するよ! だからバイトさせてくれ! 留学の費用も全部、自分の手で稼ぎたいんだ……!!』


 ――そんなご立派な理由ウソをでっち上げて、渋々認めさせたのだ。



 親父曰く『学業にスマホなぞ不要!!』との事で、俺たち兄妹はスマホを持つ事すら禁止されている。どうやら家にネット環境は整っている様ではあるが……PCは親父の部屋に一台だけ。当然、俺は一度も触れた事など無い。


(まさか人生初のPC操作が学校の授業でになるなんて、夢にも思わなかったぜ……)


 今は小学生がルーチューブで投げ銭稼ぐ時代だぞ?

 親父の奴、脳みそを昭和に置き忘れて来てるんじゃないか?




「……で、その()()()()()は無くなっちゃった訳だけど?」


 妹の無慈悲な一言で、現実に引き戻される。


「妹よ…… 人間は皆、一瞬一瞬を全力で生きてるんだよ…… 大事なのは、今まさにこの瞬間だろ? 未来の事をあれこれ考えるなんて、野暮ってもんだと思わないか?」


「野暮って言うか、お兄ちゃんはアホだね。アホ」


 妹は呆れ顔のまま、溜息をひとつ。『アホアホ』と酷い言われ様だが、まあ慣れた物だ。妹なんてのはちょっと口が悪いくらいで健全だ。そんな単純な罵倒なんかよりも、さっきみたいな「マジトーンの拒絶」の方がよっぽど堪える。久々に食らったから、思わず動揺しちまったよ。


「こんなのばれたら、お父さん怒り狂うよ? どうなっても知らないからね」


 肩を竦めながら、妹は去ってしまった。親父への口止めは特にしなかった。ばれてしまった物は仕方ない、諦めよう。腹黒な所はある奴だが、告げ口する様な性格じゃない。いらぬ心配だろう。




 それよりも、だ――


「遂に……ついに、手に入れたんだ……!!」


 手にした段ボールをぎゅっと抱え、喜び震える。


 うきうき気分のまま自分の部屋へと直行し、段ボールにカッターを差し込む。中に敷き詰められたプチプチを床へとぶちまけ、その奥に沈んだ箱を取り出して、丁寧に開封する。


 たまに外箱をぐっちゃぐちゃにして開封する様な不届き者がいるが……俺から言わせてみれば、あれは邪道だね。邪道。


「箱まで揃って、一つの商品だよな~」


 本当はこの外箱を部屋の目立つ場所に飾って、四六時中眺めていたいところだが、それは自重せねばならない。リスクがデカすぎる。親父に見つかったら破滅だ。それだけは、何としても避けなければならない。


「お! これがヘッドギアか……!!」


 厳重な発泡スチロールの包装を超えて、いよいよお目見えだ。


「思わず頬ずりしたくなるな、うん! うんっ!!」


 黒光りするデバイス。

 ズシリと重い確かな感触に、小躍りしそうになってしまう。


 この俺、御剣一真みつるぎかずまの人生は、ようやくここから始まるのだ――

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