無能は止めないほうがよく喋る
第四分科に配属されて、三日目。
私は早くも、この部署がなぜ“第四”と呼ばれているのかを理解しつつあった。
第一に、仕事が来ない。
第二に、来た仕事は面倒。
第三に、責任の所在が曖昧。
(……完全に、私がいた会社と同じ構造ね)
朝の簡易会議は、今日も静かに始まった――はずだった。
「これは由々しき事態だ!」
静寂を破ったのは、予想通りの声だった。
バルド=エルグレイン。
彼は一枚の書類を高々と掲げている。
「第三分科から、こちらに“調査協力要請”が来ている!
なぜ我々が、他分科の尻拭いをせねばならん!」
エルナスト卿が、慌てて眼鏡を直す。
「え、ええと……それは、王都東区の流通停滞についての、事前確認で……」
「だから嫌なのだ!
第四分科は“補助”だ!
調査など、本来の業務ではない!」
(あ、これ)
私は心の中で頷いた。
(企業でよく見るやつだ。自分の仕事じゃない、って叫ぶ人ほど、実は一番暇)
ミレアが、机に肘をついたまま呟く。
「……でも断ったら、どうせ“非協力的”って書かれますよ」
「書かせておけばいい!
我々には、第四分科としての誇りが――」
「誇りで流通は回りません」
思わず口を挟んでしまった。
一瞬、部屋が静まり返る。
バルドが、ゆっくりとこちらを睨んだ。
「……君は、まだ分かっていない」
出た。
定型文。
「こういう案件はな、“深入りしない”のが正解だ。
余計なことをすれば、責任を押し付けられる」
「ええ、同意しますわ」
私はあっさり頷いた。
ミレアが、ぎょっとした顔でこちらを見る。
エルナスト卿も、口を半開きにした。
「……?」
バルドは一瞬、拍子抜けしたようだったが、すぐに胸を張る。
「ふん。
分かっているではないか。ならば、この要請は――」
「ですから」
私は、穏やかに続けた。
「深入りしない形で、協力すればよろしいのです」
「……は?」
バルドの思考が止まったのが、手に取るように分かった。
私は手帳を開き、淡々と説明する。
「第三分科は“調査協力”を求めています。
“解決”や“責任”までは、求めていません」
ミレアが、少しだけ姿勢を正す。
「……つまり?」
「表向きは、第四分科の代表として、
現地確認と報告だけを行う」
視線を、バルドに向けた。
「適任者が、いらっしゃいますでしょう?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、バルドは満足そうに笑った。
「当然だ。
この私以外に、第四分科の“顔”を務められる者はいない」
(よし、かかった)
ミレアが、口を押えて俯いた。
エルナスト卿は、何か言いたそうだが、結局黙る。
「では、お願いしますわ。
あくまで“形式的な確認”だけで」
「任せておけ!」
バルドはそう言い放ち、書類を掴んで部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間。
「……いいんですか?」
ミレアが、低い声で聞いてくる。
「彼に任せて。
絶対、余計なことしますよ」
「ええ」
私は即答した。
「だから、いいんです」
エルナスト卿が、不安そうに眉を下げる。
「で、ですが……問題が起きたら……」
「起きますわ」
断言すると、二人とも言葉を失った。
私は、手帳に一行だけ書き足す。
(第三分科:流通案件 → 表で失敗、裏で成果)
企業で学んだことがある。
無能な上司は、
止めるより、任せた方が行動が予測できる。
そして――
予測できる失敗は、対策が立てられる。
第四分科は、今日もまとまらない。
でもその分、
私は静かに、動きやすくなっていた。




