第陸話 憎悪は人を断ち、無垢は人を結ぶ
【登場人物】
リクエール・レイナ・フェルサ:
本作の主人公。七聖天に所属するめんどくさがりな少女。「リクエール」という名前が嫌いで、「レイナ」や「リン」と呼ばれている。
ケント:
リンの友人でバーニシア王国聖騎士の剣士。彼のように「リン」と呼ぶ人は少ない。
オルリア:
七聖天団長。子供のような容姿をした明るい性格の少女。口うるさいお節介焼き。
スリエラ:
七聖天の1人でお嬢様言葉を話す女性。美人だが実は四十路手前。口には気を付けるように。
チャム:
七聖天の1人。酒飲みチャラ男エルフ。リンと並び任務をサボりたがる問題児。
クンペル:
七聖天の1人。常に無表情で必要最低限の言動しかしない。情報分析や瞬間移動が可能。
◇ ◇ ◇ Side Kent ◇ ◇ ◇
みんな消えちゃった。
ホールに残ったのは俺とクンペル、そして闇族の魔術師の男だけ。
「で、これからどうするつもりなんだクンペル?」
「自分はケントの指示に従う」
「まさかの考えなし!?」
嘘だろ!? みんなをテレポートさせたのお前だぞ!?
クンペルは何食わぬ無表情で「任務遂行のためだ」とのたまい魔術師を見つめている。それを受けて魔術師はヘラリと笑って頬を掻いた。
「あっちゃー、やっちゃった。まさか魔術師以外にテレポートを使える人がいるとは」
「アンタがぼさっとしてるからでしょ! フォルネア!」
この声! もう追いつかれたか!
振り返った瞬間、鼻先を鋭いヒールが掠めていった。あ、あぶねぇぇ……!
俺の代わりに蹴りを喰らった床が大きくひび割れている。ヒールめり込んでるし、これ喰らってたらやばかったな。
顔を上げると殺意に満ちた彼女の瞳と視線が交わった。心臓がドッと嫌な音を立てる。
ダメだ。これ、絶対に話し合いなんてさせてもらえない。
取り敢えず距離だけ取っておいた。
「ツェニアン様、貴女も困った方だ。彼らは明け方まで監禁しておく手筈だったのですよ」
「黙ってなさい! そんなの待ってられないわよ!」
ツェニアンさん、せっかく美人なのにそんな般若みたいな顔しないでくれよ。怖いから。
もう穏便に話し合いで解決とはいかない。
でも、戦闘になっても困る。だって俺、右腕動かねーもん。肩までならどうにか動かせるけど、肘から先は感覚が全くない。動かそうとしたってピクリともしなかった。
服越しに鱗粉に触れちまっただけなのに、大した能力だ。
「しょうがない。2人を足止めする。できるよな?」
「問題ない。この人員配置での任務成功率は88.6%だ」
「結構高いな!?」
「ふざけたこと言ってくれるじゃない。アタシ達の相手はアンタ達だけで充分ってワケ?」
「そうだ」
「なに煽ってんの!?」
キレてるよ! ツェニアンって子、絶対キレてる! 心なしかブチッて音さえ聞こえた気がする! 俺、クンペルが怖い……!
その瞬間、ホールに響く力強く床を蹴る音。ゴオッと風を切る音まで聞こえ、彼女が一瞬でクンペルとの距離を詰めた。
──ガキンッ!!
「うわっ!? 強いな、君……!」
咄嗟にクンペルとツェニアンの間に入ったけど、威力が思ってた倍はある。〈物体生成〉の異能で生成した剣じゃなければ折れてたかもしれない。左腕まで持ってかれるかと思った。
「チッ! 邪魔を……!」
「そりゃするよ! 俺、魔術師の相手は嫌だもん! そういうわけで、そっちは任せた!」
「承知した」
押し付けたみたいでクンペルには悪いけど、アイツならなんとかするだろう。
……って、それどころじゃない!
今度は俺に向かって突進してくるツェニアン。振り上げた足で息つく暇もない連続攻撃を繰り出してきた。しかも一撃一撃がちゃんと重い。
「君、闇族の中でも相当優秀な方だろ」
「バカにしてる!? これでもトップよ! 舐めないで!」
「マジか!? その歳で!?」
どう見てもまだ10代だよね!?
いや、トップだろうと末端の兵士だろうと、俺たちの役割は変わらない。叩きのめして勝とうってワケじゃないんだ。このまま守備に徹して…………。
げえっ!?
ツェニアンの背後にさっきも見た黒い稲妻が見えた。明らかにこっちに向かってる。超速で。
ツェニアンを押しのけ自分は身体を捻る。稲妻は目と鼻の先まで迫っていたけどなんとかギリギリで避けた。避けなかったら直撃じゃねーか。
「クンペル!? 流れ弾こっち来てるんだけど!」
「謝罪する。事故だ」
「当たり前だ! わざとだったらお前のことぶった斬ってるよ!」
魔力で干渉するなら俺の所に飛ばすんじゃねーよ! 俺の魔力が〈瞬速〉じゃなかったら避けられなかったぞ!?
「くくっ……君、僕の〈黒雷〉を避けるなんて、凄い魔力だね。それに何もない場所から剣を作り出す異能かな? それ、便利過ぎない?」
「魔法でなんでもできる魔術師には負けるよ」
「そうかなぁ? でもそっちの眼鏡くんはもっと厄介だね。僕の技の軌道を捻じ曲げるとか反則でしょ」
「〈干渉〉という魔力によるものであり、法則に則った干渉だ。問題があるとは判断できない」
「クンペル、多分そういう事じゃないよ」
フォルネアだっけ?
飄々とした態度で余裕がある。眼鏡の奥で目がにやりと細められてるのがちょっと腹立たしいけど、この短い時間で俺とクンペルの魔力と異能を正確に見抜いていた。
でも、それだけじゃない。
「行かせないよ」
「ッ……!?」
「ッ! ……あらら、バレちゃった」
俺の注意をフォルネアに向けさせた隙にツェニアンがホールを抜け出し、消えたリン達の後を追う。
発想は良いね。でも残念ながら、それを許すわけにはいかない。
もう少し俺らに付き合ってくれよ。
◇ ◇ ◇ Side Lequel ◇ ◇ ◇
えーっと…………これ、もしかしてマズい?
ウチとチャムの眼前には幼い少女が1人。ふわりと柔らかそうな黒髪、ぱっちり大きな黒い瞳、華奢で細い身体を包む真っ黒なナイトドレス。
「おにーさん、おねーさん、だあれ?」
「おーガキ♪ ヒトに名前聞くときゃ自分から名乗るモンだぜ♪」
チャムはなんで普通に会話してんだよ。
どうして突然幼女が現れたのか? 知るか。ウチが聞きたい。無事に武器を回収して、探索の続きだと部屋を出ようとした矢先にひょっこり現れた。
チャムの言葉を聞いた幼女はくりくりの瞳をパチパチと瞬かせて元気いっぱいに答える。
「わたしはミークリア! お姫さまよ!」
安易に名乗るなお姫様。
頭が痛くなってきたウチとは対照的に無邪気に笑う幼女とその頭を乱雑に撫でるチャム。ミークリアはきゃらきゃらと笑ってチャムに懐いていた。
「ミークリアっつーのか♪ オレはチャムで、こっちがシュヨさんだぜ♪」
「変なこと吹き込まないで。レイナだから」
「チャムさんとレイナさんね! 2人はツェンお姉さまのおきゃくさまなの?」
ツェンお姉さま?
何の話かと思ったら、ウチらが武器を見つけた部屋が「ツェンお姉さま」の仕事部屋だったようだ。王女であると共に衛兵隊長として国を守っているのだとミークリアが自慢げに語ってくれた。
なるほど。それを聞いて納得した。
王女兼衛兵隊長の部屋だったから煌びやかな装飾の中に剣や地図が混ざってたんだ。
ところでお姫様、それって結構な機密情報だったんじゃない?
「ミークリア様~! どちらにいらっしゃいますか~?」
「あっ! かくれて!」
は? ちょ、押すな押すな。
そのまま「ツェンお姉さま」の部屋に押し込まれてしまった。やがてミークリアを呼ぶ女性の声が遠のいていく。
視線をミークリアに落とすとそわそわと落ち着きない様子で閉じた扉を見つめていた。
「あぶなかった~!」
「かくれんぼでもしてンのかよ?」
「そうよ! ウィージーやルイスにみつかったらいけないの!」
「こんな真夜中に?」
「だからこそよ!」
「わかるぜ♪ ガキの頃って夜こそ楽しいよなァ♪」
全然わかんない。それにチャムは今でも夜大好きでしょうが。
……いや、というかなんで付き合う流れになってんの?
夜が楽しいとか知らないし、なんで子供の遊び相手になろうとしてるんだ。チャムはなぜかノリノリだし。
ミークリアは「こっちよ!」と言ってウチらの手を引き走り出す。あぁ、ウチの意見はもう何も聞いてくれない感じね。結局抗えずに長い廊下を歩くことになった。
「ねえねえ、2人はおしごとで来たの?」
「そーだぜ♪ この国の王サマに会いにな♪」
「そうなの!? それならわたしが……」
「『フラッシュ・カーテン』!!」
突如真っ黒に覆われた視界。驚いた隙にミークリアの小さな手が攫われるように離れていった。
また新しい奴か……!
視界が奪われたのは目くらましだったらしい。すぐに開けた視界の先に、こちらを警戒するように睨む少年の姿があった。ミークリアを片腕に抱え、闇で作ったのであろう黒い短剣を構えている。
「ウィージー!?」
「ご無事ですかミークリア様……!」
やはり黒髪黒目。彼も闇族だ。まだ16歳くらい?
ミークリアといい彼といい、どうして子供がこんなド深夜まで起きてるのかなぁ。闇族は夜行性なの? 多分違うよね?
少年はミークリアを庇うように背に回し、鋭く焦ったような声を出した。
「ミークリア様、急いで寝所へお戻りください。私は彼らの相手をしてから向かいます」
「えー! ウィージーだけズルい!」
「彼らは侵入者なのです……!」
少年はそう言ってこちらに向かってくる。同時にまた視界が闇に覆われた。
なんか既視感が…………あ、牢屋襲撃犯の女の子だ。
問答無用でこっちの話を聞かずに襲ってくる感じ。似てるよね? 違うところがあるとすれば、あの子と違って彼には隙が多すぎる。
「ぐあっ!」
「いっちょーアガリ♪」
だからこうやってチャムの鞭に捕まってぐるぐる巻きにされてしまう。
地面に叩きつけた少年を踏みつけたチャムはドヤ顔だった。ダサいよ、大人。
でもウィージーくんにも悪いところはある。ミークリアを守りたいなら不用意に彼女から離れるべきじゃなかった。それにいちいち動きが隙だらけ。完全に素人の動きだ。君、戦闘経験ないでしょ。
ミークリアは呆然とこの光景を見つめていた。ようやくウチらが侵入者だって理解できたのかな。
さて、これからどうしようか。
「彼を放していただけませんか」
「「!?」」
「あっ、ルイス!」
いつの間に……!? 全く気付かなかった……!
背後の声に咄嗟に振り返って、ウチらはさらに驚く。プラチナブロンドの髪と水面のように青い瞳。
闇族じゃ、ない……?
服装から察するに侍女だ。歳は20代半ば。闇族じゃない人間がどうしてこんな所に? それにウチらに気配も気取らせないなんて何者?
ミークリア姫にルイスと呼ばれた女性は凛とした立ち姿でこちらを真正面から見つめている。ただ、ウィージーのような攻撃性は感じられない。
「初めまして、私は王宮侍従長のルイスと申します。御二方のお名前を聞いてもよろしいでしょうか」
「……バーニシア国王直属聖騎士団七聖天、リクエール・レイナ・フェルサ。で、こっちがチャム」
「言っとくケド、襲ってきたのはコイツだからな♪」
「それは部下が失礼いたしました」
頭下げられた……!?
いや、驚くことではないんだけど、ちょっと感動してる自分がいる。まともに会話ができるんだもん。
「オレらはテメェらの王サマに会いに来たんだ♪」
「陛下に?」
「今、地上で問題が起こっててその調査のためにね」
「では、謁見の間までご案内いたします。それから陛下をお呼びしますので少々お待ちいただけますか?」
うっそ、マジで言ってる?
驚いたのはウチらだけではない。チャムに踏みつけられたままのウィージーも信じられないと言うようにルイスを見つめていた。
しかしルイスは動じない。まっすぐにチャムを見つめ、そろそろウィージーを解放しろと目で訴えている。取り敢えず、ここで余計なトラブル増やしたくないからチャムはそこをどけ。
「ウィージーはミークリア様をお部屋へお連れしなさい」
「しかし……!」
「心配いらないわ。それとミークリア様は後でお説教ですよ」
「そ、そんなー!?」
あーあ、ご愁傷様。ルイスはきっと怒ると怖いんだろうな。まぁ、ミークリアの自業自得だ。同情はしない。
ウィージーとミークリアが去っていくのを確かめて、ルイスは改めてこちらに向き直った。本当に案内してくれるつもりらしい。ひとまず、大人しくついて行くことにした。
◇ ◇ ◇ Side Orlia ◇ ◇ ◇
「こちらをご覧になって!」
書類? スリエラが手渡してきたのは何の変哲もない普通の書類。署名欄にはキージュ・オブスクリタスと書いてある。
これのどこがリア達の認識を大きく覆すのよ?
「わかりませんの!? この名前ですわよ!」
「名前? 何かおかしいの?」
「このファミリーネームですわよ! 前王家は壊滅したはずではありませんでしたの!?」
「え、えぇ……そのはずだけど……」
「それが事実であれば“オブスクリタス”とは決して名乗れませんわ!」
…………はい?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回、いよいよ闇族の王が登場予定です。




