第参話 闇に侵された魔人たち
【登場人物】
リクエール・レイナ・フェルサ:
本作の主人公。七聖天に所属するめんどくさがりな少女。「リクエール」という名前が嫌いで、「レイナ」や「リン」と呼ばれている。
ケント:
リンの友人でバーニシア王国聖騎士の剣士。
◇ ◇ Side Lequel ◇ ◇
ん……もう朝……いや、昼か……。
薄く開いたカーテン。そこから差し込む光が少ないから、もう陽が随分高いらしい。
ぼんやりする頭がすっきりするにつれて、屋敷がやけに静かなことに気付いた。もしかして、誰も居ない?
復古祭の準備……なワケないな。そんなこと真面目にやってるの団長とクンペルくらいだ。
どうせ飲んだくれて寝てるか、どこかに遊びに出かけてるんだろう。
静かならそれでいいや。軽く身支度を整えて部屋を出ようとする。扉を開けたら鶯色の長髪が現れた。
「げっ」
「あら、遅ようございますわレイナさん」
「……おはよ、スリエラ」
「なぜそう警戒なさいますの?」
そりゃそうでしょ。ここ1カ月、ドレスを作れってウチを追い回し続けたのは誰だ。
バーニシア復古祭までおよそ1カ月。
ドレスの製作期間を考えればそろそろ逃げ切れそうなんだ。今ここで捕まりたくはない。
「まだ辛うじて間に合いますわよ。お店に無理を言ってお願いしましょうか?」
「遠慮しとく」
「あら残念」
綺麗な笑顔でこちらを見下ろしてくるスリエラ。その視線から逃れようと廊下に出た時、足元に何か転がっていることに気付いた。
ぼさぼさの長い赤髪、長く尖ったハイエルフの耳、不自然に真っ赤に染まった肌──これチャムじゃん。
酒くっさ。また酔いつぶれて帰ってきたな。
「コイツを捨てる場所のレパートリー無くなってきたよね」
「そうですわね。いっそデコレーションでもいたします?」
「ははっ、それもアリ」
ゴミと一緒に捨てたこともあるし、庭にも埋めた。こんな奴でも七聖天と称えられる。この国が心配だよ。
ま、ウチが心配することじゃないね。
「じゃ、ウチはミウの店に行ってくるから」
「お食事はよろしくて?」
「いらない」
「ちょっと! 玄関から出なさいな!」
うるさーい。ベランダから出ただけじゃん。どうせ空を飛んで移動するんだから1階に下りる意味はない。
無視無視。
王都は今日も活気付いている。みんな復古祭の準備で忙しそうだ。
毎年たくさんの屋台が出て、国内外からたくさんの人が集まるバーニシア復古祭。王都はすっかりお祭り騒ぎだ。
あ、子供が駆け回ってる。楽しそうでなにより。
そんな王都の路地裏の一角。
小さな煙突から煙を立ち昇らせるこぢんまりとした薄暗く地味な店がウチの目的地だ。窓際は謎の魔道具が山積みで、扉の上には『魔女の庵』と書かれた吊り看板が掲げられている。
店に入ると、カランという呼び鈴の音と共にギィィと扉が軋んだ。
「……ミウ?」
店内は相変わらず汚い。そこかしこに魔道具が転がっている。
でも誰も居ない。
おかしいな? 煙が昇ってたから居ると思ったのに。奥かな?
──ズドドッ!
「びっ、くりした……つらら……?」
床に突き刺さった氷の塊。あのまま進んでたら床じゃなくウチに突き刺さってたな。殺意満々じゃん。
しかし驚くのもつかの間、今度は目の前から何本もの蔦が襲ってきた。手で素早く弾く。今度は目の前の箱が霧状の物を噴き出した。即座に噴射口を手で塞ぐ。
ふと足元に視線を落とす。小さな粒が転がっていた。
…………この前、新開発したって自慢してた爆弾じゃん。
迷わず踏み潰した。
まともに喰らったら足が吹っ飛ぶ。ふざけんな。
「ふぅ、終わった……かな?」
──ゴンッ!
…………痛い。頭に鉢植え落ちてきたんだけど。どこから落ちてきたのこれ?
土が入っていて重量のあるそれを頭から降ろした途端、土中から塊根植物が飛び出した。
「ケケケケケ!」
「あ゙?」
「ゲゲ、ゲ……」
マンドラゴラか何か知らないが、腹が立ったので握り潰しておいた。植物の分際で何がそんなに可笑しいんだ、何が。
大体なんなの、このトラップ?
「あれ~リンだ~いらっしゃ~い。どぉどぉ~? 新設した防犯用トラップは~」
「客まで殺す勢いなんだけど」
「あ、確かに~」
ふふふ~じゃないよ。怖いわ。
艶やかな黒髪を揺らして長いローブをズルズルと引きずりながら現れたこの店の女店主ミウ。丸メガネの奥の紫の瞳をふにゃりと細めて呑気に笑っている。
「まったく。そういや、箱から霧が出てきたけどアレは何?」
「あ~、あれはね~……」
──カランカラン
あ。
何も知らず、躊躇いなく開かれる扉。
軽い気持ちで店に踏み入った被害者がほとんどのトラップに引っかかったのは、ちょっとした余談である。
◇ ◇ ◇ ◇
「へっくし!」
「も~意地張ってないで野菜サンド食べなよ~」
「絶対嫌だ! へくしゅっ!」
子供のようなやり取りを見せられ始めて早数分。
霧の正体は『10分間くしゃみが止まらなくなる薬』だったらしい。くだらなすぎる。
ちなみにミウお手製の野菜サンドにはくしゃみ止めの薬が混ぜられているらしい。そうまでして野菜を食べさせたいミウの気持ちも、それでも野菜を食べたがらないケントの気持ちも、ウチにはよくわからない。
ケントは代わりに卵サンドを所望したので手渡してあげた。
「サンキュー……へくしっ! あれ、そういやリン。復古祭の準備は?」
「さあ? 昼まで起こされなかったし、別にいいんじゃない?」
「それでいいのかよ、主役……」
「ま~ま~、リンは任務を頑張ったんだもんね~?」
昨日の今日でもう話が城下まで出回ってるの?
史上初めての中位魔人黒色魔狼を討伐したのが昨日のこと。聖騎士長のリーアムを筆頭に、団長やノイルは忙しなく各所を駆け回っているらしい。
復古祭も控えているのにご苦労なことだ。
あ、そういえば……。
「ミウ、中位魔人に空間操作ってできると思う?」
「基本はできないんじゃない~? というか、そういう話はリンの方が詳しいでしょ~」
「そうだけど。昨日の任務のとき、黒色魔狼の現れ方がテレポートみたいだったからさ」
「へくしっ……中位魔人が空間操作してたらおかしいのか?」
「そんな高度な魔素操作、中位じゃムリだよ~」
そう。中位魔人には無理だ。そんな高度な知能や技能は持ち合わせていない。
じゃあ、あのときはどうやって突然背後に……?
凄く面倒事の予感がする。封印の調査が進めば何かわかるだろうか。
言い知れぬ不安とため息を紅茶で飲み下す。
なんだかいつもより渋い気がした。
──ドオォン!
襲撃……南門の方だ。
別に珍しいことじゃない。低位の魔人族は人間を狙うから。人が集まる王都は魔人族にとって餌箱と変わらない。
「リン~お呼びみたいよ~」
「誰に?」
──バタン! ガランガラン!
──ガンッ! ドンッ! ドタバタン! ゴンッ!
「いっっっったぁぁあい! へぐしゅっ! うわぁあん!」
「ケケケケケ!」
「ほらね~」
「……うん」
うるっせぇ……。
ほぼすべてのトラップに引っかかるとは流石バカ。全身に蔦を絡ませ、鉢植えを顔面の上に載せて床に転がっている。
突然やって来て喚き暴れる褐色クソデカ猫耳少女──エルマにウチは頭を抱えたくなった。
「エルマ……へくしっ……ちょっと落ち着け。リンに用事じゃないのか?」
「はっ! そーだった! ……へっくしょん!」
取り敢えず、ケントに蔦を斬ってもらうか。そうでないと落ち着いて話もできない。
解放されたエルマはなぜかウチの手首をがっしりと掴んだ。
「ありがとケント! レイナ急いで来て!」
「ちょっ!? まず話をッ……!」
聞いてないし! 引っ張るな! 痛い! というか行くなんて言ってないんだけど!
返事も待たずに手を引かれ、気が付けば店の外。
あっという間に魔女の庵が遠のいていく。流石巨人と獣人の血を引く巨獣族……なんて感心してる場合か。ふざけやがって。
ケントが店先で唖然とこちらを見つめているのがどんどん小さくなっていく。
「ぐえっ」
「レイナ! アレ見て!」
「もうちょっとマシな着地方法なかった?」
叩きつけられたんですけど。これだからエルマと一緒に行動するのは嫌なんだ。
さて。
何はともあれ、一瞬のうちに王都を囲む外壁の上に連れてこられたわけだけど。
エルマの色黒で大きな手が指し示す方に従って視線を下げる。
うわ、なんだコレ。
小鬼に一角兎、牙猪、石鴉まで。なんで下位魔人がこんなに?
数えたら全部で8体だった。過去イチの数だ。ふざけやがって。
何があったの? という意味を込めてエルマを見つめたが、首を横に振られるだけだった。
役立たず。
あれ? スリエラいるじゃん。愛用の大剣をぶん回して走り回っている。
スリエラがいるならウチはいらなくない? そう思ってもう一度エルマを見つめたが、エルマはそのスリエラが呼んでくるように言ったのだと言った。
「ふざけるな。なんでだよ」
「だってだっておかしいんだよ! ……へぶしゅっ! いつも戦っている下位魔人と全然違うんだもん!」
「違うって何が?」
「お喋りは後にして下さる!!?」
えー、何をそんなにキレてんの?
スリエラは文句を言いながら、彼女の身長ほどもある大剣を牙猪に向けて大きく振りかぶっている。そのまま牙猪を真っ二つ──だと思っていた。
──ギャンッ!
スリエラの死角から一角兎が飛び掛かった。まるで、牙猪を庇ったみたいに。
不意の攻撃だったけど、スリエラはしっかり受け止めていた。
でもそこにわずかな隙が生まれる。それを狙いすましたかのように、スリエラに狙われていた牙猪が突っ込んでいく。
連携を取ってる……? 下位魔人が……?
「レイナ! 危ない避けてっ!」
──ドガンッ!
小鬼が上から降ってきた!?
上空を石鴉が耳障りな鳴き声をあげながら旋回している。アイツの背中から飛び降りてきたってこと?
そんな協力プレイするタイプだったっけ、下位魔人って。
いつもと違うっていうのはコレのことか。
「しょうがないな。上はやってあげる」
「ありがとレイナ! 小鬼はボクに任せ……へっくしゅん!」
「はいはい、よろしく。──……来い、グングニル!」
空間が歪み、大きな神槍が姿を現す。ウチが差し向ける手に導かれてそれが高速で石鴉に迫った。
げっ、避けた……!?
こっちに来るな! 壁内に被害出したら怒られるんだよ! めんどくさい!
外壁から飛び上がり石鴉と同じ高度まで上昇する。ウチだって妖精族の端くれだ。空をお前の独壇場にするわけにはいかない。
石鴉は足で掴みかかろうと飛び掛かってくる。それを避けつつグングニルで反撃するが、向こうも向こうでことごとく避けやがった。
なんで!? 絶対に石鴉の身体能力の範疇を越えてるんだけど!
「…………まさか」
「キィィイイッ!」
「あーもう、ゆっくり考えさせてよ!」
石鴉がくちばしを開けて魔弾を何発も放ってくる。
連射される魔属性の弾幕を避けながら距離を詰め、その首を鷲掴みにした。
「……ん?」
コイツ、眼が変だ。
石鴉ってもっといろんな色が混じり合ったような濁った色の眼をしていた気がする。でもコイツの眼は漆黒だ。
どこまでも沈むようなこの漆黒って……闇属性……? なんで……?
「とりあえず、君はさよなら」
石鴉は暴れまわっているけれど逃がさない。掴んだ首を離さずに逃げ場をなくしたところをグングニルで貫いた。
ウチが石鴉を倒したのとほぼ同時。視界の端でもう1体の石鴉が斬撃に首を刎ねられていた。ケントだろうな。
こと切れた石鴉をポイッと投げ捨てて辺りを見回した。外壁の上、エルマの横に予想通りの人物が剣を構えて立っている。
「レイナー! ボクに、へぐしゅっ! ……死んだ石鴉当たったんだけど!」
「そっちは終わった?」
「無視!?……へっぐしょん!」
「なんか様子がおかしいみたいだな」
「そこ!! 手が空いたならこちらも手伝いなさいな!」
わぁ、スリエラがめっちゃ怒ってる。あっちはエルマとケントに任せよう。
めんどくさがってるワケじゃないよ?
今回ばかりは本当。真面目な話、確認したい事があるのだ。
ケントとエルマがスリエラの援護に向かったのを横目に、ウチはさっきエルマが倒した小鬼に近付いた。
動かなくなった小鬼のまぶたを指で押し開ける。石鴉と同じく、やっぱりドロッとした闇が瞳に宿っていた。
魔人族は基本的にみんな魔属性。それは闇属性とは別物だ。
もしかして低位の魔人族を率いることができる上位魔人まで復活し始めてるのかと思った。でも、この魔人たちが闇属性の力に操られてるとしたら……──
──誰かが魔人族を使役している──
「これは大至急伝えた方が良さそうだな……」
あーあ、これは完全に面倒事の予兆だ。
◇ ◇ No Side ◇ ◇
「せーきしちょーサン、しつれーしま~す」
「やあ、ミック。珍しいじゃないか。何かあったのかい?」
どこからともなく聖騎士長室に現れた全身を真っ黒な服に包んだ男。
目深に被ったキャップやサングラスでその表情はあまり読み取れない。しかし彼の口元は軽薄に弧を描いていた。
「闇族の生き残りのハナシ、聞きたくねぇ?」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想などいただけると飛んで喜びます。
そろそろ本格的に話が動き出す予定です。更新は不定期ですが今後も読んでいただけると嬉しいです。




