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第弐話 世界の敵〈黒色魔狼〉

【登場人物】

リクエール・レイナ・フェルサ:

本作の主人公。七聖天に所属するめんどくさがりな少女。「レイナ」と呼ばれることが多いが、稀に「リン」と呼ぶ人もいる。「リクエール」という名前が嫌い。


オルリア:

七聖天団長。子供のような容姿をした明るい性格の少女。

   ◇ ◇ Side Lequel ◇ ◇


 突如姿を現した中位魔人、黒色魔狼(ブラックハウンド)は小高い山のようにデカい。

 体長が5メートルくらいだろうか。全身が黒い剛毛に覆われていて、耳まで裂けた口から前後2列に並んだ鋭く大きな牙が覗いている。

 ぎょろりと気味悪くウチらを見つめる目。背中から生える巨大で歪な羽らしきナニカ。脚は巨木のように太く、その先についた爪はぞっとするほど鋭かった。


 強いて言えば狼に似ている……かもしれない。

 ふざけんなよこのウサギ……!


「どうして中位魔人が地上にいるのよ!?」

「そんなこと言ってる場合じゃなさそうだよ!」


 容赦ないな……!

 いきなりその巨大な爪で襲い掛かってきた。さっきまで立っていた場所が大きく抉られている。


 素早さはない。咄嗟の判断で十分避けられる。

 想定外だったのはその威力だ。

 今までに見たどの下位魔人よりも大きな体躯。一撃で地面を抉り取る腕力。そして、この禍々しい魔力。


「ノイルは何してんのさ? 封印をどうにかしに行ったんじゃなかったの?」

「手伝いもしないクセに文句ばっかり言わないの!」


 だってめんどくさいじゃん。

 そう文句を重ねようとした時「グオオォォォッ!!」と咆哮が鳴り響く。

 うわっ、なんだ!? 吹っ飛ばされた!?


「まさか、衝撃波……!?」


 吠えるだけで衝撃波を出すってこと? そんな話は聞いてないけど!?

 ……って、もうウチは眼中になさそうだな。

 黒色魔狼(ブラックハウンド)の狙いは完全に団長に絞られたらしい。爪やら牙やらでの猛攻が始まっている。


「ちょっと! リアばっかり狙わないでよ!」

「子供の肉の方が美味しいのかな?」

「黙ってなさいレイナ!!」


 ははは。

 まぁ、実際の所は団長があの子ウサギを抱えてるからだろう。


 さてと。せっかくの機会だしのんびり観察させてもらおう。

 やはり爪も牙も強力だけどトロいから簡単に対処できる。

 衝撃波も何度か放ってるけど、どうやら真正面で直撃を喰らわなければ大した威力にならないようだ。避ければいいなら問題ない。

 未知数なのはあの見るからに硬そうな剛毛……。



 ──ニンゲンダ──



「今のは……!」

「レイナ! どうかした!?」

「団長は聞こえてないの?」

「何がよ!?」


 短刀を抜いて応戦していた団長が忙しそうに叫んだ。

 団長には聞こえてないのか。

 いや、今はそんなことどうでもいいや。


「コイツの狙いはウサギじゃなくて団長みたい。だからさっさと倒しちゃって」

「えっ、リア? どうして……は、後で良いわね。任せて! この子をお願い!」

「はっ!?」


 何ウサギ投げてんの!? あっぶな……!

 いや、ていうか……ウチに預けられても困るんだけど。

 腕の中でもぞもぞと動く白い毛玉。やがてまん丸い瞳と目が合った。

 ひくりと表情筋が引きつっていくのを感じる。


「団長ッ! ウチにこんなの持たせないでよ!」

「潰しちゃダメよー!」

「潰しそうだから言ってるの!」


 ちょっ、待っ……! 聞いてないし! 後で覚えてろよ!

 あっ、待て! 動くな!

 お前さっき衝撃波喰らってただろ! なんで元気なんだよ!?


 もういい。やらかしたら全責任を団長に押し付けよう。

 その団長は本格的に黒色魔狼(ブラックハウンド)との戦闘を始めていた。

 小柄な体格を活かした小回りと瞬発力が団長の強み。それらを存分に発揮して黒色魔狼(ブラックハウンド)を翻弄している。


「はぁぁああっ!!」


 飛び上がって短刀を振りかぶる団長。落下する勢いに任せて黒色魔狼(ブラックハウンド)の横腹を切り裂いた──はずだった。


 ──ギャリィッ!!


 今の鍔迫り合いみたいな音は何? 生き物に斬りかかってする音じゃなかったよ。


「ああもう! 嫌になるわね!」

「しっかりしてよ団長」

「今のはリアのせいじゃないわよ!」


 責任転嫁は良くないよ。そう思うでしょ、ウサギさん。

 小首をかしげられた。

 お前なんでそんなに余裕あるの? ウチは腕がプルプルしてきたよ。


 そんなことより。

 噂に聞く黒色魔狼(ブラックハウンド)の剛毛ってのは凄いね。想像以上だ。

 鋼にも勝る強度を誇り、あらゆる攻撃から全身を守る天然の鎧。

 伝承なんて誇張されてるものだと思ったのにな。

 全身を鋼鉄の鎧で覆った狼、か……。


「もう! レイナも加勢しなさいよ!」

「ウサギを潰しても良いなら加勢するけど」


 腕の中が一瞬ビクッとした気がする。

 安心しな。別にお前がいなくても加勢する気はない。


「もう、そんな事ばっかり! 仕方ないわね!」


 そう言って団長はちょこまかと駆け回るのをやめた。代わりにひと際高く跳び上がる。

 つられて見上げたら逆光が眩しかった。


「『信仰(ルリジオン)大力無双(ピュイサンス)』!」


 瞬く間に団長の身体を包む淡い光。優しいようで神々しさと力強さも併せ持っている。光の翼を背負ったみたいな、天使の加護を受けたような姿だった。


 眩しい。


 光を纏ったまま団長は走り出す。

 さっきまでの小鳥のような軽やかさはない。力強さと機動力を増した足取りで、素早く黒色魔狼(ブラックハウンド)の背後を取る。

 そして──。


「ギャァァアアアアアアアアアッ!!」


 うおっ、またか。

 団長に斬りかかられて咆哮する黒色魔狼(ブラックハウンド)。こっちに衝撃波が飛んできたので咄嗟に背中を向けて子ウサギを庇った。

 潰してないよね? よし、無事。


 流石最強のバフ異能。

 一撃で剛毛ごと大きく切り裂いてしまった。深い傷口から大量の血が噴き出している。もう長くは持たないな。


 正直、死にかけの黒色魔狼(ブラックハウンド)より手元のウサギの方が気になって仕方ない。気を抜くと本当に潰しそうなんだもん。

 しかもコイツめっちゃ動く。ありえないくらい動く。ホントふざけんなよ。こっち見んな。

 動くなって言ってんの!


「上よレイナ!」


 上? そういえば辺りが暗いような……げっ。

 黒色魔狼(アイツ)まだ空を飛ぶ元気あったのか。そのまま倒れていればよかったのに。

 でも逃げる気配がないな。

 口を開けながら上を見上げて……口の端から何か漏れてる……? 何……? 黒い……炎……?


 …………魔炎弾!!


「グングニル!」


 魔炎弾は普通の火球とはわけが違う。ウチはともかくこのウサギは死ぬ!

 ウチが叫んだのと魔炎弾が放たれたのは同時だった。


 ──ドオオオオォォォン!!


 げほっ、げほっ……。

 ウチの相棒、神槍グングニルと正面から衝突した魔炎弾は激しい土煙を巻き上げやがった。何も見えない。

 辛うじて手元のウサギが見えるだけだ。暴れるな。


「団長~? どこー?」

「ここよレイナ!」

「見えないけどどうせブンブン手を振ってるんでしょ。そういう所が子供っぽいんだよ」

「はあ!? なんですって! 心配してたのに!」

「そりゃどーも」


 心配するくらいならしっかりトドメを刺してほしかったな。

 どうしてウチが戦ってるのさ。今日は傍観者でいられると思ったのに。


 ………………みつけた。


 団長の声がする方とは反対側。大きくて異質な禍々しい気配がする。

 その気配の方に手を差し向けた。


「『聖なる杭(アゴニー)』」


 巨大な槍がウチの手に導かれて豪速で煙を切り裂いた。突き破るように土煙を抜けて上空の黒色魔狼(ブラックハウンド)を穿つ。


「グオオォォォァァッ!!」


 またかよ。咆えたら絶対衝撃波が出るんだろうか? それとも最後の悪足掻き?

 面倒だから黙って倒れろ。

 鋼の剛毛も突き破り、腹から背中にかけてまっすぐ貫く。流石に致命傷でしょ。

 地響きのような音を立てて墜落した黒色魔狼(ブラックハウンド)はそこからピクリとも動かなかった。


「ふう、任務完了」

「助かったわ。空に飛ばれてどうしようかと思ってたから。それにウサちゃんも預かってくれてありがとうね」

「団長が勝手に押し付けたんでしょ」

「あら、自分からキャッチしたんじゃない」


 ああ言えばこう言う。おかげで変に疲れた。おかしいな。戦闘は余裕だったのに。

 黒色魔狼(ブラックハウンド)より余程大変だったよ。

 怪我はないようだし、ウチ頑張ったよね。


「団長、コイツ返す……あっ」


 アイツ周辺の安全が確保された瞬間どっか行きやがった。いつまでも手元にいられるよりマシか。

 親ウサギに会えるといいな。


「行っちゃったわね。ホントはずっとピリピリしてるレイナが怖かったりして」

「それなら悪いのは団長だからね。それより報告行くんじゃないの」

「そうね。取り敢えずクンペルを探してみんなにも伝達してもらいましょ」

「また人探しぃ?」

「文句言わないの!」


   ◇ ◇ ◇ ◇


「まさかここまで深刻な状況だとは……」


 金髪碧眼の男が腕を組んで考え込んでいる。バーニシア王国の聖騎士長リーアム・マーフィーだ。

 ウチらはさっき討伐を終えた黒色魔狼(ブラックハウンド)について彼に報告している。


「封印の調査を急ぐべきだな。黒永殿の意見も聞きたいのだが」

「わかったよノイル殿。手配しよう」

「あとは魔人族と戦える戦力がどれだけいるかが問題よね」

「そうだね。クンペル殿、現時点で魔人討伐が可能な聖騎士はどのくらいだい?」

「約100名。内、下位魔人を単独で討伐可能なのは──」


 初めて中位魔人が出現したとはいえ、長引きすぎじゃない? 早く帰りたいんだけど。

 ……帰るか。

 白熱した議論に首を突っ込むとか柄じゃないし。


 気配を消してそっと部屋を出る。

 扉が完全に締まる直前に「3000年前に滅んでいればこんなことにならなかったのに!」と嘆く団長の声が聞こえた。

 魔人族が滅んでいたら、か……。


「確かにこうはならなかったかも」


 小さな呟きは誰にも聞かれず、冷えた廊下に吸われていく。



 魔人族。

 3000年前に魔界に封印された魔属性最大の使い手。

 伝承ではかつて神に反抗した最初の種族であり、天使が信仰されるこの世界における敵だ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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